ダブリまくり
「やれやれ、あまり『息吹』は使いたくなかったのだが」
崩れるようにして倒れた大山。とんでもないことになってしまった。しばし彼女を見つめ、それからドラキュラはモニターに表示されている情報を再確認した。
この仕事を始めて、早いもので一年。ドラキュラの噂を聞きつけて、美男美女が来るのは今に始まったことではない。そこに目をつけ、このドラキュラは彼らを利用することに決めたのだ。そう、美男美女をフィギュア化するという職業に。
ドラキュラは、その首筋に噛みつく。次に、ここにある特殊な機械によって、カプセルに入る大きさにまで圧縮する。圧縮の原理は実に複雑だが、簡潔に述べてみると、以下のようになる。
ドラキュラが噛みつく際に彼らの体内に侵入した唾液の成分の性質を、美男美女の身体を圧縮する、というものに変えるのだ。性質を改竄された唾液は、衣類や装飾品にも浸透し、そして縮小させる。
次いで別の機械で、今度は彼らの思考の大半を停止させる。うっかりここでのことを喋られようものなら、ドラキュラは完全失業者になってしまう。しかし、ここで肝心なのは完全に黙させてしまってはあまりいただけない、ということである。僅かに反応したり、喋ったりするからこそ、このフィギュアは人気が高いのである。
「はあ……我が輩、ここに来るまで大変長い道のりであったぞ」
この一連の作業を円滑に運ぶようにするには、相当苦労した。タクシードライバー、近隣の人間、それら全員を買収しなくてはならないのだから。
とはいえ、一つだけ問題があった。それは、ダブリという現象である。いくら美しいフィギュアになりうる存在であっても、ダブリすぎては商品価値がおそろしく低下してしまう。当然、ある程度同種のフィギュアが必要なのは必要なのだが。
「それにしても」
ドラキュラは改めてモニターを確認した。今日来た日本人女性のタイプは、すでに百体ほど保有している。てっきり九十体くらいだとばかり思っていた。さすがに、百一体目は要らない。別の倉庫には、もっと在庫があるのだから。しかし、どうしたものか。
本来ならば、玄関ロビーにて、ドラキュラの記憶によるダブリ追っ払いが行われるのだが、今日は勘違いしてしまった。己の運どころか、いよいよ、頭の方も駄目になりつつあるらしい。
彼女は、この館の秘密を知ってしまった。第一、殴打してしまったので、警察を呼ぼうにも呼べないし、呼んだら呼んだで、千体を超える美男美女監禁罪を問われかねない。
「ううむ、どうしたものか。ダブリは今に始まったことではないのだが。しかしなあ、最近、どうにも似たような容姿が多くて困る。我が輩のように個性的かつ美しい者は、今の世の中には一人もおらん。皆、どこかしら似ているし、ファッションもさして違わぬし、なんといっても顔がどこか作り物臭い……」
しかし、ノルマは達成せねばならない。近頃、『いつでも調子いいが常識』を標榜とする上司が新商品をもっとかき集めてこい、と喚き立てているのである。
妻と離婚したてほやほやで、鬱憤がたまっているのだろうが、その怒りの矛先をこちらに向けられてはたまったものではない。それに、離婚でもめているのは、こちらも同じなのだ。その上、血も涙もない財産分与請求権さえ行使されているというのに。
新商品。緊張してきた。
しかしながら、上司が新商品を求めるのも頷ける。このフランス人形もどき諸君の横行には、ほとほと呆れさせられるものがある。今や世界には六十数億人もいるのだから、単純計算しただけでも、よほどのことがない限り、似たような顔というのは産まれないはずなのだが。
――何度言ったら解るんだ、このウスノロ! もっと味わい深い、自然と調和した感じの人間を見つけてこい!
上司の言葉を思い出し、ドラキュラはぶるぶると震えた。かくなる上は、もはや加工室と塗装室を使う他あるまい。
あそこで、この百一体目の人間を改良する以外に、ドラキュラが上司による罵倒を避ける手段はない。
初めてのことで、心配だが、心配してばかりいても何も始まらない。せっかくニート脱出に精巧したのだ。クビにでもされたら、もう目も当てられない。
ドラキュラは新商品開発に身を乗り出した。加工室、塗装室を使うのは初めてだ。何かと不安要素が残るけれども、後退はありえない。やるかやられるか、なのだから。