19 犯人の人達に
僕はうつろな表情で、集中治療室と書かれた扉を見つめた。
麗香はやがて、総合病院に連れて行かれ、集中治療室で治療を受けていた。
救急車で運ばれることになった麗香を、僕は付き添いということでついて行き、ここに来たのだ。
それもこれも、全て僕のせいなのだ。
僕があの日、あそこの道を通っていかなかったら。
未来は、変わっていたかもしれない。
「翔っ!」
「翔君っ!」
突然、二人の声がした。
同級生の、峰口悠美香、森口俊也だ。
峰口さんは確か、麗香の大親友で、森口さんは今年転校してきた病弱な男子だったはずだ。
「翔君が無事で良かったよっ! 人質が助かっただけでも、僕は良かった」
森口さんは目に涙を沢山溜めて言った。
峰口さんは森口さんの数倍目に涙を溜めて、森口さんを叱った。
「馬鹿じゃないの森口っ! 麗香が死んでいたら元も子もないじゃないのよっ!」
峰口さんは森口さんを叩いた。
森口さんは「痛っ!」と言い、顔を歪ませた。
「ねぇ、翔! 麗香、どうしてるのっ!? 私校長先生から聞いたの。翔は麗香と一緒に病院にいるって! ねぇ、麗香、どうしてるの?」
峰口さんは僕に向き直って、懇願するような目でそう言った。峰口さんの涙が床に滴り落ちる。
言いたくなかった。
麗香のことを、何より願っていた峰口さんに、真実を言いたくなかった。
でも、言わなきゃ。
「麗香は多分、もう死んでる」
「え……?」
ドサッ。
峰口さんは、病院の床に倒れた。
「峰口さんっ! 大丈夫?」
森口さんが大急ぎで峰口さんを抱き起こす。
「大丈夫なわけないじゃないっ!」
峰口さんは叫んだ。
病院にいた人が、いっせいにこちら側を見た。
「そんな。今まで一緒にいた大親友が、死んだなんてそんなの、信じられるわけないじゃん!」
峰口さんは泣き出した。
「麗香が死んだって、そんな、そんな現実を受け入れて、私にどうなってほしいの? 現実を見つめろって言いたいのっ!? 何で、麗香を殺しちゃったのよっ! 翔だったら、良かったのに!」
「やめなよ峰口さんっ! 翔君だったら良かったなんて、そんなのないよ! 言っちゃ駄目だよ!」
森口さんは峰口さんを必死になだめた。
それでも、峰口さんの暴走も、止まるわけではなかった。
「本当に、私は翔のこと、何だって思っていない! 麗香も、そう思ってるはずだよ! こんな迷惑な奴と一緒にいたくないって、思ってたはずだよっ!」
翔のこと、何だって思っていない! 麗香も、そう思ってるはずだよ!
ショウノコト、ナンダッテオモッテイナイ! レイカモ、ソウオモッテルハズダヨ!
そんな言葉が、頭の中で繰り返される。
こんな迷惑な人と一緒になんていたくない。こんな奴を助けたいなんて思っていなかった。
麗香は、僕のことを助けたくなかったのかもしれない。
「ごめんなさい……」
「だから麗香は翔のことどうだって……え?」
峰口さんの暴走が止まった。
「ごめんなさい! 本当に、僕がいけなかったんです! 僕……。僕……」
「大丈夫? 翔君。話は、木下さんの病室でやろう。ほら、木下さんの病室が、あるから……」
涙でぼやける視界の片隅で、森口さんは僕を慰めて、どこかを指差した。
きっと、麗香の病室だ。
そして僕は、病室で二人に話した。
水泳教室に遅れちゃいけないのに遅れそうになって、それで近道を使ったら誘拐犯に捕まったことを。
「なるほどね。つまり、近道を通らなければ、翔は誘拐されず、麗香は死なずに済んだって事ね」
峰口さんの怒った言い方に、僕は更にしゅんとなった。
「そう、本当に、本当に、ごめんなさい……」
「こういう調子じゃ、大丈夫だよ、なんて気安く言えないね。気をしっかり、としか言えないよ」
確かに森口さんの言うとおりだ。人殺しに、大丈夫だよ、なんて言えるはずがない。
「本当にごめんなさ……」
「だから、お前は遺族に謝れっつってんだろ!」
「遺族なんてどこにいるんだよ刑事さん。無実の罪着せられて、何で謝罪しなくちゃいけないんスか?」
廊下の方から声がした。
「おい、ここが麗香さんの病室だ。今は誰もいないけど、もしもここに麗香さんの遺族が来たら、すぐに謝罪すんだぞっ!」
唐突にそんな声がしたかと思うと、麗香の病室の扉が開いた。
「あっ」
僕は声を上げた。
麗香を殺した男達だったのだ。
「おっ、翔く……おっと、危ねぇ危ねぇ……」
榎本が口を抑える。
「どうやら、友達がいるみてぇだな。早速謝罪しろ」
「何でですか、俺は別に……」
「うるせぇ人殺しのくせにっ!」
刑事さんらしい毛深そうな男が、ドアを閉めた。
「まさか貴方達が、麗香を……」
峰口さんが今にも掴みかかりそうな勢いで男達に出向いた。
「殺してねぇっつってんじゃん」
それに関して、ニヤニヤ余裕そうに笑うリーダー。
「貴方達ですか。木下さんを殺したのは。今すぐ僕達に謝ってください」
森口さんも突っかかる。
すると一人の男が、煙草をくわえて言った。
