第2話「悪夢の前兆とはまた悪夢である。」
喧騒で目が覚めるというのは余り目覚めが良いとは言えない。
目を開けると豪華なそれはもう豪華なシャンデリアが見えた。天上を覆う程の巨大なシャンデリアは水面の波紋を連想させ、透明度の高いクリスタルガラスが使われている。
「痛たたた。」
回りが騒がしいので起き上がると頭痛に襲われる。
しばらく経つと治まり回りを見渡すと自分と同じ制服を着た生徒が何人もいた。少なくとも100人はいるだろう。
何人かの生徒はさっきまでの自分と同じ様に倒れており、起き上がっている生徒は皆同様に混乱していて、近くにいた者と状況を確認しあっている様だ。
自分達の下には100人を超える生徒全員を枠内に納める程巨大なゲームで見る様な魔法陣が書かれてあった。
「ん~。」
声がする真横を見ると守がいた。守は目を開け、ゆっくり起き上がる。
「あっ、のぼ…」
守が名前を呼ぼうとするとキッと視線で訴える。すると守と幟は"いつもの様に"視線を外し、それぞれ別の周りの生徒へ話し掛けに行く。
♂♀
情報収集の結果、以下の事が分かった。
・この場にいる人は全員和佐美中等教育学校の生徒で高校三年生107人、高校二年生7人、中学三年生1人だという事。
・全員が目が覚める前に三階の高校三年生フロアにおり、謎の耳なりの後天井が崩れ大怪我をした(記憶にないがその可能性が高い)者ばかりだという事(幟達のいた屋上は調度そのフロアの真上)。
・その時負った怪我はおろか服に汚れ一つついてないという事。
・此処が何処だか全く見当がつかないという事。
「取り合えず、此れがみんなの話をまとめた結果です。」
そう言って全員が聞こえる様に話しているのは幟のクラス6年A組(中高一貫高なので)委員長、我妻綾である。
黒髪ロングの大和撫子で優しく、みんなを纏めるリーダーシップを持ち合わせており下級生にも人気の守と並ぶ我が校の花である。胸の方も大和撫子宜しく絶壁であるが。
「これからどうするかなのですが。」
「綾、やっぱりあそこの扉の先に行くべきじゃないか?」
そう発言したのは御上晴輝である。
サッカー部キャプテンの頭脳明晰容姿端麗運動神経抜群と三拍子揃ったイケメンで町でよく逆ナンされているという。
183cmという高身長で存在感を放ちながら綾の隣に立つ。
「ここの出入り口はあそこの扉しかないしまずは行動を起こさない限り何も始まらないしね。」
そう言って指を指すのは幟達がいる部屋の正面に一つだけある重厚な造りの扉である。
現在まで存在を認知していながら誰も行こうとしなかったのはこの部屋から出たら何があるか解らないからである。閉ざされ、窓もない部屋からでは外の様子は見ることは出来ず、何が起こるか分かったものじゃない。
「…そうだね。そうするしかよね…御上くん。」
しかしここに来て学園の男子女子それぞれの人気を誇る二人が出るべきだと主張する事によって場の空気が動き出した。
「そうだぜ、もしかしたら出たらドッキリ大成功!とか言ってカメラがスタンバってるかもしれないしなっ!」
「そうよね!こんな事現実にあるわけないし!」
「そうだよなー。」
二人の言葉を合図に生徒の中から声が上がる。それに賛同する様に回りの者達が声を上げる。
しかし全員心の中では気付いていた、いや正確に言うなら思っていた。ドッキリなどではないと。
自分達は全員確かに崩壊に巻き込まれ大怪我をしたはずであり、大事な物が抜け落ちる様な感覚を味わっていたからである。
「それじゃあみんな、順番に──」
バコン
御上が移動する様に指示を出そうとした瞬間、扉が開いた。
「勇者様方、国王様がお待ちです。どうぞ謁見の間へお進み下さいませ。」
