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ザ若奥さまストーリー  作者: 天ぷら3号
8/12

ザ・パワーゲーム

よろしくお願いします。

 その夜、亜矢子はまた22時東京発の「ひかり537号」に乗って未明に帰宅した。帰って来るならメールくらい寄こせよと思ったけど、予感はしてたからリビングでニュース番組を見ながら待っていた。ちゃんとキリマンも煎ててポットに移してある。


「透ゥ!ホントなの?少しは話せるの?」


「ううなあ…あいおあお。おううしい、あううあおあお」

(ゆっくりなら大丈夫だよ。もう少しリハすれば良くなると思う)


 若奥さまはうんうんとうなずいて俺の頭を抱え込んだ。


「もう筆談は止めようね。また話せなくなっちゃうのが怖いから。ゆっくりでいいのよ。何でも私に話して」


「うう、わああ。ういはあうお。ああお…、おえいおおあおう」

(うん、わかった。亜矢子…、俺の言ってることわかる?)


「わかるよ。全然理解出来るからね。見てるだけでも充分伝わってるけど、出来るだけ話すようにしてね」


「コッ、コーイイおっおよ。のっ、のおあたったああ。おおいっておいああ」

(コーヒー飲もうよ。喉が渇いたから。用意しておいたんだ)


「ありがとう。透はいつもやさしいね。今入れて来るから待ってて」


 ド真夜中、リビングで亜矢子と過ごすティータイムは楽しかった。愛されてることを実感させてくれる若奥さまに限りなく感謝した。絶対に疲れているはずなのに。


 二人でベッドに入ったのは午前3時を過ぎた頃だった。




 土曜日に起き出したのは午前9時だった。天気は快晴だ。亜矢子は東山動物園に行こうと言い出した。ここんとこずっと家に籠っていたので、外の空気に触れさせようという配慮だろう。


 若奥さまのお手製弁当を手に出掛けた。ボロスカGは亜矢子が運転した。マニュアルミッションは面倒くさいとブーを垂れやがる。



 動物園ではしっかりと手を繋いで歩いた。俺は小さい頃から動物を見るのが好きだ。ちなみに水族館も好きである。そもそもここは、若奥さまと初めてデートした思い出の場所なのだ。あの時作ってくれたお弁当は質素な物だったけど、彼女の思いが詰まってすごくおいしかったことは忘れてない。おそらく一生覚えていると思う。



 亜矢子はいつものラウンドメタルレイバンにアポロキャップを深く被って変装しているけど、イイ女なのは隠し切れない。俺たちが自然と人目を惹いているのは自覚していた。


 ベンガルトラのオリの前でのことだった。俺はお姫さまを彷彿させるベンガルトラの孤高の目が好きだった。悠然と動き回る排他的仕草もカッコイイ!


 ボーッと虎の動きを見つめていたら隣の母子連れの男児に話し掛けられた。


「お兄ちゃん、ベンガルトラってカッコイイよね」


 俺は顔を歪めて返した。


「ああ、うっくくカッカイお」


 まだ表情筋がうまく動かない。途端に母親がまだ就学時前くらいの男児を引き寄せ、足早に立ち去って行く。


 その行動にものすごくショックを受けた。世間にはびこる偏見ってやつを、当事者の立場で初体験させられたからだ。おそらく知的障がい者に見られたのだと思う。あの母親は罪の意識など起こさないだろうけど、少なからず俺は傷ついた。寄り添ったままの亜矢子に背中をポンと叩かれた。


「気にしなくてもいいわよ。透は何も悪くないんだから。今はちょっと本調子じゃないってだけじゃない」


 若奥さまのやさしさに触れ、俺は恵まれていると思った。あの母親自身に憤りを感じたわけじゃない。寛容さを無くしつつある今の世の中がやるせなくなっただけだ。人間は個人じゃ何も出来ないって言うけど、亜矢子はたった一人で俺を守ってくれた……。



 俺たちはベンチに座ってお弁当を広げた。塩おにぎりとウインナーと玉子焼き、野菜サラダと煮物が少しの簡単な物だったけど味わって食べた。若奥さまの愛情が感じられてすごくおいしかった。


 そこへ二人連れの若い女性が寄って来た。


「あの、もしかして八反綾さんじゃないですか?良ろしければサインをお願いします」


 彼女は気軽に応じて手帳らしき物にサインを綴った。その時、もう片割れの女性がスマホを取り出し無断で写メを撮ろうとした。亜矢子は「ちょっと!写真は困ります!」と言って、食べかけのお弁当をトートバッグに放り込み俺の手を引いて走り出した。他のお客さんたちの視線が集まり、写メを無数に撮られた。主に後方からだと思うけど。



