第四十四話 暗闇の湖
「なんだかここから雰囲気が少し違うな…」
9階層へ降り立った『知識の宝庫』
眼前に広がっているのは大きな湖だった。
綺麗な水面には火の玉が浮かんでいる。
これまでにもいくつか水源はあったのだが、ここにあるものはかなりの大きさである。
暗い洞窟状のダンジョンでは湖の端までは見えていない。
幸いなことに無理に湖を進まずとも脇に陸路も続いている。
しかし如何にも湖から何か出てきそうなこのシチュエーション。
「どうだ?なんか居そうか?」
火の玉を浮かべて水面を照らしているアヤト。
水際ギリギリに身体を乗り出して、水面に頭を突っ込んでいるのはリリーである。
「ぷはっ!うーん…なんにも居なかった」
「モンスターが居ないのならそれに超したことはないな」
「はぁ?モンスターが居なかったらダンジョンに潜っている意味がないだろ?」
安全思考のジェルマンの意見に対し、危険思考のリザとサーラが突っかかってくる。
「そうじゃないんだ!」
そんな3人に訂正するように間に入るリリー。
「本当に何も居ないんだ!」
「…なるほど。水場であるのにモンスターも居なければ魚も居ないってことか?」
リリーの言いたいことに気づいたアヤト。
「なんだか嫌な予感がするな…」
「まぁ…水際のモンスターなら僕の雷のフレイムを使えばある程度は大丈夫だと思うよ」
いつまでも心配の絶えないジェルマン。
(そんなに心配性だと禿げちゃうぞ…)
ジェルマンの短く揃えられた金髪に別れを感じるアヤトであった。
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身体がいつもよりも重たい。
膝まで浸かっている冷たい水は身体の体温を奪っている。
9階層を進んでいた『知識の宝庫』は戦闘を繰り返しながら1本道を進んでいた。
進み始めて30分ほどすると、道にはだんだんと水溜りが多くなってきた。
水溜りがだんだんと深くなってくると、いつの間にか湖と一体化している。
後ろを振り返ると、歩いてきた道も無くなってしまっている。
そのまま前に進み続ける…膝の高さまで深くなるのはあっという間であった。
水場のモンスターが出てくるかと思っていたメンバーだったが、以前と変わらずゴブリンやオークなど陸地に潜むモンスター達だ。
しかし、足場が悪い上に、慣れない水辺だ。
そんな動きづらい水の中、モンスターとの戦闘で体中が濡れてしまっている。
そこまでダンジョン内の気温は低くはない。
しかし暗いダンジョン内に広がる湖は、体感的に涼しげに感じられる。
「…まずいなぁ」
アヤトがそう思ったのには訳がある。
今まで五月蝿いくらいだったメンバーの口数が明らかに減ってきた。
腰ほどに上がってきた水位。
「前方に敵集団が表れました。オーク…ソルジャーにメイジも」
ハナビの報告に黙ってそれぞれの武器を抜く。
真っ先に動いたのは獣人族の2人。
腰まで浸かっていた水場から高く飛び上がり、近場にあった岩場に着地する。
すると遠距離から狙いを定めていたアーチャーゴブリンに拳を振り下ろす。
移動力の低下しているこの状態では遠距離攻撃は厄介である。
真っ先に潰すのが戦闘のセオリーである。
だが一番厄介な存在が攻撃態勢に入る。
オークメイジの振りかざした杖からは、オークの頭ほどの火球が浮かび上がる。
その熱量で火球の向こう側に映るオークの姿は歪んでいる。
「水のフレイムはそこまで得意じゃないけど!」
火球は身動きの取りづらそうにしているサーラとハナビに向かってくる。
冷えた身体には助かる暖かさだが、近づいてくるにつれ焼けるような熱さに変わってくる。
「ーウォーターウォール!」
魔力を練り込むと、アヤト自身の水のフレイムと湖の水を融合させる。
するとサーラとハナビの足下の水が迫り上がり水の壁となる。
水の壁にぶつかった火球は蒸気とともに消え去る。
「サーラ!」
アヤトが叫ぶ。
それだけで何を言わんとするか理解するサーラ。
足下の水かさがウォーターウォールで一瞬下がったその時。
サーラが踏み込みを強くし剣を横に振るう。
すると、目の前の水の壁が縦に割れる。
その剣の鋭さの奥に見えたオークメイジ。
次の魔法を打つ為に構えていた杖が真っ二つになる。
「オークメイジはやったわ!あとはお願い!」
サーラがそう言うとオークメイジはゆっくりと倒れていく。
3mほどの巨体が水柱をあげて倒れ込むとオークメイジの身体は杖のように真っ二つに割れる。
残るモンスターはオークソルジャーのみ。
「任せろ!」
ジェルマンは風のフレイムを纏いスピードを上げる。
元々、剣術士と魔術師の素養を持ち合わせるジェルマン。
戦闘スタイルは魔法騎士といった感じで、サーベルの刃が通ればそれなりの強さを発揮する。
決して弱い訳ではない…他のメンバーが異常なのだ。
そんなジェルマンがオークソルジャーの刃をかわし、木の盾ごと切り倒す。
「なんとかなったか」
機動力が低下した中、なんとかモンスターの一団を排除した一同。
その先には湖から出られる陸地が見えている。
誘われるかのように見つけた陸地へと上がっていく。
「ここで少し休憩を取るか…」
「念のため奥を見てくる」
陸地の奥は一層暗くなっており、先が見えない。
火の玉を飛ばし明るみが広がっていく。
「あっ扉があるよ!」
人一倍視力の良い獣人族のリリーとルナには常人には見えない扉が見えていた。
ここまで降りてくるのに出会った扉は5階層の時のみだ。
フロアを降りるときには階段はあるが、今まで扉は無かった。
「…階層主の扉か?」
「たぶんそうだと思う!」
まだ9階層…階層主が表れるのにはあと1階降りるはずだ。
「ちょっと確認してくるよ」
アヤトとリリーは陸地の奥に進んでいく。
するとアヤトの目にも大きな扉が見えてくる。
それは5階層の階層主の部屋に入る扉とそっくりな作りであった。
「たぶんこの先は階層主の部屋だと思う…」
皆の元に戻って来て報告をするアヤト。
「え?でもまだ9階だよ?」
「中に入ってみないと確かなことはわからないんだけど…5階層の扉と全く同じ作りなんだ」
ー数秒、沈黙の時間が流れる。
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