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石の中の魚

作者: 朧 ゆり

 それは大人の握りこぶしぐらいの、薄桃色の石だった。

 美澄(みすみ)が太陽にかざすと石はほのかに透けて、中で光がゆらめいた。


「中に水が入っているのよ。きれいでしょう? 

 ずっと前、一度だけこの中に魚を見たことがあって、その後願いがかなったの。

 一番の宝物だったけど、この石をコウタくんにあげる。

 わたしのこと、忘れないでね」


  学校帰りの道、それが美澄と最後に交わした言葉だった。


 美澄(みすみ)とは家が近所の上、幼稚園も小学校も書道教室も同じのに通っていて、一緒にいることが多かった。

 木の実や、貝殻や石を集めるのが好きな美澄(みすみ)と、道端に面白いコトを探すほうが好きな僕とは相性もよかったのだろう。

 冷やかされて嫌な思いをしたこともあったけど、ある日を境に二人が一緒にいても何も言われなくなった。

 浮いた二人だから風景として認知されたのかもしれない。

 石を僕にくれた翌日、美澄(みすみ)は遠い町に引越していった。

 小学校5年のことだ。



 そんなことを思い出したのは、高校入学前に机を整理して、見覚えのある薄桃色の石が出てきたからだった。


 石は、振ると小さな水音がした。

「魚を見たら願いがかなう、か」


 もし願えるなら、あの時のようにワクワクする時間を分かち合える友達がほしい。

 中学3年間、仲のいい友だちはできず、集団からはみでちゃいけないと、気をつかうばかりで楽しめなかった。

 高校で心許せる友だちに出会えるのだろうか……新しい環境に、不安ばかりが先に立つ。


 それにしても、石に魚なんて。

 そんな形の傷とか不純物でも入っているのかな?


 僕は窓から差し込む太陽光に、石をかざしてみた。


 あの時と同じで、うっすらと透ける石に、光がゆらめいた。

 見ているうちに、それが何かの形になる…小さな魚の影だ。

 直後、魚がしなやかに身を翻したっ!?


 うそだろっ!?


 僕は石を近づけて、もう一度ほのかな光を見つめた。

 けれど、もう影は見えない。


 光の加減の錯覚なのか? 




 …という話を、たまたま本屋で会ったシロウにしてみた。


 中学最後の学年で同じクラスだった、ムダにいろんなことを知っているヤツだ。

 もちろん石の中に見えた魚の話だけ。


「何千年もの時間をかけてメノウの結晶ができるときに、成分中の水が内部に残ることがある。

 きっとその石は水入りメノウだよ。

 ただし、水はあっても外とつながってないから中に魚の入る余地はない」


 と、妙な顔もせず、すらっと言う。


 今まで気がつかなかったけれど、意外に面白いヤツだったんだな、と思いながら、

「だよなぁ。石の中の魚なんて、自分でもありえないって思うんだ。

 …そうは思うんだけど、石の中に魚の影を見たんだ。

 もしかして俺がおかしいのか?」


「99%はそうだな。

 でも現実と真実とは違うのかもしれない。

 残り1%の可能性として、その瞬間だけ石の中に魚がいたのかも」


 シロウはにやりと笑って、それでどんな願いをかけたんだ、と聞いてきた。


 ワカランことをいうヤツには、くやしいから教えてやらない。




 そして高校入学式。

 桜は満開、天気も上々の文句ない式当日。

 同じ中学で一緒だった名前を探して、渡されたクラス名簿に目を走らせる。

 そこに見覚えのある名前を見つけた。


 まさかっ!?


 僕は名簿を握りしめ、教室へ飛び込んだ。


 30人ほどの生徒の中に、シロウがいた。

 そして…、あの日以来の顔もあった。


美澄(みすみ)!」


「父の転勤で、こっちにまた戻ってきたの」

 少し大人びたなつかしい笑顔に、


「俺、見たよ! 

 一瞬だけど、あの石の中に、魚を見たんだ!」

思わず叫ぶ。


 その意味を悟って美澄(みすみ)の顔が、ぱぁっと輝く。


 そこにシロウが割り込んできた。


「おい、願いごとって、もしかして彼女のことか? 俺に紹介しろよ」


 返事もできないほどシロウに頭をぐりぐりされながら、僕はこいつに石を見せなきゃな、と思っていた。

 




      <了>

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