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異界に漂うむつのはな  作者: かなこ
第1章 帝都へ
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ラモラックの街〜アレミラの街

 翌朝、私は清々しい気分で目覚めた。

 何せ昨日はお風呂に入れたのだ。

 多少狭かろうが関係ない。一昨日は入れなかったので、より嬉しかった。替えの下着を買いに行くのに女将がついて来てくれて助かった。

 部屋を出て食堂のある階下へ向かうと、女将が忙しくキッチンへ出入りしていた。

「おはようございます」

「ああ、ロッカ、おはよう。よく眠れたかい?」

「お陰様で。朝食の支度なら、手伝いましょうか?」

「助かるよ」

「タダにしてもらったんだから、これくらいはね」

 苦笑する女将が入ったキッチンへ、私も続いた。もう昨日のような刺々しい雰囲気はない。

 本格的なパンを作る時間はなかったので、朝食は小麦粉でチャパティのようなものを作った。これもお母さんに教えてもらったものだ。

 トマトのような野菜があったので、それを豆や他の野菜と煮てディップのようなものを数種類作る。これをチャパティで巻いて食べよう。

 スープは簡単に卵スープ。鶏がらスープの元なんてものはなかったので、野菜の切れ端や皮を洗って煮込んだものを出汁の代わりにした。

「本当にすごいね、あんた。野菜の屑まで利用するとは思わなかったよ」

「お母さん直伝なの。昨日言ったように、動物の骨はホントいい出汁が出るから、今後は捨てないでね」

 女将は小さく笑った。

「あんた、帝都に飽きたらうちにおいで。昨日あんなにみんな喜んでたから、あんたが来るなら大歓迎さ」

 昨日の女将との商談の後、そこにいたみんなで料理の残りを分けたのだけど、引くほど大好評だった。

「帝都が嫌なことろだったらね」

 そう笑って返事をしたが、私は元の世界へ帰る事を諦めていないので、それができなかったらね、と心の中で呟いた。

「さて、エレック達を起こしてこようかな」

「ああ、それはあたしがやるから、あんたはチャパティとやらを……」

 そこで女将の言葉は途切れた。

 昨日の噂を聞いた連中が、この朝早くから大勢朝食を食べに押しかけて来たからだった。



「宿代タダにしてもらってなんだけど、バイト代が欲しい気分……」

 あれから女将はチャパティを焼き続け、私はディップと卵スープを作り続けた。20人前くらい作ったんじゃなかろうか。

 出立まで時間がなかったので大急ぎで支度して、私は朝食を口にかき込んで(エレック達は優雅に朝食を摂っていた。私のお陰で宿代が浮いたのに)飛び出すように女将の宿を後にした。

