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異界に漂うむつのはな  作者: かなこ
第1章 帝都へ
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ラモラックの街

 これはひどい。

 私はキッチンを見てため息を吐いた。

 火はかまどだ。これでは火力調整ができない。そして鍋は、大きさが違う雪平鍋のようなものが数個あるだけだ。

「これでよく料理ができましたね……」

 感心して言ったのだが、粗末なしつらえをバカにされたと思ったのか、女将は益々機嫌を悪くしたようだった。

「リターナー様のお目に叶わなくてすみませんでしたねぇ」

 こういう言い方まで古典の先生にそっくりだ。

「まずは材料を見せてください。どんなものがあるんですか?」

 女将は食材のストックが入っている箱をぞんざいに開けて見せてくれた。

 しかし、残念ながら見ただけでは何が何だかわからなかったので、さっきの料理に使用したものを優先的に教えてもらった。あれなら味や食感がなんとなくわかる。

 調味料はそこそこある様で、私は1つずつ味見してどれがどんな味なのか確認した。

 なんとなく砂糖や塩といった馴染みのあるものを選び出す。

 まずはパンだ。柔らかいパンが食べたい。

 小麦粉をボウルに入れ、卵と砂糖、ミルクを取り出した。

 そう、ホットケーキだ。

「ベーキングパウダーってありますか?」

「はぁ?」

 女将がバカにする様に返事をした。古典の先生で免疫があるので、折れそうな心をなんとか補修する事に成功した。

「ええと、パンを膨らませる……」

「そんな上等なものなんかないよ」

 困った。このままではぺしゃぺしゃのホットケーキになってしまう。

 確かベーキングパウダーは重曹と、酸性の何かが入っていた様な……だめだ、思い出せない。

「じゃあ、重曹ってあります?」

 女将は黙って白い粉を出してきた。重曹はあるのか。よかった。

 確か重曹は炭酸飲料の元のはず。これで多少は炭酸ガスが出て膨らむ。

 固まっていた砂糖を木ベラの様なもので潰し、それに小麦粉を入れて更に潰しながら混ぜ、そこに重曹を足した。

 そこにミルクと卵を加え、女将に熱して油を引いてもらった雪平鍋の上にタネを落とした。

 雪平鍋はガンガンに熱してあったので、すぐさま火から下ろし、濡れ布巾で蓋をした。

「これで完成かい?」

「いいえ、裏面も焼きます。今はちょっと蒸し焼きにしてるところです」

 女将は私の手元を見ながら声をかけてきた。さっきより少し怒りの口調が解けている。

「何か、いい匂いがしてきたな」

 エレックが瓶をシャカシャカ振りながらこちらを覗いてきた。

「もうちょっと待ってね。ミルクはどう? 水分と分離してきた?」

「ああ、何か色が薄くなってきたみたいだ」

 私がエレックに頼んだのは、バターの製作だった。と言っても、搾りたてそのままのミルクを瓶に詰めてひたすら振ってもらっているだけだ。確か、そうすると水分と分離してバターができたはず。

 その間に魚を……多分魚だと思うんだけど、何か鱗が異常に固い。いいや、卸しちゃえ。頭を落として、腸を取り出して、鱗を取って、あと固かったから叩きまくってしまえ。

 優等生を演じる為にお母さんに習った事が、よもやこんなところで役に立つとは。

「あんた、何してるんだい? 魚のあちこちを捨てて」

 ……ああ、なるほど。さっきの魚は身を全部入れてたのね。そりゃあ臭みも出るわ。

「ワタは美味しくないので捨てます。頭はお出汁にするのでとっておきますけど」

「骨は捨てないのかい?」

「これもカリカリに焼いて、お出汁にします」

 女将の口調からトゲが消えてきた。元は真面目な人なんだろう。さっきまでは粗探しでもする様に私の手元を見ていたのに、今はよく観察している。

「じゃああたしが炙ってやるよ」

「お願いします」

 確かお母さんは、魚の臭みを生姜でとっていた。あとお酒だ。

 薬味系列だと教えてもらった野菜を手にとって一つずつ匂いを嗅ぎ、生姜に近い匂いがしたものを千切りにして、煮込んでいる魚に入れた。あとはお酒だけど、どうやら料理酒というものはないそうで、もう何でもいいやと白いお酒を少し放り込んだ。

