13 死人、発生。
さようなら。
僕はいつの間にか、そんなことを呟いていた。
麗香、さようなら。って。
「なぁ、こいつ怖ぇよ。本当に返してくれとも言わないでよ、不思議ったらありゃしないぜ」
坊主頭の男が、僕を蹴りながら、少々ビックリした様子で周りに話していた。
「考えてやれよ、好きな奴が殺されそうになって、大人しくしない理由なんてあるか?」
「好きな奴……じゃ、ねぇよ……」
思い切り口に出してしまった。
「あ? 何言ってんだてめぇ……」
リーダーの菊池春雄が、僕に近付いてきた。
「好きな奴じゃねぇって、全否定かよ。可哀想に、麗香ちゃん。好きな人じゃねぇって、恋愛的な意味として、とか一言も言ってねぇよ」
菊池春雄は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「翔君勘違い~。恥ずかしいねえ……」
坊主頭の男がひっそり呟いた。
「友達としてなら、好きだ。……でも、僕は、麗香を殺すのはやめてくれ。せめて、僕を殺してくれ」
今年に入ってから何度目かのその言葉に、男達は舌打ちをして、今年に入ってから何度目かの言葉をヒソヒソと喋っていた。
「ふぅん。そうなんだね。友達思いな翔君~」
そう、こうやって全面的に無視されるのだ。
「だって、麗香は、何も悪くないんだよ……。
そりゃあ、嫌な思いさせられたことあるけどさ。
でも、麗香は純粋に僕のことを好きだって、思ってくれたんだよ……? それなのに……」
「それなのにそれなのにうるせぇよ! 黙れ!」
リーダーは僕の胸倉を掴んだ。
「本当に、お前も殺すぞ」
「ご、ごめんなさい……」
僕が謝ると、リーダーは降ろしてくれた。
「ふん」
リーダーは鼻を鳴らした。
「待てよ春雄! もう、翔君を解放してやれよ!」
「あぁん?」
突如として発された、リーダーを制する言葉。
その声の主は、いつか麗香に付いて語った、中年男性だ。
「ふざけんな。何言ってんだてめぇ」
「何言ってんだよ、和。今更反抗する気かよ!」
和。中年男性の名前だ。
「翔君の言うとおりだ。麗香ちゃんはただ純粋に、翔君を想っていただけだ。その思いを、ぶち壊す気かよ!」
「何だとてめぇ……。今更この春雄様に歯向かうとは! 小中高と、ずっと俺の手下だったじゃないか!」
「それはお前がまだ不動産会社の社長の息子だったときの話だろ!? 今は関係ねぇだろ!」
和さんはなおもリーダーに歯向かう。なるほど、こいつは昔、不動産会社の社長の息子だったのか。
「つってもなぁ。今更戻っても、もう自白しかねぇよ? お先真っ暗。人生終わり。知ってるか? 誘拐って結構罪重たいんだぜ」
「くっ……」
和さんはリーダーを見据える。
「あーあ。ホンットつまんねぇ。お前、本当につまんねぇ。最低ですね、クソですね、キモいですね」
「何だと、てめぇ!」
和さんはリーダーを睨みつける。「おお、怖い怖」とリーダーは仰け反った。
「大丈夫? もうそろそろ、君、死ぬよ?」
リーダーはポケットから銃を出し、和さんの頭に銃口を突き付けた。
「ふん、いくらでも殺したまえ。……ただし、麗香ちゃんと翔君を殺すなよ。絶対に」
和さんのその言葉に、リーダーは「はぁ?」と顔を曇らせた。
「お前、その望みが叶うと思うなよ? 何でもそうそう自分の思い通りになると思ったら大間違いだ」
「え?」
それが和さんの最後の言葉だった。
バァンッッッッ!
「さよーなら、和君?」
僕は、和さんをじっと見つめていた。
飛び散る鮮血。
微かに見える、脳内。
和さんの、さっきまで生きていた、動いていた、体。
僕は、人が殺される姿を、見てしまった。