未開の森の隠里 2
今回は戦闘回です。
「さて、改めて状況を整理させてもらおうと思う」
食事をとって一息ついたのち、ラーンさんが音頭を取ってそう切り出した。
ちなみに、レオンとサーヤ、それにベラさんはこの場に居ない。レオンが飯を食った後すぐ街に飛び出していったからだ。そして先に飯を食ったのも、あいつが『腹が減った』と文句を言ったせいだ。気ままなやつめ。
「えっと、目的地の村までここから先に村は無い。だから、来る予定の人は、この村にすらたどり着けなかったって事よね?」
さっきのメアリーさんの反応から、サクラさんが状況を整理する。
「はい。もちろん出発していない可能性もありますが……何かあった時には手紙を出すことになっています。運送ギルドで記録の確認をしてもらいましたが、私が問合せできる範囲ではありませんでした」
「行商人の……トーマスと名乗って居るそうなんだが、最後にここを訪れたのは2か月ほど前だった。前回の帰りだね」
「そのほかに手掛かりは?」
「調べられる範囲では何も」
ここまで来ても、結局このふた月位のあいだに何かあったのだろう、くらいの事しか分からないのか。
「イゴールさんはギルドで何か聞きましたか?」
こういう時、冒険者ギルドで異変を調べてみるのは鉄則だ。
「……一応一通り話は聞いたが、特に有益な情報は無かった。……そうだな、ネズミが減っているという話を聞いたくらいか」
「ネズミ?大鼠が?ほっとけば増えるのに珍しい話ね」
「殆どの魔獣や獣が活発に活動する時期だ。そう珍しい話ではない」
気失いの森みたいに増えてるならともかく、減ってる分にはギルドも問題視しないだろうな。
「アキト君の方は、何かあったかい?聞き込みはしているんだろう?」
「ええまぁ……宿や貸家が結構埋まってるらしいって話くらいですよ」
例年に比べてこの街に来ている冒険者や商人の人数が多いという事らしい。ほんとはもう少し部屋を分けたかったのだが、それなりの部屋は2部屋しか確保できなかった。
「後は……礼拝堂がにぎわってるとか」
宿のおばちゃんに聞いた話だと、治癒や治療魔術を使える女神教の神官様が来ているのだとか。結構お手頃価格で診療しているらしく、近くの村からも人が来ているとのこと。
この街は冒険者が多いし、神官が来るのもそう珍しいことではない。ただ、その人は街に居る事が多いらしく、それで普段より多くの人を癒せるのだとか。まぁ信心深い女神教徒が立ち寄ったらそれくらいはやりそうだ。
「あまり良い情報は無いね」
「それでも、大型の魔獣が目撃された―とか、蟻の蟲人が大挙して湧いたーみたいな話が出てないだけ安心しました」
確かに。人が多いと聞いているが、何か事件があったようではないし、見聞きする限りは平和そうだった。
「まだ人が少ない時間ですから、一応もう少し調べてみましょう」
冒険者の街だから昼の間はみんな森に入ってしまっている。
この辺りは今もまだ望郷の渓谷と呼ばれる岩山地帯に向けての再開拓が行われえている真っ最中だ。どの程度うまくいっているかは分からないが、開拓村の建設のために出ている者も多いのだろう。
塀や家の建設だけなら何とかなるが、それだけでは生活できる村にはならない。井戸掘り、下水道を整備し、食料を確保するために農地を切り開く。そうやって独立して生計を立てるだけの準備ができて初めて拠点となる。
昔は無理な開拓が行われることも多く、開拓村は貧しく衛生環境も悪かったらしい。そして何より蟲人や魔獣に襲われて滅びるなんてこともしょっちゅうだったそうだ。
当代魔王が無理な開拓を禁じてからは、建設や開墾のペースは落ちたが、大きな被害が出る事は格段に少なくなったと聞いていた。
「どうするのだい?」
「ギルドに行きます。基本的に情報はそこに集まりますし……あと、もう一つの情報源は僕ら以外に人が居ませんから」
昼時から外れた酒場には、暇そうにしているウェイトレスのお姉さん以外に誰も居ない。
「ラーンさんとメアリーさんは、教会の方を確認してもらえますか?」
「教会かい?」
「ええ、一応」
「……そうですね。わかりました。確認してみます」
メアリーさんは察してくれたらしい。
「よろしくお願いします」
街の外で亡くなった身元不明人も、遺体が有れば協会に埋葬されるし、遺品だけでも教会に届けられることが多い。
森の中で事故にあったのなら、残念だけどそちらで見つかる可能性もあった。
「一通り調べて、あとは自由時間にしていいですかね。報告はまた夜にでも」