扉から出てきたのは数名の女性で全員侍女の格好をしている。
「えっと…あなた達は?」
「申し訳ございません。現在国王様がお待ちですので移動をお願いたします。後程国王自らご説明がございますので。」
言い方こそキツい感じを受けるが、侍女からは尊敬や好意といったものを感じる。
侍女さん達に頭を下げながらそう言われると反論することもできず、全員が移動する事になった。
(うわー嫌な予感。)
♂♀
「この国をお救い下さい。」
謁見の間とやらに着いての第一声がこれだった。
「えっと…いきなり救って欲しいと言われても…。」
そう答えたのはみんなの委員長の我妻綾だ。
「そうじゃな…まず何を話すべきか…」
「父上、ここは私が。」
「おお、そうかではキャレー頼んだ。」
「はい。勇者の皆さんここからは国王に変わりロッドンベール王国第一王女、キャレー=S=ロッドンベールがご説明いたします。」
そう言って前に出た王女はとてつもなく美人だった。年齢は幟達とあまり変わらないぐらいで、長めの金髪が眩しく、気品に満ちていた。
男子はおろか、女子までも見惚れており思わずため息をする者でいた。
それから王女からの説明が続いた。
曰く、ここは幟達がいた世界とは別の世界で人間の他にも亜人と呼ばれるエルフや獣人などもいるらしい。
この世界には神と魔神が実在しており、ちょうど100年前に神が破れ、世界の均衡が崩れ魔物を従える事ができる魔王率いる魔族が徐々に侵略していった。
疲弊し、どうしようもない状況となった人類は古来より伝わる勇者召喚を行い、魔王軍の切り札とした。
そして、魔王と魔神を倒すまで帰る事はできない。
「ちょっと待ってください!か、帰れないって…勝手に呼び出しといて…」
綾が弱々しい声ながらも王女に言うと、
「その事に関しましては誠に申し訳ありませんでした。ですが、我ら人類にはもう勇者様達に頼るしか方法が…」
そう言いながら頭を下げる王女の顔から床に涙が落ちる。
流石に泣いている王女を前に文句を言うわけにもいかず、むしろ段々場の空気は王女に同情する物になっていた。
(おいおい、みんなそんなんで大丈夫か?無責任に呼び出されたのは変わらないんだぞ?)
黙って様子を見ていた幟だったが同じ学校の者として心配になってくる。
「でも私達はただの学生で、この世界を救う何てとても…」
「グスッ…ご心配には及びません。勇者様達にはこの世界に来た時点で特別な力が宿っており、既に一般兵士以上の実力があるはずです。お前達、勇者様達にステータスプレートを。」
王女がそう言うと回りにいた騎士の様な格好をした者達が薄い金属板を生徒達全員に配り出した。
「こちらの金属板はステータスプレートという魔具で魔力を流し込むと勇者様達のステータスやスキルが表示されます。」
「魔力?ステータス?スキル?」
次々と知らないワードが出てきて皆、混乱している。
しかし普段ゲームや漫画に興じている者達はニュアンスを捉えたらしく
「わっ!出来た。」
幟がクラスに溶け込む隠れみ…友達の高梨颯助が声を上げる。
「どうやんだよクソオタク。」
「え~その聞き方は酷くない?」
そう言うのは幟クラスメイトの馬場辰治だ。
「んだよ?」
目をギラつかせ睨み付ける。
「アハハ別に何でもないよ。えっとこの板に…何て言ったらいんだろ、力を流し込むのをイメージするんだよ。」
かなりアバウトな説明であったが次々と成功の声がちらほらと聞こえる。
幟も騎士から渡された金属板を見つめながら
(俺もやってみるか。)
この日、本当の悪夢はここから始まる。
最初、『睨み付ける』を『メンチ切る』って書いてて流石に死語だなって事でやめました!
個人的にはメンチ切るの方が好きです!