未開の森の隠里 5
何とか10月中に投稿できました。
未開の地の隠れ里、トマス村にたどり着いて3日。
レオン、サーヤの二人?と協力しながら、ゆっくりと周囲の探索を進めている。村の警備団員か狩人が案内―――監視役――として付き添ってくれるので探索は比較的順調だ。もし蟲人が営巣していたとしても、少なくとも村を中心に1キロの範囲に巣は無いだろう。
魔獣は相変わらず多いが、主の香のせいもあって村の周りではくそきっついことが有るけど何とか無傷で生きている。素材集めを目的とはしていないけれど、ちまちま持ち帰っている物でも稼ぎは順調と言えるだろう。
おかげで久々にステータスカードを見たら結構な経験値が稼げていた。
レベル:1(2)
筋力:119
瞬発力:108
知識:217
経験値:421
Next:279
伸びたのはレベルの未アップ分、筋力、瞬発力、知識と経験値。経験値はこの仕事に出発する前と比較すると150くらい伸びている。
何が効いているのか知らないけど、くっそ稼ぎの悪いこの経験値が伸びる程度には忙しいわけで、相方がサクラさんじゃなかったらさすがに二・三度は死んでそうだ。
魔力は、毎日起き抜けに30前半くらいを維持している。
風の丘の経験を踏まえて、閃光とか轟音とか、影響が大きそうなのを使っていないのが効いている。もっとも、既に報酬の魔石1個分以上は使ってしまったのだけれど。
そうして、様子をうかがいながら待つこと丸3日。ようやくその日がやってきた。
「今日はうちが案内に着かせていただきますぅ。よろしくお願いしますね」
出発前の村長宅での打ち合わせで、少し訛りのある口調で頭を下げたのは、レミィさん。
ようやくメンバーがそろったわけだ。
レミィさんはリスの耳と尻尾を特徴に持った獣人――猫人で、大きな尻尾と、ブラウンの長い髪をポニーテールにした髪が特徴的な少女だ。
髪と同じ茶色のくりくりとした瞳は大きく、頬に残るそばかすと相まって愛嬌のある美少女と言える。サクラさんはちょっと淡白な可愛い系、ラーンさんは綺麗系、メアリーさんは可愛い系お姉さん属性なので、また誰ともタイプが違う感じ。目の保養には困らないのがいいね。
ちなみに美少女度で言ったら彼女の妹のエリィちゃんがダントツ。
初めて会ったときは暗くて分からなかったけど、エルフの血が濃く出ているのはさすがだわ。こっちの人には奇異に見えるらしいけど、標準的な日本人の俺よりずっと深く黒い瞳には神秘的なものを感じる。
あまり打ち解けられてはいない――嫌われてもいないっぽいけど――のが少々残念だけど、まぁ目的はそれじゃないから、今は諦めよう。
それはさておき。
「こちらこそ。よろしくお願いしますね」
俺達とレミィさんはほとんど初対面って事になって居る。一応、密会の翌日には情報収集って口実で会ってはいるけれど、監視の目があったから詳しくは話せなかった。まぁ、それでも普通に話してもらえる程度にはなったけど。
初めて会った時はやはりキャラを作っていた、というか失礼が無いように取り繕っていた。一人称は『うち』らしい。この辺翻訳謎。まだ口調やイントネーションが少し変だけど、そのへんはキルナ村――鬼の蟲人とやり合ったとこだ――のハンスさんよりずっとましだな。
「今日はどちらへ行かれますか?」
「……北側ですかね。南はだいぶ探索しましたし、街道側なんでハルトで話を聞かなかったことを考えると、多少確率は低そうですから」
急ごしらえの村の周辺の地図にマーカーを並べながら、それっぽいことを言っておく。行先は既に決まっているのだ。
「北側ですか。……そちらにはこのあたりの主の巣がありますから、あまり奥へといかない方が良いと思いますが」
「無茶は出来ないので、そう足を伸ばすつもりはありませんよ。これまで探索した教会に沿って、主の縄張り手前を探索してみます。何もなければ夕刻に戻る形で。また、少しだけ香を分けてもらえますか?」
