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最高の改造

 大山笠野は、何度も身体を改変した。基本的には自分の頭にある理想を軸に整形したのだが、中には外部から取り入れたところもある。例えば、それは有名なモデルや、尊敬する女優であった。

 また、最近人気の高い美男美女のフィギュアも大いに参考にした。それは三百円のガシャポンで、中に封入されているフィギュアはどれもこれも精巧すぎる代物である。話しかければ反応する。片言ではあるものの会話能力さえあるのは、驚きとしか言いようがない。これが受けないはずはなく、女性を中心として社会現を引き起こしている。

 このフィギュア、自身を究極の美へ近づけるのに、大変役に立ったのだが、いかんせんシリーズは続々登場する。そのたび、彼女も身体を作り変えた。結果、相当金がかかる。それでも彼女は美にかける金に糸目はつけなかった。

 とはいえ、このフィギュアもシリーズを重ねるごとに、アイディアが枯渇してきたようで、ここ最近新シリーズはとんと登場していない。これは、朗報であり悲報であった。

 こうして、一応ではあるが、めでたく彼女による身体の改革は幕を下ろした。だが、まだ一つだけ問題が残っていた。時間、というものである。

 英語の時制のごとく次々と自身を変え、いくら美しくあっても、時による肌の風化、肉体そのものの老化は決して避けることはできない。

 それに気づいてからというもの、ブランド服に身を包む彼女は、仕事を終えてからずっと部屋にこもって、不老について研究した。しかしながら、元々勉強嫌いな上、不老などという大それたものを、彼女が見つけられるはずがない。いや、そもそも『なかった』。

 文系である彼女には科学的思考による論理構成は到底理解不能の領域であった。しかし、霊的、伝説、伝承となると話は違ってくる。

 自身やその身なりとは対照的なマンションの一室にて、彼女はドラキュラを利用してやろう、と思いついたのである。文献など全くの無関係であった。

 不老を考えていれば、自然と不老不死が思考に転がり込み、そして不老不死といえばドラキュラなのである。少なくとも、彼女の中では。

 ドラキュラは、ルーマニアにいる。公用語たるルーマニア語を習得しなくては何かと不便であろうが、ドイツ語もそれなりに使われているらしい。大学にてドイツ語を専攻していたので、少し勉強しておけば、なんとかなるだろう。後は、ドラキュラと会えばいいだけだ。

 これでようやく愛しの彼に振り向いてもらえる、というものだ。そう、彼女は今恋をしている。霊崎努という一見ぱっとしない風体の男なのだが、どことなく気が惹かれるのだ。それは、彼のマメさからくるものなのかもしれないし、あの柔らかな笑顔や男性諸君が元来考えている見当違いの優しさの不所持からなのかもしれない。ひょっとすると、社内で唯一彼女の美に興味を全く示さないあの鈍感さかもしれなかった。

 好きです、と率直に言えばいいのだろうが、彼女はその考えを打ち消していた。少なくとも納得のいく美を手に入れるまでは、告白できない。いや、告白するのが恐ろしいのである。もし否定されたら、と思うと足がすくむ。自分の美が認められない、ということは、彼女にとって、己の人生を全面否定されたに等しいのである。

 社内で、霊崎努はよく咳き込んでいた。大丈夫、と最初は聞いていたが、どうやら風邪ではないようだ。習慣のように、咳き込んでいるのだから。

「大丈夫かって? 君の方こそ大丈夫かい?」

 霊崎努に、逆に聞き返されたことがあった。

 どうして、身体の至る所にいつ爆発するか解らない――そして爆発するかどうかも解らない――時限爆弾を自分が抱えていることを、彼は知っているのだろう。

 彼女は整形によって美を手にしたのだが、それは誰にも言っていない。整形は、この職場に来る前に全てなしたことなのである。

 かつて彼女は美と引き替えに、身体が本来所有する機能的な側面を、全て打ち捨てた。ゆえに、ほぼ全身に渡って、痛みが潜伏している。それらはだいたい眠ってくれているのだが、時たま活性化する。そんな時、彼女はこっそりと痛み止めの錠剤を服用するのだった。

