彫刻家の妻
私のだんな様は、それはそれは腕の良い彫刻家だ。
「やったぞ! オレの彫刻が最優秀賞だ!」
「おめでとう! あなた!」
今日は、王室主催の芸術コンクールの、入賞発表の日だった。
「さっそく、王宮の中庭に飾る彫刻を依頼されたよ! 中庭が天界に思えるような、美しい女性像だと!」
笑顔のだんな様は私を抱きしめて、全身からあふれる喜びを伝えてくれた。
「今のオレなら、美の女神ラヴァーより美しい彫刻が作れる! 何と言っても、オレには芸術の神アルテがついてるんだ!」
「あなた、ラヴァー様に失礼なことを言ってはダメよ……。ラヴァー様の怒りにふれた美しい人や芸術家は、昔から大勢いるわ。すぐに祈って謝って」
不安に思って、たしなめても、だんな様は笑い飛ばすだけだった。
数日後、王宮から彫刻の材料となる大理石が届いた。等身大の女性像を彫るのに十分な大きさで、色も美しい白……最高級の素材だ。
一緒に渡された金貨のつまった袋は、仕事の前金だ。だんな様は金貨袋を、コンクールの賞金の金貨袋の隣に放りだし、すぐに作業場に行ってしまった。
その日から、だんな様は寝る間も食べる間もおしんで、彫刻に没頭した。私が食事を持っていっても、作業場の様子を見にいっても、だんな様は気が付かなかった。
毎日毎日、石にむかいながら、アルテ様に祈りを呟くのが聞こえた。大理石に眠る、まだ見ぬ美女に、甘くささやくのも聞こえた。
「呪いを恐れることはない。出てきておくれ。君はラヴァーより美しい……」
注意を受け入れてくれないだんな様に、私は不安が募るばかりだった。
私は、アルテ様に加護を願い、ラヴァー様に許しを願い、祈り続けるしかできなかった。
そして一年近くたって……。
とうとう、彫像が完成してしまった……。
大理石の美女は、だんな様がそっと頬をなでると、長いまつ毛をふるわせて、まばたきした。サファイアのような瞳が輝いた。白い肌が、うっすらとピンクに染まり、豊かな体が花のように甘く香る。金色の巻き毛が、やわらかくゆれた。
命を持って目覚めた彼女は、ふわりと台座からおりると、だんな様の腕に飛びこんだ。だんな様の首に腕をからませて、ひきよせると、心をとろかす口づけをした。
だんな様は、その日……ほとんど手つかずだった二つの金貨袋を手に、私を振り払って、彼女と駆け落ちした……。
王宮警察に指名手配され、捜索の兵が国中を探しても、だんな様は見つからなかった。王宮は、国境を接する四つの隣国にも捜索を依頼した。
……彼女はラヴァー様の呪いだ。
だんな様が魅入られるのも無理はない……。
王宮警察の施設で軟禁されることになった私は、来る日も来る日も、ラヴァー様に許しを請う祈りを捧げた。私とだんな様の結婚を祝福してくださったアルテ様にも、ラヴァー様への取り成しを願って過ごした。
五年が過ぎた時、隣国の一つで、だんな様が見つかった。
本来なら、仕事を投げ出して前金を持ち逃げし、王室に背いただんな様は極刑だ。
しかし、一緒に発見された彫刻のすばらしさで、だんな様は、すべての罪を許された。
けれども彫刻を没収されただんな様は、王宮警察を出たあと、どこかへ行ってしまったという。
はやく、だんな様を探しにいきたい!
そう思う私の気持ちを無視して、王宮警察の兵士数人は、私を王宮前の広場に連れていった。兵士たちにとっては、今までの謝罪として気をきかせたつもりらしい。
没収された彫刻は、あまりの見事さに、王宮の中庭に飾られる前に広場に展示されることになったのだ。
兵士たちは、彫刻やその警備兵たち、彫刻を取り巻く人々がよく見える場所に、私を案内してくれた。
飾られた彫像は、三人の美しい青年の腕から腕へ、気まぐれな彼女が渡り歩こうとしている、神話時代の愛のたわむれのようだった。
この五年の間、だんな様は、浮気な彼女に言われるまま、若者たちを彫り続け、命を目覚めさせてきたのだろう……。捜索隊に見つからなかったら、若者とたわむれる彼女のかたわらで、これからも若者を彫り続けたに違いない……。
その時、人ごみをかきわけて、うつろな目のだんな様が彼女に近づいた。金槌を振り上げて、彼女の美しい微笑みを砕こうとした。
「っ! あなた!」
彫刻の警備兵たちが、次々と長い槍で、だんな様を突き刺した……。
私は、だんな様と帰ろう。
だんな様は、私と出会った頃の純粋さを無くしてしまった。貧しくて、技術は未熟だったけど、彫刻を愛して、輝く情熱をアルテ様に捧げていた遠い日……。
ようやく一緒に、そんな日に帰ることができるのだ。
私は、花嫁衣装として着た純白のワンピースをまとった。髪には、だんな様が白玉のかけらで作ってくれた、花の並んだ髪飾り。結婚の申し込みの贈り物だった髪飾りは、私の宝物だ。
私は座って、だんな様の墓石に、そっともたれた。
これはアルテ様のお慈悲だ。ラヴァー様に翻弄されただんな様の魂が、ゆっくり休めるように……。
「ずっと、そばにいます。私は、あなただけのもの」
微笑んで、私は石の彫像に戻っていった。
(おわり)