「ええ、それはもちろん。くれぐれも無茶はなさらずに」
僅かに焚いている香から全員に臭いを映し、主の寝床の葉を混ぜた薫り袋を貰って探索に出る。
レオンとサーヤはほかの魔獣の匂いをつけるのをとても嫌がったが、イゴールさんが『使えるものはなんでも使え』と強要したので何とか収まっている。狼はだいぶ実利主義だな。
そうして獣道に毛が生えた程度の路を進むことおよそ2時間。聖域と呼ばれる住処までやってきた。
□□□
「ようやくですね。周りは?」
「とりあえず、つけられては居ないと思うわ」
サクラさんの言葉に、イゴールさんも頷く。サーヤも気になるところは無いらしい。ひとまずは問題ない様だ。
「この先、少し行くと主様の通り道に当たるはずだぁよ。草は茂っていますけど、木々が大きく開けているのですぐにわかると思いますーよ。そのあとは山の方に向かってその道をまっすぐだぁ」
「村の近くまで通ってんなら、初めからそっちを使えばよかったんじゃないの?」
「主様の路は、村人は使わない事になってるんですよぉ」
「それに、聖域を目指してることを村人には知られたくないですしね」
一応用心はしているけど、バレると面倒なことになるのは目に見えている。
「主の住処までは、普通に歩いたら半日以上かかりますよね」
「そです。主様の路のそばに、昔、まだ生贄を捧げていた頃に整備した道があります。そこを通って祭壇のある広場まで半日以上かかります」
「今は使われてるんだっけ?」
「年に一度の祭りのときに、奉納品として村の食べ物とかを捧げるときにはそちらに行きますよぉ。聖域に入るのはそん時くらいですぅ」
「まぁ、そっちの路は使わないでしょう。イゴールさん、サーヤ、すいませんが予定通りに」
『問題ない』
まず主の路まで出て、そこからイゴールさんとサーヤにそれぞれ分かれて乗り、主の居る住処まで走り抜ける。
人の手がほとんど入って居ないこのあたりの森は、狼に乗って駆けるには少々不向きで、初めからと言うわけには行かなかった。それが主の道に入ると、多少の草は茂っているものの道幅は開けており、二人が並んで走っても十分な広さがある。
主の大きさがうかがい知れるな。たぶん、うさぎや狼よりデカい。そして単独で縄張りを修めるタイプの生物だろう。
「快適ね!」
前にレミィさんを乗せたサクラさんが叫ぶ。
「予想通り、この道を使う魔獣は居なさそうですね!」
何せ自分たちの天敵が通る道だ。魔獣だって好き好んで使わないのだろう。
この辺の森は西の方と違って広葉樹が多く、その上夏が近いので蔦が精力的に伸びているのが厄介だ。普通に森の中を歩くと移動速度は平地の半分程度まで落ちる。
その上ここに入るまでに猿の魔獣――|樹上の悪魔<ブギーエイプ>と呼ばれるらしい――や、蜘蛛、百足と言った魔獣に3回ほど襲われている。足場も見通も悪い森の中で戦うのは神経を使うので、こう広いところを走れるのはありがたい。
「おっ、わっ、ひゃぁっ!?」
「口は閉じてないと舌噛むわよ」
レミィさんは初めて狼に乗るのでなかなか大変そうだけど、そう長い時間じゃないから我慢してもらおう。
実際、1度休憩をはさんでおおよそ1時間ほどで、目的の祭壇までたどり着いた。
「ここが祭事で使う広場になりますよぉ」
砂利がまかれ、明らかに人の手が入ったことが分かる広場の中央に、石積みの祭壇が設置されている。
切り出された石をいくつか並べただけのシンプルな作りだが、大きさは一辺が3メートルは有ろう。なるほど、ここに乗せるなら相当に大きな供物だろう。
「この先に主の住処があるのね?」
「はい。とはいえ村で行ったものは居ないですから、詳しく話わからないとです」
「このまま進みますか?」
「一度ここで香を焚かせてください。祭りのときは、それで主様を呼ぶんですぅ。姿を見せられることはほとんど無いんですけどぉ……」
