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ザ若奥さまストーリー  作者: 天ぷら3号
10/12

ザ・ニューヒロイン

よろしくお願いします。

 亜矢子は民放連ドラの準主役くらいは張れるようになっていて、映画でも助演で二本出演を果たしていた。立派な売れっ子である。例の会見以来好感度が高いのが強みだ。


 一方の妹分、お姫さまこと八村由佳は、若者向け青春映画にヒロイン抜擢だァ!マジかよ?スゲエなあ!


 八反綾のファン層は年齢幅が広い。簡単に言えばアダルト層に受けがいいのだ。八村由佳は十代後半から二十代で圧倒的に支持されている。


 これもゴマフ社長の戦略で、ターゲット層を絞り込んでいるのだ。キャッチフレーズは「遅れて来た黒い瞳」でキャラクターはツンデレ系である。甲高い声でオッホッホと笑ったあと、魅惑的な黒目を見開いてニコッと白い歯を見せる落差がたまらないらしい。そのまんまじゃねえかッ!



 俺は元カレでキスしたことあるぞォ!とファンの集いでブッこきたくなってしまうが、刺されるといけないので自重しておこう。


 残念ながら歌って踊れるスーパーアイドルは目指せない。お姫さまがクソ音痴なのは以前ゴマフファミリーでカラオケに行った時発覚していたので、クオリティにこだわる女社長もあきらめざるを得なかったのだろう。




 晩秋の土曜日、リビングで亜矢子の入れてくれたロイヤルミルクティーを片手に新聞を読んでいた時だった。フッと一息ついた若奥さまに見つめられた。


「私たちも一緒になって四年が経ったね。透、いつもありがとう。お陰で私はしあわせに暮らせてるよ。今でも世界中であなたが一番好きだわ」


「オ、オウ。まあ俺もしあわせだから、いつまでも二人で頑張って行こうな。住宅ローンもまだ二十六年残ってるし」


 思わずうなだれてしまう残念な俺だ。ああ、果てしなきローン地獄よ。ひたすら利息を払わされ続ける日々である。いつになったら元金減らせるんだよ?ホントに。


「透にサプライズが有るの。まだ口外厳禁のトップシークレットだからね!でも、あなたにだけ特別に教えてあげる。実は来週早々、清々堂の新作CM発表会見が催されるの。「オフィス・カムレイド」は見事主力化粧品である「アフロディーテ」シリーズの契約を勝ち取りましたァ!私と由香利ちゃんのダブルキャストで撮るんだよ。スゴイでしょ?」


 何となくスゴイとは思った。清々堂が日本一の化粧品会社なのは知ってるし、俺でも男性用は使ってる。一流化粧品会社のCMに抜擢されるというのは美の象徴になるわけだから、最も激烈な競争が繰り広げられてる業界だそうだ。オンエアされれば女優としてのイメージは確実にアップする。


「大したもんだ。これで亜矢子もビーナス認定だね。そんな若奥さまと一緒に暮らせてるなんて恐ろしいことだよ」


「恐ろしいはないんじゃない?私はいつだって透のやさしい妻なんだからね。それに契約金もスゴイの!私が五千万で由香利ちゃんが三千万、合計八千万円の超大型契約よ!一年間は絶対にスキャンダル起こせないけどね」


 ヒエェェ!マジかよォ!俺が業界のことをわかってないからだろうけど、そんなにビッグマネーが動くの?もちろんポスターとかキャンペーンもやるんだろうし。そうやって何億円も掛けて商品イメージを作って行くわけか。ホントに派手な世界だよな。業界関係者って、しがないリーマンの給料いくらか知ってるの?


 そんな選ばれし者の世界でセレクトされたのは快挙と言えるだろう。それにしてもお姫さまってスゲエよな。いくらダブルキャストとは言え、まだデビューして二年余りだぞォ!


「私たちは「カムレイド」の特別社員だから、歩合制で契約金の二十パーセントが頂ける規定なの。だから私は一千万、由香利ちゃんは六百万が入って来るのよォ!」


 ゲエッ!見たこともない大金だァ!頼む!住宅ローンに少しだけでも回してよォ!しかし由香利もやるもんだぜ。軽く兄貴の年収を踏襲してるじゃん!勝が泡吹いてブッ倒れる光景が頭をよぎった。



 入金されたら少しだけでもローン返済に回してくれるようお願いしたが、思いっ切り拒否された。絶対にこいつは鬼だ!若奥さまは世界一の悪妻だと断言しよう!茶ぶ台ひっくり返して実家に帰ってやろうかと思ったくらいだ。