「刑事さんもお前達も、俺達を犯人扱いしやがって。証拠もねぇのによぉ。早く諦めろよ。名誉毀損で訴えるぞ。なぁ」
男の言葉で、全員が頷く。
「嘘つくなよ」
僕はポツリと口に出した。
「は?」
「何だよ翔……。いや、お前」
「そうやって誤魔化すんじゃねぇよ! 麗香を殺したくせしてよく言える!」
そう言って、僕は男達に掴みかかった。
「何だよ何だよお前はよぉ……! 調子のんなよクズ!」
リーダーは僕の胸倉を掴んだ。
「お前はクズのくせに良くそんな口利けるよな。どうなってもいいのか、あぁ!?」
そう言って、僕のみぞおちを、殴った。
数日ぶりに受ける暴力。今までよりは弱かったけど、それでも、痛かった。
「ぐはっっっっ! ……貴様ら……」
僕は叫んだ。
「何それ、貴様らって、厨二病じゃん。キモい!」
榎本は笑いながらそう言った。
「畜生……」
「翔、大丈夫だよ。私も翔の言うことは信じる。この人達は絶対、翔を誘拐した張本人よ。しかも、麗香を殺して……。うぅぅ……」
峰口さんは泣いてしまった。
僕のことを信じてくれたのは嬉しかった。でも僕は、峰口さんの泣き顔を見るのは、悲しかった。
僕には、峰口さんが、麗香とダブって見えてしまったからだ。
「うるせぇなお前らは。何なんだ証拠もねぇくせにそんな口利いて。茶番じゃねぇかこれ完全に」
リーダーは煙草を吸った。
すると、病室のドアが開き、廊下から刑事数人が押し寄せてきた。
「おい、そこの容疑者共。お前らの指紋が、麗香ちゃんのパーカーから検出された」
刑事達は、馬鹿だなぁという顔をして、男達に麗香の着ていたパーカーを押し付けた。
「ふざけんな、それだけで証拠だと!?」
「榎本、もう落ち着け。お前が言いたいことも分かる」
リーダーが突然、喋りたてる榎本を押さえつけ、そう言った。
「だって、お前が麗香ちゃんを殺したいって言ったんだろ? 麗香ちゃんの通ってる学校の学芸会に出向いて、それで麗香ちゃんに目を付けたのは分かる。あの子、可愛かったからな」
突然のことで、一瞬、何を言っているのか分からなかった。
一番最初に状況を理解した峰口さんは、口を開いた。
「学芸会って、確か、私達五年生は、『クレイン』をやったっけ」
峰口さんがあごに指先を当てて考えている。
「そうだ。そのクレイン役の少女、麗香ちゃんを見て、榎本は心動かされたんだ」
「嘘だろリーダー。そんなことくっちゃべっていいとでも……」
「思ってるさ。だって、もう自白することしかなす術はないだろう? きっとお前もそう思ってる。なぁ榎本」
リーダーは榎本に向かってニヤリと微笑む。榎本は観念したように喋りだした。
「俺は……俺は、小学生の頃に誘拐されてしまった妹の代わりになる子をずっと探していたんだ。小学生の頃からずっと……。でもその夢は結局叶わなくて……。大学の友達だったリーダー達皆が、俺の妹を探そうとずっと探索していたけれど見付からなくて……。それで、慰め会を開いてくれると言ってくれた。その予約会場に行く最中、通りかかった小学校で学芸会をやっていた。そのとき、全てを計画したんだ。麗香ちゃんを見付けて、妹の代わりになると思った直後に。でも麗香ちゃんを誘拐しては、皆は大混乱だから麗香ちゃんと仲良さそうだった翔君……君を誘拐して、現金を麗香ちゃんに持って来させたんだ」
「ふざけんな!」
バンッ!
気が付くと、僕は榎本を殴っていた。
「痛いなぁ。何するんだ翔君。今、自白したじゃないか」
「自白した自白しないそういう問題じゃねぇ。……妹の代わり代わりって、……何なんだよ! そんなことして、一人の命が失われたんだよ! 分かってんのか!」
「自白したら警察に捕まっておしまいだろ? そこでお前が俺を恨もうと知ったこっちゃねぇ。だから今言ったまでだ」
「ふざけんな……。ふざけんじゃねぇよぉっっっ!!!」
「落ち着いてよ翔君!」
僕は、目の前が滲んだと同時に、榎本に掴みかかっていた。
「だって、こいつ、こいつ、妹のためにって、妹のためにって、うるせぇんだよ! そんなんで、そんなんで、麗香は、麗香は!」
僕はなだめる森口さんを振り払おうとした。
麗香を殺されたのが、悲しくて。
麗香が死んだ事実を、知りたくなくて。
その事実を知ってしまったら、もう、麗香といつも通りに話していた、あの頃に戻れないような気がして。
「麗香ちゃんが死んだのは、君のせいだって、いつも言っているだろう? 君があの場所に訪れてなければ、君が自ら殺されるのを僕達に言えば、麗香ちゃんは助かったのかも知れないのに。
……全ては君のせいだって、何度言ったら分かるの?」
「うわああああぁぁぁあぁぁあぁあぁっっっっ!」
僕は榎本に殴りかかった。
やがて犯人は捕まり、僕は家に着いた。
家の人達は、僕のことを心配してくれて、麗香のこと等は知らされていないらしく、パーティを開いてくれた。
僕は、いつまでも、麗香と一緒にいることを、願っていた。
麗香と一緒にいられることが嬉しかった。
そして、気付いた。
自分の本当の気持ちに。