ザ・快進撃
よろしくお願いします。
日曜日の午前10時、705号室の上川家にゴマフファミリー七人が集結した。さあ、スペシャルランチパーティーである。代理妻?である由香利の料理はどうしても栄養が乏しいのだ。ほとんど冷食のチンだから。だから俺は、今日のランチがすごく楽しみだった。いや、もちろんお姫さまには感謝してるんだけどね。
特上寿司に始まりイタリアンとフレンチのスペシャルメニューは何度か味わったことが有るが全然飽きない。そりゃそうだ。こんなごちそう滅多に食べられないもん。
俺たちは最初に、何と「ドン・ペリニヨン」で乾杯した。車を運転して来た勝利は一人泣きそうな顔でウーロン茶の入ったグラスを掲げていた。ハハハ、かわいそうに。
歓談を交えた会食が始まって暫くすると、由香利がガタンと椅子を下げて立ち上がった。
「私、「オフィス・カムレイド」に入社します。先日の会見で確信が持てました。智美社長と亜矢子さんに連いて行けば間違いないと。会見を見た両親もとても良い会社だと認めてくれました。みなさん、どうかよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げ拍手で祝福を受けるお姫さまはちょっと照れくさそうだ。亜矢子は由香利を脇に呼び寄せ目線を合わせて話そうとする。
「由香利ちゃんは今日から妹よ。わからないことが有ったら何でも聞くこと。絶対放置しないようにね。そうやって私から全てを吸収しなさい。あなたに限っては出し惜しみしないから」
絹ちゃんも寄って来て三姉妹に見えて来る。もちろん「恐怖の」が付くけど。
「由香利ちゃん、亜矢子お姉さんは厳しいからね。でも、それはあなたを思ってのことだから歯を食いしばって頑張りなさい。私はいつでも応援してるから」
絹ちゃんの義妹の身を案じながらの激励にお姫さまはうんうんとうなずいて見せる。
ここで偉大なるセレブ、智美社長が全員に語り掛けるように見廻した。
「私たちの未来は自分たちの手で切り開いて作って行くの。何でも話し、支え合って行きましょう。そしてしあわせを感じることが出来たなら最高ね。掛け替えのない仲間と共に」
みんなはパチパチと拍手したが、由香利だけは右手を突き上げイェー!とやりやがった。さすがお姫さまは一味違う。ゴマフファミリーのスーパーアイドルだけあるぜ。
このタイミングで俺はずっと思っていた疑問を智美社長に投げ掛けてみた。
「ともみさんはなんでさくらだグループときイはなしてウんですか?せいちょうせんヤくをすすめていくなら、ていけいとかすエばいろんなメイットがでてくウとおもうんですけど。ふつうはのぞんでもかなわないことなのにずっとふしぎだったんですよ。かいけんでもむかんけいをきょうちょうさエてましたし」
すごくゆっくりしゃべった。まだ「り」「る」「れ」だけうまく発音出来ないけど、不都合なほどではない。
一瞬上川先輩の顔が曇った。でも、智美さんは柔らかく微笑んで答えてくれる。
「さすが宮川君はいいとこに目が行くわね。いいわ。せっかくの機会だし、仲間にだけは話しておくべきね」
先輩以外は智美さんに注視した。いよいよ謎のゴマフセレブの化けの皮が剝がれるぞォ!じゃなくて、ベールに包まれた過去が語られるわけだ。
「私は愛人の子なの。母が現在桜田重工の社長をやってる父の二号さんだったってわけ。私が生まれた時キチンと認知してもらってるから母子家庭でも普通の暮らしは営めたけど、やっぱり寂しい思いはたくさんしたわ。だから私は独立心が強いの。見返してやるとかじゃなくってね。
桜田本家は当然母と私に冷たかったけど、父はそんな周囲の声を無視するかのようにやさしくしてくれたわ。私が高校生の時母は病気で他界してしまったんだけど、援助は惜しまないから自分のやりたい道へ進みなさいって言ってくれたし。