「了解だよ」
「サクラさんは俺と一緒にギルドに行きましょう。情報収集と……あとせっかくなので忘れない内に契約書の読み方を教えますよ」
ハウザッハで交わした公式書類について、詳しく教える約束をしていた。
「……別に急がなくてもいいのに」
「ああいうのは余裕がある時にやっておくに限ります。イゴールさんはどうしますか」
「ベラと合流する。人の街に来たのだから、あいつらに人の営みを教えねばならん。場合によっては少し森に出る」
レオンとサーヤに人の姿での戦い方の訓練もさせたいらしい。
「それじゃあ、また日が暮れたらここで」
それから、サクラさんと二人でギルドに向かい一帯の情報を集める。
調べたのは主に最近出た討伐、狩猟の依頼と、ここ1~2カ月で持ち込まれている獲物の種類と量。さすがに未開の地だけあって多種多様ではあったが、例年とそう違いは無いとのことであまり有益な情報にはならなかった。
教会に行ったメアリーさん達は幸運にも空振り、イゴールさんは少し街の外に出たらしい。人の姿ではネズミの相手をするのも難しかったらしく、戻ってきたレオンはとても不機嫌だった。
そんなわけで、翌日。
良い情報も悪い情報も仕入れられないまま、俺たちは早朝から未開の地へと踏み込んでいった。
□□□
「この糞がっ!」
飛んできたハエのお化けを盾で叩き落し踏み潰す。こいつがなんの魔獣かはさっぱりわからないが、うっとうしいことこの上ない。
「アキト!」
「見えてますっ!」
バックステップで飛びのくと、直前までいた場所にサルの様な生物が落ちてきた。
「炎弾!」
そいつが視線をこちらに向けた瞬間、その顔面に紅の弾丸が突き刺さりはぜる。
横薙ぎに払った剣が魔獣の首筋を捉え、刃は骨まで達する。人とそう変わらないサイズのそいつを蹴り飛ばすと、その後ろから飛んできた飛び百足を切り払って仕留める。
「残りは!?」
「こっちは大丈夫!」
サクラさんは3匹目のサルを頭から胴体まで両断して、返す刀で2匹のハエのを叩き潰した。流石に早い。
「寄ってきたのは大体片付いたようだよ」
雷撃による発光が森の中を照らす。
「……蛇はまだしぶとく生きているようだけどね」
狼たちが群がっている方を見ると、20メートルを下らない大蛇がのたうち回っていた。さすがにもう虫の息だ。
未開の地に踏み込んで半日。ここ2時間ほどで3度目の襲撃だった。
最初に飛び掛かってきたのは、現在レオンとサーヤ、イゴールさんの3匹で対処している大蛇。
太さがヤバイこいつが木の上から飛び掛かってきたのを、先頭を走って居たレオンが避け、後続のサーヤが急停止をした結果サクラさんが放り出された。前二度の襲撃でいちいち固定用のフックを外すのがめんどくさくなったらしい。
蛇だけなら狼たちの雷撃だけで手こずることもなかったのだろうが、すぐにほかの魔獣が集まってきて乱戦状態に突入した。
結果として、この周辺に居たらしい猿の様な魔獣、ハエの様な魔獣、蜘蛛にムカデと、害獣駆除をする羽目になった。
「3人とも怪我は有りませんか?」
ベラさんに護られたメアリーさんが隣に戻って来る。
「俺は大丈夫ですよ」
残りの二人も頷く。どいつも気を抜けない相手ではあるが、サクラさんがまさに鬼の様な強さなので助けられている。森に入ってから倒した魔獣の数は二けた後半に差し掛かっているんじゃないだろうか。
襲撃の頻度は高いし、魔獣や獣の密度も高い。移動速度が速いせいですぐに別の魔獣の縄張りに引っ掛かるのもあるのだろうが、未開の地は聞いていた以上に過酷な場所だ。
『……終わったぞ』
気づくと大蛇も仕留め終えたようだ。バカでかいその巨体を力なく地面に横たえてピクリとも動かない。
『牙が通らん。解体してくれ』
「いや、そんな暇はないだろう」
『仕留めた獲物を喰わないのは摂理に反する。どうせすべては喰えん。少しでいい』
「……サクラさん、ラーンさん、周囲の警戒をお願いします」
「あたしが変わろうか?」
「刃が立たなかったらお願いしますよ」
蛇に近づくと、頭からプスプスと煙を上げていた。これが一角狼の雷撃か。1撃とはいかないけれど、このサイズの魔獣にとっても致命傷になる威力。人類はどうやってこいつらとの戦いに勝ったんだろうな。
「一応頭を押さえてろ。首落として、そっから皮をはぐ」
『偉そうに命令するでない!』
ギャーギャーわめくレオンを無視して、蛇の首元に剣を振るう。キンッっと甲高い音がして、剣がわずかに食い込む。……硬っ!手がしびれた!