レミィは落ち葉や小枝を集めると、祭壇の上で火をおこす。そこに香の元となる葉を混ぜると、植物の葉を乾燥させて作ったであろう大きな扇を使って風を送る。
うっすらと白い煙が空へと昇っていく。
人にはわずかな香りだが、主にはこれで十分だと言われているらしい。
それから10分、20分と待ってみるが、結局焚火の火が消えるまで何も変化が無い。
「……地鳴りもしないし、イゴールさんも特に変わった様子は無いって言ってるわ」
「村と同じで全く反応なしですか」
これは本格的に巣まで足を運ばないとダメか。
「いよいよこれは……登ってみるしかないですね」
縄張りを持つタイプなら、こんなに無防備な事は無いはずだ。やっぱりほかの魔獣との生存競争で負けたか……。
「この先ってどうなってるの?ずっと森?」
「高い木の上から見たことが有るんですけどぉ、岩山になって居るみたいですぅ」
「行ってみましょう」
再度オオカミに跨り、ゆっくりとしたペースで三十分ほど進むと、徐々に周りの景色が変わって来る。高い木が無くなり、地面にはむき出しの岩が見える。振り返ると、既に山の木々は眼下に来ている。乗っているとそこまで感じないけど、結構上ってきているな。
『……煙と同じ匂いがするな』
イゴールさんが足を止める。
『だが、少し古いか』
「臭いでそんなことまで?」
『焚かれている香と違いが無い。それに、弱い。臭いで縄張りを示すようなものではないな』
臭いでマーキングする獣にしては、残ってる臭いが弱すぎるとのこと。
そういえば、主に関する詳しい生態はほとんど聞けてなかったな。レミィさんも遠目に見たことが有るだけで、体毛が無い、あるいは短いって事、おそらく四つ足歩行、後かなり大きいって事くらいしか知らなかった。
そこから景色の変化は劇的だった。
オオカミに跨って10分も進むと、周りは切り立った岩だらけになる。先には切り立った岩肌が見える。この辺りが頂上なのだろう。岩が砕け、草が生えていない主の通り道を進むと、崖の中腹にぽっかりと空いた穴が見えた。
「……また、見事な洞窟だな」
幅、高さともに10メートルは有るだろうか。昼間だというのに、奥の様子は全く見えない。結構深く続いているようだ。壁はざらざらとしている物の、崩れそうな雰囲気は無い。狼の長が住んで居た洞窟と同じく、人の手が入っている感じがする。ってか、洞窟と言うより、トンネルだな、これは。
「……大きいなぁ……でも、それこれくらいは必要んだな」
レミィさんは天井までを見上げて感嘆の言葉を漏らした。
「ここが主の住処ってわけね。入ってみる?」
「勝手にお邪魔していいものか。ぶっちゃけこのサイズの魔獣と戦うことになったら、逃げるのだって難しいでしょうしねぇ」
洞窟サイズの半分の大きさだとしても、アフリカゾウなんか目じゃないサイズだ。
「とはいっても、呼んで出てくるかしら?」
『……ここも周りと同じで、少しニオイが古い。生物が居るような気配もない。おそらくだが居ないな』
「留守……って事もないか。行ってみましょうか」
『我らはここで待つぞ。侵略に来たのではない。住処の中にまで臭いを残すのは少々無礼であろう』
「……了解です。もし万が一戻ってきたら」
『遠吠えで知らせる』
「お願いします。……松明」
ナイフに明りを灯して洞窟の中へ。やはり思っていた通り深い。十メートルも進むと地下への段差があって、入口の明かりは見えなくなった。広さは少し狭まっている気がするが、あまり変わっては居ない。これだけのサイズを加工するのは、この世界の技術だとなかなか大変だぞ。
「ところどころ、燭台があるわね」
「ほんとですか?」
壁に光を当てると、確かにそれらしき物が壁に打ち込まれていた。暗闇で目が効かない……ならこんな所を巣にはしないだろう。もしかして、ここは以前人が使っていた場所か?