「お前にあんな特技があったとはな。さすがリターナー」

 エレックが機嫌良さそうに話しかけてきた。あれだけゆっくり食事ができたのなら、そりゃあ機嫌もいいだろう。

「リターナー全部ができるとは限らないと思うけどね」

「おい」

 突然声を発したのは、馬車の馭者をしているガトーだった。自己紹介以来久しぶりに声を聞いた気がする。

「道が違うんじゃないのか?」

 Y字に分離した道の前方を左に折れたエレックとマーロに、ガトーが険しい声を発した。

「ああ、お前はうちに配属されて間もないから知らねぇのか。帝都に行くならこっちの方が近道なんだよ」

「しかし、危険が伴うのではないのか?」

「大丈夫だ。ここいらの魔物はあらかた始末してる」

「それにしても、正規のルートを通らないというのは……」

「大丈夫だって。ロベルタ隊長も帝都に向かう時はこっちを利用してんだ。道はまぁ多少は狭いが、馬車が通れねぇほどじゃねぇよ」

 3人が話し合っているが、道がわからない私には見守るしかできない。

 結局ガトーが折れ、馬車は左の道に入った。

 右に折れていたら林を抜けるルートで、左に折れた道は見晴らしのいい平野を抜けるルートだった。

「本当に危険はないんだろうな?」

 疑り深いガトーに、エレックとマーロは苦笑を浮かべた。

「心配いらねぇって。確かにこっちは遮蔽物がねぇから視認されやすいが、その分こっちも敵を見つけやすいからな」

 そのエレックの言葉通り、馬車はなんの問題もなく次の街に辿り着いた。



 宿に入って夕食を摂り、私は早々にお風呂に入った。

 食事の時にエレック達が何か言いたそうにしていたが、今朝のような事になったら面倒なので、夕食には一切の感想を述べなかった。

 3日後には帝都に着く。『帝都』だなんてご大層な呼び名だが、どれほど文明が発達しているのやら。

 入浴を終えて階下の酒場のようなところへ顔を出すと、エレック達が安酒を飲んで盛り上がっていた。

「ようロッカ! お前もこっちに来いよ!」

 私をはべらせて飲もうってのか。まぁいいや、聞きたい事もあるし。

 4人がけのテーブルの、空いていたガトーの隣に腰を下ろした。

「お前のお陰で昨日の宿代が浮いたからな、ビールでいいか?」

「ううん、お茶がいいな」

 ここにはジュースなんてものはない。果物はあるが、それを絞って液体にして飲むというのは、こちらでは薬に該当するので、こういうところにはメニューにないそうだ。

 エレック達の飲んでいるビールは、少し濁った発砲飲料酒のようだった。元々のビールの味を知らないので、私の世界のものとどう違うのかわからないが。

「ねぇ、帝都ってどんなところ?」

 出されたお茶を飲みながら、私は尋ねた。

「そうだなぁ、まぁ王がいる都を帝都と呼ぶんだが」

 王様、という事は、ここは王政の国なのか。それともイギリスみたいに、王様はいるけど政治には関与しない形態なんだろうか。

「アリアシュア国はもちろん、他の国もだいたいそうだ。王がいて、軍があって、『神の理』研究所があって、魔導師が集う。そりゃあ賑やかだぞ」

 国のあらゆる重要拠点が全部そこにあるのか。要するに東京のようなものか。

『神の理』研究所というのが、おそらくウィザードがいるところなのだろう。

「軍がある……って事は、戦争するの?」

 それに答えたのはマーロだった。苦笑のような微妙な笑みを浮かべている。

「まぁ、王が命じれば俺達は戦う事になるだろうが、今はそれどころじゃないな」

「それどころじゃない? ……ああ、あのオーガみたいな化け物が出るから?」

「半分正解だ」

 マーロは笑って、ビールを呷った。

「現在アリアシュア国は、隣のブローガレイン国の煽りを食って怨嗟が広がっている。だからオーガ風情が人間を食らうなんて事態に陥ってるのさ」

 何を言っているのかさっぱりわからない。

 きょとんとしてしまった私の為に、マーロは丁寧に説明してくれた。

 どうやらお隣のブローガレイン国で大きな異変が起き、それによって魔物達の凶暴化に繋がる妖気が高まっているらしい。

 妖気とは人々や精霊の不安や恨みつらみが生み出すよくない「気」の事で、それがこのアリアシュア国に流れ込んでいるのだそうだ。

「魔族ってのはどこにでもいる。アリアシュア国とブローガレイン国の間にある『深淵の森』にもな。その森を不可侵の境界線として国境となっているわけだが、そこに住む魔族どもが凶暴化してアリアシュア国に流れ込んでいるんだ。現在アリアシュア国の軍は、それを押しとどめるのに必死なのさ」

 なるほど。だから戦争なんかしている場合じゃない訳ね。

「アリアシュア国でさえあんな化け物がいるんだもの。お隣のブローガレイン国はもっと大変なんじゃない?」

 私の質問に、マーロは頷いた。

「事が事だけに、陛下も亡命してくるブローガレイン国の民を保護しているようだが、話を聞く限り、あれはダメだな。遠からずブローガレイン国は滅びる」

 国が滅びるだなんて、どれほど大きな異変が起こったというのか。

「ブローガレイン国を助ける事はできないの?」

「無理だな」

 今度はエレックが答えた。

「お前はオーガしか知らんだろうが、ブローガレイン国を跋扈ばっこしているのはあんなレベルの魔族じゃねぇ。怪鳥に魔獣、おまけに魔蟲までゴマンといるって話だ。国家お抱えの一個師団だって、国民を国外へ逃亡させるのがせいぜいだだろうよ。そんなの相手に戦えるかよ。逃げてきたブローガレイン国の民に手を差し伸べてやるのが精一杯だ」

 話を聞くと、ブローガレイン国は海に突き出た形で、隣接しているのはアリアシュア一国なのだそうだ。

 隣接と言っても、間に横たわる広大な『深淵の森』は事実上通行不可能な魔族の巣らしいので、陸路での親交があるわけではない。しかし海路でも1番近い事には変わりがないので、アリアシュア国とブローガレイン国は国交を保っている。

 陸路では魔族を倒さずには至れない国なので非常に攻めずらく、難攻不落の国と言われていたそうだが、今回はその陸路の無さがかえって仇となったようだ。

 逃げ惑う民は全て海路にてやってくる。それを、ブローガレイン国は国をあげて護送しているのだそうだ。

 国が国民の亡命を率先しているところをみると、マーロの言う通り、相当国が傾いているという事だろう。

「俺は軟弱だと思うがな」

 珍しくガトーが会話に加わった。いつも黙って聞いているのに。

「軟弱? ガトーお前、あの魔族を相手に勝てると思っているのか?」

「ウィザードも加われば勝てない相手ではない」

「ウィザードは対魔族討伐時以外は軍に参加できないって、国家安全相互委員会で決まってんだろ」

「今はそんな事を言っている場合ではないだろう。それに、侵略目的ではなく救済目的なら例外とされるはずだ」

「そんな例外を国家安全相互委員会が認めるとは思えん。それに、元になった事件が事件だ」

「だよな。諸悪の根元たる同じウィザードを他国に派遣するのを許可するとは思えねぇ。ましてやアリアシュア国にはアルフォンソ卿がいるんだぜ」

 とうとう話に全然ついていけなくなった。

 ぽかんと見守っていたら、マーロが気づいて説明してくれた。

 国家安全相互委員会というのは、どうやら各国それぞれが代表を選出して外交を円滑にする為に立ち上げられた組織らしい。国連のようなものだろう。その決定は各国へ絶大な影響力を所持しているらしく、そこが「ウィザードは対魔族以外の武力行為を禁じる」としているそうだ。逆らえば、加盟している国が全部敵に回る事になる。なるほど大きな影響力だ。

 ウィザードというのは物理的に絶大な力を所持しているらしく、1人で一国を滅ぼす事も可能らしい。

 では、そのウィザードが国を荒らそうととしているのかと聞けば、そうではないという。

「じゃあ、誰がブローガレイン国を荒らしてるの?」

「ウィザードだよ。いや、元ウィザードと言うべきかな」

 そこでマーロは黙り込んでしまった。

 言いたくないというより、説明が難しいという感じだ。眉を寄せて考え込んでいる。

「……正確に言えば、ブローガレイン国を荒らしているのは、邪神なんだ」

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