閑話4 ある夜の宿屋にて
ご無沙汰しております。hearoです。
久々の更新ですが閑話です。しかも短いです。
タイミング的には未開の地に踏み込む前の夜の話になります。ではどうぞ。
□開拓の街ハルト・宿屋(女子部屋)
「サクラ君、せっかくの機会だから前から気になって居たことを聞いても良いかな?」
いよいよ明日から未開の地へ入ろうという日の晩、食事も久しぶりの入浴も終えてそろそろ休もうかという時間になって、彼女――ラーン・アーロはそう切り出した。
「どうしたのよ、あらたまって?」
自分に話を振って来るとは珍しいと、サクラは牙狼族に化けたサーヤの毛を梳く手を止めた。
彼女の興味はもっぱらこの狼たちにあって、それ以外に目を向けるなどこれまでの経験からは奇異なことだ。
もしかして、戦ったらどっちが強いかとかかしら?
一瞬頭をよぎったのはそんな内容だった。
確かにそれならいつも通りのラーンであろうが、残念ながらこの時は、少々筋肉に寄り過ぎた彼女の予想は外れていた。
「……君とアキト君は……ほんとに恋人同士ではないのかい?」
その質問に、手に持ったブラシを思わず落としかけた。
「なに?恋バナ!?」
サーヤの方は突然振り返って、キラキラした目をサクラの方に向けてくる。
「あらあら、楽しそうな話ね」
部屋の隅で本を開いていたメアリーも、この突然のフリには興味があるらしい。
サクラからは見えなかったが、狼姿に戻って丸くなっていたベラの耳もピクリと動いた。つまりはそういう事だ。
「……突然なに聞いてくるのよ」
サクラのジト目をひょいと躱すと、腰かけていたベットから立ち上がり照明へ触れる。少しだけ部屋が暗くなった。
「いやほら、本人の前だと聞きづらいだろう?」
ここまでくる道中はほとんどが同部屋に雑魚寝だったのだ。
ラーンは二人の関係について聞いては居たがどうにも腑に落ちない印象を持っていた。
メアリーに至っては人づてに話を聞いただけだったので、まあ建前よね、と特に気にも止めていなかった。
「二人の言い分は知っているけどね。実際のところ気になるのだよ。私もそろそろそういう相手を探す歳だしね」
ラーンは今年41歳。150年生きる龍人族の中では若い方だ。龍人族の成長は脳――つまり知識面以外において、おおよその寿命との割合で見れば人間族とほぼ変わらない。
鬼族のサクラと比較すると生物的な年齢はほぼ同年だった。
「……アキトに興味でも沸いた?」
微妙な警戒心を抱きつつ聞いたその問いに、ラーンは『まさか』と肩をすくめる。
「彼は知識も教養もあるし、冒険者としての能力も経歴からすれば破格だろう。でも、こういっては何だけど、一部判断基準がぶっ飛んでる気がするんだよ。私は恋心を抱く対象とは感じていない。もっとも、人類に恋などした記憶はないのだけどね」
「研究一辺倒だものね~」
「龍人族というのはそういうものだよ。まあ、私に関しては気にしなくていいんじゃないかな?人とは寿命が違い過ぎるし、それに彼も鱗のある人種が好きだとは思わないしね」
目を凝らさねば分からないが、ラーンの皮膚は小指の先くらいのひし形の切れ目が見て取れた。
アキトに言わせれば色白の日本人と変わらないが、彼女は実際には人間族に近いタイプではある物の、日本神話における龍をかたどった種族なのだ。額から伸びる鹿の角と、僅かに縦に長い瞳も、その特徴を残している。
「……別に心配なんかしてないけど」
実際にサクラにとっては、彼女よりずっと気にすべき相手がいた。ニコニコと微笑んでいる年齢不詳の魔女である。
「それで、二人はどこで知り合ったの?どこが良かったの?どっちから告白したの?どこまで……」
「ちょっと黙りなさい」
「んぎゅ!」
サーヤの口を押さえつけると、サクラはしばらく思案してからため息をついた。
「別にあたし達付き合ってないし、恋人でもないわよ」
「そういうから、なおの事不思議に思って聞いているんじゃないか」
「どういう意味よ」
「なんだかんだで、君ら四六時中一緒に居るだろう?」
「……そんなこと無いわよ。そりゃ、依頼を受けてるときはそうだけど、休日とか、午後は別行動の事も多いし」