数百年前の蟲人発生で、人類の生存圏はかなり縮小したらしい。かつての人々が使っていた施設が、魔獣の住処になって居る可能性は十分ある。
「レミィさんは、この辺に何か施設があったとか、知らないですか?」
「聞いたこともねぇですよぉ」
だろうなぁ。たぶん、村の人たちはこの辺まで来ることは無いのだろう。
「アキト、分かれ道……じゃないか」
サクラさんが指さした先には、洞窟ほぼ同じサイズの穴がぽっかり開いていた。
「特に何かが居る気配は無し」
「こっちの識別にも、なにも引っ掛かりませんね」
一応気を付けながら中を覗いてみると、大きなドーム状の空洞になって居て、中には植物の束の様なものが積まれていた。
「……主様の香草ですね」
「分かるの?」
「はい。さっきからぁ、香りがしていますのでぇ」
「ここが寝床かしら?」
「それにしちゃ、きれいに積まれ過ぎですね」
香草は飼葉のようにきれいに積まれて、部屋の中半分ほどを占めていた。かなりの量だ。
「……最後にもらった時の、残り半分……」
それを見てレミィさんがつぶやいた。
「最後に?」
「ああ、ええ、そうですぅ。冬が開ける前、主様から香草頂いたんですが、それが結構な量だったんですよぉ。普段なら、ひと月に1回もらって居たんですが、その時は1年じゃ使い切らないんじゃないかって量だったってーことで、運べるだけ運んで、残りはお返ししたんですよぉ」
「……その話、聞いてない」
「……あれ?そうでしたっけ?」
しまったな、全然気にしていなかった。香は主の寝床の草を乾かしたものって聞いていたんだから、どうやって手に入れているのか調べるべきだった。
村長たちの話を聞いた段階では勝手に巣から拝借しているのかと思っていたけど、そんなわけないじゃないか。
「何にしても、ここではないわね。先に進みましょう」
サクラさんを先頭に再度進む。洞窟はところどころに先ほどの様な大穴が開いており、そこにはなぜかツボだの大八車らしきものだの、人の使う道具が置かれていた。そう古い物ではない。少なくとも、人類が撤退したよりはずっと後に作られたものだろう。
「……扉があるわ」
角を曲がった先で、サクラさんが足を止めた。灯りを向けると、確かに扉らしきものが見える。
けど……どう見ても人間サイズだな。
「ちょっと混乱してきたんですけど」
「あたしに言われてもね。……まだ先は有るし、奥から風の音が聞こえるわ。もしかしたらその扉、まったく関係ないかもしれないじゃない」
「風の音ですか」
実は、主の巣じゃなくて、通り道ってことかな。それならわかるけど。
扉は木製で、金属で補強がしてある一般的なものだ。丈夫そうで痛んでいるようにも見えない。もしかしたら、魔術的な加工がされているかもしれないな。
取っ手はあるが、ノブは無い。蝶番が見えない所からすると押せば開くのか……。
「……可視化・魔素、熱源、気体……特に何もなしっと。識別……罠は無いかなぁ」
ここまでずっと識別状態で見て来たけど、壁も床も『加工された石』状態で、特に怪しい所は無かった。この扉もだ。表面的には、洞窟に不釣り合いな扉、としか言えない。
「……ねぇ、これ何かしら?」
ドアの隙間から中が見えないか試していると、サクラさんが扉の横を指さして首を傾げた。
「なにかよくわからないけど……記号?かしら」
「記号ですか?」
確かに、ドアの横にはそこだけ色が違う壁があって……何か張られている。
光を当てると、そこにはなめした革が打ち付けられており、そこには文字らしきものが……。
「……え?」
思わす声が出た。文字らしき物……と言うか、たぶん文字だ。
なんでたぶんかと言えば、ここで目にすることは無いと思っていた文字だからだ。
「……ヒト ノ オウ ヘ」
「え?……どういう事?」
「これ、文字ですね。ちょっと汚くて読みずらいですけど……俺の故郷で使われている文字です」
壁に貼り付けられた革には、カタカナで文章がつづられていた。あまりうまくないが、読めないことは無い。単語ごとにスペースが開けられているのは、アルファベットの様なこの世界の文の書き方が影響しているのだろう。
「なんて書いてあるんですかぁ?」
「ええっと……ヒト ニハ ワカラヌヨウ カキノコス。キテ クレタ ナラ スマナイ」
……魔王に充てた文章?
