妹との日常
こだわりのある人たちの日常
前回、たっちゃんのこだわりを紹介させてもらった。
たっちゃんの同級生である、妹の「くみ」のことを書いておかなければと思う。
くみは、家族からくみちゃんと呼ばれている。
母は、兄や私の生まれた頃の時と違っていた妹の様々な反応に、大変不安を感じたようだ。少したって、くみちゃんが知的に障害を抱えていることがわかった。そして、色々検診を受けなければならない妹と、待ち時間の多い病院へ度々家族で出かけるようになった。この頃の記憶はあまりない。母から、たまにきくくらいのことしか、わからない。
妹が2歳過ぎて、外に出るようになって、家族で出かけるたびに騒動になった。
妹はみんなが歩いている方向に、ちゃんと歩いてくれない。突然クルッと向きを変えて、反対方向にターっと走り出してしまう。そのたびに、母や父が追いかけていき、私や兄はそこでじっと待たなければならない。
あまりに進まないので、大抵妹は、父か母が抱き上げて歩いていた。私とは歳が近いのに、妹に手がかかり過ぎて、私は、いつも兄が面倒見てくれた。優しい兄でよかったと思っている。
くみちゃんが、突然走り出すことで、両親は絶えずくみちゃんを追いかけていた。それとプラスしてオシメがなかなか取れずに、だいぶ悩んだようだ。くみちゃんが、トイレを使えるようになったのは、中学生になってからだった。おばあちゃんが使うくらいの大きさのオシメが、ずうっととってあった。
公園で遊ばせるにも、砂場の砂を口に入れてしまうは、ブランコの鎖を離してしまいそうになって乗っていたり。
この頃の家族の記憶は、母はあまり覚えていない。あまり大変なことは、脳が勝手に消してしまうのかもしれないと、母が言っている。
くみちゃんが、大好きなアンパンまんのぬいぐるみを毎日抱えて、なんとか幼稚園を卒園できた。くみちゃんがは、幼稚園で夏は一番涼しく過ごせる場所、冬になると一番暖かく過ごせる場所を見つけていた。そして、家では食事時になると、一番早くテーブルについて、ちゃんとみんなを待っている。
時々フライングしてつまみ食いして、怒られる。
母が今まで、なんとか子育てできてきたのは、くみちゃんが通っていた学校の先生たちが一生懸命に関わってくれた力があるようだ。
初め、普通の学校は無理なので、教育委員会にくみちゃんと係の人に会いに行った母は、係の人にこんこんと躾のことを話されたようだ。あとでわかったが、この係の人に対応してもらった親は、皆深く傷ついた。障害のことをよく知らずに、自信たっぷりに説教されるが、もともと子供のことで疲れはてている親は、反論もよくできない。この子は学校に行けないのかとさえ思っしまったらしい。
なぜ、こういう人が窓口に立つのか、くみちゃんと同級生の母たちは、それぞれに暗い記憶を抱えている。
入学式で、校長先生が新入生の名前を読み上げて、「入学を許可します。」ということばが、いまだにありがたく母の頭に残っているそうだ。
今でも母は、こういう子供たちの先生や擁護施設のスタッフ、関係者の方々みんなをありがたがっている。
くみちゃんが、電車の中で前に立っている人に足を伸ばしてしまったり、隣に座った白い背広姿でパンチパーマのお兄さんの肩をポンポンと手で叩いてしまったりする。母はくみちゃんと外に出るときは、すいませんと口癖のように唱えている。
そういう毎日だが、見ず知らずの人が、笑顔で助けてくれたりする。また、身内に同じような子がいるんですと、うちあけられたり、大変でしょうと手作りの置物をプレゼントと差し出されたり。くみちゃんと一緒にいないと味あえなかことが、たくさんある。
とくに、両親はくみちゃんが生まれてから、どんなハンデを抱えている人にも、何倍も優しくなったと思う。
また、エリートコースをまっしぐらに目指していきそうだった家族の価値感を変えてくれたのは、くみちゃんの存在だ。
どんなに周りが急いでいても、くみちゃんが動いてくれないとどうにもならない。
また、くみちゃんのペースはいいかもしれない。外に飛び出して行きたがりの母を、ぐっと家庭に引き戻し、くみちゃんといてくれる。もともと、職業婦人で生きて行こうとしていた母が、このような人生を歩んでいるのは、本当に不思議だ。
はたから見ると、不幸の種と見る人もいるだろうが、家の両親をつないでいてくれるのは、くみちゃんの存在が大きいのではないかと思う。
ズボラだと、自覚している母が手を焼く、几帳面な父がくみちゃんと歯医者に行く。
何分刻みで時間を計算して、家を出る時間を決めても、歯医者に行くと気づいたくみちゃんが、岩のように動かなくなって、結局病院に行けませんと、電話することになる。くみちゃんのような子が多い歯医者さんは、大幅の遅刻を許してくれる。治療が終わって、くみちゃんが靴を履くのを嫌がったり、動かなくなっていると、看護師さんたちが何人も手伝ってくれたり、バス停まで車椅子でくみちゃんを運んでくれたそうだ。
色々な人に、社会が対応してくれているんだと感謝している。
家の家族は、たくさんの周りの人たちに、助けてもらっている。
くみちゃんの先生は、感謝の言葉を聞くと、仕事ですからと笑っている。
その他、病院の人たち、タクシーの運転手さん、道でくみちゃんを追ってくれた人たち、数えたらきりがない。
もし、くみちゃんがいなかったら、気がついていなかったかもしれない。
くみちゃん、家に生まれて来て、ありがとう。
妹ととの日常




