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異界に漂うむつのはな  作者: かなこ
第1章 帝都へ
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エテス地方〜ラモラックの街

 翌日、簡素な朝食を取ってから、私は陣営を後にした。

 乗っているのは人力車を馬2頭に引かせているような、小さな馬車だ。

 屋根は布で幌のようになっているが、後ろ半分ほどしかなく、これでは雨どころか風も防げない。その証拠に、さっきから散々強い日差しが全身に照りつけている。

 馬車は細長い道をゆっくりと、原っぱや林を抜けて進んでいた。

 ロベルタ隊長は陣営の指揮があるので一緒には来られず、兵士が3名ほど護衛として付き添ってくれていた。

 その3人の中に、昨日手当してあげた「ばい菌って何だ?」と聞いてきた男がいた。

「怪我はどう?」

「お陰さんであらかた塞がったよ」

 兵士はそう言って、昨日包帯を巻いてあげた腕を掲げて見せてくれた。

 そんなバカな。ほとんど治っていて、うっすらかさぶたの跡が見えるだけだ。えぐられたように肉が削れていたのに。

「あんたのお陰で、無駄にヒーリング薬を使わずに済んだ」

「ヒーリング薬?」

「魔法薬だよ。魔導師から買うやつだ」

 魔法。私はめまいを感じた。何だそれ。

 私の混乱に気付かず、男は続ける。

「俺達みたいな地方派遣の部隊には、ほとんど一般薬しか回ってこねぇ。ああ、一般薬ってのは、包帯や消毒なんかの外用薬の事だ。内服薬もまぁ回ってこねぇ事はねぇが、よっぽど痛みがひどい時の鎮痛剤くらいしか貰えねぇ。だが、いくら何でも昨日の俺の怪我じゃあ、一般薬なら最低でも完治するのに1週間はかかるところだった。下手な魔法薬より、あんたの治療の方がよっぽど治りが早かったぜ。さすがリターナーだな」

 あの傷の完治に1週間? どう見ても、少なくとも痛みと熱が引くまで3日はかかるほどの大怪我だったはずだ。傷がふさがるとなると、更に時間はかかる。

「ヒーリング薬ならまぁ半日もすりゃあ痛みは引いただろうが、あんなバカ高いもんは数を揃えられねぇ。その点、痛ぇのさえ我慢すりゃあ一晩でこんだけ治るあんたの手当はたいしたもんだ」

 兵士は笑う。私は全然笑えない。

 兵士達の医療事情はわかったが、肝心の部分が不明だ。

「あの、魔法薬って? 魔導師って何?」

「ああ、そっちには魔導師がいねぇのか」

 兵士は馬の上で察したように頷いた。

 どうでもいいが、私も馬に乗りたかった。そう言ったら大笑いで却下されたが。

「魔導師ってのは、ウィザードが解明した『神の理』を実用レベルに仕上げている連中の事だ。確かに作る薬は効くんだが、いかんせん値が張るから手に入れにくい。どうせ魔導師からモノを買うなら戦闘用の魔法丸を揃えてぇってのが、上の考えなんだろう」

 また訳のわからない単語が出てきた。

「ウィザート? 魔法丸?」

「ああそうか、魔導師がいねぇんならウィザードもいねぇわな。ウィザードってのは……実は俺もあんまり詳しくないんだが、おい、マーロ、お前知ってるか?」

 馬車の反対側で騎乗していた、マーロと呼ばれたひときわいかつい男が、視線だけをこちらに向けた。

「俺も詳しくはないぞ、エレック。10歳くらいで精霊魔法に目覚める人間だという事くらいか。お前の世界に精霊はいるか?」

 精霊……精霊流しという行事が九州である事くらいは知っているが、彼らの言う精霊とは違うだろう。私は首を横に振った。

「そうか。この世は地火風水時光という6つの精霊が循環させている。俺達には見えないが、それらの姿を見、声を聞き、契約にてその力を行使できる存在がウィザードだ。彼らが神の理……科学という者もいるが、それを解明して知識を周知する。その知識でもって一般の人間でも使用できるような技術を創り出すのが魔導師だ。魔法丸は、魔導師が作り出した、対魔族の攻撃丸薬だな」

