第5話 ライラとの契約
「ちっ、えらい目にあったな。ヴァンパイアじゃなかったら死んでいたぞ。うん?」
気絶していたカレルが目を覚ますと、首筋が妙に温かい。首を動かして前を見れば、ライラと呼ばれたヴァンパイアが吸血している所だった。止めようと手を動かしたカレルだが、ライラがそれを魔法で止める。
「駄目よ、まだ飲み足りない。貴方の血液が美味しいの。体に力がみなぎってくるわ」
唇を赤く染めながらも、吸血を続けるライラ。彼女の魔力が急激に上がっていくのが、カレルにも分かった。少し痩せ細っていた体も在るべき姿に変わり、女性らしい体型に変わる。ふと見れば、メディアが満足げな笑みを浮かべて眺めていた。
「カレル様、申し訳ございません。セリス様の血液はライラ様に強すぎますので、慣らさないといけませんから。傷は自己回復してますから、ご安心を」
「俺は緩衝材か何かかよ。まあ、師匠の血を飲んだら下手なヴァンパイアは死ぬからな」
何せ邪竜を4匹も吸血しているのだ。血に宿った強大な力に体が耐えきれず、破裂する可能性が高い。カレルがそう考えていると、ようやくセリスが目を覚ます。
「くそっ、あのダークエルフ強すぎだ。おい、ライラと言ったか? 人の恋人に手を出すな! ぐっ」
「セリス様、立場を弁えて下さい。貴女は負けたのです。彼の処遇は私達の専権事項。‥‥文句がありますか?」
メディアが魔法でセリスを床に押さえつける。赤子の手を捻るように倒した彼女を見て、カレルは考える。魔族達の間でかなり身分が高い人物ではないかと。とはいえ、まずは止める事にする。
「メディアだったか? 師匠の非礼を詫びるから、それ以上の攻撃は止めて欲しい。頼む」
「良いでしょう。カレル様、素直なのは良い事ですよ。姫様、あまり飲み過ぎてはいけません。体に負担がかかりますから」
そう言って、メディアはカレルからライラを離す。ライラも満足したようで、魔法で服や体に付いた血を綺麗に消し去った。金髪の長い髪と黒のドレス姿が印象的なメディア。そんな彼女が、改めてカレルに近付くと驚くべき提案をする。
「‥‥カレル様。私の夫になってもらえませんか? あられもない私の姿を見たのですから、責任を取って下さい!」
顔を赤らめながら言うライラを見て、カレルは少し考える。そして、メディアに倒される前に見た彼女の姿を思い出した。
「ああ、あれか。師匠に凄まれて、お‥‥」
「きゃあああ! い、言わないで下さい!! 仕方無いじゃないですか。あんなに怖い思いをしたのは、生まれて初めてだったんですから」
慌ててカレルの言葉を遮るライラ。メディアと訓練を重ねたとはいえ、初めての実戦。しかも、ヴァンパイア王を倒した者の威圧を受けたのだ。粗相をしても仕方がない所はある。
「姫様、ですから最初に言ったではありませんか。私が到着するまで待って下さいと。長年幽閉されてましたから、分からなかったかも知れませんが、この2人は人間界最強に近い存在ですよ。たかが、真祖のヴァンパイアと言うだけでは、勝てません」
「おい、じゃあ何で俺と戦わせようとしたんだ?」
「姫様に上には上がいるぞ、と教えたかったからです。実際にぶつけた方が、強さは分かり易いですし」
いけしゃあしゃあと言うメディアに、カレルは遠い目を浮かべる。かつて、セリスにされた修行という名の地獄を思い出したからだ。どれも命懸けの修行であり、何度死にかけたか数え切れない。
「ここにも鬼がいやがった。昔の師匠と同じじゃねえか。いきなり、オークの群れに放り込まれて戦う事になるわ。キマイラと1対1でタイマンさせられるわ、魔力封印されてワームの群れから逃げろと言われるわで散々だったからな」
「あら、良い訓練ですね。ライラ様にもさ‥‥」
「絶対に嫌です!! め、メディア、それよりセリスさんをどうしますか? カレル様の言われる通りの処遇にしようと考えてますが」
「むう、残念です。そうですね」
そんな訓練は受けたくないと、必死に話題を変えるライラ。メディアは惜しいと思いながらも、セリスの処遇に思考を切り替える。
「念のため、主従契約をしましょう。ライラ様が主人でカレル様とセリス様が従者となります。そうすれば、ライラ様の忠実な従者として縛れますよ」
「奴隷契約よりはマシか。あれだと、主人に逆らっただけで死ぬからな。どうする、師匠?」
「‥‥仕方がないな。私達は敗北し、生殺与奪の権は向こうにある。ただ、私もカレルの妻として扱って欲しい。どうかな?」
セリスの願いを聞いて、ライラは少し考えるも頷く。主人の了承を得たメディアは、近くに置いていた鞄から巻物と羽根ペンを取り出す。それを広げた後で、カレルに羽根ペンを手渡した。
「分かりました。姫様に忠誠を捧げるのであれば、構いません。では、こちらにサインを下さい。これは結盟の契約書。違反すると呪いが発動しますから、お気をつけ下さい」
「呪いというと?」
「一生、お腹が下り続けます。毎日オムツがいりますね」
「「地味だけど、嫌すぎる!!」」
呪いの効果に身震いしながらも2人は契約書にサインした。サインを確認したメディアは、鞄に巻物を戻す。そんな中でカレルは、ふとある事が気になって質問する。
「ライラにとって、セリスは父親の敵だろ? 恨んではいないのか?」
「私はお父様に全く顧みられず、メディアとお母様に育てられました。恨みこそすれ、肉親の情などありません。むしろ、セリスさんが倒してくれて、清々してますわ」
姉のカミーラや取り巻きのいじめを放置し、何の対策もしなかった父親。それに対し、メディアが報告しても全く動こうとしなかった事で、ライラとライラの母親はヴァンパイア王に怒りと悲しみを覚えた。その怒りは深く、彼の葬式の際も参列しなかった程である。
「ヴァンパイア王は、ライラ様に無関心でしたしね。敵討ちに来たのは、あくまで振りにすぎません。1つは、貴殿方の実力を見る為でした。そして、もう1つは‥‥」
メディアの説明を遮るように、ライラは両手で彼の右手を握りしめる。顔を見れば、その表情は必死だった。
「私はビスティ王国に亡命したいのです。カレル様、獣人王様に仲介をお願い出来ませんか? もう、自分の国に帰りたくないのです」
次回、獣人王が登場。ライラ達についての話し合いです。