閑話5 イローナの決断と根回し
私、イローナ=フェレールは重大な決断を下そうとしている。正直、カレルや商会の皆と波風は立てたくはないけれど、先の事を考えればしなければならない。その為に、ファーブル様達との面会申請をしたのだから。ビルド城の謁見の間、大勢の獣人達が控える中で私はひざまずき、話を始める。
「ファーブル様、マリン様。本日はお忙しい中、時間を作って頂き感謝致します。用件と申しますのは、ヴァイツァー商会の会頭の件でして」
「イローナ、君の言いたい事は分かる。セリスを更迭したいのだろう? 獣人達の不満や怒りも分かるが、下手をすれば商会が空中分解しかねん」
ファーブル様の懸念は、もっともだ。セリス=ヴァイツァー。あの女は、聖騎士として名を馳せた英雄の1人であり、戦力としては申し分無い。その力で、大方の連中はねじ伏せられる。だが、だからこそ会頭に据えるのは危ういと私は考えている。
「ファーブル様。現状、商会の半数以上を獣人が取り仕切っています。彼らは、皆同じ事を言いました。『カレル様なら従えるが、ぽっと出のセリス様には従えない』と。確かにセリス様は、バラン様の御用商人の地位を己の才覚で手にいれました。ですが、今はそれだけしか功績がありません。カレルが会頭職につけたのは、時期尚早と思われます。ついては‥‥」
「待て、待て! 確かにそうではあるがな。セリスが退任を認めなければ話にならん。‥‥それと、他の者の意見はどうなっている?」
私の話をさえぎり、ファーブル様はヴァイツァー商会内の状況を尋ねてきました。確かにビスティ王国の商会ゆえに、国王の干渉は行えます。しかし、相手はセリス=ヴァイツァー。下手な干渉をすれば、自分達の命が危ないと思ってますね。
まずは、その憂いを払拭しなければなりません。私はファーブル様を見ながら説得を続ける。
「ライラ様とメディア様、フィン様は退任に賛成。レーナは中立。カレルはフィン様が説得すると言われました。半数の幹部の了承は得ており、魔王のご子息たるバラン様も認めております。つまり、ファーブル様だけが矢面に立つ事はありません」
私はここ最近、業務をしながら説得工作を重ねてきた。フィン様は、説得不要で賛成。私達の離反を恐れていたみたい。だけど、それはあくまで最終手段ね。貿易の玄関口であるヴェネルセを失って困るのは私達も同じだから。
ライラ様とメディア様は、ヴァンパイアとダークエルフの立場強化を引き換えに賛成へと回ってくれた。商会や領官で働いて日が浅いし、数も少数。魔王軍内での立場も弱いし、居場所が欲しいのでしょう。ただ、リーナは中立を保った。
『もし、セリスお嬢様を更迭する際に全員が非難すれば、彼女が怒りのあまり暴走しかねない。私くらいは、セリスお嬢様の為に反論しないとね。あんたがしようとしてる事は、間違っていない。だから、黙っていてあげる』
そう言って、彼女は去っていきました。さすがに孤児院育ちで、幼い頃より苦労していた事はあります。様々な事柄で、よく気がついてくれて私達も助かっていますから。
カレルは説得すれば、何とか分かってくれると信じている。ヴェネルセとヴァイツァー商会を私達と共に築き上げた彼なら、獣人の不満と怒りを知れば、セリスの更迭を決断してくれるはず。そう考えている私に、マリン様が豪快に笑いながら声をかけてくれました。
「ハッハッハッ。あのセリスを相手に、商人でしかないあんたが頑張るじゃないか。私は感心したよ、イローナ。私達もあんたに協力しよう。私達の養女になりな。そして、ビスティ王国の王女として、ヴァイツァー商会の会頭にしてやろう」
マリンの言葉に謁見の間が騒がしくなりました。一介の商人である私を王女にすると言うのですから、当然でしょう。慌てて、第1王子カルマン様が諫言を行っています。彼は、ファーブル様を少し小さくした容姿をしていらっしゃいますね。残念ながら、実力、気概共に数段劣ります。現に、声が上ずってらっしゃいますもの。
「は、母上。いくら何でも、それはいけません。イローナを王女にするのもですが、王家が1商会に加担しすぎでしょう」
「ああん? その商会に、まんまとしてやられたガキが何を言ってるんだい!? しかも領土はダークエルフに、ミスリル鉱山の利権はヴァイツァー商会に取られたんだ。情けないったら、ありゃしない。それで、あんた! この話を進めて良いだろう?」
‥‥マリン様、怖い。昔から怒ったら怖い方として有名でしたから。あっ、カルマン様も震えていらっしゃいますね。先の戦争では自分の派閥が大打撃を受けた上に、ファーブル様よりも叱責を受けたと聞きます。私達のした事ですが、これも生きる為なのでお許し下さい。
「ええと、うん。いいですよ。イローナは、我々の養女にします。皆も構わないな?」
ファーブル様も怯えて、言葉使いが変わってますね。そして、獣人の皆様も。ええ、そうです。ビスティ王国の真の支配者は、ファーブル様ではなくマリン様です。そんな彼女が私に近づいてきました。怖すぎますけど、逃げる訳にはいきません。
「さあ、イローナ。私の娘よ。あんたは獣人にとって希望の星だよ。セリスの事は心配しないで良い。私とファーブル相手に喧嘩する程、愚かじゃないはずさ。‥‥それと、あんたをカレルの婚約者にするからね。商会ごとカレルまで奪えるよう頑張りな!!」
思いきり、私の背中を叩いて激励するマリン様。そんな彼女に、私は何も言えませんでした。突然、養女に迎えられ、婚約者にされたのですから。フィン様の打ち合わせでは、ファーブル様達の力を借りるだけだったのに。
まあ、良いでしょう。これで、あの女を追い落とせますから。カレルやリーナは許せても、セリスは許せる事はありません。何故なら、彼女は私の‥‥。
「い、イローナ。くれぐれも穏便に頼むぞ。間違っても、ヴェネルセが吹き飛ぶとか無いようにな!」
「ファーブル様、ご安心を。いざとなれば、メディア様が止めてくれますから」
商会に帰った後の事を考えると不安を抱く反面、嬉しさが込み上げてきます。ようやく商会の会頭となり、カレルの隣を歩ける。それが、私の永年の夢でしたから。さあ、商会に帰りましょう。敵は強大ですが、私も負けはしませんよ!
次回より本編。セリスを更迭する会議が始まります。その後の流れは、ヴェネルセと商会改革、大戦への参入です。




