16 行ってきます
悔やんだって仕方ない。今日が本番。
私服警察官に連絡してくれた校長が、私に声をかけてくれた。
「木下麗香さんに、言っておく。
警察署の私服警察官が今日の午後2時30分に駅に集合してくれるらしい。今日、一人で行きなさい。もちろん、バッグは警察が保管している。そのバッグには警察官が職人に頼んで作ってもらった偽札が入っている。
そして木下さんが誘拐犯に金を渡した瞬間、私服警察官と警視庁のエリート刑事が捕まえてくれる。犯人は金を貰いたくてウズウズしているから、白崎さんはきっと返してもらえる。そして木下さんは白崎さんを連れて私服警官の所に行き、合図をする。
というのが、当初の考え方だった。
だが変更点がある」
ん? 変更点? 何だろう。
「行くのは君ではなく、君の格好をした、警察官の、千葉智彦君だ。実は智彦君は僕の高校の頃の同級生でね、体が小さくてすばしっこいもんだから、木下さんには変装出来る。
だから、行くのは千葉智彦君。で、君はその代わり現場に居合わせてもらう。白崎さんが一番安心できるからね」
確かに、見慣れない警視庁のエリート刑事達が毛布をかけるより、身近な私が毛布をかけると翔もホッとするってわけか。
翔が私を信頼してくれている感じがして、ちょっと気持ちが暖かくなった。
「それじゃあ、もうそろそろ三時間目だ。通知表を渡すから、楽しみにしていてね」
前言撤回。通知表を返すなんてレベル5ぐらいの拷問である。気持ちは一気に冷めていった。
「頑張るんですよ。検討を祈ります」
校長先生はそう言って廊下の向こうに消えていった。
「では、通知表を返します。返す場所は廊下です。出席番号順で呼びますね」
先生の一言で、クラスは重い雰囲気に包まれた。
「まずは、相沢さん」
「はい」
次は赤峰さん、井上さん、加瀬さん、加藤さん。次々に呼ばれていく。
私の番だ。
「木下麗香さんは、今年度の教育方針、「優しく、思いやりのある子になろう」のお手本になるぐらい優しかったと思います。
体育は、立ち幅跳び以外は全てよく出来ています。立ち幅跳びで遠くに跳ぶコツは、まず助走のときは全力で前に進み、跳ぶときは思いっきり上に跳ぶように努力すると、4m超えた相沢さんのように、跳べるようにうなるかもしれませんね。
でも勉強はクラスでも上位に立つくらい出来ています。中学受験はしないようだけど、高校に入ると勉強がものすごく大変だから、なるべく勉強しましょう。将来は理系など、数学的、物理的な仕事に進むのがいいと思います。算数や理科がすごく出来ていますからね。
今日は色々と大変な日になりそうですが、乗り越えてください。校長先生から話は聞きました。頑張ってください」
うぅ、大人から頑張ってくださいを言われるの、二回目……。
でも本当に頑張んなきゃいけないんだよな……。
もしかしたら死んじゃうかもしれないし……。
って、私ったら何考えてんの!
そんなこと言ったら、応援してくれる悠美香に申し訳ないじゃん!
「ありがとうございました。先生」
「いえいえ。……はい、次のー、佐藤さーん」
「あー、今日は散々だなー」
悠美香が自分の通知表を見て肩を落とした。
私も見ようとしたがやめた。
自分以外の通知表は学校では見てはいけない決まりになっている。
全てが終わったら、悠美香の通知表をじっくり見よう。
やがて私は家に帰ってきてから昼食を食べ、公園に向かう。
悠美香、森口さん、皆。
行ってきます。