未開の森の隠里 6
予定よりだいぶお久しぶりです。
遅れた理由はあん〇ルカフェに行ったりあん〇ルカフェ行ったり風邪ひいてたりしてたからで……。
それはさておき。直接的な描写は多くありませんが、うじゃうじゃ蜘蛛さん回です。
「なんだありゃ!?」
主の道を駆け抜けて村の外壁が見えた時、そこにうごめくモノに思わず声を上げてしまった。薄茶色と黒のまだら模様の何かが、壁や地面にへばりついていたからだ。
望遠モードにしたまま上げていたモノクルを慌てて下ろし、識別モードへと切り替えると、正体はすぐに分かった。蜘蛛だ。
体長50センチほど。一本一本が体より長い脚と糸を使って、器用に壁を登っていく。識別の結果は繭の蜘蛛と出た。記憶にない名前。おそらく図鑑か何かで見たことが有るのだろう。
『どうしますか?』
「飛び越えて村に!」
村からは煙が上がっているが火の手は見えない。まだ無事な人が居るかもしれない。
サーヤは頷くと思い切り地面を蹴った。壁のちょうど上に居た蜘蛛を容赦なく踏みつぶす。見ると松明で蜘蛛を追い払おうとする村人たちが見えた。
よかった、まだ無事だ!
どうやらハエトリグモのように動きの速いタイプの蜘蛛ではないらしい。村人たちは広間で一塊になって、襲われるのを防いでいた。
「無事ですか!?」
「アキトくん!糸を飛ばすが、火に弱い!だけど数が多すぎる!」
俺たちを見つけたラーンさんが叫ぶ。
「了解です!炎弾!」
左手から放たれた炎弾は、近くにいた蜘蛛に命中する。炎弾は衝撃も、その熱量も大したものではない。だが放たれようとしていた蜘蛛の糸を発火させるには十分だったらしい。あっという間に燃え広がるとその身を炎上させた。
ベルトのフックを外してサーヤから降りる。サクラさんはいつも通り敵陣の中央に降り立つと、投げつけられる糸をものともせず、逆に蜘蛛を振り回している。
「雷撃で焼き払える?」
『小さすぎて無理ですね』
一角狼の雷撃は2匹で対象を挟み込むことによって使うことができる能力だ。やはり背の低い蜘蛛を雷撃の通り道に捕らえるのは困難か。
『降りろ』
「ありがとございますぅ!」
レミィさんはイゴールさんから降りると、近づいてくる蜘蛛に向かって矢を放ちながら、広場に集まっている村人を見回している。妹のエミィちゃんを探しているのか。
「村の人たちは?」
「ここに集まっているので全員だよ。襲撃前にレオン君が気づいてくれたおかげで、戦えない者に被害は出ていない」
「そのレオンは?」
「糸を受けて捕まりかけた。今は後ろでメアリーたちが治療と糸の除去中だ。ベラさんは後方を守ってくれている」
「ちょっと見てきます。お願いします」
集まった村人たちの中を分け入っていくと、子供たちがレオンに絡まった糸を引っぺがしている。ああ、エミィちゃんも居た。
レオンは半分簀巻きのように全身に白い糸が絡まっており、グレーの毛並みはところどころ焦げていた。
「ベラさんが無理やり雷撃で糸を焼き切ったんです。でも、そのあと固まってしまって」
束ねられた魔獣の糸は、小さなナイフではなかなか切れないようだ。一つ一つはがそうとしているが、量が多い上、毛に絡まっていて中々うまくいかないらしい。
「すまん、少しいいか?」
『ぬぅ、キサマ、何をする』
「いや、ちょっと糸の耐久度を……」
へばりついた糸の束に剣を当てると、スッと刃が入る。確かに硬い感じはあるが、少なくとも魔王剣の妨げになるほどではないか。試しに投擲用のナイフを当ててみると、思った以上に切れない。防刃性が高いな。