なんだかんだで丈夫で切れ味の良い魔法剣、まったく刃が立たないって事は無いがこりゃ俺じゃ日が暮れるな。
「サクラさん、お願いします」
「りょーかい」
サクラが剣を受け取ると、力任せに蛇を解体していく。うわぁ……刃がぐいぐい食い込んでいくよ……。
「皮のきれいなところは上手く剥いでおくと良いと思います。これだけの大物で、かなりの強度ですから素材としての価値もあると思いますよ」
メアリーさんのアドバイスで、サクラさんは綺麗に皮を剥いでいく。ものの10分足らずで、服にしても十分数着は作れるだけの皮がはぎ取れた。
その間、血の匂いで他の魔獣が集まってこないか不安だった、幸いなことに襲撃を受ける事は無かった。
大きなネコの様な獣が、自分より大きな猿の死体を加えて木の上に登っていったのは目撃したが、「盗人猫だね。素早い動きで他の生物が仕留めた獲物を掻っ攫って行く、一応獣だよ」とラーンさんが解説してくれたので放って置いた。どうせ解体している余裕はない。
「村までどのくらいでしたっけ?」
メアリーさんに問いかけると、「日が陰りだす前には……」と返って来る。
「……このペースだと、あと1~2回は襲撃を受けそうですね」
「一応、この周辺に棲む魔獣が嫌う草花を植えてあるらしいのですが」
「効果が薄いのか……それとも……」
幸いにして道は走りやすい。輪達もあるし、偶に整備しているのだろう。分岐点には魔術的な仕掛けがあるらしく、知らない人ならまず迷うとのこと。村から離れていなかったら迷いの森とか呼ばれていただろう。
『……骨が多くて食いづらい』
「準備できたわ。行きましょう」
レオンの文句はスルーして、再度森の中を進む。
それなりに標高が高いのか、それとも魔力的な問題か、初夏と言っていい時期にも関わらず木々がまばらで、エルル周辺の森に比べると見通しはかなりいい。針葉樹7割、広葉樹3割と言ったところだろうか。
危険な道なのにも関わらず、隠れ里の住人が交易をおこなえたのはこの見通しの良さにあるんだろうな。
モノクルが教えてくれる情報はさっきから木々の種類ばかりだ。ほとんどがアンノウン。偶に知っている植物が出る程度。襲撃してくる魔獣も同じ。この辺の図鑑でも買っとけば……?