 逃げるように帰るのは不本意だったけど、若奥さまにはもっと大事なことが待っている。ゴマフ社長への報告だ。「オフィス・カムレイド」のホームページには、所属の八反綾は既婚だと明記してある。社長が隠す必要が無いと判断しているからだ。しかし、この件はとんだお門違いの展開になった。




 ベンガルトラを見ていた母親がニューススポットのインタビューに応じて、八反綾の同伴者は知的障がいの方でしたと思い込みでブッこきやがったからだ!知的障がいの何がいけないの?そんなにテレビに出たいの?と呆れた。



 翌日にネット上でツイートされてたので覚悟はしていた。何処から調べたのか、軽薄そうなリポーターと称する奴らが何度もマンションのインターホンを押しやがった。もちろん完全無視した。今日は日曜日だぞ!お前らもおとなしく休んでろッ!重大事件でもあるまいし。


 上川夫妻に来てもらって対策を練った。智美社長は毅然として言い放ってくれた。


「亜矢子、明日マスコミ向けの会見を開くわよ。私も同席するから。こちらは何も悪くないのだし、釈明なんてしないわよ。有名税だからって、個人の生活をエグる権利なんて無いからね。

 大丈夫よ。宮川君が誤解されてる知的障がいだって、チャカせば反社会的とみなされて世論の逆襲に合うから。視聴率のためなら何でも許されると思ったら大間違いよ。人間社会には倫理ってものが有るんだからね。

 昔みたいにテレビで大衆を誘導する時代は終わりつつあるのよ。直也、宮川君の会社の方は任せたわよ。広報の腕の見せどころじゃない」



 先輩は余裕有り有りでソファにふんぞり返っていた。この軽さが恐ろしい。でも、今は頼るしかないのも事実だ。


「ああ、こっちは任せとけよ。社員のプライベートなんで一切お答え出来ませんって一蹴してやるだけさ。宮川、安心しろ。お堅いウチの会社はワイドショー大ッ嫌いだし、CM打ってるキー局は何も言って来ないよ。実際うっとおしいのは週刊誌の方だよな。同じように突っぱねてやるけどね」



 先輩とゴマフ社長の言葉はとてもありがたかったし勇気づけられた。でも、何でこんな理不尽がまかり通るのだろう?それほど世の中は嘘と欺瞞がはびこっているのだろうか?


 若奥さまは諭すように、両手で肩を掴んで俺の目を見つめた。


「透は明日からも由香利ちゃんとリハビリを続ければいいわ。何も心配しなくてもいいのよ。私はもちろんだけど、仲間が全力で守ってくれるからね」


 言い終わってからギュッと抱きしめてくれた。




 翌朝、亜矢子は智美さんと共に東京へ向かった。


 俺は9時過ぎから由香利と童話の音読を繰り返した。



 午後になってテレビをつけ、ワイドショーにチャンネルを合わせる。マスコミ向けの会見が生中継されるそうだ。俺は自ら会見を開く智美社長の能力に感心していた。きっと、踊らされてるのはマスコミの方だと感じていたからだ。


 お前ら、ゴマフファミリーを舐めてると地獄を見るぞォ!ピンチを的確に判断して最適な実行に移せる天才との出会いは、俺と若奥さまに神さまがくれた一生のプレゼントに違いない。それくらいこのエスパー社長は信じられるのだ。



 低俗なワイドショーは会見前にリポーターを使って呷りまくりやがる。司会者が突っ込みを入れ有識者と称する奴らがなだめるシナリオ通りのマッチポンプだ。司会者曰く、逃げたのがいけないそうだ。お前なあ、あそこで逃げ出さなきゃ収拾着かねえだろうがァ!作られたシナリオが有るのはわかってるけどマジで腹が立った。でも、由香利はニヤニヤしながらテレビ画面を見つめている。


「これって智美さんの出来レースなんだよね。ホントうまく利用するもんだわ。さすが私の見込んだ社長だけあるわね」


 うーん、やっぱりお姫さまは素晴らしい。これくらいブッこけないと芸能界では通用しないのだろう。



 感心していたら会見が始まった。民放のキー局から「オフィス・カムレイド上川社長」のテロップが流れる。これがいくらくらいの試算になるのか、俺ごときでは見当もつかない。智美社長は正面を見据えて立ち上がる。


「オフィス・カムレイドの上川でございます。本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。この度は当社所属の八反綾が、関係者並びに動物園にご来園のお客さまに多大なご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。

