第八話 鍛錬と失敗
転生1ヶ月後の朝
まだ2月が始まったばかりのこの季節は、家の中でも肌寒く、家の中での暖房はリビングにある暖炉のみだ。
(うぅぅ…少し寒いな。あっという間の1ヶ月だったな)
この1ヶ月、ひたすら魔術の鍛錬に、語学の勉強や、異世界の社会情勢について調べていた綾人。
この世界には四季があるようだ。
ツヴァイン帝国では、冬と夏はあまり長い期間では無く、一年を通じて過ごしやすい気候である。
一番寒いのが2月、その2月でさえ雪は降ったことはここ数年無い。
夏も8月に気温が30度を超えるか超えないかといったところだ。
温暖な気候のおかげで農作物が豊かに実り、田舎化に拍車をかけているのではないだろうか。
土地柄かツェット家の土地もどこからどこまでかわからない。
広大な敷地での日課。
父ロドフと姉ユリカは武術の鍛錬を欠かさない。
「やぁ!っつ!この!…」ドン!ガシャン!ガラガラ…
姉の声の後、倉庫に積まれていた薪やら工具やらが盛大に崩れる音がした。
(またやってるよ。ほんと大丈夫なのかな?姉さんまだ4歳なのに容赦ないな…)
木剣で鍛錬しているとはいえ、4歳の女の子が軽く吹っ飛ぶ威力でやり合っているのだ。
「どうしたユリカ!もう降参か?」
薪の下敷きになっているユリカの腕を掴み上げて、薪の山から引っ張りだす。
「…まだよ。このくらいで降参なんかするもんですか!」
(逞しすぎるよ姉さん…これってもしかしたら僕も近い将来同じ状況になるのかな)
綾人は知らなかったが、既に綾人の鍛錬メニューはロドフとリーナによって作成済みだ。
さすがに1歳では小さ過ぎて、どこの家庭でも一緒の赤ちゃんとして日常を生活している。
(違うのは、魔術と座学はかなり勉強したけどね)
「ステータス」
(既にある程度喋れるようになっているのは両親には秘密だ)
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Name:アヤト・クラシキ・ツェット
Level:1
Job:ー
HP:10(10)
MP:80(80)
ST:10(10)
IR:ー
筋力:10
物理攻撃力:10
物理防御力:10
魔力:40
魔法攻撃力:40
魔法防御力:40
敏捷:10
運:10
スキル:黒魔術師Ⅰ
(炎のフレイムⅡ、水のフレイムⅡ、雷のフレイムⅡ、土のフレイムⅡ)
加護:武術の加護Ⅹ、魔術の加護Ⅹ、検索の加護
[_________]検索
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綾人は1ヶ月、毎日鍛錬を欠かさない。
その結果、魔力関連のステータスは順調に上昇し、黒魔術のスキルも獲得していった。
各フレイムの2段階まで習得することが出来たのは、毎日の鍛錬のおかげだろう。
(しかし、魔法の練習は危なかったな…)
フレイムⅠは生活魔法程度で、床をころがり、這いつくばって隠れて鍛錬すれば問題なかった。
しかしフレイムⅡを初めて使用した時はその威力に衝撃を受けた。
(ほんと…ばれなくてよかった)
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その日、綾人は初めてフレイムⅡの魔術に挑戦使用としていた。
水のフレイムⅡ…検索によると、水の鉄砲のようなものと記載されていた。
鉄砲で家の中が傷ついてしまうのはまずいので、開いている窓に向かって魔力を練り上げて魔法を放つ。
(水鉄砲か…玉は丸く、指から打ち出すイメージで…)
しかし打ち出された玉は、ボーリング玉以上のサイズの水球。
『ゴウゥ…バキバキバキ…ザザザ…』
庭の裏手にある木々を数本なぎ倒して、水球が崩れて消え去っていく。
(あれ…威力がおかしい。…やばい!…隠れなきゃ!)
転がりながらはいはいでリビングの定位置に戻る綾人。
「何の音だ!家の裏手の方だ!ユリカは家の中でお母さんと隠れていろ!」
ロドフの大きな声が響き渡る。
全速力でなんとかリビングに戻ってきた綾人に抱きついてくるユリカ。
「アヤトは絶対に私が守ってあげるからね!」
何とも頼もしい姉だ。
(ごめんなさい。原因は僕です。どうかばれないで…)
「2人とも私から離れちゃダメよ!」
リーナの後ろ姿を見つめるユリカと綾人。
「リーナ!裏庭の木が3本、水のフレイムⅢレベル程の水弾でなぎ倒されている!」
いつもの脳筋ロドフとは思えない的確な報告。
「レベルⅢは相当の使い手よ!…ロドフ気をつけて!」
(…レベルⅢ?僕はレベルⅡのフレイムしか使ってないんだけど…)
「リーナも2人から離れないでいてくれ!こいつは俺が仕留める…」
(やばい…やばいよ…大事になってきた)
「大丈夫よ2人とも!パパもママも昔は冒険者で強かったんだから!」
「パパ、ママかっこいい!」
(なんと、ただの筋肉馬鹿かと思っていたロドフは冒険者だったのか)
ロドフの逞しい筋肉、剣術は鍛錬を見る限り高いレベルにあると思う。
しかし、普段はリーナの尻に敷かれっぱなし状態では想像もつかない。
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数時間後…
「…魔術師は見つからなかった。もしかしたら魔物かもしれない」
ロドフは森を徹底的に捜索したが、木をなぎ倒した原因は見つからずにいた。
(そりゃ見つからないよね…だってそれ僕がやったんだもん)
「心配だし念のために結界魔法かけておくわ」
(…ほう。結界魔法ってのもあるのか)
『…フィールドバリア』
リーナの身体が少し光り、床に幾何学な模様が映し出される。
「庭を含んだ範囲を囲っておいたわ。これで私より弱いモンスターなんかは入って来れないわ」
「リーナより強いモンスターなんかダンジョンの下層クラスか、ドラゴンレベルだろ」
(…なに!母さんそんなに強かったのか。そりゃ尻に敷かれるよね…ははは)
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