「ストップ、ストップ!」
視界の端に映った識別結果に違和感を覚えてレオンを止める。
『なんだ?』
「どうしたの?」
「いま気になるものが見えました。サクラさん、あたりの警戒を。ラーンさん、メアリーさん、ちょっと手伝ってください」
鞍から降りて道を戻る。止まった位置から数十メートル手前、たぶんこの辺にあると思うんだけど……。
「……あった」
道の片隅に落ちていたそれ。変色していて、ところどころ欠けているため普通では見逃してしまうだろうけど。
「それは?」
「識別結果が木片になってます」
明らかに人の手が加わった形状。ギザギザととがった部分はわずかに白く、壊れてから日が浅いことがわかる。
「壊れてますけど何か人工物の一部ですね」
「……ここは普通人通りがあるような道ではないよね」
「ええ」
「他に落ちてないか探してみてください」
道から外れた草の影、茂みの中、低木の根元。注意深く探してみると、十数片の木片と思しきものが見つかった。
「明らかに人工物だね。よく気着いたね」
「モノクルのおかげですね」
識別は対象を細かく設定できるけど、現在はある程度のサイズ以上の生物と人工物に設定してある。
石とか折れた枝とかには反応しないけど、獣や魔獣、それにコレの様な人の手が加わった物なら教えてくれる。
「並べてみましょう。…………解析」
集まった木片を解析すると、いくつかは1つにくっつきそうだった。曲がったパーツもある。おそらくは……。
「……車輪の一部の様だね」
「ええ。それも、結構古いですよね」
破片は木製の車輪とスポークの一部。折れ方から言って、おそらく何か引っ掛かってスポークが壊れ、自重で車輪が逝ったのだろう。
ただ、この車輪は古い。木片の年季の入り方もそうだけど、現在この世界で主流の車輪は規格化されていて組み上げ式ならスポークは12本。これは8本で車輪のサイズも小さいから、20年以上昔の物になるはずだ。だけど壊れたのはおそらく最近。
「隠れ里で使っている物の可能性はありますか?」
「……はい。その可能性は高いと思います。外との交流は限られていたので、村ではまだ使えるものを新しくするほどの余裕は無いようでしたから」
だとすると、ここまで来て故障したか。……くっつかない破片があるのが気になるな。こっちも車輪の一部っぽいけど……壊れた車輪を持っていく理由がわからない。
「ここで荷馬車が故障した場合、ここからハルトに行くのと村まで返るの、どっちがマシですかね?」
「村に戻ると思います。道中説明した通り、魔獣除けを行った小屋がいくつかありますが、ここは1つ目の小屋と2つ目の小屋の間で、だいぶ奥の方のはずです。それでも人の足だと1日以上はかかると思いますね。ハルトの近くであっても、街道に出ていなければ助けは呼べませんから、結局村に戻ると思いますけど……」
「……それもそうか」
街道での事故なら冒険者ギルドや商人ギルドに助力を願えばいいが、隠れ里への路だとそういうわけにも行かない。行商人がそんなところを通る理由は無いから、一発でばれてしまう。
「ハルトに立ち寄って無いことから、ここで何かがあったは確定ですね」
「……そうだね。だけど、逆にそれ以上の事は分かりそうもないね」
「ええ、確かに」
試しに周囲に解析を掛けてみるが、気になる情報は上がってこない。
「……行きましょうか。ここに荷馬車が転がってない以上、村に行けば何かわかるでしょう」
単なる事故であれ、魔獣に襲われたのであれ、不測の事態があったこと、その後誰かがここを片づけたのは事実だろう。村まで行けばはっきりする。
再度狼に跨って隠れ里を目指す。
「良かったわね」
「……何がですか?」
並走するサクラさんのセリフに首を傾げた。
「荷馬車らしきもの、片づけられてたんでしょ?少なくとも、村は無事って事じゃない」
「……そうですね」
確かに村が魔獣や蟲人に襲われて壊滅していた、なんて確率は格段に下がっただろう。だからと言ってよかったとは限らないと思うけど。ただ、今でも年に何件か開拓村を放棄して撤退、みたいなニュースがあるらしいので、そういう意味では確かに良かったと言えるだろう。
『……臭うな』
小一時間ほど順調に走り、村まで後少しと言ったところで、レオンがボヤくように呟いた。
「どうかしたか?」
『厄介なのが近くに居るみたいだ』
もう直ぐ目的地のはずなのに……この旅のラスボスってとこか?
『後ろから来るぞ!』
イゴールさんの叫び声と共に、嫌な羽音が聞こえて来る。振り返ると見えたのは、黄色と黒のコントラスト。
「うげっ!」
「ラッキー!」
樹々の間を器用に飛び回って居るのは……蜂の蟲人!