何にしても、これなら剣では戦えるな。レオンの傷もひどくないようだし、問題ない。
「よし、俺は前線に戻ります。お前も遊んでないで復帰しろよ」
『やかましい。こう身動きが取れなくては……』
「|変身魔法≪ポリモルフ≫で体毛の薄い種族になれば簡単にはげるだろう」
それだけ伝えて正面に戻る。
後ろからは『ぬぅ、その手があったか!』と言う声と、その後女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえてきたが気にしないことにする。まぁ、全裸になるしな。
ラーンさんの居た前方に戻って、松明を振り回して糸を焼く村人と共に蜘蛛の排除に取り掛かる。サクラさんは、自分に飛んできた糸を蜘蛛ごと束ねて汚いモーニングスターのように振り回し、集まって来る蜘蛛を薙ぎ払っているが……さすがにまねはしたくない。
突出したり孤立したりしている奴を1匹づつ狩っていく。
幸いなことに、動きはそう早くない。糸は2種類あり、細く絞って飛ばすものは射程は20メートル以上ありそうだが剣で切り払える。近づくと投網のように広がる糸を吐いてくるが、こっちは射程が3メートルと言ったところ。
卒業試験で戦った蟻と同じく、連発は出来ないようなので無駄撃ちさせれば対処は可能。
前にしか飛ばせないという性質上、壁に張り付いている状態なら安全に駆除できるから、できれば壁際で倒してしまいたいんだけど……偶に上から飛び降りてくるから駄目だな。
「炎弾!」
蜘蛛は放った糸を回収する性質が有るらしい。吐き出された直後が一番燃えやすい様だが、糸を食べている最中でも燃え移るには十分なようだ。久々に攻撃魔術が効果的に効く。
「六の散弾・魔弾」
ラーンさんの方は、残念なことにそれほど効果を上げていない様子だけど。当たった蜘蛛は吹っ飛びはするけれど、残念ながら致命傷には程遠い様だ。それに、だいぶ息が上がっている様子。結構な時間、魔術を使い続けているのだろう。
「ええい、うっとおしい!」
切り払い、突き刺し、時には踏みつぶし、とにかく数を減らしていく。すぐにレオンが復帰して、殲滅さらに加速するが……気になるな。
村人たちは松明や、場合に寄っては飼葉用のフォークに油布をまいて火を付けて武器としているが……まともな武器を持った村人が少なすぎる。村長は居たけど、副団長は見かけない。だけどそこに気を払う余裕は無いか。
一心不乱に集まって来る蜘蛛を始末し続け、村にたどり着いてから半時ほど。ようやく敵の数が目に見えて減ってきた。
そうしたら今度は村の中を回って残った蜘蛛を倒していく。1匹では大鼠より脅威度は低くとも、小さな子供や老人には危険な魔獣だ。
レオンたちの力を借りて村の家を一軒一軒しらみつぶしに探索する。残っていた数十匹の蜘蛛を倒し切り、
それが終ると今度は村の外へ。
壁の外にいる蜘蛛を倒したり追い払ったりして、一息ついたのは、村に戻ってから2時間後の事だった。
「……疲れた」
外回りを終えて、村人たちが集まっている広場に座り込む。
汗で髪や服がへばりついて気持ち悪い……。風呂に入りたいところだけれど、残念ながらこの村には風呂が無いからなぁ。水で汗を流したいが、それはそれとして動くのが億劫だ。
大人たちは既に家に戻って安全の確認と荒らされた所の片づけを始めているが、小さな子供たちや体の悪い老人たちは見通しのいい広場に残ってた。護衛の戦える村人もだ。とは言え、村長さんと、レミィさん、それに槍を持った若い男性の3人だけだが。
「……だいぶ疲れたわね」
隣に座ったサクラさんにも、いつもと違って疲労の色が見える。
