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さようなら  作者: けふまろ
本編
18/20

18 さようなら

グロ注意。

真面目なグロ注意報。

 ついにこの日を待っていたのだ。

 

 麗香が助けてくれる、この日を。


 やっと、「ごめんね」と、「ありがとう」が言えるんだって。


 ずっと待ち望んでいたはずなのに。


 なのに、こんな目に…。





 とある街の港に、僕と誘拐犯は来ていた。

 麗香が来るはずだ。一人で。


 寒空の中、僕は静かに待っていた。


 すると、麗香が来た。


 僕を殴った、誘拐犯の仲間を連れて。

 

「おーい、連れてきましたよ、麗香ちゃん。一人で現金持ってきたんだって。はーいどうぞ」

 麗香と一緒にいた男は、バッグをリーダーに渡した。

 

「遅ーよ榎本。バッグはそこに置いておけ。ついでにその娘は縛っておけ」

 

 リーダーはそう言って、いつの間にか用意していた縄を榎本と呼ばれた男の方へ投げた。


「分かりましたよリーダー」


 榎本は口元をニヤつかせながら、麗香の手首を縄で縛った。


「あぁ、お前はバッグの中に入っている三億円が偽札かどうか確認しろ」

「あいよっ」


 リーダーはスマホをいじりながら出っ歯の男に命令した。

 すると麗香は、目を見開き、「やめろっっ!」と悲鳴を上げた。


「どうしたのかなぁ? 木下麗香ちゃん? ……まさかそのバッグを開けてほしくないのぉ?」


「!!」


 麗香は涙を浮かべながら、開けようとする出っ歯の男を目で追った。

 出っ歯はバッグから札束を取り出し、それの一枚を、太陽に照らした。

 すると出っ歯は一瞬困ったような表情になり、続いて、もう一枚、もう一枚、とお札を太陽に照らした。


「お、おい、こいつっ! ……リーダー、これ、偽札っす……」

「はぁ? ……てめぇ、騙したなっ!」

 

 リーダーは麗香のみぞおちを蹴った。


「うぐっっっっっっ」


 麗香の唸り声が、港中に木霊した。


「ゴホッ……。う……うぅ……」

 

 麗香は、力なくうな垂れている。


「誰か、助けて……。お願い……」


 麗香の叫びを、僕は今すぐ叶えてあげたかった。


 だけど、この港には今僕達しかいない。


「麗香っ!」


 僕は目に涙を浮かべて、麗香に手を伸ばした。



「うるせぇよブスッ! 黙ってろよっ!」


 僕はリーダーに蹴られた。

 

「人の傷付いている姿ってやっぱり最高ですね」


 坊主頭の男、久野(くの)がリーダーに言った。

 足で麗香をめいっぱい蹴りながら。




 やがて僕は、麗香が殴られている姿を見ていても、どうでもよくなってきた。

 もう、叫んでも、助けたくても、手を伸ばしても、殴られるばかりで。


 だったら、助けなきゃいい。


 そう思った。



 抵抗せずに、じっと麗香が殴られるのを、僕は見つめていた。


「翔……。……翔っ! 助けて! 助けてよっ!」


 麗香は涙目になりながら、必死に僕に訴えかけた。

 その間も、誰かに殴られている。


「助けてよ、翔っ! 助けてよっ!」


 僕はそんなことを言われても、どうも思わなかった。


 ただ、僕はうつろな目をしていたのだ。


 それから、僕は、麗香がどうなったのか知らない。

 くちゃくちゃくちゃくちゃ、何かを食べるような気持ち悪い音がする。

 べちゃべちゃ、ガサガサと、何かをひったくる音と、何かを入れる音が。

 そして聞こえた。

 

 麗香の、耳をつんざくような悲鳴が。






「このくらいにしてやるか」


 辺りはもう暗くなって、街がライトアップされた。

 さっきまで。麗香がここに来るまで、とても晴れていた冬空だったのに。


 ひたすら殴って、蹴って、痛め続けていた男達は、群がっていた麗香から離れた。


 さっきまで数人の男達に囲まれて見えなかった麗香が、はっきり見えた。


 いや、麗香だったものが。


 麗香の顔は、腫れ上がっていた。


 服を着せられているから、中身はそんなによく分からないけど、この暗い空でも分かるような、赤黒い物や、白い物が見え隠れしている。


 そして、麗香の大事な心臓も、麗香がこれ以外自慢する事がないからと、よく自慢していた長い手足も、暗いからだろうか、無くなっているように見えた。


 まさか麗香は……。


「おい、重要な部分は持っていったよな?これ売れば大金になるぞ」


 リーダーは榎本に声をかけた。


「ばっちり、持ってますよ、ほい」


 ガサッ!


 何かの音がした。


 榎本は、ビニール袋をさっきまで偽札が入っていたバッグから取り出した。


 その中には、この世のものとは思えない、べたべたと赤黒い液体が付いている、何かが入っていた。


「麗香ちゃんも、これが偽札じゃなかったら、こんな無様な死に方をしなくてすんだのに」


 リーダーが言った言葉に、僕は息を飲んだ。




 無様な、死に方?


 死に方?


 麗香、死んでるの?




「はい、じゃあ翔君は解放しますよ。じゃあね。せいぜい、大人に連れてってもらったら?」



 そう言って男達は、街の方へ駆け出していった。


 笑顔で。





 誰もいなくなった頃、僕は、麗香の方をそっと見た。


「麗香……」


 尋ねてみる。


 だけど、返事などない。


 突然、港に船が近付いてきた。

 車を沢山乗せているから、きっと自動車を運ぶ船なのだろう。五年生では、車のことを習うから、そのことを知っていた。



 そのとき、ハッキリと見えたんだ。


 なかった。

 

 麗香が自慢していた長い手足も。


 麗香の悩んでいた胸も。


 胸どころか、心臓も。


 胃も、腸も、何もかも。


 麗香の、決して美人とはいえないけど、多少整った顔も、腫れ上がっていて。


 麗香の目は、あっちこっちの方向に曲がっていた。



「うぐっ」


 蒸せるほどの血生臭い匂いに耐え切れず、僕はむせてしまった。


 やがて、船に乗っていた船長さんが港に下りると、すぐに僕を発見したらしく、「どうしたの坊や」と声をかけてくれた。


 そして、僕の目の前に転がっている、麗香の死体を見付けると、顔を青くしたのだった。


「きゅ、救急車だっ! 救急車を呼べ!」



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!」


 僕は泣いた。


 泣いていたんだ。


 麗香の前で。

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