身長は1.5メートルから2メートルほど、薄い4枚羽を巧みに操り高い飛行の能力があり、毒のある尾針を用いて集団で狩りをする、蟲人の中でもトップクラスで危険度の高いやつだ。
「振り切れるか!?」
「無理だな。応戦するぞ!」
地面を削りながらレオンがターンし、それにサーヤとイゴールさんが続く。メアリーさんを乗せたベラさんが真横を抜けて行った。
「もし女王が出たら女王はあたしに狩らせなさい!」
イゴールさんから飛び降りたサクラさんは、既にハルバートを構えて飛び出していく気まんまんだ。できれば荷物の切り離し作業をしてほしい。
「六の散弾!魔弾」
サーヤに乗ったラーンさんが魔術を放つが、蟲人達は散開してそれを避ける。って、多いな!3、4、5……10匹以上いる気がする。
『早く降りろ!』
「わかってるっ!」
金具を外して地面に降りる。オオカミ達の鞍についている重い荷を切り離し終えた時には、蟲人達はもう目の前だ。
「我が魔力を持って、われらを守る盾とならん!多重盾!」
ラーンさんの詠唱で、全員の身体を透明な膜が覆う。こっちも準備OKだ。
「行くわよっ!」
サクラさんが掛け声と共に飛び出して行った。戦闘開始だっ!
最初の一匹目は、横凪に振るわれたサクラさんのハルバートを胸元に受け、身体を両断されてあっけなく地面に転がった。
流れるような動作で次の相手にハルバートを振るうと、かすめた腕が舞ってボトりと落ちる。
しかしその間に数匹がサクラさんを飛び越えてこっちに向かってくる。ぼっと眺めている余裕は無い。距離は10メートルと離れていない。一瞬だ。
「炎弾!」
ぎりぎりまで引き付けた瞬間、発動した魔術が直撃し炎と煙を上げる。たいした威力では無いが、一瞬動きを止めるには十分。
「でいっ!」
掛け声とともに振り下ろした剣が頭を捕らえ、胸から腹へと到達する。まず一匹。
毒針を前に突っ込んできたもう一匹の攻撃を盾でいなし、すれ違いざまに剣を振るう。こいつは羽に当たって地面に落ちた。そこにレオンが飛び掛かり頭をかみ砕く。これで2匹目。
『頭をつぶした程度では止まらんそ!離れて戦え!擬態』
イゴールさんが巨体の牙狼族へと姿を変えると、同時に魔術によって作られた巨大な戦斧を振るう。警戒していなかった1匹にクリーンヒットし、体液をまき散らしながら木にぶつかって爆ぜる。こっちに来たのはこれで3匹目。
「三っつ!」
サクラさんの方を見ると、ちょうどハルバートが相手の胸板をぶち抜いたところだった。ソレを振り回し、遠心力で器用に群れの方に投げる。相変わらず強い。
「上から来るよ!十五の連弾!魔弾!」
蜂達は上空から急降下で攻めることにしたらしい。ラーンさんの魔法陣から不可視の衝撃波が時間差で放たれる。数発が羽に掠めたらしく、落ちてきたところをレオンとサーヤの雷撃が襲う。
っとと、あんまり周りを気にしてばかりも居られない。
「こんにゃろっ!」
ラーンさんを狙う蜂の前に立ちふさがって剣を振るうが、急上昇でうまく交わされる。それと同時にこちらに向かってきた奴は何とか盾で防いだ。
サクラさんが突出して引き付けてくれているおかげで、こっちに回ってきているのは数匹だけど……それでも飛ばれると辛いな。
遠距離攻撃の手段が……っと、そういや弓がありましたっけ。
「イゴールさん!前衛としてカバーを!」
地面に剣を刺して弓に持ち帰る。久々だな。
「当たるのか?」
「相手が止まって居ればなんとか」
モノクルを距離モードに切り替えて照準代わりに。イゴールさんに追い払われて舞い上がった一匹を狙う。
ビンッ!っと弦の弾ける音がして、放たれた矢は蟲人の胸に突き刺さった。よっしゃヒット!