「マトマッタ カネガ テニ ハイッタノデ シバラク ルスニ スル。モウ ズイブンタッタシ スコシクライ アソンデモ サリーモ イイトイウダロウ。サキニ カオヲ ダスト オコラレルダロウカラ ドウセナラ サイゴニ ムカウ。コドモタチニハ ヒミツニ シテクレ。ヨロシク」
……名前のところだけこっちの世界の文字だ。
「…………はぁ?」
「どーい事でしょか?」
「……書いてある通りじゃね?」
まとまった金が手に入ったから、しばらく留守にする。もう随分経ったから、多少遊んでもサリーさんも良いって言ってくれると思うよ。でも先に行くと怒られるから、会いに行くのは最後にする。子供たちには言わないでおいてくれ。よろしく。
……なんだろう、このすっごくダメな感じは。
「……サリーって名前、心当たりあります?」
「……サリー……サリー……ああ!最後のサリー、ですぅ」
「最後のサリー?」
「ずっと昔、主様に生贄に捧げられた最後の女性ですよぉ。そのあと、主様が生贄はいらないって言いだしたんですよぉ。言い伝えって程でもないですけどぉ、村では有名な名前なんです」
「……最後の……ねぇ」
「アキト?」
思い切ってドアを押してみると、スッと開いた。予想通り、罠の様なものは無い。部屋の中はこれまでとうって変わって小さく、10畳あるかどうかと言ったところだろう。
壁際には棚やタンスがおかれ、床にはカーペットが敷かれ、天井にはおそらく魔術で動くであろう燭台が吊り下げられていた。
そして部屋の真ん中には、ダブルベッドにしても大きなベットが一つ。奥には扉もあるが、特別見る気にはならないな。
「……ずいぶんと文化的な主だことで」
どう考えても、ここが寝室なのだろう。たぶん魔術で除湿とかをしている。部屋御開けた時の空気が、古い感じではなかった。
「どういう事?」
「……ちょっと先に行ってみましょう」
サクラさんは風の音がすると言っていた。なら、この先は抜けられるのだろう。
予想通り、先の角を2つほど曲がると出口が見えた。
「……まぶしいわね」
外に出ると、4方を切り立った崖に囲まれたくぼ地の、丘の上に洞窟は有った。
その先には明るい色の砂利で敷かれた道があり、柵があり、草が生い茂っている物のその先には家が見える。それも一つ二つではない。10棟以上、広さだけならトマス村より広そうだ。
「行ってみましょう」
道はところどころ草が生えていて、あまり使われていないことが分かる。最初の家までは数分。近づいてみると、明らかに人が住んで居ないことが分かった。
「……木造だし、そう古くは無いわね」
「作りもウチの村と一緒ですよぉ」
「構造から言って、最近建てられたものでしょうね」
最近とはいっても、前時代では無いという意味だけど。
村には井戸もあり洞窟のあった丘から、湧き出した清水がため池に流れ込んでいた。中央には広場があり、教会らしき建物と、大きな石積みの炉も建てられている。……この炉はトマス村の物より上等だな。
「……なぜここは、だれも住んで居ないんしょうかぁね?主様に食べられてしまったんでしょうか?」
「いや、それは無いでしょう」
家々には全然あれている様子が無い。ここはしばらく前まで使われていて、何らかの理由で人が居なくなった廃村だ。どうして?……いや逆か。ここに住まなければいけない理由が無ければ、こんな辺鄙なところに住むメリットが無い。つまり、ここの人たちは、ここに住む理由がなくなったからいなくなったのだろう。
「……何なのよ、もう。結局主はどこに行って、どーなってこんな所に村があるわけ?」
……魔獣信仰、生贄……やっぱり、こういう事件に心当たりがある。
「……推測でなら」
