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ザ若奥さまストーリー  作者: 天ぷら3号
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ザ・兆候

よろしくお願いします。

 土曜日、目覚ましをオフにしてずっと寝ていた。無性に起きるのが面倒だったからだ。午前10時を過ぎた頃インターホンが鳴ったけど無視した。何か心が苛んですべてが億劫になっていた。カチャリとロックが外されバタバタと足音が近付いてくる。


 亜矢子だとわかったけど俺は動かなかった。直ぐに寝室のドアが開けられたが、布団を被ったままにしていた。グェッ!やられた!フライングボディアタックだァ!頭の周りだけ布団を剝がされ、若奥さまの顔が目の前に来た。


「ただいま。透、どうしたの?こんな時間まで寝てるなんて具合でも悪いの?」


 俺はコクンとうなずいて見せた。亜矢子は白い手を俺の額に当て首をかしげる。


「熱は無いみたいだけど、お腹でも痛いの?」


「心の病だよ。ずっと寂しかったんだ」


 若奥さまはクスッと笑って布団に潜り込み、「バカね……」と言いながら頬にキスしてくれる。そのまま彼女を抱きしめたけど、どうしようもなく涙が溢れて来た。


「ホントにすごく会いたかった。亜矢子と一緒に居たかったんだ」


「私も会いたかったわよ。ゴメンね、透。私が好き勝手やってるのがいけないんだね。それを許してくれるあなたに甘え過ぎてたのかも知れないな」


「いや、俺は亜矢子の仕事を理解した奴でありたいから。ちょっとセンチメンタルになっただけだよ」


「ありがとう。いつもやさしいね。やっぱり透を選んだのは間違ってなかったな。明日もオフだからずっと一緒に居ようね」



 それからベッドを抜け出し、洗顔を済ませて遅い朝食を取った。いや、ほとんど昼食だな。買ってあったキャベツとレタスと胡瓜の野菜サラダに玉子焼き、トーストとコーヒーのモーニングセットだ。でも、亜矢子が用意してくれたから価値が有ると思ってる。貧相なメニューだけどね。


「お昼から買い物に行こうか?何でもいいから一緒に暮らしてる実感が欲しいんだ」


 若奥さまは俺の言葉に驚いたみたいだ。


「本当にゴメンなさい。そんなに寂しがってるなんて思いもよらなかったわ。透がメンタルヘルスにならないよう私も気を付けるね。浮気でもされたらもっとイヤだもの」


 ドキッとした。いや、あれは断じて浮気じゃないぞォ!静華さんの件は勝がスケベ心を起こしたのが悪いんだ。でも、由香利のことは話さなくちゃいけないな。大切な仲間だもん。


 俺はもうお姫さまになびかないだろうと思った。独りになって会いたくなったのは若奥さまの方だったから。


 愛って何だろう?いろんな形があるらしいけど、信じることには違いないんだろうな。それが時々信じられなくなって裏切ろうとするんだ。それほど人は弱い生き物で、もちろん俺はとてつもなく弱い。そう思うと心のままに生きる勝は大したもんだ。悩まないバカは最強の生き物だから。




 お昼からスカGで亜矢子とイオンに出掛けることにした。彼女はいつものように申し訳程度の変装をする。いや、カジュアルモードの衣装にラウンドメタルのレイバンを架けアポロキャップを深く被るだけであるが。俺も付き合ってレイバンのアビエイターを架ける。ちょっとだけ有名人気取りだ。若奥さまに思いっ切り笑われた。


「何で透まで変装するのよォ!?不審なカップルに見られちゃうじゃないのォ!」


「えっ、そんなに似合ってない?俺、レイバン好きなんだけど」


「似合ってるわよ。でも、趣旨が違ってるの。透は変装する必要が無いってこと」


 ブスッとすると亜矢子は素早くフォローを入れて来る。


「私は透の素顔が好きだな。ベビーフェイスって言うか、カワイイ顔してるもん」


 エヘッ、褒められちゃったよォ!しょうがねえなあ。カッコイイ素顔をさらしてやるか。丸め込まれたのかな?と思ったけど気にしない。彼女と一緒に歩けるのが嬉しいから。




 イオンでは手を繋いで歩いた。俺たちは実に仲良き夫婦だ。問題など何処にも無い。


 映画を観た。ボウリングもやった。最後に食品売り場で買い物をして帰ることにした。野菜を手に取って品定めする若奥さまが心を和ませる。


 今夜のメニューは天ぷらだ。カツも揚げてくれるらしい。やったぜ!久し振りのお肉だァ!モーモーさまは贅沢だ。ブーちゃんで充分だよ。


「透は私が居ない時、何を食べてたの?」


「インスタントラーメン!あとは冷食のパスタか焼きおにぎりをチンして食べた。たまに先輩が居酒屋に連れて行ってくれたけど。だって俺、包丁持てないもん」


「ダメよ!炭水化物ばかりじゃない。うーん、やっぱり私が悪いんだな。ゴメンね」


 帰宅して亜矢子は早速調理を始めた。もちろん俺はお手伝いしようとしたが、「疲れたでしょうからリビングで休んでて」とやんわり断られた。クッソー!そんなに足手まといなんかよッ!いや、考え過ぎだ。やさしい若奥さまが俺を邪険にするはずがない。彼女のやさしさに甘えることにした。