 第一、彼女は痛みにたえかねて顔をしかめたり、眉を潜めたりしたことは、一度たりともない。笑顔を絶やさず、他の社員と接していた。

 なのに、どうして霊崎は自分の抗えぬ痛みを、認識しているのだろう。もしかしたら、整形という事実をも、知っているかもしれない。

 まるで、心を見透かされてしまっているようだった。それは恥ずかしくもあり、自分のことを深く知っていることでもある。整形美人という事実の発覚よりも、彼女の脳内は、むしろそういうことで満たされていた。

 こういうことが度重なり、彼女は彼に親近感を覚えるのを禁じえなかった。

「大丈夫かい?」

 彼は、やけに大山のことを気遣ってくれるのである。だが彼を食事に誘っても、一向に頭を縦に振ってはくれない。

「今日は用事が……」

 などと言い、言葉を濁すばかりであった。もしかしたら、彼は自分のことを好いてくれていないのかもしれない。でも、だとしたら、どうして必要以上に親切なのか。解らない。それゆえに、事実を確かめてみたい。残忍な真実が待ち受けているかもしれないが。



 彼女は行動が早い。翌日出勤するや否や、退職届を上司に叩きつけた。

「うん? ま、まさか、結婚退職かね?」

 痩躯の上司が、退職届を恐れ多いものかのように両手で持ち上げる。

「いいえ、違います。私は更なる美を得るべく、ルーマニアへ行くんです」

「ル、ルーマニア?」

 職場の男性達が、同時に声を上げた。霊崎は我関せず、といった様子で、しきりに目を擦っている。目が痛いのだろうか。相変わらず、体調は思わしくないようである。彼に声をかけようとしたが、

「ルーマニアで、何をしようというのだね?」

 上司が詰め寄ってきたがために、それは妨害された。

 彼女は、職場においてもマドンナ的存在なのである。男性が、彼女の虜になるのは無理もない話であろう。なんといっても、他の女性と比べて美を追求する気力姿勢が桁外れに違うのだから。いくら整形美人といえども、男性は美女に惹かれてしまうものなのだろう。もっとも、ここにいる者は、彼女が整形美人という事実を誰も知らない。もしかしたら、それが彼女の人気を底上げする要因の一つになっているのかもしれない。

「ま、待ってくれ! なぜルーマニアに? それに、わ、私は決して君の退職は認めんぞ!」

 上司が退職届を大山に突き返し、詮ない主張を展開した。周囲の男性社員もそうだそうだ、と同意する。一方、女性社員達はそんな彼らに冷ややかな視線を送っていた。

 しかしそんな視線を全く意に介さず、男性社員達は思い思いの主張を撒き散らしている。ここにいる男性社員からしてみれば――いや、全ての男性なのかもしれない――他の女性社員は、大山に比べれば劣等種族にしか見えないのである。

「だって――」

 大山が口を開くと、すぐさま男性諸君の激しい主張による不協和音が消え去った。

「永遠の美がそこにあるから。このままだと、私、駄目になっちゃうから」

 そんなことない。

 断じて。

 安心して。

 信じて。

 もう君は十分に美しい。

 男性達はだいたいこういった類の言葉を並べ立てて、彼女の退職の全力阻止に取りかかった。だが大山は、かぶりを振るばかりである。

「ごめんなさい。私、あなた達には――興味ないの」

 消え入るような声だったが、その一言で、男性社員達は呆けたように口をポカンと開け、女性社員がそれ見たことかというように、鼻でふんと笑った。

 そんな彼らを尻目に、大山は今一度、上司の机に退職届けを威勢よく叩きつけ、そして職場を後にした。ここへ帰る時、それは霊崎努に自分の想いを打ち明ける時だ。


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