「……そうか」
そもそも休みの日までパーティーで行動する冒険者など稀なのだが、そのツッコミをラーンは飲み込んだ。
もともと鬼族はその立場から同族で集まる風習があるが、逆に同族が居ないとボッチ属性が着く。
人生経験の少なそうなサクラに言ったところで意味は無いだろうと判断したのだ。
「ちなみに休日はどう過ごしているのだい?」
「どうって言われても……午前中はギルドの訓練所かしら」
「それは……休日の意味を知っているかい?」
「知ってるわよ、失礼ね」
「じゃあ、アキト君もそれに付き合っているわけだ」
「どっちかって言うと、訓練はアキトが言い出したんだけど」
「ほう?」
「何もしないと鈍るからって。輸送とか採取の仕事の翌日なんかは訓練所に行くわね。逆に狩りの後とかは1日休むわよ」
「彼もまたよくわからん男だね」
「つまんな~い。なんかこう、もっとときめく様なことは無いの!? 街に住んでるんでしょう?一緒に買い物に行ったりだとか~、美味しいもの食べたりだとか~……あと何かあったかしら?」
サクラの差しさわりの無い回答はサーヤには不満だったようだ。
普段は狼の穴蔵暮らしであるサーヤにとって、人の街での暮らしにはあこがれるものがあった。実際、種族変化を使ってみて分かったが、人の姿というのは街で過ごすには効率が良い。
いや、効率が良い様に街が作られているというべきか。
多少窮屈ではあるが、人のできる事の多さには感心する。味覚がはっきりしているのも良い。レオンが街に出たがっている理由が分かった気がした。
「同じ宿だから食事は大体一緒だけど……むしろあたしの方があいつが何考えてるか知りたいくらいよ」
関係は良好だ。自分が鬼族であることもまったく気にしていないように見える。
ただアキトが何を考えているか、サクラにはよくわからなかった。
「相棒?単なるパーティーメンバー?仲は悪くない……はず」
じゃあ恋人に近いかと言われるとそんな気はしない。
友達?微妙だ。仕事仲間ってのは当てはまるけれど、その範疇に収まるのかサクラにはよくわからなかった。
「難儀だね。ちなみにサクラ君はどう思ってるんだい?」
「そうね、まずはそこよね~」
ラーンの発言に、ニコニコと笑みを浮かべていたメアリーが両手を合わせて同意する。
「あ、あたし!?」
「ほら、うさぎの時に同じテントを割り当ててしまったろう?割と繊細な問題だからね。気を悪くしていないかと思って」
半分は嘘。冒険者、特に男女混成のパーティーでは確かにそういう事に気を遣う。
だけれども、この二人に関してはそう気にする必要は無いとラーンは考えていた。
鬼族とやっていくのはそれなりに難しい。
忌諱していては当然だし、逆に頼りすぎたり、その力を利用しようとしてもうまくいかない。
鬼族の思想は自分たちの力が“人類の敵”であるという事で一貫している。そしてだから鬼族は彼らの力のみでの救済を嫌う。
頼り過ぎず、けれど必要とされる。そして自分がいつか敵に回った時、どうにかしてくれるであろう相手としか共に歩まない。
そう言う意味で、二人は良い関係なのだろう。
「……別に、嫌いじゃないっていうか……まぁ、やさしいし、ちょっとおせっかいだけど。素手同士の組手だと負けるし、結構強いけど……」
んん?ちょっと今聞き捨てならない発言が聞こえたような気が。
「でも、同じ部屋にあたしが居るのに自分だけ睡眠で寝ちゃうとことか、巨乳の女ばっかり目で追ってしかも気づかれてないと思ってるところとかが……ムカつく」
「ははははは……」
サクラ君は鬼族としては極端に小さい方だからなぁ。コンプレックスと言うやつか。
乾いた笑いを吐き出しながらそんなことを思うも、ラーンはそっと胸の中にしまうことにした。
口は災いの元だ。
「訓練所以外で二人で出かけたりしないのかい?」
「ん~……アリスとピーター用の小物を買いに行ったりとか?」
「最近小劇場がいくつかできたじゃない。後、流行りはクルージングとウェイクボードかしら~」
クルージングは遊覧用の大型船でのんびりとランチが楽しめる今流行りのデートスポットだ。
