3 図書館と森口さんと
悠美香と私は学校の近くの都立図書館に足を運んだ。
今日の新聞には、翔の誘拐事件の話が載っている。
でかでかと載る誘拐事件の記事に、私は一瞬目が眩んだが、それにも気にせず図書館に足を運んだ。
「あ、木下さん」
ふいに男子の声がした。
「あ、森口さん」
森口俊也。今年転校してきた同じ学年の男の子だ。
ちょっと女子力高めで、あまり人のことを呼び捨てにしないから、皆から少し遠くに見られている。
「森口は何しに来たの?」
「借りてた本を返そうと思ってね。図鑑」
彼のバッグから『鳥』と大きく書かれた図鑑が見える。
「鳥に興味あるの?」
「うん。ツバメの生態を調べたくてね。知らないかもしれないけど、塾に行くとき、駅の近くにツバメの巣があったのを見かけてさ。ちょっと調べてみたかったんだよね」
森口さんは、ふふっ、と笑う。鳥が好きなのかな、と一瞬思った。
「ふぅん、あんたってホント生物に興味津々なのね」
森口さんの持っている本を指差して、悠美香は言った。
「うん、お父さんが生物学者だから」
「へぇ、初耳ね。っていうか、それ、すごくない? 私のお父さんなんて……って、言っても何もないわよね」
私が見るに、森口さんと悠美香はお似合いだと思う。純粋な男子と引っ張る系女子の組み合わせも良いかもしれない。
「そういう木下さんと峰口さんは何しに来たの?」
森口さんは、こちらに尋ねてきた。すると、悠美香が、真剣な声で言った。
「あんた頭良いから知ってると思うけど、翔が誘拐されたの知ってるでしょ?」
「白崎さんのことね。知っているよ。でも僕、同じ縦割班だけど、あんまり話さないよ」
「知っているわよそんなこと。それよりも私、誘拐事件の資料を借りていきたいのよ」
期待外れということを承知していたように言う悠美香。
「あ、だったらこの図書館にあるよ」
「本当? どこにあるか教えてくれる?」
この都立図書館は、三階建ての豪華な図書館なので、誘拐事件の資料もあるはずだ。
「えーと、ここ、ここ」
数分図書館を歩いていると、ファイルに入れられている資料を見付けた。
「これは、2010年から2015年までの事件の資料だね。警視庁からのコピーで頂いた物だって言われているから大切に扱った方が良いと思う」
はい、と資料を差し出して、森口さんはカウンターの方に歩いていった。
「あいつ、そんな鋭くないけど、私よりも頭良いからちょっと悔しいわ」
フン、と悠美香は鼻を鳴らした。
「でも大丈夫だわ。森口は体育だけはどうしても出来ないんだから」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ。森口さんはやりたくてもやれないんだから」
そう、森口さんは病弱で体が弱い。顔がちょっと青白くて、「そのうちすぐ太るぞ」と男子から言われていた。
「そうね。悪かったわ。でも、何ていうか悔しいわよね」
「そうかなぁ。私は悠美香には悠美香なりの良いところがあると思うよ」
私がそう言うと、悠美香は溜息をついた。
「お人好しすぎるよ。れっちは。だから男子にいじられたりするのよ。優しすぎるのよ」
悠美香はまた溜息をついて資料を借りた。
帰り道。
五年生の連合音楽会が終わり、辺りはいよいよ冬の勢いを増してきた。
最近はマフラーをする人も増えてきて、私もマフラーをつけている。
悠美香は手袋をしてマフラーもしていたが、鼻の付け根が赤くなっている。彼女は三人家族。お父さんが交通事故で彼女が生まれる前よりも先に死んでしまい、悠美香と姉の悠莉香さんと、母親の三人家族だ。
私は弟とお父さんとお母さんがいて、時々激しい夫婦喧嘩と姉弟喧嘩が繰り広げられているけど、仲の良い家族。
悠美香を見ていると、自分は幸せ者なんだなってつくづく思わされる。
「はぁ~。しっかし、寒いよね。もう、寒すぎて風邪引いちゃうよ」
「現にインフルエンザで学校休んだ人もいるって噂だしね」
「ねぇ。ホント勘弁だよ」
「でも私は翔のことが心配で、ホントそっちの方が勘弁だよ」
あ。
また話を思いっきり変えちゃった。ごめん……。
私が黙っていると、悠美香は私の頭をポンポン、と優しく叩いてくれた。
「また話を思いっきり変えちゃったって思ってるでしょ。いいよ、別に。私もそのこと心配だったし」
悠美香の言葉に、私は少し気持ちが柔らかくなった。
私達の間にしばらく話題が飛ばなかった頃、ちょうど森口さんと曲がり角で出会った。
「わっ、何森口。どこ行くの?」
「塾だよ」
「ふぅん。ね、今日、森口の家行ってもいい? ちょっと一緒に資料見てほしいのよ。頭いいあんたなら何か分かるかもしれないじゃん」
唐突な悠美香の言葉に、森口さんはただ単に頷くしかなかった。
「別にいいよ。塾が終わって帰ったら電話するから」
森口さんはそう言って駆け出していった。
「まったく。あいつも、言い返さないなんて純粋ねぇ」
悠美香の頬は少し赤くなっていた。
森口さんに対する気持ちは、変わっているのだろうか。