 そこで、加熱した別の雪平鍋にホットケーキをひっくり返して、再び濡れ布巾をかけて火から降ろして放置。

 女将が骨をカリカリに炙ってくれたので、それと魚の頭で出し汁を作り、あとはさっきのおでんのような具を放り込んだ。醤油や味噌はなかったので、塩とお酒と香辛料でごまかす。

「おーい、ミルクの中に塊ができたぞ」

「ありがとう」

 エレックから瓶を受け取ると、中にできていたバターを取り出した。乳脂肪が高かったのか、結構な大きさだ。

 お皿を出してもらって、そこにホットケーキと魚のスープと煮物を入れた。

 最後にホットケーキにバターを乗せて完成。欲を言えばはちみつかメープルシロップが欲しかったけど、そんな贅沢品はないと一蹴されてしまった。

「完成です。まずは女将さん、食べてみてください」

 お店のテーブルに並べると、エリック達3人はもちろん、まばらにいた他の客達も、興味津々にこちらを見ていた。

 女将は、多分初めて見るだろうホットケーキをじろじろ観察したあとにフォークでつつき、そして一口食べた。

「……」

 私は固唾を飲んで女将の様子を伺った。エレック達3人も、同じように緊張しているようだ。

 女将は無言でホットケーキを食べている。とりあえず吐き出されなかっただけよかった。

 やがて、全ての料理を一口ずつ食べた女将が言葉を発した。

「……美味しいよ」

 やった! 私は嬉しさのあまりガッツポーズを作りそうになったが、女将の顔を見てぎょっとした。

 目からぽろぽろと涙をこぼしていたからだ。

「ど、どうしました? しょっぱかったり固かったりしました?」

「あんた達は、ずるいよ」

 女将は小さい声で話し始めた。

「同じものを使っても、あんた達異邦人は、こんなに美味しくしてしまう。美味しく作れる方法を教えてもらって知っている。でもあたし達は帝都の情報のおこぼれをかき集めて、なんとか食べられるようにしか調理できない。あんた達は欲しいだけ知識を与えられるのに、あたしらは、ずっと固いパンや生臭いスープを食べ続けなきゃならない……」

 後半はもう声にならない感じで、女将は泣きながら食べていた。

 これはどういう事か。

 ウィザードとやらは、知識を周知してるんじゃないのか。

 それとも、調理の仕方なんて知識じゃないとでも思ってるんだろうか。

 私に言わせればふざけるなって話だ。美味しいご飯が食べられるからこそ、人は頑張れるんじゃないのか。

「あの、調理師とか栄養士とか、料理研究家って職業は、こっちにはないんですか?」

「さぁね。帝都にはいるかもしれないけど、この辺にはいないよ」

 じゃあもちろんレストランなんかもないし、スイーツのお店もないのか。

「あの、私でよければ、私の知ってる調理法を全部教えますから、だから泣かないでください」

無料タダで?」

 突然、女将が狡猾そうな表情で私を見た。

 この女狐。もう涙もとっくに乾いてやがる。

「私達4人の滞在費をタダにしてくれるなら、出し惜しみしないで教えますけど?」

「全員は厳しい、半額じゃダメかい?」

「じゃあ3人分タダで」

「えー? じゃあ、2人分の宿泊費と3人分の食事代がタダってのは?」

「女将さん、よく考えてください。私が教えた調理法で料理を出せば、この店は商売繁盛間違いなしでしょう。今後の利益が見込めるなら、4人分の宿泊費と食費代をチャラにしても、充分お釣りがくると思いますけど?」