「滞空大好きな蜂さんはこれでもくらってろ!」
続けざまに放った矢がさらに2匹の胸に、腹に突き刺さり、フラフラと地面に落ちる。そこへ雷撃が飛び、順次無力化していく。
突っ込んでくる奴はイゴールさんが対処してくれるからかなり楽が出来る。
「こっちにも来てますぅ~」
「魔弾」
「炎弾」
視線を送った先では、ベラさんに乗ったメアリーさんが追いかけられていた。とっさに撃った俺とラーンさんの魔術がかすめ、牽制に成功する。
「大丈夫ですか?」
「な、なんとかぁ~」
くっそ、数が多いな。
サクラさんがガンガン捌いているのに、こっちに向かってくるヤツは増える一方だ。
「……多すぎるな」
イゴールさんが顔をしかめる。
「蜂の蟲人は10匹単位くらいで狩りをする習性があるはずだけれど、すでに20匹近くいるね。……近くに巣でもあるのかね?」
「一応道のそばですよ?こんなのが巣作りしてたら、それこそ里の危機ですよ」
「ごめん、言っといてなんだけどちょっと良いかな?」
「サクラさん!?」
最前線で一人暴れていたはずのサクラさんが戻ってきてる。
「どうした、鬼の娘。鬼の力はその程度か?」
「いや、これでも10匹以上倒したのよ?さすがに数が多いなぁって思ったら、ほら」
サクラさんが指をさした方向には……。
「うわ……」
「自分で言っておいてなんだけど、この時期ならもうとっくに巣作りにいそしんでるはずなんだけどねぇ」
体長3メートルになろうかと言う女王バチが居た。
「……ハグレかね。また嫌な物に出くわしたものだ」
「女王ごと群ではぐれてるなんて、聞いた覚え無いですけど?」
「追われたんだろう。討伐失敗とかでたまにあるよ」
「なんでもいいけど、さすがにあれを1発で仕留めるのは難しいから、援護頂戴」
「話している間に囲まれているんですけど~」
ん~……こいつは困った。
サクラさんと合わせて半分近く仕留めているようだけど、まだ20匹弱は良そうな感じ。こりゃ気を抜くと一瞬で死ねる。
「後矢は4本っ!……これで3本。厳しいですね」
ヒット率8割ってところだけど、矢の本数が足らない。蜂に刺さったやつはその後の狼の雷撃で丸焦げにされているので、再利用は難しそうだ。
「持久戦なら何とかなるんだけど、あれに突っ込んでこられるとね……来る気みたいよっ!」
ひときわ大きな針をこちらに向けている。カチカチと言う威嚇音がとても煩い。どうやら獲物ではなく敵として認識されたらしい。
「来るわっ!」
「サーヤ君、すまないが背中を借りるよ」
ベラさんが飛び出し、ラーンさんがサーヤに飛び乗ってそれに続く。レオンは……一人で離れやがったっ!
まっすぐこっちに向かて突っ込んでくる女王蜂。こいつは炎弾や矢くらいじゃ止まらないなっ!
「なけなしの一発っ!有効活用してくださいよっ!風障膜!」
弓を放り出して剣を引き抜き、身を反らしながら現状最も有効であろう魔術を発動させる。
風障膜は風の膜によって壁を作り、投石や矢と言った飛来物を防ぐ魔術である。本来は防御に使うものであるが、その本質は空気を操作する魔術。
蟲人は飛行に魔術を用いているが、それは羽と合わせての物である。操作された空気の層にぶつかれば、その身は防げずとも羽は空を切り、体勢は崩れる。
「アキト、ナイス!」
俺は突っ込んでくる巨体を避けるので精いっぱいだけど、サクラさんとイゴールさんはそうではない。
転がりながら視線を向けた先では、女王バチの薄い羽が宙を舞って、その巨躯は地面を転がった。
「っ!」
悠長に見ている時間は無いのよね!地面を転がって跳ね起きると、すでにほかの蜂が急降下してきてる。
「このっ」
とっさに振るった剣は空を切る。剣を避けて一匹が舞い上がると同時に、別の一匹が飛び掛かって来きた。連携ってか!?
盾で弾くが、勢いを殺しきれない。くそッ!今ので盾が切れた!
目の前に蜂の大あごが迫る。ヤベェ!サークレットもつか!?