 八反と一緒に居りました男性は彼女のご主人です。現在病気療養中のお身体ですので、八反も献身的に尽くしておる次第でございます。皆さまには、どうか彼女たちを温かく見守って頂ければ幸いと存じます。私も一刻も早い彼の回復を祈っておりますのでよろしくお願い致します」


 阿吽の呼吸で亜矢子も立ち上がり深々と頭を下げる。もちろんこれくらいでリポーターたちは引っ込んでくれない。彼らも次の仕事に繋げるために必死なのだ。


「八反さんにお聞きしたいのですが、ご主人はいつごろからご病気を患ってらっしゃるのでしょうか?また、ご病名は何でしょうか?よろしくお願いします」


 正直、放っとけ!と思った。お前らが何をしてくれるんでもないんだし。


 亜矢子は毅然として答えた。


「主人は一般人ですので詳細はお答え致しかねます。ただ、現在の私には彼の回復が最優先事項ですので、どうか取材等は自粛して頂きたいと思っております」


 結構挑戦的な物言いであるが、亜矢子は全く動揺を見せない。着席したままマイクを通してだが、背筋を伸ばして答える姿が凛として見える。全然媚びてない。でも、真摯な姿は誠実に映る。完璧だ!さすがプロ女優だと感心させられた。



 リポーターが突っ込みを入れても若奥さまが動じないので、暫く膠着状態が続いた。憎たらしい女だと思われてるかも知れない。構わないけど。


 その時、業界通らしき老練なリポーターが智美さんに質問した。


「上川社長のお父さまは桜田ホールディングスの役員であり桜田重工の社長さまだと伺っておりますが、そちらの方はご納得頂けてるのでしょうか?」


 この質問はデカかった。会場の空気が一変したのがテレビ画面からでも伝わって来たから。先ほどまで偉丈高に突っ込みを入れていたリポーターの顔が引きつっていやがる。ざまあみろだ!お前らリサーチ不足なんだよ。パワーゲームなら負けねえぞォ!


「その通りでございます。しかし「オフィス・カムレイド」並びにゲーム会社の「ザ・クライシス」は桜田グループではありません。完全に独立したカンパニーでございますので、実父の了解など必要無きものと思っております。よろしいでしょうか?」


 老練なリポーターは場をわきまえたように「ご返答ありがとうございました」と言ってキチンと一礼した。



 スゲエよな。もちろん智美社長の発言は正当なんだけどね。この老練リポーターのキー局に桜田グループはCMを流している。たかが一女優のプライベートごときで、ビッグスポンサーさまの逆鱗に触れる真似などするわけがないのだ。もちろん他局のリポーターも引き潮のように沈黙しやがった。こんな茶番でビジネスチャンスの芽を摘み取ったら、ディレクターの首どころじゃ済まなくなるだろうから。



 こうして会見は急展開で終了になった。暫くして若奥さまからメールが届いた。


「週末は社長宅で打ち上げよ。ファミリー集合でごちそうを食べさせてくれるって。いい宣伝になって透さまさまだってことです。誰よりも愛してるからね。チュッ!」



 騙し合いのメイキングドラマは、ゴマフ社長の一本勝ちで終結したのだ。ツイッター上では亜矢子の毅然とした態度と夫婦愛が称賛され、智美社長もビッグネーム化して行った。確かにマスコミは恐ろしいと再認識させられた。


 だって、「八反さんのご主人さま、頑張って病気に打ち勝って下さいね。ご回復を祈っております」とかネット上に書き込まれてるんだよ。俺、見知らぬ人から激励されてるんだもん。信じられねえよ、ホントに。とってもありがたいことだけどね。




 翌日もこの話題はワイドショーで少なからず放映された。が、会見の録画を流しながら司会者からコメンテーターまで称賛の嵐である。お前ら、マジいい加減にしとけよ!


 俺はムカついていたが、由香利に言わせるとこれくらいの手の平返しは日常茶飯事だそうだ。ジャーナリズムって何だ?正義の意味がわからなくなってくるよ。マスコミに良心と反骨心は無いのかと呷ってやりたいくらいだった。




 ドクターお姫さま?の献身的治療により俺の言語障がいは少しずつ回復して行った。話す速度もやや上がった。金曜の深夜、亜矢子が帰って来た時も「おかえいィ!あいあかっかおお!」(おかえりィ!会いたかったよォ!)と迎えることが出来た。若奥さまが頬ずりして喜んでくれたのが嬉しかった。


読んで下さりありがとうございます。

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