「対魔族の丸薬ってのは種類が豊富でな。昨日のオーガ退治の時にやつの足を止めたのがそれだ」

 マーロに続き、エレックも説明してくれた。

 オーガの足元に絡んだ光の鎖、あれが魔法丸薬の効果なのだろう。

 精霊だ魔族だというのは、宗教にしては具体的すぎるようだ。多分この世界に存在する理屈なのだろう。

 モンスターがいて、魔法がある。ここは向こうの児童書にあるようなファンタジーの世界のようだ。残念ながら、剣ではなく火縄銃のようだが。

「私のいた世界とは、ずいぶん文明発展の方法が違うみたい」

「だろうな。ウィザードや魔導師のいない世界じゃあ、神の理は自分達で調べるしかないだろう」

「でも、文明の全部をウィザードって存在に頼っているわけじゃないんでしょう?」

「全部じゃないが、ほとんどだな。ウィザードと、あとはお前達のようなエトランゼやリターナーにもたらされた知識なんかだ」

 誰かに頼りっぱなしの文明では、それは発展が遅いし無秩序だろう。

 どうりで魔法と火縄銃なわけだ。おそらく、火縄銃はエトランゼかリターナーによってもたらされた兵器なのだろう。

「まぁ、気長に説明してやるよ。どうせ帝都までは馬で5日はかかる。今日の宿を取る町が見えてきたぞ」

 見た事もないような広い空の向こうにある地平線、その場所に、霞がかった町のようなものが見えた。



「町が見えてきたぞ」と言われた場所から半日かかって、私達は小さな町、ラモラックにたどり着いた。

 馬の足で歩いてきたので、町は見えども距離は縮まず、途中で本当に今日中にたどり着けるか不安だったが、無事に辿り着けてよかった。

 おしゃべりなエレックと厳ついマーロ、それにずっと馭者をしていた寡黙なガトーという男と私の4人で、小さな宿屋に入った。

 そこは酒場兼食堂兼宿屋という感じのこじんまりとした宿で、ここも粗末な木造建築だった。

 鉄筋や石造りという家屋は町には見当たらず、漆喰というものもなさそうだ。

 特に何をした訳でもなく馬車に揺られていただけなのに、私はずいぶんと疲弊していた。

 多分、道が舗装されていなかった為に馬車が揺れたせいだろう。

 そうなると、馬車の幌が完全に覆い隠すタイプじゃなくてよかった。そうだったら、多分乗り物酔いをしていただろうから。

 朝食も昼食も、固い小さなパンと野菜のスープ、それに苦く渋いお茶だけだったが、宿では温かい食事が出てホッとした。

 小さいから何の肉かわからないけど、そもそも肉かどうかもわからないけど、動物性蛋白質のようなものも食べられた。

 しかし固い。モツみたいに噛んでも噛んでも飲み込めない。それにすごいくさみだ。多分魚だと思うのだけど。

「うめぇ! やっぱり外の食事はうめぇな!」

 エレックがバリバリと固い肉を噛みちぎっている。オーガみたいだ。

「陣営ではほとんど保存食だからな。美味いか? ロッカ」

「え? ああ、うん……」

 マーロに話しかけられ、私は曖昧に頷いた。

 パンは確かに多少は柔らかいような気がするけど、さほど変わらない。そして相変わらず味がない。スープは魚のせいで生臭いし、何の煮込みかわからない煮物は、何というか味が浅い。お出汁をとっていないおでんのようだ。

 3人に見つめられ、私は慌てて顔を上げた。

「で、でも、食べた事のないものばかりで、新鮮だよ!」

 おごってもらってる状況で図々しい事は言えない。無理やり笑顔を作ると、3人は苦笑した。

 よかった、あまり気を悪くした様子はないようだ。

 ホッとして食事の続きをしようとフォークを手にした時、店の奥からおばさんが出てきた。

「何だい、気に入らないなら食べなくってもいいんだよ」

 まずい。お店の人の不興を買ってしまったようだ。今晩はここに泊まる予定なのに、追い出されたら困る。

「すみません、初めて食べたので驚いただけなんです」

「ふん、こんな下々の食事は初めてだったのかい。今までどんなご馳走を食べていたのやら」

 どうしよう、と思った時には、エレックがおばさんを睨みつけていた。

「ロッカは不味いだなんて一言も言ってねぇだろう」

「顔が言ってるさ。何だい偉そうに」

「誰もそんな態度とってねぇだろうが!」

「落ち着け、エレック」

 マーロが割って入っくれた。よかった。こんな厳つい3人相手じゃあ私じゃ諌められない。

「すまんな、女将。こいつはリターナーなんだ。まだこっちの食事に慣れてないんだよ」

「リターナー?」

 女将はジロジロと私を見た。こういうタイプだった古典の先生を思い出す。

「じゃあ、そのご自慢の知識とやらで、美味しい食事を作ってごらんよ。この限られた貧しい状態の中でさ!」

 話が思わぬ方向に向いたぞ。

「エトランゼやリターナーってのは、あたしらが知らないような素晴らしい知識をお持ちなんだろう? このみすぼらしい食事をご馳走に変えてごらん!」

 うわ、怒ってる。

 でもどうしてこんなに怒ってるんだろう。

 確かに私の態度は失礼だったかもしれないけど、客商売をしていてこんなに導火線が短いんじゃあまずいだろうに。

 何か理由があるのだろうか。私達に八つ当たりをしたくなるような理由が。

「わかりました」

 私の言葉に、女将は目を見開いた。怒りが増したようだが、その理由が知りたい。このまま喧嘩別れはよくない。

「でも、私はリターナーでこちらの事がよくわかりません。調理を手伝って戴けますか?」

 女将は面白くなさそうに鼻を鳴らし、黙って私をキッチンへ促した。

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