しかしそれは杞憂で、次の瞬間には目の前から蜂が消えた。
『何をやっている』
かたい殻がバキリと音を立ててかみ砕かれる。レオンが目の前の蟲人に飛び掛かってくれたらしい。そしてその背中に向けて、今まさに針が伸びているって!
「こなくそっ!」
全身のバネを総動員して、起きると飛ぶと斬るを同時に、放った斬撃は蜂の腹に食い込み臓物をまき散らして背後へと抜けた。
『礼は言わぬぞっ!』
「そっくり返すよっ!」
地面に落ちた蜂にとどめを刺す。だけどそれ以上に気を配っては居られない。避けた方向が悪かったか?
飛び掛かって来る蜂の針を剣で、盾て、数度いなす。波状攻撃が辛い。背中にレオンが居るからまだましだけど、レオンは防御出来る範囲が狭いからこっちがフォローしなきゃならないし、長くはもたないか。
「七の散弾!魔弾」
「ラーンさん!」
攻撃を仕掛けようとしていた蜂にラーンさんの魔術があたり動きを止める。
「すいまない!フォローを怠った」
「いいえっ!」
「私も少しだけお手伝いしますね!……炎焼矢」
メアリーさんが懐から取り出した紙を掲げで力ある言葉をつぶやくと、そこから炎の矢が飛び出して蜂の蟲人を貫き一撃で絶命せしめる。
……おお、符術。それにファイアじゃなくてフレア……炎弾より5~6段階上の魔術だ。
「凄いですね」
一撃で仲間を丸焼きにした魔術に蜂たちも脅威を感じたのか、蜂たちの威嚇音が強まる。それに合わせて飛び掛かって来るのが少し収まった。ありがたい。
「はい。でも虎の子の1枚……ではありませんが、あと2枚しかありません」
「……それは大事に取っておいてくださいね」
符術は護符や魔術のスクロールを用いた魔術の総称。詠唱魔術とか魔法陣魔術とかと同系統だと思ってもらえればいいけど、魔法陣の様な特殊な幾何学図形や文字を書いた札を媒体にして魔術を発動させる。
作成には魔術を発動させやすい特殊な紙やインク、それに筆記具が必要で、作成にも高い技量が居るため、魔術の中では触媒を多量に使う儀式魔術に次いでお金のかかる魔術である。
普通自作できる符術士は多量に符を持ち歩くので、メアリーさんは使うだけなのだろう。冒険者登録もしていないし、護身用と言うところか。帰りもあるのだ。こんな所で切り札を使い切られては困る。
「結構まずいよ。どうする?」
蜂たちは牽制を交えて波状攻撃を仕掛けてくる。ラーンさんの魔弾はヒットしているが仕留められるほどではなく、追撃はほかの蜂に阻まれて困難。
オオカミ達の雷撃も取り囲まれている状態では放てない。このままだと数の多い蜂たちに体力を奪われて、やがて崩れるだろう。
だけど、そこは心配していない。
「あと1分も持ちこたえれば大丈夫です」
護衛の蜂達を薙ぎ払いながら、サクラさんが女王蜂の目の前へと迫っている。イゴールさんがフォローしてくれているし、あっちの決着は目の前だ。そこまで粘れば後は何とかなる。
「当たれっ!」
メアリーさんに向かってくる蜂にナイフを投げつける。当たりはしたがダメージはほぼないだろう。それでも牽制にはなる。
自分に向かってきた蜂は盾で払い、レオンを狙うやつは剣で受ける。体重を載せていない一撃ではダメージにならないが、すでに半数やられているだけあってかなり警戒してくれている。
ラーンさんは器用に多重詠唱で魔弾をバラまいている。羽をかすめるだけで体勢を崩せるので効果的だ。
そうして数十秒、おそらく1分は経っていないであろう、長い長い時間が過ぎて……。
「獲ったわよ~!」
女王蜂の頭を叩き潰したサクラさんの叫びと共に、蜂たちの襲撃は終わりを迎えた。
お久しぶりです。hearoです。
仕事が忙しく(その反動でプライべートはDQビルダーズ→Civ5→DQ11とゲーム三昧だった結果)前回の投稿からずいぶん開いてしまいました。
夏休みは何とか取れそうなので、次回も8月中には更新できるように頑張ります。