「何かわかるの?」
「エターニアに居た時、こういう隠れ里とか魔獣信仰とか、そう言った今の時代では事件として扱われる文化だったり学ばされました。その中に、近い話があって、もしかしたらと」
「どういう話?」
「……聞きたいです?」
あんまり話したい内容じゃないんだよなぁ。特に、サクラさんやレミィさんには。
「もったいぶらずに話しなさいよ」
「ウチも何が起こってるのか知りたいです」
二人は真剣な表情でこっちを見ている。そう真剣になられると余計話しずらいんだけどなぁ。
「乗ってた事例は……とある村は魔獣を信仰していて、数年に一度、村の若い娘を生贄として捧げておりました」
ある時、流れの戦士が村に立ち寄り、人を喰うバケモノなど許しては置けぬ、とその魔獣を退治しに住処へと向かいましたが、あっさりと破れてしまいます。
しかし彼は別の村の娘の手当てで命を取り留め、その後はその村で暮らし、自分を負かせた魔獣を父として慕うようになりました。
「めでたしめでたし」
「いや、めでたくないでしょう」
「全然話について行けないのですがぁ」
……まあ、そうだろうねぇ。
「ぶっちゃけて言うとね、人間の女好きの魔獣が、生贄と称して村から年頃の娘を貰って妻にしてて、しかも長年頑張って子造りした結果、別の村が一つ出来るくらいの人口になっちゃってたわけですよ。で、流れの戦士は魔獣にボコボコにされたけど、それを魔獣の娘が一応助けて、そのあとはなんやかんやで一緒に暮らしました、という話」
「……………………」
「…………………………」
うん、そういう顔になるよね。
「つまり……生贄にされてた人たちは……」
「その魔獣に、食べられちゃってたと。性的な意味で」
「いちいち言わなくていいのっ!」
だから話したくなかったんだよなぁ。
ちなみにその戦士が魔獣を説得したので、今ではその里はちゃんと地図に乗る村になって居るらしい。
「今はもうやめたけど、その村は当代魔王の時代まで生贄を捧げ続きけていた感じだとか。村人は魔獣が人を喰うってずっと思ってたらしいけど、その方が都合が良かったんだろうね」
「人は下らない理由で同族同士争うからって、そいつの証言が乗ってた。創られなかった人の事もあるし、自分の子供たちで隠れ里を作った理由も、魔獣の子だと迫害される可能性を感じたからだって」
「その村では定期の生贄以外に、罪人とか村八分にされた家の子供とかも差し出してたようだし、シェルター的な役割を果たしてたんだろうね」
その魔獣にとっては人の争いは些末なことで、圧倒的力を誇る上に食って寝て子供を作るくらいしか欲求が無いかったからうまく回っていたのだろう。
「ウチの村にも、もめごとがあった時には主様に伺いを立てる風習があります……もしかして、ここもそういう事なんですか?」
「推測だけど、たぶん。複数件ある事例らしいし」
家の数から言っても、設備から言っても、複数世帯が暮らしていたことは間違いないだろう。
洞窟にあった書置き、あれはこの世界の人類が書いたものじゃない。人類になら人類語を使うし、魔王自身、地球の言語は人に広めていないと聞いている。あれが書けるって事は、魔王とつながりのある人類以外って事だ。……相手が魔獣だとすると、必要になるかもと教えたのだろうな。狼の長に聞いておけばよかった。
「つまり、女遊びの好きな主様は、たぶんサリーさんの尻に敷かれて新しい妻をめとるのを止めたと。で、五十年前の人なら……いや、たぶんもっとなんだろうね、既に亡くなるか、もしくは出ていくかしたんじゃないかな?あの書置きの感じだとさ」
随分経ったから良いと言うだろうって……ずいぶん経ったか之くらい許してくれるよね、って事じゃね?
