第25話 ミスリル鉱山稼働と妖怪爺
ボーア達がヴェネルセから逃げ帰って4日後、遂にミスリル鉱山が稼働を開始した。カレルとヴェラにより坑道はある程度掘られており、作業員達は掘削と運搬。鉱石の選別作業と精錬に集中する事が出来た。そんな中、作業員達が鉱山へと向かう。
「お前ら、頑張るぞ! 今度の休みは、港町で酒盛りだ。浴びる程飲みに行くぞ!」
「ダークエルフのワイン、上手いからなあ。親方付いて行きますぜ!」
「よおし、食って飲むぞおお!」
「親方、俺は女抱きたい。もらった金を早く使いてえ!」
酒と食事の後は、女が欲しくなる。それが鉱山で働く男達の性だ。しかし、親方の男は首を横に振る。
「ここは、金払いも良いからな。港町の姉ちゃんの質も悪かねえ。だが、女はまだ駄目だ。ミスリル鉱石が、ある程度出てくるまでは女断ちをする。女抱きたいなら、一人前の仕事してからだ。野郎ども、悔しかったらミスリル鉱石を掘りやがれ!」
「「「「よっしゃあ!! 掘って、掘って、ミスリルを作るぞ。そして、良い女抱くぜええ!」」」」
「よし、これで当分は大丈夫だな。しかし、坑道内の空気も悪かねえし、休みもちゃんとある。他の鉱山とは、天と地の差があるよなあ」
空気穴を大量に作ったり、朝昼夜の3交代制を整え、作業員達に無理をさせない等。待遇面や環境面を良くした結果、作業員の士気と安心感が高まっている。鉱山で働く活気に満ちた作業員達を、満足げに見ていたカレルの下にライラがやって来た。
「カレル様。鉱山事務所に、とある方が訪ねて来ています。あのボーア等よりも、はるかに大物ですので必ずお会いください」
ライラの口調に若干の怯えがあった。普段は深窓の令嬢のようなライラだが、実は芯は強く胆力もある女性だ。そんな彼女が、怯える相手は誰なのか。カレルは少し考える。
「‥‥ライラが怯える相手か。まさか魔王じゃないだろうな?」
「陛下はご多忙ですから、無理ですよ。ですが、カレル様に会いたいとは仰ってますね。『あのヴェラがいれこむ男を見てみたい』とメディアに話されたようですし」
どうやら、カレルとヴェラの仲は魔王軍内でも有名らしい。メディアがライラとセットにして、魔王軍内に触れ回った結果のようだ。勝手な行動をするメディアに、カレルの頭は痛くなる一方だ。
「はあ。メディアの奴、妙な事を言ってなければいいが。だとすれば、7大魔将のいずれかかな?」
「はい、妖魔術師団長マルフォン様です。マルフォン様からは、カレル様と面識があると聞きましたが?」
マルフォンの名前を聞いたカレルは、思いきり顔をしかめる。はっきり言って、彼の天敵と呼べる存在だからだ。7大魔将の中で、カレルが対戦したのは4人。魔法剣士ヴェラ、ヴァンパイア王タナトス、魔竜公ゼネブ。そして、最後の1人が妖怪爺マルフォンである。
妖怪爺とは、煮ても焼いても喰えない老人だと当代の魔王が呼び始めて付いた異名だ。策略、謀略お手の物で、魔力に置いては魔族内でも随一の保有量を誇る実力者である。カレルは、そんな彼相手に3度戦い、3度とも悲惨な負け方をした。思い出したくもない黒歴史として、彼の心をさいなむ位の相手だ。
「わ、悪い。ライラ、急用思い出した。マルフォンには君が‥‥」
「マルフォン様より、伝言です。『逃げても良いが、お主の失態を暴露するぞ。例えば初めて戦った時、あまりの恐怖に‥‥』」
「うわあああ!! ライラ、行くよ。行きますよ。だから、それ以上は言わないでくれ!」
「‥‥私と同じ事してたんですね。格上の相手の実力を見抜けず返り討ち。あげく、他人には見せれない有り様に陥る。若さって、本当に怖いですね」
ライラが言おうとしたのは、カレルとマルフォンが初めて戦った時の話だ。若さ故の蛮勇か。カレルはマルフォンに挑み、魔法でボコボコにされたあげく、大空に連れて行かれる。魔法封印後、そのまま自由落下。カレルは地面と激突寸前でマルフォンが助けた。
