15 誘拐された日のことを。
僕は、今日を、期待していた。
「いよいよだな……。待ち遠しかったんだよ」
リーダーも僕と同じ意味で嬉しいとは思っていないだろう。金目当てに僕を誘拐したのだから。
しかも麗香を殺すのだ。誰だって不快な気持ちである。
こいつらを除いては。
「マジで可愛いよな麗香ちゃん。俺には娘がいないからな、麗香ちゃんを子供にしたいぐらいだよ」
「そのうちリーダーは麗香ちゃんに飽きて皆で殴り続けるくせに。……こいつみたいに!」
突然リーダーの隣にいた男が、僕を蹴った。
周りの男は、それを見て、笑う。
「こいつを手放すときが来たのか……。ふぅん、こいつの代わりに、その麗香ちゃんって子を……」
「やめてください……」
僕は喋る。
僕の考えに反して、喋った。
「あぁん? 何だよ、貴様、人質のくせして、俺に口出しする気か?」
リーダーは僕を殴った。
「どうせお前はさ、人質になったら、どんな可愛い奴だろうと、どんなに愛されていようと、いらない存在になるんだよ。お前が誘拐されたから、白崎家は三億円も払わないといけない。お前が誘拐されたから、麗香ちゃんが俺達に殺される。
全ては君が原因って、分かったぁ?」
リーダーは僕を蹴りながら、ケラケラ笑った。
つられて周りにいる男も笑った。
「だから、お前なんていて意味がない。どうせ老人になったら、介護が必要になる。「あぁこいつ認知症だぁ、めんどくせぇ介護なんて」って若者に言われる。そうやってお前の心はしぼんでいく。
そして俺らもしぼんでいく。失敗すりゃ、一生刑務所暮らし。上手くやれば大金持ち。麗香ちゃんは死んで、君らはまた普通の生活をおくればいい。
だけどさ、君のせいで白崎家はどうなるか、麗香ちゃんはどうなるか。全てが分かったことなんだよね? だったらさ」
リーダーは僕を蹴るのをやめて、そっと僕の耳に語りかけた。
「今ここで死んじゃおうよ」
「!!」
僕が絶望に打ちひしがれていると、リーダーはニヤニヤ笑いながらこう言った。
「どうせ生きてても無駄だし。そして皆の悲しむ顔を見ることになる。麗香ちゃんが死んで。少なくとも皆悲しむでしょ。暗い雰囲気が漂うよ。
そして誰かが気付く。この学校に暗い雰囲気をもたらしたのは、白崎翔だって。
だってあの日、君が習い事の水泳に遅刻して、薄暗い近道を歩いたのが原因なんだよね?」
そう。
全ては、あの日、僕の責任だった。
◆◇
僕はその日、いつも通りに習い事の水泳に行く準備をしていた。
数々の水泳選手を生み出してきた超大型の水泳教室で、中にはワールドカップ出場した選手も習っていた水泳教室だ。
だがその日、僕は帰ってくるとすぐゲームに熱中して、水泳の始まる時間が迫っていたことを、忘れていたのだ。
しかもその日は、オリンピックに出場した元々この水泳教室に通っていた選手が来る日だった。
絶対遅刻してはならないと、コーチに強く言われたのだ。
そのことに気付いた僕は、人通りの少ない近道を歩いていたのだ。
もしもその道を通らなければ、誘拐されなかったのに。
それから男達に連れ去られるのはあっという間だった。
いきなりハンカチで口を抑え付けられたかと思うと、ほぼ瞬間的にトラックの中に押し込まれて、そのままこのボロ臭いアパートに連れて来られた。
母親の弟に会うときに一回このアパートの前を通ったことがある。
だからこのすぐ近くに港があるのも、ここで誘拐事件が起きているのも知っていた。
元々は全て、僕のせいなのだ。
僕のせい。
麗香が死ぬのも、白崎家が大変なことになるのも、全て、僕のせい。
だから麗香。
ごめんなさい。