「子供たちに会いに行くのは最後にするってのは、子供が居て、んで、遊びに行くのは気取られたくないって事なんだろうし。まとまった金が手に入ったから遊ぶってのも……」
たぶん、色町に行くって事なんだろうなぁ。この世界、娯楽は少ないし。洞窟の設備から言って、たぶん変身魔法が使えるのだろうさ。
冬が開ける前に大量に香を渡したのも、しばらくここを空けるからだろう。そう考えると、まったく音沙汰が無いのも当然だ。だって近くに居ないんだもの。
「……頭痛い」
「……主様ぁ……ひどすぎませんですかぁ~」
サクラさんは頭を抱え、レミィさんは空を仰ぐ。どーしたものかねぇ。
「とりあえず生贄の件は気にしなくて良さそうですけど、村のピンチはどうしましょうかねぇ」
「……冷静ね」
「こっちの件では人死にが出てなさそうなんで、喜んでるんですよ」
「ウチはちょっと複雑な気分だぁ」
「頭を切り替えましょう」
生贄の件は最悪、蜂の件が片付いた後にエミィちゃんをかっさらうとかで解決できる。それより問題なのは、村の住人の行方不明の原因だ。俺たちが片づけた蜂がそうなら、ひとまずは良いんだけど……違った場合、村人が当てにしていた主の協力は得られないし、俺たちだけで何とかしないとな。
しかも、主が居ないことを説明しないで解決しなきゃいけないってのは、結構難易度が高い。
「ここを探索してもあまり意味はなさそうですから、いったん村に戻りましょうか。村人が行方不明になった方は、まったく好転してませんから」
洞窟も、ここも、まったく魔獣の気配がない。主の縄張りでほかの魔獣が近づかないのか、それとも寝室の状態保存のように魔術的な施工がされているのか不明だけれど、それを調査するのは俺たちの仕事じゃないしな。
「地道に探索をして安全確認をするしか今のところ案は有りませんが、戻ってラーンさん達と相談しましょう」
「そうね。それが良いと思うわ」
一応、廃村の周りをぐるっと回ってから洞窟へ戻る。洞窟のところどころにある部屋も中を見てみたが、やはりここは行方不明になった村人たちとは関係がなさそうだ。
よく見ると洞窟の至る所に魔術的な紋様らしきものが施されていて、どうも今も動いていそうだったけれど、どういう物かは分からなかった。
中に入ってから出てくるまで、1時間は経っていないだろう。入口まで戻ると、イゴールさんとサーヤは昼飯に狩ってきたらしい鹿の様な獣を食べている最中だった。
『どうだった?』
「主は不在でした。人間に変身できるらしくて、どっかに遊びに行ったみたいです。書置きがありましたよ」
『……自分の縄張りを空けるのか』
「縄張りを持つ種族じゃないのかもしれませんねぇ」
『この後は?』
「村に戻るつもりですけど……その前に飯にしましょうか。眺めも良いですし」
「さんせー」
「主様の家の前でいいんだろか……」
どうせ不在だし気にする必要はないだろう。ゴミはちゃんと持って帰るしね。
村で用意してもらったパンと干し肉を、熾した焚火であぶって簡単な昼食をとる。ん~……硬い。やっぱり飯はちゃんと調理できるところで食べた方がうまいな。
「それにしてもいい眺めねぇ」
この世界は高い建物がほとんどなく、山は魔獣が多くて登山とか趣味でやるようなものじゃないから、こういう景色はあまり見る機会が無い。
「天気も良いですし、涼しくて最高ですねぇ。来た時には気にしてませんでしたけど、森より完全に高い位置ですし、かなり遠くまで見えますね。時期が良ければ雲海とか見えたりしますかね」
「うんかい?」
「雲が海のように見えるんですよ。こう、眼下一面真っ白で、ところどころ高い山がそこから頭を出して島のように見えるんです」