彼女の白いレザーアーマーには無数の糸が絡まり、蜘蛛の体液で無残に汚れている。また丸洗いだな。
俺の方も、直接のダメージは無いにせよ、革鎧の部分は糸と細かい傷で結構な有様だ。それでも、倒した数と接近戦をしていた事を思えばましな方か。
蜘蛛の糸の特性に初めに気付いて良かった。
あいつらの糸は吐き出した瞬間が一番粘性が強く、燃えやすい。空気に触れることで硬くなり、難燃性を得る。そしてどうやら糸を食べるときには燃性のある体液で分解するらしい。この性質のおかげで、こっちに火が伝わらず、自分の魔術で火だるまにならなくて済んだ。
「同感です。……糸、取りますよ。髪とか、見えないところは自分でやらない方がいいですよ」
「……ありがとう」
結構ひどく絡まってるな。すでに粘着力はほとんど失われているから、絡んでいるのを解いてしまえば、除去はそう難しくないけど。
「……レオンは?」
「腹が減ったとわめいて、蜘蛛にやられてしまった家畜の死骸を貰って食べてますよ」
「そっか……結構被害が?」
「家畜はほとんどやられてました。人は……見てませんけど」
「あたしもよ」
これだけの襲撃だ。死人が出ていてもおかしくは無さそうなんだけれど……。
「あたしが見つけたのは、追い払う過程で火が燃え移って焼けた時の煙だったみたい。家畜小屋が一軒、それに、民家が一軒焼けちゃってた。離れて立っているのが幸いしたわね。燃え広がらなかったから」
「ええ、それに日中で、寒い季節じゃないのもですね」
そう考えると、運が良かったと言えるのかもしれないな。
「……お疲れ様です。いいかしら?」
サクラさんに絡んだ蜘蛛の糸を取り終わるころに、メアリーさんがアリクイの村長さんと連れ立って戻ってきた。一緒にレミィさん、それに人間族っぽい青年も一緒だ。
メアリーさんはけが人の手当てをして回っていたはず。
「大丈夫ですよ。手当は終わったんですか?」
「ええ、一通りね」
「ラーンさんは?」
「攻撃魔術の使い過ぎで、まだダウンしたままなのよ」
「体力の使い過ぎですね」
攻撃魔術はその効果分の体力を持っていかれる術が多いからなぁ。景気良く打ちすぎたのだろう。
「他に被害は?」
「幸い、大きなけが人は出なかったわ。レオンくんが襲撃前に気付いてくれてね。初めは村の外で対応をしようとしたのだけど……ラーンが糸吐き蜘蛛の類だって気づいて、見通しのいいここに集まったから」
村の大人総出で円陣を組んで、火を使って蜘蛛の進行を食い止めたらしい。糸の脅威はある物の、動きのゆっくりなあいつらなら狭い室内より広場の方が確かに戦いやすいな。室内だと炎は使えないし。
広場はだいぶ古いものの石畳のようになって居て草が生えておらず、しかも井戸があるから火を使うにはもってこいだ。
「それで、すまないがよいかね」
「ああ、ええ、どうぞ」
村長さんも地面に腰を下ろす。
「……レミィから聞かせてもらった。聖域に入ったのだね」
どうやら話してしまったらしい。彼女の方を見ると、こちらに目を合わせて頷いた。
「ええ、まあ……彼女から信仰の話は聞きましたが、蜂の巣探しが進まなければ避けられないですからね」
「……そうだな。まあ、あそこは聖域と呼んでいるが、それはいい。入った者をどうするかは、主様が決められることだ。村の掟でも、主様に任せよとなって居る」
なるほど。ここの主はだいぶ自分で配下の村を管理したいタイプの魔獣だったらしいな。
「だが……居られなかったののだろう?」
「……あなた方の期待からすれば、残念ながら」
レミィさんはどこまで話したのだろうか?
