第十五話 秘密の特訓
「それでは、久しぶりの再会と、ユリカちゃんとウタの加護を祝して」
『カンパーイ』
テーブルには豪華な料理が隙間無く並べられていた。
乾杯と同時にユリカとウタが料理にかぶりつく。
ユリカが真っ先にかぶりつくのはいつもの光景だが、ウタもそれに負けずとかぶりつく。
その顔には神殿に行く前には無かった、生傷がいくつも刻まれていた。
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神殿から宿屋に向かう途中であった。
「ウタ君、これから夕飯の時間まで少しあるから鍛錬しないかい?」
「…そうね。明日試験を受けるとしたら少しでもやっておいた方がいいわね」
ウタが返事をする前に、リーナが話を進めている。
「よし、ならギルドの訓練場にいこうか!」
「いえ、外に出ましょう」
ロドフがギルドのある方へ歩いていこうとしたときに、リーナがそれを止めた。
「城壁の外である程度基礎を叩き込んで、モンスターの討伐をしましょう」
(あれ?さっきは父さんと姉さんが勝手にモンスターを狩っていたのを怒ってたのに…)
「いいのか?」
恐る恐るロドフがリーナの顔色を窺う。
「あれとこれとは別だけど、あなたと私も居るんだから万が一は無いでしょ」
もしかしたら許されたのではと少しでも思ってしまったロドフの気持ちは崩れさっていった。
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「もっと魔力を圧縮するイメージで」
「…はい!」
今は城壁の外でリーナがウタの魔術の鍛錬をみている。
「…ウォーターショット!」
「ズン!バキバキ…」
ウタの手のひらから放たれた水の固まりは、木の中心にあたり倒れていく。
「そうね、だいたいは良いかな」
リーナから合格を貰ったウタは既に疲れきっていた。
それもそのはずだ。
MPが少なくなるとマジックポーションを飲まされ無理矢理回復していく。
「よし!次は俺たちだ!」
そこには今か今かと出番を待っていたロドフとユリカが木剣を片手にスタンバイしていた。
「…いや、少し休憩を」
「いくわよ!」
ウタの声が聞こえなかったのか、ユリカが木剣で斬り掛かってくる。
「わ、わ、わ!ユリカちゃん待ってって」
急いで足下に投げられた木剣を拾い、構える。
『ガン!』
なんとか拾い上げた木剣で初太刀を防ぐ。
しかし、馬鹿力のユリカの斬撃は重い。
昨日、今日、剣を持ったばかりのウタには受けきるのは無理である。
『ザザザザーザザー』
豪快に吹き飛ばされている。
「いててて…手加減してよユリカちゃん」
「あんた相手に本気出す訳無いでしょ?これでも3割くらいよ」
「…3割」
ガクッと項垂れるウタの背後にはロドフが居た。
「そんなゆっくりしてらんないぞ?」
『ザッ』
ロドフが木剣を振り下ろしてきたところをギリギリよける。
(…ウタさん頑張ってください)
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「ウタはどんな加護を授かったんだい?」
口に入りきれない量のチキンを頬張るウタに女性が聞いている。
「…ぐろまじゅじゅし…もぐもぐ…それぃ…れんぎんどぜんずず」
案の定の答えである。
「何を言ってるか全くわからんのだが。ウタ、口の中を空にしてから喋りなさい」
たれ目の男性が注意をする。
(ウタの目はお父さん譲りだな)
夕食にはツェット家とトラバース家が勢揃いしている。
先程の女性は、『ドロシー』ウタの母親だ。
目のそっくりな男性は『ハス』横に並んでいると瓜二つの親子だ。
「…んー。はぁー!」
ウタはようやく口の中の食べ物を胃の中に押し込み、止まっていた呼吸を大きくする。
「うーんと、黒魔術師と練金と戦術」
「えっ!?3つも授かったの?」
「そうだよ、僕もビックリだったけど、ユリカちゃんの方が凄かったから」
そう言ってユリカの方を見ると、こちらも口いっぱいに頬張り、「どんなもんだい」といった顔をして胸を張っている。
「そーか!さすが俺の孫だ!」
「ブルは関係ないだろ!ウタの実力だ!」
「なんだとぉー!」
ロドフとブルはお互い良い笑顔で小突き合っている。
「それにしても、その傷はどうしたの?」
少し心配をしてウタの顔を覗き込むドロシー。
「ごめんなさいね。そのことで少し話があるの」
リーナは申し訳なさそうな表情でウタの両親に話しかける。
「どうしたんだい?」
「実は神殿で祝福をいただいてから、城壁の外で鍛錬をしてたの」
「ほう、そうか。じゃあその傷はロドフにつけられでもしたのか?」
ブルはロドフの頬を横に伸ばしきる。
「いででで…俺じゃねーよ、ほとんどユリカだ」
「まぁ!女の子に負けちゃったのね」
クスクスと笑いながら慰めるドロシー。
「母さん…ユリカちゃん強すぎるんだもん、仕方ないよ」
「ウタ君は魔術師タイプだからね、私と似たタイプよ」
「リーナは武術もいけるタイプでしょーが」
(母さんとドロシーさんも仲が良さそうだなー歳も近そうだし)
「それで、話っていうのは?」
「実は…ウタ君に明日の学園入学試験を受けてもらうのはどうかなって」
「ふーん、それで鍛錬してたんだ」
「ダメだ!ウタは俺の宿屋を継ぐという使命が「いいわよ!」」
ブルが喋り終わる前に、ドロシーが話をかぶせてくる。
「な!なにを言ってるだ!」
ブルが慌ててドロシーを説得しようとする。
「お義父さんは黙ってて」
嫁の立場のドロシーだが、完璧にトラバース家の実験を裏で握っている。
「ウタはどうしたいんだい?」
(…お、ハスさんが久しぶりに喋ったな)
「…僕は、学園にいってみたい」
「なっ…ウタはおじいちゃんと一緒にここでお仕事するの楽しいって」
だんだんと先程までの威勢がなくなっていく。
「おじいちゃん…宿屋の仕事は楽しいよ、いろんなお客さんにも会えるし、いろんなことを覚えられるし…」
「ただ、もっと自分の可能性を広げてみたくて…」
「この力でもっといろんなことが出来るかもって思うと…」
(この世界の子供は逞しいなぁ、ウタさんって結構頭良いよね)
「…そうか。…おじいちゃんはウタが大っきくなってうれじいぃぞ」
(あーあ、泣き出しちゃった)
「ロドフ、いぐぞ!」
「おう、今日はとことん付き合うぞ!」
暑苦しい男2人が外に出て行った。
(どこかで飲んでくるんだろう…明日は入学試験があるのに)
「でもいいの?」
「まぁ、ウタがやりたいことならパパとママは応援するよ」
「それにまだ入学試験に合格した訳じゃないんだしね」
「ここまで言うんだから勝算はあるんでしょ?リーナ」
「うん。その為に城壁外でモンスターまで狩ったんだからね」
「へぇーなるほどね」
ドロシーは少し笑みを浮かべて、ウタの頭を撫でる。
「驚かないのね…」
「まぁーあなた達のことですから、信頼してるわよ。」
「喜んで良いのかしら?」
「もちろん褒めてるのよ。こんな師匠が教えてくれたんだから明日は頑張らないとね」
なんとか無事にウタの入学試験への挑戦が決まり、勝負はいよいよ明日だ!
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