私は大学三年の時「ザ・クライシス」を起業したんだけど、経営ノウハウも教えてもらったし、陰ながら資金援助もしてくれたの。だから絶対成功させなくちゃ。今でも父にはすごく感謝してるし大好きよ」
そうか。超お金持ちのご令嬢かと思ってたけど、志を持って挑戦してるんだ。お気楽にリーマンやってる俺たちとは、努力の蓄積が違うってことだ。
ここでバカリーマンの代表格、勝利が間延びした質問をしやがる。
「へーえ、やっぱり智美さんはスゴイんですねえ。ちなみに何処の大学時代に起業されたんですか?」
「私は隣県の東央中学、東央高校と私学を経て東京大学法学部を何とか卒業したわ。三年生次からは「ザ・クライシス」の経営に必死だったしね」
ヒエェェ!東大法学部卒かよォ!って言うか、有名中学の受験までやってたのか。そりゃ俺たちとはレベルが違うよ。もちろんDNAも優秀だろうし。でも、子供は凡人になるんだろうな。何たって上川先輩のバカDNAに強制中和されるから。天才の子は天才にあらずって、世の中上手く出来てるもんだぜ。
「とにかく、父の力をなるべく借りずに成功したいの!あなたたちの力は目一杯当てにするわよ。それが私の最大のプレミアムなんだから。由香利ちゃん、頼んだわよ!媚びなど売らなくていいから、亜矢子と二人で芸能界でのポジションを確立しなさい!」
お姫さまはゴマフ社長に力強くVサインを示す。オイオイ、自分の雇用主になる人だぞォ!まあ、この物怖じしない態度が由香利のお姫さまたる所以だけどね。
半月後、俺は何とか復職を果たした。もちろん鬱病が完治したわけではないし、相変わらず「り」「る」「れ」の発音は苦手だ。でも、ここまでの回復はスーパーリハビリドクターであられるお姫さまを始めとした周りのお陰だし、何と言っても若奥さまの愛情の賜物だと思ってる。夫婦の絆は深まったし、色んなことも勉強出来た。ドタバタも有って面白かったなあと感慨深かった。
出社して上長に挨拶を済ませデスクに着くと、早速恭ちゃんが寄って来た。
「何か大変だったみたいね。絹江から色々聞いたけど、テレビにまで取り上げられるとは透君も大物になったものだわ。ところで、本当に身体は良くなったの?困ったことが有ったら私を頼って来なさいね」
彼女の皮肉交じりのジョークはとてもありがたかった。決して焦らず仕事に馴染んで行かなければ。
「あイがとう。ゆっくりだけどがんばウから助けてね。たよイにしてウよ」
実際の言語障がいを目の当たりにして恭ちゃんはちょっとビックリしてたけど、明るく肩をポンと叩いてくれた。
課長の指示でお客さま対応から外され、もっぱらデスクワークに専念することとなった。これはこれで結構肩が凝るんだけどね。
周囲の雰囲気は変化していた。時折感じていた好奇とか妬みの視線が同情的なものに変わっていたからだ。思わず奥さまが女優さんってのはいいぞォ!と言ってやりたくなってしまった。
でも、戻って来られる場所が有るのはありがたいことだ。俺は俺らしくここで頑張ろうと思った。
一年後、スゴイことが起こった。いや、ゴマフ社長にすれば計画通りなんでしょうけどね。亜矢子のお手製カレーがやっと工場生産出来るようになったのだ。地道な開発と改良の賜物だそうだ。そういえば若奥さまは株式会社「コレカレー」の五パーセント株主だっけ。成功してくれよォ!一号店は何と渋谷での出店だそうだァ!
何故こんな借地料の高い場所でスタートを切るかというと、知名度向上のためらしい。もちろん味には自信が有るし、全国展開も視野に入れてるからだ。
驚いたのはオープン一週間前に、全国紙の新聞一面を使って広告を打ったことだ。所詮カレー屋だぞォ!掲載紙面にはカレーを持って微笑む女優さんが二人載っていた。そう、八反綾と八村由佳だ!由香利のデビューは亜矢子との共演だったのかァ!