「そうか……どこへ行かれたか、いつ戻るか、分からないのか?」
レミィさんの方へ視線を向けると、村長の後ろで首を振っている。どうやら居なかったことだけを話したらしい。
「はい。特には何も」
そう答えると、村長はうなだれて頭を抱え込んだ。どうすれば、もう手立てが、とひとり呟いている。
「……こちらからも聞いていいですか?副団長さんは?それに、ずいぶんと自衛団の方が少ないようですが」
そう尋ねると村長はハッと顔を上げ、レミィさんや自衛団の青年は目を伏せた。
「ごめんなさい、話していなくて。副団長さんをはじめ、彼以外の自衛団のメンバーは蜘蛛に……」
……え?
「いやいや……嘘でしょう?」
確かに激しい戦いだったけれど、戦いになれていない村人たちでも何とか防ぎきれた。それに、けが人は見かけたけれど……ぶっちゃけ死体もそれらしき遺品も見てはいない。サクラさんも同じだろう。戦士だけそんなに被害が出ているなんて、そんな馬鹿な。
「……ほんとに亡くなったんですか?」
そう訪ねると、メアリーさんは迷った末に首を振る。
「どういうことです?」
「アキトさん達が駆けつけてくれる前……一番最初に襲撃をしてきたのは、群ではなかったんです」
「群じゃなかった?」
「はい。最初に襲ってきたそれは……種類で言えば同じ蜘蛛でしょう。ただ、その大きさは家ほどもあり、吐く糸の量はくらべものになりませんでした」
「……大蜘蛛」
俺のつぶやきに、メアリーさんが頷く。
多くの蜘蛛の魔獣は村を襲っていた奴と同じように1メートル未満で魔獣としては小型であり、鼠やほかの小型の魔獣を獲物として狩る益虫としての側面が強い。魔獣だけあって人を襲うこともあるが、単体ではむやみやたらと襲い掛かってこないし、誰彼かまわず襲い掛かって来て、外傷と疫病のコンボを決めてくれるネズミ共に比べれば比較的安全な魔獣と言えるだろう。
しかし、こいつらの中にも大蜘蛛と呼ばれる大型のモノが存在する。
人と同サイズ以上に大きくなったこいつ等は人も獲物とみなす危険な魔獣へと変わる。
実際、エターニアで訓練をさせられてた時、実地研修で潜った下水道で1.5メートルから3メートルほどの蜘蛛に追い掛け回されて死ぬような目に合った事が有る。ネズミの増殖を防ぐために全部狩ったりはしなかったが、あれは臭いし、ばっちぃし、ひどい任務だった。
「大蜘蛛の襲撃の際、村の外で防衛に当たった自警団の人たちは糸にやられて……彼の話だと、あっという間に絡めとった人を、背中に張り付けて行ったそうです」
「張り付けて?」
「ええ、その場で喰われるような事は有りませんでした」
「その大蜘蛛に東側を破壊されまして……幸い、メアリーさんの魔術で追い払う事が出来ましたが、捕まった者は助ける事が出来ず……」
メアリーさんの炎焼矢をくらって大蜘蛛は撤退したらしい。だけどその時には小蜘蛛が集まり始めて居て、救助も追跡も出来ずという事らしい。
……繭の蜘蛛、捕獲……小蜘蛛の群れ……そうか。
蜘蛛の群れに感じていた違和感の正体に思い当たる。以前調べた魔獣で心当たりがあった。
でも……だとするととても面倒くさい事になるなぁ。
「……はぁ……じゃぁ、助けに行きますか」
「……はい?」
村長が間の抜けた返事を返し、メアリーさんも首を傾げる。
まったくめんどくさい話だけれど、蜘蛛の生態が想像通りならなら、捕まった人たちはまだ無事なはずだ。
「サクラさん、体力的に大丈夫ですか?」
「私は平気よ?アキトは大丈夫なの?」
「もちろん、大丈夫じゃないので無理しますよ。魔素吸収。生命力活性化」
魔石から魔力を吸収し、代謝を活性化させる。それは体内の疲労物質を押し流し、壊れた筋肉を急速に再生させる。
