第3話 飛んで火に入るヴァンパイア
「はあ、本当にヴァンパイアになってやがる。差し込んでくる日光が痛くてかなわん。おい、馬鹿師匠。この状況、どうしてくれる?」
カレルの唇からは牙が生え、日光に当たった皮膚は赤くなり始めている。吸血衝動はセリスによって解消されているが、人間でなくなった事には違いない。しかし、行った張本人はどこ吹く風である。
「安心しろ、私達は真祖のヴァンパイアだからな。日光に当たった位では死なんし、十字架や聖水も効かん。まあ、大量の水に浸かると確実に死ぬから川や海には近づくなよ。あと、心臓を聖剣や魔剣レベルの業物で貫かれてもアウトだからな」
隣にいたセリスは、ヴァンパイアについて説明するとベッドから起き上がって服を着始める。いくら見ても、今年34歳には見えない肌と体にカレルの視線は釘付けになる。‥‥特に豊かな胸に。それに気が付いたのか、セリスは顔を真っ赤にしてカレルに枕を思いきり投げつけた。
「おい、もう少し自重しろ。わ、私が悪いのは確かだがな。ほら、後ろを向いてくれ!」
「あんだけ求めていて、その仕打ちは理不尽過ぎだろ! しかし、魔力が一晩で10倍になるなんてな。魔法の制御が難しくなりそうだ。訓練が必要か」
セリスに背を向け服とローブを着ながら、カレルは驚きを隠せないでいた。彼女の血を吸った結果、体内に流れる魔力が爆発的に増加。人間が扱える魔力量を軽く凌駕したからだ。ヴァンパイア王と邪竜の血の効果は伊達じゃない。
「カレル、君の血も最高だったよ。吸血したら魔力がかなり上がってな、私も強大な力を手に入れた。これを見てくれるか?」
着替え終わったセリスが、腰に差した魔剣を鞘から抜く。魔剣全体から闇の波動と妖気が拡散され、室内が新月の夜のように暗くなっていく。このおっかない状況に、カレルは頭を抱える。
「‥‥さっさと仕舞ってくれ。魔剣が洒落にならない位、禍々しくなってるじゃないか。どうするんだよ、教会にばれたら処刑されるぞ? ヴァンパイアになった上に、魔剣解放しちまってるし」
魔剣は元々魔族が使用していた武器だ。その攻撃力は、人間の武器等では到底敵わない。教会の者達は考えた。魔剣の力をある程度封印し、人間でも使えるようにすれば良いと。こうして、人形魔剣士部隊が出来る。
精鋭部隊すら圧倒する実力を発揮した彼らは、魔族との最前線に派遣された。かなりの戦果をあげたのだが、その強大な力を恐れた教会は傀儡魔法による洗脳を実施。教会の最精鋭として今も活躍中だ。
「私とカレルが組めば、ほとんどの敵は蹂躙出来るはずだ。それが魔族であっても勝てるだろう。私の魔剣ヴィルトは、ヴァンパイア王の持っていた魔剣だからな。‥‥取り返したい輩も現れるだろうし」
剣を鞘に仕舞うと窓の外に目配せをするセリス。カレルは深々とため息をついてから、頷く。外で様子をうかがう人物がおり、殺気が駄々漏れだからだ。
「となると目的は敵討ちか? ふう、巻き込まれるのは勘弁して欲しいんだがな。‥‥フレアバースト(5%)」
カレルは、寝室の窓から外に向かって燃え盛る火球を放つ。魔力を制御して小さくしているが、最上級火属性魔法だ。何者かに着弾した瞬間、周辺の森の木々が燃え尽きてしまう。
「熱っ、熱いいい!! ちょっと、女性相手にいきなり最上級魔法なんて鬼畜すぎますわよ!?」
「ちっ、まだ死んでなかったか。少し威力を上げて、‥‥良し。フレアバースト(10%)!!」
声のする方に、最上級火属性魔法を再度解き放つカレル。さすがに今回は加護の魔法が耐えきれず、家にある加護の魔法壁が粉々に砕けた。声の主は、何とかあれを防ぎ切ったらしい。炭化した木が散らばる地面の上に倒れ込んでいた。もっとも、カレルに彼女を殺す気は全く無い。少し、からかう程度の攻撃に抑えている。
「‥‥白か。魔族にしては意外と大人しいな。師匠なんて、く‥‥」
「おい、カレル。何を見て、何を言おうとしている? 後で言い訳は聞くとして、さすがに彼女が可哀想だ。話だけでも聞こうじゃないか。まあ、返答次第では私の剣技と君の魔法の実験台にすれば良いし」
「な、何を見てるの? い、今見た事は忘れなさい!! 私はライラ=ベルクス。ヴァンパイア王の娘ですわ。セリス=ヴァイツァー、我が父の敵とらせ‥‥ひいっ」
何とか立ち上がり、口上を述べるライラの喉元に、セリスは魔剣を突き付けた。あまりの早さと魔剣に込められた殺気を感じ、ライラの総身から冷や汗が噴き出す。
「甘いな、小娘。隙が有りすぎるし、私達と戦うには実力も無さすぎる。カレル、魔法で拘束しろ。さて、ライラ殿。私達の剣技や魔法の実験台になってもらおうか? 並の魔物じゃ、すぐに死んでしまうからなあ」
セリスの冷酷な笑みを見たライラの理性が吹き飛んだ。腰が抜け、座り込んだ彼女は大声で泣き出してしまう。その様は、まるで子供に返ったようだ。
「う、う、うわあああん。メディア、助けてえ! 怖いよおおお!!」
あまりの泣きっぷりに、さすがのカレルも可哀想に思ってしまう。見れば、彼女のスカートの付近から液体が流れ出していた。ライラの怯えぶりに、セリスも頭をかくしかない。
「師匠、俺以上に酷いぞ。とりあえず、俺は後ろを向くから」
「‥‥やり過ぎた。ここまで取り乱すとは思ってなかったからな。はっ、カレル避けろ!!」
刹那、カレルとセリスはその場から素早く離れた。先程まで2人が立っていた場所に、矢が2本刺さっている。動かなければ、頭を射ぬかれていた事に気付く2人は周囲を見渡す。そこへ、気配を消しながらも矢を放った人物が、カレルとセリスに警告を発する。
「そこまでです。これ以上、ライラ様に危害を加えるのを許しはしません」
次回、ダークエルフ推参。ライラの護衛です。