うさぎの主と魔王の盟約 5
「……ああ……疲れた」
そう呟いて思わず地面に腰を下ろしてしまった。魔術の使い過ぎだ。体力がついていかない。
「そうそう、他の人間には、俺が魔王と同じ言葉を話してるとか言わないでくれよ。俺はただの人。名前はアキト。そう呼んでくれ」
両手で大きく丸を作る。交渉が終了したサインだ。
『……イイダロウ。ダガ、オマエヲ、シンジタ、ワケデハナイ』
「おーけーおーけー。……この片言は何とかならんかな」
魔王に報告がてら聞いてみるか。
この様子だと、下手をすると行く先々でからまれる事になりかねない。
「お疲れさま」
それからすぐ、離れていたサクラさんがやってきた。消音の魔術は解かれたのだろう。
「サクラさんも。と、言っても、日暮までに子兎が来ないとまた面倒なことになりますけどね」
無事に連絡が行っていることを祈るばかりだ。
「一応、追加で連絡員を出すらしいわ。街道は一本道だし、走っても邪魔が入らなければ街まで一時間もかからないから、大丈夫だとは思うわよ」
日暮れまではまだ3時間以上あるはずだ。最初の連絡員は町についている頃合いだろうし、こればかりは心配しても仕方ないか。
「他の皆さんは?」
「体力消費が激しいけど、無事よ。グスタフさんもね」
グスタフさんが使った魔術……重力軽減だっけ?俺も聞いたことがない。
字面からすると、軽量化とか重量化と言った重さに干渉する魔術の系統だろう。主がつんのめったのを見ると、重量を軽くする系統……しかも範囲かな。軽量化は肌に触れるほどの距離じゃないと効果がないはずだ。
唱えた時の条件を考えると、魔力も体力も馬鹿にならないはず。倒れるのもうなづける。……しかし、グスタフさん魔術もいけたんだね。そっちの方が驚きだよ。戦士系だと思ってたのに。
「ラーンさんは治療に回ってるわ。グスタフさんは天幕で休みながら支持を出してる。アキトはどうする?」
「ここで待ちですね。できる事と言えば、うさぎに身の潔白を示すことぐらいです」
ごろんと寝転がる。ああ、疲れた。天気もいいし、風も涼しいし、このまま寝てしまいたい。
「……付き合うわ」
サクラさんが隣に腰を下ろした。
時間は短かったが、サクラさんにとっても大変な戦闘だったようだ。うっすらとだが汗がにじんだ跡が見える。
「結構本気で切っちゃったんだけど、あれは大丈夫なの?」
「主の傷ですか?どうなんでしょうね」
少なくとも、さっき話していたときは特段気にしてもいなかった。
『コレクライハ、タイシタコトハ、ナイ』
「……大丈夫だそうですよ」
主のほうを見ると、体の周りに魔法陣が浮いている。治癒魔術だろう。
『ムシロ、オマエニミセラレタ、センコウノホウガ、キイタクライダ』
そういえば、回復にかなり時間を掛けていたな。
「あたしには聞こえないんだけど、喋ってるの?」
「ええ、まあ」
翻訳魔術は音をキーとして発動していると思ったが……ちょっと理論的には違うのだろうか?主が喋っている感じじゃないんだよなあ。
そういえば、気になってることがあったっけ。
「……主ともなると、魔法陣魔術も簡単に使えるもんなんですね。ほかにも人の言葉をしゃべれるうさぎはいるんですか?」
『……コレハ、ワガトモガ、ツタエテクレタチカラ。ヌシダカラデハナイ』
トモ……友……話の流れからすると……魔王が?