……腹減ったり便所に行きたくなる前に動かないと。
「すいませんが飯の準備をお願いして良いですか?あと、レオンについてた蜘蛛の糸、廃棄して居ないですよね?どこにあります?」
「食事の準備は構わないし、糸は……納屋で子供たちに仕分けさせてるが……ちょっと待ってくれないか?」
「時間が惜しいので、歩きながら話しましょう」
まずはオオカミ達のところか。
壊れた鶏小屋の脇で死んだ家畜や蜘蛛を貪っている4匹のところへ向かう。
「うう、う〜ん……」
ラーンさんが食事をするオオカミにモフモフして居た。何してんだか。
「……身体の調子はどうだ?」
『あの程度、問題になると思われるのは心外だ』
「簀巻きになってたやつが何を」
『黙れ。あの場に居なかったお前にとやかく言われる筋合いは無い』
「まあ、そうだが。…お前を簀巻きにした蜘蛛に一泡吹かせに行きたいんだが、どうだ?」
『……無論行くぞ』
「そうこなくっちゃ」
「……ま、待ちたまえ、突然なんの話を始めてるんだい?」
「ラーン、貴方も止めてください。アキトさんが連れ去られた人たちを助けに行くって」
「……正気かい?」
「正気ですって、イゴールさん、ベラさん、良いですか?」
『アレと戦うのは無謀と思いますが、勝ち目があるならやりましょう』
『ベラがそういうなら手を貸そう』
「ありがとうございます」
コレで追跡もだいぶ楽になるはずだ。
「日が傾き始める前に出ます。すいませんが、準備をしておいてください」
次は蜘蛛の糸の確認か。
「待ちたまえ、この状況で、ほんとに主クラスの魔獣を追いかけて、生きてるかわからない人たちの救助をするつもりかい?」
「ダメなら諦めますよ。でも、たぶん今日さらわれた人たちは生きてますから」
「……それは本当ですか?」
「ええ、襲ってきたのは 繭 の 大 蜘 蛛 です。小さいのはその幼生でしょう」
識別では繭の蜘蛛と成っていたけど、発生数と大きな個体が居たことを考えると、おそらくは……。
俺の知識では、小さな蜘蛛と大蜘蛛の幼生を見分ける事が出来ないから識別では一見で分からなかったのだろう。
「この蜘蛛は、産卵期に獲物を生きたまま捕獲して繭にし、その繭の中に卵を産んで生まれた子供に生きた餌を与えます。その間、母蜘蛛は何も食べません。結構有名な魔獣ですよね」
「……そうか。確かに覚えがある。確かに産卵をする個体は数メートルクラスになると……幼生ならあとから来た子蜘蛛が弱かったのも頷ける」
ラーンにも心当たりがあったらしい。蜘蛛はネズミと同じく魔獣の中ではメジャーな方らしいから、結構研究されているしな。
「おそらくですが、村人が行方不明になったのも……遺留品がほとんどなかったのも説明が付きます」
蜘蛛は自分の糸を食べるから、ほとんどの場合糸が残らない。行方不明になった人たちは、きっとあの大蜘蛛に捕まったのだろう。
「さらわれた人がまだ生きてるなら、最悪倒せなくても、人の入った繭だけ回収できれば助けられます」
産卵から孵化までは多少時間がある。少なくとも今日さらわれた人たちは無事の可能性が高い。
「……確かに、単なる大蜘蛛なのであれば、あれ以上の隠し種は無いか……いや、しかし無謀ではないかい?体力も魔力も消費しているだろう。サクラ君は大丈夫でも、君はそうはいかない。魔獣の強さが何に大きさに比例しないとは言え、厄介な相手に違いは無いよ?」
「大丈夫、かどうかは分かりませんけど生命力活性化で自然回復にブートを掛けました。小一時間もすれば、肉体だけはぐっすり眠った程度には回復します」
「……そんな便利な魔法が。それを皆にかければ、ほかの戦闘で疲れている者たちも戦えるのでは?」
村長が明暗を思いついたとばかり位に手を叩く。