ウェイクボードは1メートルくらいの板を魚人族や人魚族に引いてもらって水の上を走る遊び。ケルピーに引かせるサービスも最近始まっており、これもかなり人気がある。
「そんな余裕ないわよ」
どれをとってもお金がかかることが問題で、アキトの剣とサークレットのレンタル費用を考えると、あまり遊んでいる余裕は無かった。
「後は、釣りに行ったわね~」
「釣り?」
「つりってなに?」
「長い竹の棒の先に糸と曲がった針をつけて、それで魚を獲るのよ」
「いや、行為自体は知ってるが……珍しいな。漁ではないのだろう?」
「アキトの地元じゃ結構メジャーな遊びらしいわよ。結構面白いわよ。大物は連れなかったけど、人気のない入り江で天気のいい日にのんびり竿を出すのは、いいお休みになるわね」
「……ほほう、人気のない入り江ね」
ラーンの目が怪しくきらめいた。
「それで、その人気のない入り江で君たちはいったいなにをしていたんだい」
「何をって釣りだって……あ!いや、別にそう言う話じゃないからね!」
「何を言う。若い男女が人気のない水辺で水遊び、なんて、もう定番中の定番ではないか。なにも無かったとは言わせないよ」
「もしくは何か見過ごしたかよねぇ~。故郷の遊びにわざわざ誘うってのも、含みがあるわよねぇ~」
「うぐっ!」
そう言われると、確かにそんな気もしないでもないけど……いや、でもアキトっていつものほほんと言うからあんまり違和感が……。
「じゃあ、まずはその日の事を振り返るところから始めようか。なに、単に面白がってるだけではないから安心したまえ。40年生きてる私がアドバイスをあげよう」
「種族年齢は年下じゃない」
「知識だけは有るぞ。何せ龍人族だからね。それに、種族年齢も実年齢も上なメアリーだって」カッ!
気づくとラーンの顔の真横の壁に金属の針が突き立っていた。
「ラーンちゃん、私の歳の話はしない事♪」
「ああ、悪かったよメアリー……気を取り直して、さあ、吐け、日ごろの思いを吐露するといい」
「ああもううっとおしい。……あなた、実は酔ってるでしょ。おとなしく寝てなさい」
サクラはアキト、レオン、サーヤ以外は全員酒が入っていることを思い出した。
そう言えば、一緒に飲む事なんてなかったからこのメンバーの酒癖は把握していない。
「え~、わたしも聞きたいよ~」
「まあ、話すだけなら減るものでもないしね」
『人の生活の話を聞くのは良い勉強になるの。お願いするわね』
「ベラさんもこんな時だけ翻訳魔法まで使って乗らないでください~」
結局、観念してすべて聞き出された上、延々と検証会に付き合わされたのであった。
………………
…………
……
□開拓の街ハルト・宿屋(男部屋)
「どーしましたか?」
さっきからオオカミ姿で部屋の隅に寝そべっているイゴールさんの耳がピクピクと動いている。
『いやなに、向こうが賑やかなだけだ』
「……隣ですか?聞こえるんです?」
宿の個室には消音の魔術がかけられているから、壁の薄さの割には話声などは聞こえてこない。
『お前たち人よりだいぶ耳が良いのでな。まあ、かすかに聞こえるくらいだ。詳しい内容まではわからん』
「そんなもんですか。レオン、9足す8は?」
「お、おう……えっと……5……6……17だ!」
「……足の指まで使って数える奴は初めて見たよ」
あるあるネタだけど、まじでいるんだなぁ。
『すまんな。俺も教えられるほど数字に強くない』
「いいえ。こういうの教えるのはラーンさんの方が得意そうですけどね。じゃあ11足す6は?」
「じゅうい……ええっと……初めから手が足んねぇ。手の数が多い種族って人類に居ないのか?」
「変身魔法はそうゆうために使うもんじゃないから。数えるなら、せめて数え方を工夫しろ」
とりあえず足の指を数えるのはやめさせるか、とアキトはため息をついて立ち上がった。
男部屋の方はもっぱら平和な夜だった。
ほんとは釣りのエピソードまで書くつもりだったんですが、ネタが無いので止めました。
日常は書くのが難しい。
いつになるか分かりませんが、次回は大蜘蛛の後の話になります。
今後ともよろしくお願いいたします。