 うっ、と女将が詰まり、私も狡猾そうに笑った。

「いい取引だと思いません?」

「……4人分の宿泊費、だね?」

「プラス食事代です。他にも利用料がかかるなら、それも含めて」

 女将がしばらく逡巡していたので、私はホットケーキを一欠片フォークに刺して、女将の口元の前でチラつかせた。

「なんなら、ちょっと戻ったところにあった高そうな宿屋に、代わりにこのレシピを売ってもいいんですけどねぇ?」

 我ながらいやらしいねっとりとした口調で告げると、女将は降参とばかりに肩をすくめた。

「仕方ないねぇ、それで手を打とう。あの宿屋にはこれ以上でかい顔をさせたくないからね」

「商談成立ですね」

「あんたね、絶対に他んとこでこの情報バラすんじゃないよ!」

「わかってますよ。少なくとも帝都までは口を閉ざしてます」

 女将は初めて私に笑顔を見せた。

 が、エレック達3人には、ひどく冷たい視線を向けた。

「このリターナーに免じてタダにしてやるが、今回だけだからね! 覚えときな!」

「女将さん、どうしてこの人達をそんなに嫌うの?」

「はん! こいつらはね、あたしの妹がいる村を見殺しにしたんだよ! 子供だっていたのにさ……」

 見殺し? そんな事をするようには見えないけど。

 そうか、これが女将が私達に喧嘩腰だった理由か。

「ちょっと待ってくれ、もしかして、昨日オーガに襲われた村の事か?」

 エレックが慌てて間に入った。

「そうさ。あんた達、村人が全員食い殺されてから向かったんだろう! この人でなし!」

「それは違う。俺達は連絡を受けてすぐに陣営を出た。たどり着いた時には、もう全員が食い殺された後だったんだ。嘘だと思うなら、このロッカに聞いてくれ。あの時あの場所で拾ったんだから」

 女将の言葉を聞いて、マーロも加わった。

「あんた、あの場所にいたのかい? こいつらは本当の事を言ってるのかい?」

 考え込んでいた私は、女将に話しかけられて顔を上げた。

「多分エレック達は嘘を吐いていないと思う。どうせ攻撃するなら、食べて満足した頃より、腹ペコで動きが少しでも鈍い時の方が成功率は高いんじゃないかな。逃げ惑う村人を嬉々として物色している最中とかも、隙をついて攻撃できると思う。わざわざ食べ終わるのを待つ理由がないよ」

 エレック達を見ると、頷きが返ってきた。

「多分てなんだい、あんたはあの村にいたんだろう?」

「うん、正確にはあの村の瓦礫の陰に倒れてたの。ロベルタ隊長の号令で目を覚ましたんだ。だから、エレック達が到着してすぐ攻撃したのかどうかは知らない。でも、満腹になって満足したオーガを相手にすれば危険度も上がるだろうし、嘘ではないと思う」

「それにしちゃあ、ずいぶんと納得できねぇてって顔をしてるな、ロッカ」

 エレックに言われて、私は頷いた。

「うん……だって昨日の今日でしょう? あの陣営からここまでほぼ丸一日かかったのに、いったい誰がどんな目的でそんなニセ情報をわざわざこんなに早く女将さんに伝えたのかなって」

 エレック達3人は顔を見合わせ、やがて女将へと視線を向けた。

「な、なんだい、あたしゃ昨日ここで食事をした旅人に聞いたのさ。あんた達が妹のいる村を見捨てたって」

 昨日。だとすれば、情報が早すぎる。

「こちらには、遠方との通信手段があるの?」

 ある事はあるが、とエレックは気まずそうに返事をした。

「今は修理中で、まともには使えねぇんだ。なんせあんな事件があった後だ。こんな辺境でも影響があったのさ」

 あんな事、そういえば以前もその言葉を聞いた。

「じゃあ、あの旅人はあたしに嘘を吐いたってのかい?」

「そういう事だろうな、理由はわかんねぇが」

 エレックが唸る。

 様々な疑問を抱えたまま、夜は更けていった。

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