「自警団の者は捕まってしまいましたが、我々も森に生きる民です。多少は戦えると……」
「止めといた方がいいですよ。想定外の事態が起きた時に守れませんし……それに、どんだけ寿命が削れるかわかったもんじゃない」
女神の作った魔法は魔力効率が良く副作用も無いと聞いてはいるけど、この手のブートはどう考えても体に悪そうだから信用していない。何事もほどほどに。
とは言え、こういった場合使わないわけにも行かない。
「……君は平気で無茶をするね」
「冒険者なんて、無理無茶無謀を力でねじ伏せる職業ですよ」
一番の奥の手を使わないのだ。これくらいは無茶のうちに入らない。
「私は……いや、しかし手を貸そうにも」
「ラーンさんは、体力が回復したら村の復旧と警備をしてください。村の周りに設置した魔術師の目は生きてますよね」
この数日、ラーンさんは村の周りの木々や杭などに遠隔監視魔術である魔術師の目を仕込んでいた。人出が足りないこの村で、広域を防衛するにはラーンさんの魔術が必要不可欠だ。
「余力があれば土槍を応用して壊れた塀の修理を」
「あれは余計に体力を使うのだけど……わかったよ。何とかしてみる」
「そこでついてきたそうな顔をしている二人も、村の防衛をお願いします」
残った戦士は、村長を覗けばレミィさんと青年の二人だけ。レミィさんはエミィちゃんを守らなきゃならないし、もう一人の彼も最近子供が生まれたばかりだそうだ。
「イゴールさん、誰か一人は村に残ってもらいたいんですが」
『……ベラ、頼めるか?』
『貴方が言うなら。レオン、実際に大蜘蛛を見ているのは貴方だけです。貴方が皆を導きなさい』
『ふっ、我に任せれば何も問題は無い』
いや、こいつに任せて大丈夫なのかよ。
不安はあるが、村に残るうち一人は経験豊富なイゴールさんかベラさんが良いのも事実。それにサーヤは未だに煙の臭いが苦手なようだし、連れて行った方が戦力になると判断したのだろう。
「それじゃあ、またあとで。すいません、蜘蛛の糸を集めていたら場所を教えてもらえますか」
「それならうちが案内するよぉ~。村長さん、マルク兄さんはアキトさんに言われた通り、食事の準備をお願いします」
「ああ、わかった。準備させよう。……ありがとう」
「お礼は上手くいってから、現物でお願いしますよ」
アリクイの頭でも苦笑いってのは分かるんだな。
蜘蛛の糸は被害が少なかった納屋に集められていた。仕訳をしているのは村の子供たち10人ほどだ。年齢は10歳前後……と言っても、結構幅がありそうだ。
場所さえわかれば、調査は俺だけでもいい。レミィさんには身支度を整えたいからと、湯の準備をお願いした。
「狼からはぎ取った糸は有る?」
「それならこっちだよ。少し色が違うから」
聞くとすぐに教えてくれた。レオンに着いていた糸は少し黄色味がかっていて、ほぼ真っ白な子蜘蛛達が吐いたものとは違って見える。
「何をするの?」
「確認ですね。確か、産卵期の大蜘蛛の糸には、獲物の動きを封じる効果があったはずです」
俺たちが此処を離れれば、村の守りは手薄になるのだ。行動は早急に、だけど慎重に起さなけりゃならない。
糸は既に乾ききっていて、ちょっとやそっとでは切れそうにない。火を借りて炙ってみると、やはりそう簡単には燃えそうにない。火に弱いのは放たれてすぐだけの様だ。
臭いを嗅いでみると、僅かに甘い良い香りがする。何だろうこの感じ。心地よく、それでいて体の奥がしびれる様な……。
「アキト?」
サクラさんの呼び声で我に返る。……危ないな。
「助かりました。やっぱり、想像通りの物みたいです」
モノクルの識別結果は麻痺の糸に代わっていた。レオンが引きちぎれなかったのも頷ける。
「じゃあ、連れ去られた人たちは」