 リビングで一時間ほど読みかけの小説を読んでいたら亜矢子が呼びに来た。


「透さま、お待たせしました。さあ、キッチンまでいらして下さい」


「ああ、今行くよ。久し振りのごちそうで嬉しいな」


「イヤーね。天ぷらぐらいでごちそうだなんて。そう言わせちゃう私って情けない妻だよね」


「何言ってんだよ。俺はいつだって亜矢子を応援してるんだぜ。そんなことに気を回さなくてもいいって」


「ん、もう。ホントにやさしいんだから。誰にも透を渡したくないわね」


 若奥さまが抱き着いて来て口づけた。嬉しいけど腹減ったぜ。早く肉を食わせろよと思っていた。



 夕食を終えてリビングで亜矢子が入れてくれたロイヤルミルクティーを飲んだ。これも久し振りなので、まろやかさを味わって飲んだ。



 ダブルベッドで一緒に寝る時、彼女の人肌が暖かく感じられ深い眠りに就けた。最近睡眠不足だったので夢を見ることなど無かった。




 日曜日、昨日と同じですごく寝起きが悪かった。羽毛布団を剥がされ洗顔を済ませても全然スッキリしない。頭をブンブン振ってコーヒーはエスプレッソにしてもらった。


 俺の奇妙な仕草を見て、若奥さまは心配そうに聞いてくる。


「透、体調悪いの?何かフラフラしてるよね。朝起こしても直ぐ二度寝しちゃったし」


「えっ?いや、食欲も有るし熱も無いから大丈夫だよ。それより、今日は上川先輩たちとランチしない?ちょっと頼まれごとが有って四人で相談したいんだ」


「社長たちの都合が良ければもちろんいいわよ。私もお願いしたいことが出来たし」



 上川先輩に電話したらランチの申し出を快諾してくれた。ウチで食べるのかと思ったら、亜矢子は強硬に外食を言い張った。料理好きな彼女にしては意外だなと思った。



 先輩の運転するレクサスに乗せてもらい、俺と亜矢子は広いリヤシートに収まった。お店も若奥さまが決めた。「龍門」と言う松阪牛で有名なステーキハウスだ。俺の一週間分の食費が一食で飛ぶ。貧乏性の俺はもったいないと思ったけど何も言えなかった。



「龍門」で仲居さんに奥座敷へ案内してもらい、鉄板付きの和テーブルに着く。高級そうな装飾品に彩られた個室は、ステーキハウスと言うより料亭だ。ブルージーンで来店したのが何ともミスマッチである。


 仲居さんが目の前で分厚い霜降り松阪牛をミディアムに焼き、サイコロ状に切り分けてそれぞれの取り皿に乗せてくれる。鮮やかな手つきと手際の良さはプロそのものだ。


 サイコロを一つ摘まんで口に放り込む。おいしいッ!直ぐに肉が口の中で溶けた。こんなの初めてだ。


 入社して間もない頃、気まぐれで松阪牛のコーンビーフを買ったことが有る。一缶三千円もしたぞォ!ツナとオニオンであえてサンドウィッチにして食べたショボイ思い出がある。


 メニュー表は時価と記されているので、恐ろしくて自分たちだけでは来れないよ。先輩たちのようなセレブは平気なんだろうけどさ。


 さすがにガツガツとは食べなかった。店の品格が自然とマナーを促してくるのだ。多大なコストと引き換えの社会勉強である。


 俺と同じで未だに質より量の上川先輩はステーキを追加した。スゲエッ!とても安月給のリーマンとは思えない暴挙である。「宮川も食うか?遠慮しなくていいぞ」とおっしゃられるので、大きくうなずいてお願いした。この時だけは、場違いな身分をものともしない先輩が偉人に見えた。


 フウー、食ったぜェ!超高級松阪牛でお腹を満たした。しあわせである。


 お支払いは先輩ご自慢のブラックカードで済ませる。興味が有ったのでレジに立ち会った。全身が震えた!四人で十二万ちょっともするのかァ!お一人さま三万円也って、俺の一ヶ月分のお小遣いだぞ!それが一食で吹っ飛ぶなんて信じられないよォ!


 亜矢子はカメリアのトートバッグからキャビアスキンの長財布を取り出し、固辞する先輩に六万円を強引に押し付けた。こんな贅沢、一度限りだと思った。


読んで下さりありがとうございます。

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