思わず体を起こす。
「魔王が……教えたんですか?」
『ソウダ。コレハ、ヒトノチカラ。アイツハ、ワガドウホウノタメ、チカラヲフルッタ』
魔王が……魔獣のために……か。
……まあ……なくは、無いか。蟲人との和解も考えたやつだし。
『コトバヲモチイテ、シコウヲデキル、ドウホウハスクナイ。ワガトモハ、リセイトヨンダ。ソレヲタズサエタモノハ、ワレトトモニ、ヤシロノモリニアリ。イマダ、ヒャクニハ、トオクオヨバズ』
「……百に、及ばす。多少はいるってことかな」
「何の話?」
「会話ができるうさぎの話ですよ」
俺たちがこの丘で狩った……殺したうさぎは、翻訳魔術でも言葉を理解できなかったし、子兎たちもそうだ。
俺は同じ言葉を話す存在を食うなんてまっぴらごめんだから、その方がありがたい。
「私を除いて、何を面白そうな話をしているのかな?」
おおっと。研究者様の登場だ。知的好奇心に巻き込まれるのは御免だよ。
「別に大した話はしてませんよ」
「ははは、私が高々応急手当ぐらいで、主から耳を話すと思ったかい?」
「……………………」
『……キキオボエノアルコエダ。……ノ、ソダテノヒトカ』
「お初にお目にかかります。風の丘の主様。かつて、社にて子兎の世話を賜った龍人にございます。もしよろしければ、少しお話を聞かせ願えますでしょううか?」
ちらりとこちらに目くばせをする。通訳しろってか?
「……話がしたいといってますけど?」
『ワカル。ムシロ、ナゼヌシラハ、ワガコトバガ、ワカラヌカ』
そりゃきっと声帯とか可聴音域とかが違うせいだ。俺の翻訳魔法が偶然働かなきゃ、魔王が出張ってくるまで事態の収束はなかっただろう。
それにしたって片言だしなぁ。
「こっちの言葉はわかるそうですよ。なんでですかね?主の言葉は……俺が通訳すんですかね?」
「もちろんだとも」
すっげぇ疲れてるってのに。通訳料を取りたいぜ。
ラーンさんの質問は、おおむね話していた内容と被る。
簡単にまとめると、うさぎの中には人語を用いて思考する個体がわずかながら存在するらしい。とりあえず、次世代うさぎとしとこか。彼らは風の丘の東北エリアにある社の森に集まって住んでいる。
普通のうさぎは人の言葉で表すなら、明確な意識を持たない。好きと嫌いの二つの感情が主で、多少のバリエーションがあるくらい。
主にとって、次世代うさぎであることは大きな意味を持つらしい。次世代うさぎは最近増え始めたらしい。ただ次世代うさぎの能力は子に遺伝せず、現状は突然変異レベルの個体発生にとどまっている。魔王と出会った20年ほど前は主しかいなかったようだ。
主が人の言葉で思考するのは、うさぎ語が無いから。この辺は、先に人類語があったので影響を受けたかな。北のカエルの主、東の狼の主も同じ。ただ、理性を持ったカエルはうさぎより少なく、逆に狼たちは多くが言葉を話すらしい。
丘で同胞が殺されることについて思うことは無いのか?という非常に微妙なことも聞いてくださったが、主の回答は特にないだった。
主にしてみると、是が非でも保護したい次世代うさぎは森で守っていると。それ以外の春兎については、半分違う種として認識しているらしい。
……牙狼族とかが、狼にシンパシーを感じないのと同じかな。地球人類としては、自分たちと近い外見の種族が居ないこともあってよくわからん感覚だな。
それとも単に弱肉強食な世界に生きているだけか……。
「すばらしい。今日だけで5年分は研究が進んだよ。なんていい日だろう」
……はいはい。
『ハナシニキイタトオリ、リュウジンハ、チシキニドンヨクダナ』
「そういう種族らしいですからね。もう良いですか?」
「ああ、すまない。少し整理せねばならないな。……もし良かったら、また話を聞かせてもらえないだろうか」
「……と言っていますが?」
『メイヤクガハタサレルナラバ、ヤシロノモリニクルガイイ。……ガ、アイテヲシテクレルダロウ』
「……誰ですって?」
『ソヤツガヒロイ、ソダテタ、ウサギノコダ』
以前ラーンさんが育てたと話していた子兎は、次世代うさぎになって居たのか。うさぎの名前が聞き取れないのは翻訳のせいかな?調整が必要かもしれない。