 彼女はブンむくれている俺に「ゴメンね。一年待ってて」と言いながら口づけして来やがった。キス一つでしょうがないと翻意されてしまう俺もたいがいだと思うのだが。完全にコントロールされてるんだよなあ。実に情けない話である。




 翌日、上川先輩の自宅で久し振りにスペシャルランチパーティーである。ゴマフファミリー大集合だァ!昨晩帰って来たばかりのお姫さまも顔を出し、七人衆勢ぞろいだ。ランチの席で由香利はオーラを発散しまくっていた。それは亜矢子とは違った種類の、何故か怒りの込もったものだった。


「ん、モウ、ホントにやんなっちゃうよ!今月オフが三日しかないんだよォ!自分の時間が無いし、彼氏もいないし、お金も持ってない。売れたって無い無い尽くしじゃんかァ!」


 あれ?出演料とかで勝の数倍の収入を得てると思うけど。


「振込口座をお母さんに握られてるから、お小遣いちっとも増やしてもらえないしィ!あんなに一生懸命お仕事しても、全然私のお財布は膨らんで来ないじゃないのォ!今だって八千円しか入ってないんだよ。信じられる?」


 お前はお財布いらないだろうがァ!払いたい奴などいっぱいいると思うぞ。



 智美さんはニコニコしてるだけで何も言わない。役割分担のように若奥さまがお姫さまを諭す。


「由香利ちゃん、お金はお母さんに任せておいた方がいいのよ。あなたのために貯めておいてくれてると思うから。忙しいのもいつまで続くかわからない世界だからね。今は精一杯仕事に打ち込みなさい。それがきっと将来に生きて来るし、我がまま言ってたら夢破れた人たちに失礼でしょ?」


「まあ、亜矢子姉さんにそう言われたらしょうがないけどね。社長へのご恩返しもまだこれからだし。お金もバカ兄貴に管理してもらうよりは安全か。使い込まれるに決まってるから」


 愛妻の前にもかかわらず平気でなじられた勝利は、心中穏やかではないだろう。このバカ兄貴は、直ぐさまムダな反撃に打って出やがる。どうもこの兄妹はお互いに抑えが効かない性分のようだ。妹が爆勝するのは目に見えてるけど。


「お前なあ、ちょっと売れてるからって()に乗ってるんじゃないよ。世間知らずのクソガキがァ!どうせ直ぐに売れなくなって泣きついてくるのがオチさ」


「何言ってるのよ!今度亜矢子姉さんとダブルキャストで清々堂のCMに出るんだよォ!それだけでも六百万のギャラが頂けるってのに。絶対にお兄ちゃんよりお金持ちになって見せるからね!」


 あーあ、言っちゃったよ。絹ちゃんはポカンと口を開けたままフリーズしてるし、勝利の顔面が蒼白になって行く。ほら見ろ!しがない電力リーマンとは住む世界が違うんだよ。世間知らずはお前の方だってえの!



 その偉大なる世間さまは知らないだろうが、八反綾と八村由佳のカムレイド姉妹はドケチである。ゴマフ社長と違って器が小さい。俺と勝利はもっと小さい。しょうがないじゃんかァ!薄給で世間が広がらないんだもん。


 ここでゴッドマザーがお姫さまをなだめに掛かる。さすが気配りの出来るお方だ。


「まあまあ、ケンカしないで。お兄さんも自分の世界で頑張ってるんだからキチンと立ててあげなくちゃ。撮影スタッフの方々にはちゃんと出来てるでしょ?「オフィス・カムレイド」は社会人としての教育がしっかり出来てるから挨拶も素晴らしいって評判を聞かされ喜んでるのよ」


 へーえ、これは意外だった。俺は由香利が自己中心天動説のままに、芸能界でもお姫さまとして振る舞うのを危惧していたから。


「そりゃスタッフの方々にはいつも感謝の気持ちを抱いてますよ。自分一人じゃ何も作り上げることは出来ないんだって理解してます。ここら辺は亜矢子姉さんより徹底的にレクチャーされましたから、猫被ってるんじゃなくて本当にそう思ってます。付き人もすごくいい経験でしたし、育てて下さった社長へのご恩は一生忘れません!」


 お姫さまもちゃんと成長してるんだ。もう、子供じゃないんだね。付き合ってた頃を思い出し、ちょっとだけ切なかった。




 清々堂のCMは大反響だった。八反綾と八村由佳がそれぞれ三カット、二人で映ってるのが三カットの九種類のポスターが刷られた。中でも八村由佳の顔面ドアップポスターは駅などで剥がされまくった。俺も見たけど、本当に黒い瞳に吸い込まれそうになる。



