第23話 最恐の商人来襲?
港湾整備を始めて3日、カレルとヴェラの魔法で客船と貨物の道路と波止場の土台部分が完成した。隙間なく敷き詰められた石は、ミスリル鉱山の掘削で出た岩を砕いて使用している。カレル自身は、波止場や道路の造成に集中。つい先程ようやく完成した所だった。
「ああーー、しんどいい。カレル、君は大丈夫なの? 僕は肩と腰が堪らなく痛い」
ヴェラは鉱山で岩を砕いた後、ここまで何度も運び込んで来た。魔力と筋力を限界まで使っているだけあって、その言葉は心から出た叫びだ。ヴェラが着ている赤を基調とした服は、土や砂ぼこり等ですっかり汚れている。
「お前はオッサンか!? 確かに急ピッチで作業したから疲れたな。後は港湾の作業員に整備を任せよう。‥‥えーーと、俺はヴェネルセに帰るが、一緒に来ないか? 領主館で夕食とワインをごちそうするぞ。ありがとうな、ヴェラ。手伝ってくれて感謝している」
そんな彼女をねぎらうべく、カレルはヴェネルセに誘う。不器用な彼なりの気遣いに、ヴェラは嬉しさのあまり笑みを浮かべて陽気に答えた。
「おっ、いいね。じゃあ、さっさと移動しようか。皆、後は任したよ!」
作業員達に後を託し、カレルとヴェラはヴェネルセへと向かう。場所は、領主館の中庭。花壇が周りに配置され、白い大理石で作られた床の上に2人は転移した。
「まずは、お風呂入らないと。カレル、一緒に入る? ぼ、僕は構わないけど‥‥あたっ!」
抜け駆けしようとしたヴェラの頭に、杖による鉄槌が下る。形の良い眉を少し跳ね上げ、怒っているのはライラだ。しかし、表情を真顔に戻すや2人に近づき、ある人物の来訪を告げる。
「全く、油断も隙も無いですね。カレル様、ヴェラ様お帰りなさい。お風呂は別々に入ってもらうとして、来客ですよ。‥‥ボーア=シュトクレル様です。人間側で、最も危険な商人の1人と呼ばれる男。カレル様とは旧知の仲と聞いていますが?」
ライラの問いに、カレルは苦い顔を浮かべる。いずれ来るとは思っていたが、こうも早く来るとは思っていなかったからだ。だが、来たからには戦わねばならない。相手は、教皇や国王すらも恐れる大人物であるのだが。
「さすがに、利益に対する嗅覚は半端ないな。ヴェラ、気を引き締めてかかるぞ。下手すると尻の毛までむしられる位、利益を持ってかれるから」
「‥‥うわあ、相手にしたくない。ねえ、ライラ。僕は会わなくても‥‥」
「先方は、ヴェラ様もと言われてます。素直に諦めてください」
無情なライラの宣告に、がっくり肩を落とすヴェラ。カレルは、そんな彼女を連れて領主館へ入る。そして、ライラに耳許で小さな声で指示を出す。
「ライラ。ヴェラの屋敷に使者を出して、戦装束を持って来るように言ってくれ。後は、フィンを呼び出して欲しい。今、応対しているのは誰だ?」
「‥‥そのう、メディアですね。今はチェスの相手をしています。ボーア様、勝とうと必死になっていますね。『君は勝ちを譲る気は無いのか!?』と怒ったのに対し、『接待は、嫌になる程やり尽くした。これからの私は、常に全力で敵を倒す!!』と言って、こてんこてんに負かしてますけど」
話を聞けば、ボーアが5連敗中らしい。しかも、ボーアは金を賭けてたらしく、金貨50枚を失ったようだ。それを聞いたカレルは、素直に喜ぶ。交渉相手の感情を乱せば、こちらに有利に働くからだ。
「よし、良い援護射撃だ。ヴェラ、戦装束で奴を威圧してくれ。隙は一切見せないように、皆で心がけよう」
「分かった。でも、メディアに任せて良いのかな? 昔からチェスが強すぎて、泣いた奴が数知れないんだけど」
勝負事には常に勝ちを求め、相手が子供だろうが魔王だろうが容赦せずに叩き潰す。そんな話を聞いたライラは顔をひきつらせるが、何とか動揺を抑える。
「ま、まあ大丈夫ですよ。メディアも大人ですし、最後位は勝たせるはずですから。とりあえず、入浴して来てください。私とメディアで応対しますので」
少し不安を覚えたカレルとヴェラは、早めに入浴をすませるとそれぞれの正装に着替えた。ヴェラは、軽装の鎧を身にまとい、魔剣を腰に差した戦装束。カレルは魔術師のローブとマントを着こなし、杖を右手に持つと、ボーアの待つ応接室へと向かう。そこで彼らが見たものは‥‥。
「ふっ、金貨100枚。耳そろえて、きっちり頂かせてもらいますぜ、旦那。あら、2人とも早かったですね。ボーア様を『〇え尽き〇ぜ、〇っ白にな〇』の状態にしましたから、後は楽勝ですよ?」
見れば豪華なソファーの上でボーアが頭をうつむかせ、虚脱していた。精神に深い傷を負ったらしく、カレルとヴェラが部屋に入ってきたのにも気付いていない。心なしか、体の生気が失われているようだ。メディアの情け容赦無い戦いぶりに、2人は深いため息をつく。
「ボーア様、ボーア様! カレル様が参られましたよ。商談をするんじゃないんですか?」
部下がボーアに声を掛けるも、何も聞こえていないようだった。チェス盤をにらみながら、嘆きの言葉を吐き出す。
「どうして、俺は勝てない!? 途中までは有利に進むのに、最後には必ず逆転される。何故だ!」
「敵を見誤っているのと君の拙い戦い方が読めるからさ。人間側最恐の商人も、まだまだ坊やですわね」
「うぐっ。お、俺は‥‥」
とうとう、ボーアは胸を押さえて倒れこんでしまう。慌てて彼の部下達は、ボーアを起こすと客間へと運んでいく。その惨状を見たライラは、メディアを無表情で部屋から引っ張り出そうとする。
「メディア。相手をしなさいとは言いましたが、ああまで負かさなくても、良かったのではありませんか? ちょっと、こちらに来てください。お説教しますから」
「あ、あのう姫様? どうして、主従契約の力を行使してらっしゃるのですか? 待って、待って下さい! 私はカレル様の為に‥‥」
ライラによってメディアも連れ出され、応接室に残ったのはカレルとヴェラ、フィンの3人だけだった。ヴェラは気まずい空気の中で、何とか自分を奮い立たせて2人に声をかける。
「はあ。これで良かったのか、悪かったのか分からないな。カレル、とりあえず夕食食べようか。フィンも夕食まだだろう?」
「まあ、ボーアの出鼻をくじいた事は良しとしましょう。夕食を食べる間に、彼も復活するでしょうし。ボーアは、存外タフですからな」
「それにしても、メディア強すぎだろう。ボーアもチェスの上級者なのにな。うん、あいつとは絶対に勝負しない。金は持ってかれるし、精神まで殺られるから」
3人はボーアが起き、ライラによるメディアの説教が終わるまで夕食を摂ることにする。しかし、夜になってもボーアの体調が回復する事は無く、会談は翌日へと持ち越しになってしまった。
次回、ボーアとの会談です。メディアのせいで、体調と気力共に絶不調の彼。カレルとヴェラから、利益を得るために挑みます。