「……なんか素敵ね。見てみたいわ」
「内陸だからここで見られるかは分かりませんけど、大陸のどこかには、そういうところもあるでしょう」
魔素の影響で気候が地形とはでたらめになるバイオームがあるから、実際朝方とかは結構いい感じかもなぁ。
「……海ってなんだぁ?」
「……えっと、はるか向こうまで広がる大きな池、川の行きつく先ですかね。しょっぱくて、魚人族とか人魚族の人たちが住んでるんですよ」
「アキトさんは物知りだーなぁ」
「そうでもないですよ。エターニアに居た時は、よく非常識だって言われてましたし」
「あー、なんとなくわかるわ」
「なんか変なちょんぼしましたっけ?」
「何となくよ、なんとなく。すっごく育ちがよさそうなのに、結構無鉄砲だし、タフだし、鬼も魔獣も、なんでも来るもの拒まずな感じで、ちょっと不思議よね」
「うちがお願いした時も、迷わず引き受けてくれたしなぁ」
まあ、その辺はたぶん魔王の教育の賜物なんで、褒められてもうれしくないんだけどなぁ。……褒められてるんだろうか?
「それにしてものどかねぇ。……これだけ晴れてたら、村も見えるかしら?」
「どうでしょうね」
道の伸びている方からすれば、見えなくはないはずなんだけど。まぁ、あそこは森で覆われてるからなぁ。
「トマス村は、たぶんあの辺だぁ」
レミィさんが指をさした先には森しか見えない。
「見えないわね。……でも、多少曇ってる?香のせいかしら?」
「森がですか?さすがに気のせいじゃないですかね」
鬼族の視力がいくら良くても、村まで10キロ以上あるはずだし、のろしじゃないんだからね。
「そう?でもなんか……黒い?」
サクラさんは眉間にしわを寄せて目を細める。
「黒い?」
「うん。ほら、あそこ。ゆらゆらって」
「レミィさんは見えます?」
「ウチにはさっぱりだぁ」
……気になるな。確認する方法……そういえば、モノクルにズーム機能ってなかったっけ?
ステータスカードに同梱してもらった説明書をめくると、それらしい機能がある。まだ使っていないモードがいくつかあるなぁ。とりあえずは、これで見えるか。
「望遠・2倍,3倍……」
徐々に倍率を上げていく。キーワードがドイツ語なのは魔王の趣味らしい。
指さされた方角の森を注視すると、確かに周りより白く靄がかかっている気がする。風の魔術で煙を循環させているらしいからその影響か。
村の位置はハッキリわからない。物見やぐら位見つけられればいいんだけど……あっ!
「……見えました。確かに、森の中から煙が上がってます」
最大望遠でもわかりづらいけど、色の違う濃い煙が一つ、二つ、上がっているように見える。
「香の煙じゃないんか?」
「分かりません。村の位置があってるかもわからないですけど……嫌な感じがしますね」
こういうの、フラグって言うんだぜ。
「……戻りましょう」
「……そうね。また嫌な予感がするわ」
「どーかんです」
残った水を焚火にかけて火を消し、荷物を纏めるとサーヤに跨った。
「村までまっすぐ。できるだけ急いで貰えるかい」
『大丈夫。しっかりつかまって居てくださいね』
あっという間に最高速まで加速するサーヤの背中にしがみついて、何事もないことを祈る。
どうも俺は不運らしい。飛び火していませんように……。
そろそろ物語も進み始めますが、3章全体の予定からするとまだ自半分くらいと思われます。書くスピード上げないと辛い。
レミィはまだ口調が定まってません。訛りはやめときゃ良かったか。
次回は11月の中頃に更新できれば。短めの閑話を挟みたいのだけれど、展開的にちょっと悩みどころです。
□松明
物に明りを灯して簡易的な松明にする魔術。照明より光は弱いが、持ち歩けるのが特徴。