俺は何も知らされてなかったのでビックリしたが、杉村由香利の芸名が八村由佳ってすごくベタじゃない?このネーミングは絶対智美社長だァ!八田亜矢子を八反綾としてデビューさせたのと同様である。
もっと驚いたのが「コレカレー」のメインメニューの品名だァ!「アヤカレー」ってさあ、そりゃレシピの本元は亜矢子のカレーだけど、ここまでベタだと引かれないか心配になってしまうよ。
お姫さまは「オフィス・カムレイド」入社後半年間は若奥さまの付き人をやったけど、それからは色んなレッスンや習い事をしていたとのことだ。お前、メイクアップアーティストの夢はどうなったんだ?まあ、「特別な瞳」を周りが放っておかなかったってことでいいんだけどね。ゴマフ社長の育成方針に沿って由香利も相当頑張ったと聞かされた。
「コレカレー」のオープン前、試食会が東京の一流ホテルで催された。普通は絶対やらねえぞ!場違いの電力四人組も招かれた。カレーを食いに新幹線に乗って東京まで行ったんだぞォ!
財界人や芸能人、もちろん智美社長のお父さんも来賓としてお見えになっていた。天下の桜田重工の社長さんから「娘をよろしく頼むよ」と言われ先輩がフリーズしていた。この時気付いた。そうか!これが先輩がミスマッチの広報部へ移動した理由だ!多分、役員の勅命が下ったのだろう。何たって財界人とのコネだもんな。先輩が財界人の義理の息子だなんて信じられねえよ!
この試食会はテレビにも取り上げられた。たかがカレー屋一店舗のオープンに大騒ぎする意味がわからない。芸能人も「おいしい!最高!」とコメントしてやがるし。
数日後、帰宅してから録画しておいたワイドショーを観た。好きではない番組を何故録画しておいたかと言うと、「コレカレー」のオープンが取り上げられることを知っていたからだ。
映像を見て驚いた。正午オープンなのに、一時間前には二百人余りの行列だァ!あの店三十席無いぞォ!そりゃあ今日はスペシャルゲストで八反綾と八村由佳も来店してるけどさあ。ホント大衆心理ってやつはわからん。カレーライスを食べるのに何でそこまでするんだよ!先頭なんて午前六時に来てたって言ってるぞォ!全く持ってゴマフ社長恐るべしである。
亜矢子が言ってたが、食べ物屋さんというのはとにかく一回食べて頂く。そして気に入ってもらえたらパブロフの犬のようにリピートして下さるものだそうだ。あとは口コミ等で拡散して行ったら最高の展開になるってわけである。だから智美社長はスタートダッシュに精力を注いだのだ。
逆に言えば、そんな神の目を持ったエスパー社長のお眼鏡に適った若奥さまのカレーってスゴイ物だったんだけど、当たり前のように食べていた俺って相当鈍いのかも知れない。
三ヶ月が経っても客足は十分満足出来るものだった。オープン当初の喧騒こそ無くなったが、確実にリピーターを呼び込んでいるそうだ。ゴマフ社長は店内のアンケートなどを基に綿密な事業展開を思案する。
そこにサプライズが発生した。「2キャン」とか言う有名サイトで、「アヤカレー」を食べることが願いを叶える儀式になると流れているのだ。巷の受験生には大受けである。まるでお手軽な絵馬代わりの扱いなのだ。もちろん根拠なんて無いんだけど。幸福にあやかれるとの単純な語呂合わせに過ぎないのにね。
これは智美社長が仕掛けたわけではない。若奥さまでさえ「わけわかんないよォ」と言ってたから。ブームには二種類あって、プロのクリエイターが意図的に仕掛けたものとネット発の自然発生的な事象に分かれるらしい。強いのは後者で、理由をプロの仕掛け人は躍起になって分析するそうだ。しいて言えばエスパー社長のネーミングだろう。ダサかったのは俺のセンスなのだ!
でも、一度でもブームになれば「本物」は強いらしく、話のタネに食べてくれた人の中から新たにリピーターが獲得出来るそうだ。
この神風にゴマフ社長は「ザ・クライシス」のゲームキャラの小さなフィギュアを単価の高いセットメニューの特典に付けて来た。同系列のキャラクターだからライセンス料も発生しない格安コラボレーションってことだ。ゲームの認知度も上がるし、アニオタまで取り込んでの恐るべきマルチ展開である。やっぱりあの人天才だよ。新手のスピード早いもん。
一年後にはフランチャイズも含めて関東地方全ての県庁所在地に出店した。東京だけで五店舗ある。時には観光旅行のお客さんまで食べに来るそうだ。順風満帆で何よりである。
読んで下さりありがとうございます。