第8話 金が無ければ、奪えばいいじゃないの!
「ぐおおっ、貴様! 何をした?」
「ぎゃあああ!」
「に、人間風情の魔法で、このような」
カレルの魔法で、ヴァンパイア達は瞬時に地面へと叩き付けられた。体にかかる重力の強さに耐えきれず、気絶する者も出始めている。グラビティフィールドは、射程範囲内の敵を重力により拘束する魔法だ。足止め程度の重力を作り出すのが普通だが、カレルのそれは違う。人間なら圧死するレベルの重力をヴァンパイアに向けて放出したのだ。弱い奴と戦うのが面倒だからという、彼らからすれば悲しすぎる理由で。
「おい、カレル。魔法を止めろ。悲鳴がうるさいし、体中の穴という穴から、何か垂れ流されている。あまり見たくない光景だな」
「分かったよ、師匠。しかし、こいつら弱すぎるな。ライラ、誰だか分かるか?」
セリスに言われ、魔法を止めるカレル。臭気がすごいので、風の魔法で空気を彼らに向けて流したあと、ライラに知り合いがいないかと尋ねる。同族達の惨状を見て、何とも言えない表情を浮かべていた彼女。カレルの質問に慌てて彼らの顔を確認し始める。すると、リーダーだった男が知っている人物だった。彼は相手がライラだと気付くや、顔を手で必死に隠すがもう遅い。
「リーダーの方に見覚えがあります。カミーラ姉様の婚約者で、名前は‥‥」
「モートン様ですね。顔は良いのですが、他は残念な上級ヴァンパイアでして。最近、羽振りが良いと城内や色街で噂になっていましたが、こんな副業をなさっていたとは。頭、お務めご苦労さまです」
「おい、メディア。最後の台詞は盗賊や泥棒の頭領にいう言葉だろう? まあ、使い方は間違ってはいないがな」
誇り高いヴァンパイアにとって、泥棒扱いは屈辱だ。しかし、配下のヴァンパイアが項垂れている中で、モートンは驚きを隠さず、ライラに問い質す。
「な、何でライラ様とメディアがこんな所にいる? カミーラの命令で、貴女達は幽閉されていたはずだが」
「簡単な事です。私が本気を少しだけ出しました。あなた達の配した監視など、指先1つで蹴散らせますし。それに、私達はビスティ王国の客人となっています。貴殿方とはもう関係ありませんよ」
ライラに替わり、メディアが彼女の前に出て答える。さも簡単そうに言い放つメディアに、モートンは顔を真っ青にする。
「上級ヴァンパイア12名と中級ヴァンパイア8名はいたのだぞ? それを突破したのか! しかも、亡命までしてるとは」
「前線から遠ざかっている飾り兵ごときに、歴戦の兵たる私が負けるとでも? 安心して下さい、腕をへし折る程度にしていますから」
「おい、メディア。また誰か来たみたいだぞ。今夜は千客万来だな」
カレルがメディアに声をかけると同時に、何者かがヴァンパイア達の前に転移してきた。ライラとよく似ている女性だが、違いがすぐに分かる。カレル達を見る目に、侮蔑の感情が多分に含まれているし、態度からも高慢な性格が伺えた。
「ふん、たかが人間風情が、私の婚約者をいじめてくれたわね。その罪万死に値するわ。この高貴かつ華麗な私、カミーラ=ベルクスが‥‥」
「えーーと、これ位にするか? フレイムバースト!(30%)」
「あ、熱いい! だ、誰か火を消して、消しなさいよおお!」
ライラに向けて放った魔法よりも、威力は段違いである。紅蓮の炎は、カミーラの服や体を焼き尽くす勢いで燃え広がっていく。真祖のヴァンパイアなので、そう簡単に死にはしないが痛みは伴う。半狂乱に地面を転がる彼女を見て、モートンは絶叫する。
「や、やめろおお! 彼女はヴァンパイアの女王なんだぞ。殺せば、魔族と獣人の全面戦争に発展する。お前にその責任が取れるのか!?」
「お前は馬鹿か? そうしたら、俺は世間に公表するぞ。ヴァンパイアの婚約者であるお前が、ビスティ王国にこそこそ潜入していた。理由が、胡椒や果物を盗んで金に替える為だとな。さて、偉大なる魔王陛下がそんな泥棒達の為に兵を挙げてくれるかな? 俺だったら、不心得者として斬首。ヴァンパイア族で関わった連中をあの世行きにするぜ」
カレルが魔王の名を出した途端に、モートンの顔色が土気色に染まる。どうやら、ばれたら本当にそうなってしまうらしい。慌てて、モートンは弁解を始める。
「ひ、ひいい、止めてくれ!! 魔王様にばれたら殺されてしまう。お金がどうしても必要だったんだ。カレル=バーネットやセリス=ヴァイツァーのせいで、ヴァンパイア達は僻地に追いやられた。だから‥‥」
「モートン様。姉様や取り巻き達と、宴や狩猟に買い物で散財なさってましたわよね? 収入が減っているのに、支出を増やしていたらお金が無くなるのは当たり前です。それを指摘した私を幽閉したあげく、こんな事をしている。恥を知りなさい、恥を!」
温厚なライラの叱責に、モートン達は何も言えずにうなだれる。だが、全く懲りない者もいる。ようやく、炎は消し止めたカミーラの発言が火に油を注ぐ事態となった。
「はあはあ、ライラ。何を言ってますの? お金が無いなら奪えばいいじゃない。高貴なヴァンパイアたる私の生活を‥‥」
そう言った瞬間、カミーラは吹き飛ばされ、果樹園を覆う壁に体を叩きつけられた。壁にヒビが入り、たちまち崩れ落ちてカミーラの体に降り注ぐ。皆があぜんとする中で、それを行った人物は平然としていた。
「害虫の鳴き声がうるさかったから、叩いただけだ。文句がある奴は掛かってこい。ヴァンパイア王を殺したセリス=ヴァイツァーに挑む勇気があるならばな」
次回、魔王の近衛騎士登場。カミーラとモートンの処分が決まります