『フォッ、フォッ。これに懲りたら無闇に出てくるでないぞ? ハエが、いくら気張っても勝てぬ物は勝てぬでな』
誇りを微塵に砕かれ、他人には言えない姿となったカレル。以後、必死に努力して、超一流の魔術師となった彼だが、マルフォンには全く勝てていない。忘れられないトラウマ体験に加え、相性が悪い相手。しかし、逃げる訳にも行かず、気付けばカレルは事務所の前まで来ていた。
「カレル様、事務所に着きましたよ。失礼します、マルフォン様。カレル様を連れて参りました」
ライラが扉を開けると、白髪の少ない頭に長い白髭を蓄えた老人が、熱心にミスリル鉱石を鑑定していた。ライラ達に気付くとミスリル鉱石を置き、笑顔で迎える。
「おお、泣き虫カレルではないか。少しは強くなったかと思ったが、メディアに完敗とは情けないのう。相変わらず、セリス=ヴァイツァーの尻に敷かれとるのか?」
「‥‥ぐっ、爺! こんな所まで来て、俺に喧嘩を売りにきたのか?」
「それ程、暇ではないわ。わしの用事は、このミスリル鉱石よ。単刀直入に言おう。10%の採掘権を妖魔術師団が買いたい。お主の所にボーアとか言うガキが来たじゃろう? 愚かな人間に、こんな高純度のミスリルを渡す訳にはいかんからの。ガルディ卿とやらは、聖剣を大量生産して味方を増やそうと考えたようじゃしのう」
カレルは、改めてマルフォンの情報網に舌を巻く。レーナやその部下が掴んでいない情報まで知っている。人間側の上層部に、彼のシンパが居ると言う噂はどうやら本当の事らしい。
「爺、本音を言え。ミスリルは魔術道具の材料になるし、魔法の媒介にも活用出来る。妖魔術師団にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろうからな」
「ああ、欲しいとも。ミスリル鉱石の代価として、こちらは魔術道具を提供しよう。わしらの魔術道具は、人間やエルフどものそれとは段違いの性能を持っておる。悪い取引ではないと思うが?」
「断る! と言いたいが、魔王の勅令状を持って来てるんだろう? あんたは、負けない戦は仕掛けないからな。分かった10%をその条件で売ろう。魔術道具は品質の良い物を用意してくれ」
満面の笑顔となったマルフォンは、契約書と魔王からの勅令状を懐から取り出すとカレルに渡す。案の定な展開に、カレルはため息をついた。相変わらず、隙が無さすぎる。まだまだ、カレルはマルフォンに勝てそうに無い。
「ったく、この前はボーア。今日は妖怪爺がやって来た。明日は教皇か魔王が来るかもな」
「それだけ、ミスリル鉱山を皆が欲しておったのじゃ。大戦期、聖剣と魔剣の粗製乱造が多かったからのう。残ったのはクズ石に近いミスリル鉱石だけ。故に良質なミスリルは、喉から手が出るほど欲しい。それは人間も変わるまいな。これから、人間達の交渉合戦が益々激しくなるじゃろう。くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
マルフォンの忠告に、カレルはうなずくしかなかった。恐らくボーア達が動いた事で、他の聖騎士等も動くはずだ。今以上の面倒事が増えると考えたカレルは、苛立ちのあまり頭をかきむしる。
「分かってるよ。はあ、力を持ってなければ踏むつけられ、持っていれば面倒事に巻き込まれる。嫌な世の中だな、おい」
「フォッ、フォッ、仕方あるまいな。お主が、それだけ実力を付けたという事よ。それより、カレル=バーネット。お主に仕事を頼みたい。ライラ嬢にも既に了解は取ってある。では、行くかのう?」
「おい、爺。ちょっと、待‥‥」
会談を終えたカレルとライラは、マルフォンの転移魔法によって移動させられた。向かった先は、ヴェネルセより北に位置するノルス王国。第2次人魔大戦の始まりを告げた戦場である。大戦という舞台に、カレル=バーネットが立った瞬間であった。
次回もマルフォン回。ある策謀に、カレルが巻き込まれます。




