第13話 戦争前の売り込み ビスティ側
レーナの口調を変更しています。
カレル達がヴェネルセに戻ってから2日後、イローナは10名程の部下を引き連れて牛人族の領内に入った。そして、真っ先に族長の屋敷へと向かう。未だ戦端は開かれていないようで、彼らは屋敷で前祝いの酒を飲んで騒いでいる所だった。
その会場たる食堂に通されたイローナを迎えたのは、彼女より一回り大きい男である。黒光りの立派な角が生えた牛人族の族長ギオ。彼は酔っているのか目が血走り、イローナを見る目が怖い。
「ほう、フェレール商会元会頭の孫娘か。俺に何の用だ?」
「はい。牛人族族長たるギオ様のお手伝いに参りました。今回の相手であるダークエルフは、魔法と弓の名手が多い種族です。ならば、矢を通さぬ鉄の盾と投げ槍やスリングといった投擲武器が必要かと思いまして」
イローナが、手を叩くと部下達が武器と防具を持ってきた。どれも新品であり、居並ぶ獣人達が物欲しそうに見ている。ギオは、それに気付きながらも敢えて断ろうとする。
「ふん、さすが商人だな。商機と見るや、すぐにやって来る。だが、残念な事に金が無い。またの機会に頼もう。武器に頼らずとも、今回は見るがいい。虎人族や猿人族が援軍に来てくれているからな。数の力で、闇エルフを圧倒してくれるわ!」
「しかし、相手はダークエルフです。どんな策を弄するか分かったものではありません。しかも、私が仕入れた情報では彼女達が魔王に泣きついたとか。仮に魔王の部隊が派遣されたとすれば、数の優勢も覆されると思いますが?」
イローナの言葉に周りの者達が、目に見えて動揺するのを見てギオは顔を歪める。確かに彼らは魔族討伐派だ。しかし、だからといって魔王軍との戦いの矢面には立ちたくない。あくまで自分達は安全な所で戦い、手柄だけ欲しがる。そんな竜頭蛇尾の派閥なのだ。
仮に魔王の息子辺りが攻めてくれば、あっさり牛人族を見棄てかねない。危機感を覚えたギオは、イローナの武器や防具を買い、短期決戦に持ち込むと腹を決める。
「‥‥分かった、君の商品を買おう。しかし、金が本当に無いんだ。物納でも構わないか?」
「構いません。さしあたって、南にあるベーロテ山の所有権を我が商会にお譲り下さい。それを承知なさるのでしたら、武器防具に加え、食糧も3日分程お渡しします」
イローナの提案にギオは考える。ベーロテ山は岩だらけで何の価値も無い山だ。正直、農耕や牧畜を営む牛人達には必要無い。そんな山と引き換えに、物資を提供すると言うのだ。上手い話である。
「何だ、そんな山が欲しいのか。よかろう、くれてやる。代わりに物資の件は頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい。こちらにサインをお願いします。賢明なるギオ様がそう判断されると思い、物資を既に持ってきておりました。これで、ダークエルフは負けたも同然ですね」
「手回しが良いな。ほれ、サインしたぞ。イローナ、商談も済んだしどうだろう? ちょっと2人で飲まないか?」
契約書を返したギオは、イローナに抱きつくと尻を左手で撫で回す。男達が囃し立てる中で、彼女は右手で思いきりギオの手を叩いてから摘まむ。
その表情は笑っているように見えるが、古い付き合いの者から見ればキレる寸前の笑みだと分かる。部下達がハラハラしているのが分かった彼女は、手を離すと満面の笑みを浮かべて忠告する。
「ギオ様。まずはお勝ちになってから、こういう事はなさって下さいませ。浮わついていたら、勝てる勝負も勝てません。くれぐれも油断は禁物ですよ」
イローナの手痛いしっぺ返しに、周りの男達は爆笑する。
「ギオ、もう少し上手く口説け。下手くそ!」
「そこで触っちゃ駄目だろう。もう少し酒を飲ませてからだぜ」
「今日はそこまでにしな。決戦前の族長が女連れて出陣はしまらねえぞ」
ギオもそんな空気では、無理強い出来ない。残念そうにイローナ達に退出を促すのだった。物資を牛人達に引き渡すとイローナ達はすぐに村を出ていく。特に足が早いのはイローナだ。あっという間に森へと入るや、大声で怒鳴る。
「あの、スケベ牛人! 勝手に私のお尻を触るなああ!! 私に触っていいのは‥‥うわっ」
気付けばイローナの喉元に短剣が突きつけられていた。イローナの部下達は何とも言えない表情で、短剣を持つ人物を見ている。彼女が、ヴァイツァー商会内で絶対に逆らってはいけない5人の内の1人だからだ。新会頭セリス=ヴァイツァー、副会頭フィン=ヤルセン、ヴェネルセ領主にして顧問カレル=バーネット、相談役メディア。そして、最後の1人こそが‥‥。
「うるさい。牛人達に聞こえるから、黙りな。仕事内容は悪くない。きっちり、鉱山の使用権を持ってきたからね。酒もイローナが手配したんでしょう? なかなか、あこぎな稼ぎ方で感心するよ」
「悪くなる寸前の酒、あと少しで腐りそうな食糧、売れ残った武器防具。どれも高く売り付けたよ。彼らには相応しい品だからね。ファーブル様の命に背いてまで戦おうとするんだもん。国の害にしかならない連中に渡す物資は、あれで十分さ。違うかな? レーナ=カルマン」
最後の1人は、レーナ=カルマン。12聖騎士の1人で、『静寂の暗殺者』の異名を持つアサシンである。何故、彼女が商会に入ったのか? それは10年前にさかのぼる。大戦終結後、好きだったカレルが突然、行方不明になってしまった。
彼女はセリスの件が原因だと知り、必死になって彼の足跡を追いかける。ようやくビスティ王国でカレルを見つけた時、彼女は出会い頭に1発殴った。その時一緒にいたファーブルが『いやあ、見事な右ストレートだったな。うん』と言わしめた威力で。
以後、勝手にいなくならない事を怯えるカレルに約束させたレーナは、商会に入ってヴェネルセの治安維持を担当。都市の表と裏双方ににらみを効かし、ヴェネルセの安全を守り続けた守護神的存在だ。ヴァイツァー商会で逆らおうなんて思う者は、絶対にいない。
「間違ってはいないね。彼らは付け入る隙が大きすぎる。自分達が使う予算欲しさに、他国との戦争を企む国賊だからね。魔王が本気で攻めて来たら、どうするつもりだったんだろうね?」
「何にも考えていないんじゃない? 戦が始まるって言うのに酒盛りしてる連中だよ? 後始末はカレル様。‥‥とセリス様に任せるとして、向こう側は大丈夫かな?」
イローナは、ダークエルフ側に向かった者達を心配する。レーナは、そんな彼女の肩に手を置くと思いきり首を横に振る。
「‥‥大丈夫だろうね。向こう側の担当は、ヴァイツァー商会の巨悪コンビだから。フィンはともかく、あのメディアというダークエルフは間違いなく化物さ。そこらの人物じゃ、太刀打ち出来ない。さぞ、鴨にされるでしょうね」
次回、ダークエルフ側に対する売り込みです。