 フフフッ、実は俺はその九種類のポスターをセットで持っている。それも一般では手に入りにくい特大B2サイズでだァ!何処から手に入れるのか知らないが、ネットオークションで高値がついてるのはリサーチ済みだ。八村由佳の顔面ドアップポスターなんて三万円以上の値がついてるんだぞォ!俺は九枚セットを十万円で売り捌いてやろうと真剣に考えていた。何たって全て直筆サイン入りだからな!これでリッチになり松阪牛を食ってやるゥ!


 ニタニタしてたら亜矢子が顔を近づけて来たので、キスしてくれるものと思ったら頬をつねられた。


「痛ってえなあ!いきなり何すんだよ!」


「透、悪企みしてたでしょ?何考えてたのか言ってみなさい!」


 えっ?何でバレてるの?若奥さままでゴマフ社長のようにエスパーになっちゃったの?


「いや、この前サインしてもらったポスターが高値で取引されてるんで、オークションに出品しようかと考えてたんだよ。少ないお小遣いの足しになればと思ってさ。俺のは貴重な直筆サイン入りだし」


 正直にゲロしたのが間違っていた。


「バカねえ。そんなことを関係者が、まして身内の者がやったなんてバレたら、イメージ下げる行為として数千万単位の違約金を取られるかもよ。契約は一年間だからね。所詮この業界は需要と供給のアンバランスで持ってるんだし、飢餓状態をどこまで維持出来るかが人気のカギなのよ。だから社長は絶対に安売りしないわ。プレミアムの大切さを熟知してるもの」


 なるほどなあ。しかし、違約金って半端なく恐ろしいよな。ビッグマネーが動くってことはリスクもビッグだってことだ。しょうがない。俺のコレクションとして押し入れにしまっておこう。


 しかし、何か不完全燃焼だよな。だって、これじゃ俺はプアなままだもん。


「でもさあ、せっかく亜矢子も売れたんだし、少しは俺にもお裾分けしてくれていいんじゃない?亭主が毎日ひもじい思いをしてると八反ブランドが汚れるよ」


「ホント情けない……。いつから簡単に泣きごと言うようになっちゃったの?透はいつだってカッコ良くツッパってなくちゃ。私の惚れた人なんだからね」


 フンッ!これくらいで丸め込まれないぞォ!大切なお小遣いの話だ。春闘張りに粘ってやる。何たって労使交渉だからな。現状のまま妥結なんて出来るかってんだァ!


「じゃあ、お小遣い少しだけ増やしてよ。いつも先輩にばかり連れて行ってもらうのって悪いからさ」


「ダメッ!それは透が我慢すれば済む話でしょ?飲みたいなら家でにしなさいッ!外は何かと高くつくんだからね。だいたいあなたの会社って飲み会多いのに、まだもの足りないの?そんなに飲むと前みたいに身体壊すわよ。あまり心配掛けないで!」


 クッソー!この鬼嫁めェ!自分はスポンサーの接待とかで料亭に行ったりしてるくせに。俺なんて庶民的居酒屋で飲み放題のお得セットばかりなんだぞォ!何でこんなに虐げられなくちゃいけないんだよォ!



 悔しそうなままの俺を見て亜矢子は話題を変えて来やがる。


「でも、ホントに由香利ちゃんってスゴイわ。才能が違うって認めちゃう。セリフの間の取り方とか重要なシーンでの身のこなし。特に指先とかを微妙に動かしたり出来る表現力って真似出来ないわね。何て言うのかな?自然と周りが彼女の動きに合わせられちゃうのよ。同じ事務所で本当に良かったわ。由香利ちゃんと競ったら勝ち目無いもの」


「へーえ、いつも強気の亜矢子がアッサリ認めちゃうほどの才能なんだ。でも、俺はお前みたいにコツコツ努力してる人って好きだな。もちろんプロはそれを見せちゃいけないんだろうけどね」


「ありがとう。私は透さえ理解してくれれば満足よ。いつだってそれが最大のモチベーションになるから。でも、お小遣いの増額はダメだからね。妻として絶対に認めません!」


 チェッ!持ち上げてやる姑息な手段はやっぱり通用しなかったか。まあいいや。いつも金で買えない笑顔を見せてもらってるんだから。ファンから見れば贅沢の極みってもんだとヤセ我慢しよう……。


読んで下さりありがとうございます。

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