「生きてる可能性は高くなりましたね」
無論まだまだ希望的観測でしか過ぎないけど、こうやって情報を集めていくことには価値がある。
念のためにほかの糸も調べてみるが、麻痺の効果があるのは大蜘蛛が放ったものだけだった。やはり子蜘蛛達は大蜘蛛につられて集まってきたのだろう。
「ありがとう、邪魔したね」
もくもくと糸を仕分ける子供たちに声をかけて、納屋を出る。疲労はだいぶ抜け、身体は既に全身が筋肉痛のなって居る。回復までもう少しか。
「ねぇ……」
「ん?」
振り返ると、10歳には届かないぐらいの少年と、それよりいくつかしたであろう少女が居た。緑色の髪と、縦に長い瞳孔。爬虫族の特徴が見えるが、外見はほぼ人間族だ。
「……おとんを、助けてくれるん?」
「……お父さんは?」
「……蜘蛛に連れてかれたって……おかん、森で命を貰って来たから、しゃあないって……でも、おとん、助けられるん?」
自警団員の子供か。今日連れ去られてしまった人の一人なのだろう。村人はほぼ全員と話したはずだけど……だめだな。親子関係までは覚えてない。自警団の人は個別に話してるからなぁ……派中族の人は居たけど、カメレオンだし。こんな愛らしい子供が生まれるとは思えない。
「俺は出来ない約束はしない主義だからな」
二人の前にしゃがみ込む。
実際、戦いの際にけがを負っていればすでに生きているかは怪しい。大蜘蛛が誤って獲物を殺してしまうようなミスをしない、という相手の強さにかけるしかない状況だ。そしてそれは、生きていても奪還が難しいことを意味する。
「だから信じて待ってろ。必ず助けて見せる」
二人の頭をくしゃくしゃに撫でる。指先に感じる髪の毛は乾いていて、エターニアに居た頃あった子供たちと比べれば、村での生活はずっと過酷な物であることが感じられた。だからなおさら、ちゃんと両親が居ないとな。
「……できない約束はしないんじゃなかったの?」
二人に見送られて村長の家に戻る途中、サクラさんが珍しく、何かを思案するような口調で聞いてきた。
「ええ。俺が出来ないと思っていたら、できる事も出来ないでしょう?」
信じる事は力になるし、信じなけりゃ力は失われる。
冷静な判断?糞くらえだね。冷静に判断して選んだ選択肢だ。無事だと、出来ると、自分が信じないでどうするよ。
「……アキトのそういう無鉄砲なところ、あたしは好きよ」
「……ありがとうございます。なんか、最近無茶にばかり付き合わせてる気がして、すいません」
「謝らない。それに、守れる命は守る。助けられるものには手を差し伸べる。これ、うちの村の信条なのよ」
「……鬼、だからですか?」
「……そうだから、でもあるし、そうじゃなくても、でもあるかしら。ここほど孤立してはいないけど、未開の地近くの集落は似た感じだしね」
サクラさんは鬼の集落の出た。数カ月に一度は人の命を奪わなければ発狂する鬼が、何十人集まって暮らせるほどに蟲人が多い地域でもある。ほかの人類にとっては過酷な土地なのだろう。
「まあ、約束したんだから、信じて頑張らなくちゃね。下調べはもう終わり」
「そうですね。ああ、でも出発前に」
「まだ何かあるの?」
「便所と飯です」
生命力活性化でブートした腹がそろそろヤバイ。グルグル言っているのが便意に変わるまでそう時間は無さそうだ。
「……いろいろ台無しね」
「そうそう都合のいい話はありませんから」
サクラさんのジト目をかわしてトイレに駆け込んだのは、それから数分後の事だった。
アキトが無茶を言い出すのはデフォですね。
予定では今月2回は更新したかったんですが……どうせ無理なので、来月半ばまでには。頑張ります。
↓で評価とか感想とかもらえると執筆が加速するので何卒よろしくお願いします。