「社に来れば、前にラーンさんが面倒見た子が答えてくれるそうですよ」
そう伝えると、珍しく本気で驚いた顔をする。
「あの子が。そうか、まだ元気にしているか。懐かしいな」
ラーンさんが子兎を育ててたのっていつ頃なんだろう。外見の年齢から推測するに、2〜3年前かな?まさか丘の研究の初期段階が子兎育成じゃないだろう。
「自分が育てた子と話せるなんて、こんなにうれしいことはない。近いうちに必ず伺わせてもらいますよ」
そういえば、ラーンさん財布は見つからなかったのに子兎用のゲージはすんなり出てきたっけ。飼育道具を手入れして居たんだろうか。
いろいろと思い入れがありそうだな。
しかし、人に育てられたうさぎが次世代うさぎになるのか。
変異の原因は何だろう?数万年規模で世代交代して発生する進化が、単独世代で行われている感がある。
気になるね。俺たちが保護した子兎の中からも、次世代うさぎが出たりするんだろうか。
「……あの……ちょっと俺から質問いいですかね?うさぎの……」
『……キタカ』
俺の発言を、うさぎの主がさえぎった。
「アキトさん〜、サクラさん〜、お待たせしました〜」
ポンさんの空気を読まない能天気な声が丘に響く。どうやら街からの馬車が到着したようだった。
「こちらで保護した子兎は5匹です〜。街道の南側……こっちがわですね〜。そこで4羽、北側で1羽と聞いています〜」
ポンさんが保護した時の状況を説明してくれる。
連れてきた子兎たちは、寄ってきた母兎たちから乳をもらっている。
……子兎5匹に対して母兎……十数羽?いや、多すぎないか?
「数……足りてませんよね?」
『シラヌ』
知らぬって……。
「いいんですか、あれ?」
『ホンノウテキニ、アアシテイル。ニオイガキエテイテ、ダレノコカ、ワカラヌモノモオオイ』
「そんな適当な」
『ワレガ、シッテイルノハ、ニワ、ノミ。オヌシガツレサッタモノト、ワガドウホウノコ。ソノニワハ、カクニンシタ。モンダイナイ。メイヤクハ、マモラレタ』
主が鳴いた。俺たちにはほとんど聞き取れない声だけど、うさぎ達には劇的な意味があったようだ。
周囲に集まっていたうさぎ達が散っていく。
「……無事、決着がついたようですね」
「グスタフさん。大丈夫ですか?」
「久々だったので正直なところ体はきついですが……少しくらいは大丈夫ですよ」
職員に運んでもらっていた椅子に腰を下ろす。かなり体力を消耗しているようだ。
「丘の主よ。このたびは知らぬこととはいえ、余計な心配をかけたこと、改めてお詫びをいたす。これまで通り、ともに盟約を守っていけるか?」
『ソレガ、ワレノノゾミ』
「主もそれを望んでいるそうですよ」
「……よかった」
『モリヲデタドウホウニ、モドルヨウツタエタ。アトハ、メイヤクニシタガイ、スキニスルトイイ』
外のうさぎも戻るように指示はしたようだ。戻って来るかは個々のうさぎしだいなので、あとは主は干渉しないとのこと。
こればっかりは仕方ない。春兎はめったなことでは連携しないから、帰らない個体は人手を使って追い立てるしかないな。
「これで一件落着、ですかね」
「そうですね〜。……私としては、もう少し長く面倒を見るつもりだったんですが〜」
ポンさんがしょぼんとしている。稼ぎ口が思いのほか早くなくなってしまって、明日の生活を考えているのだろうな。
『……ソウデモナイ』
主のほうを見ると、1匹の母兎と思しき個体が、何かを話していたようだ。
「何か問題が?」
『モンダイカハ、コレカラワカル』
主がそう告げたタイミングで、駆け寄ってきた子兎の一羽が大きく跳ねて顔に向かって飛びついてきた。
っと、っと、あぶねぇ!
「こらっ、突然飛び掛かって来るんじゃないって」
成れていなければひっくり返っているところだった。
「あ、もう一匹。こっちはピーターね」
サクラさんが同じく寄ってきた子兎を拾い上げる。ピーターは生命力活性化を掛けた一番小さい子兎だ。
跳びついてきたのはアリス。俺たちが拾った子兎だな。子兎は似たような模様だったけど、動きでわかる。
『ソノニワハ、スデニ、イシヲモツ。ホドナク、ヒトノコトバモ、モツダロウ』
「こいつらが?」
確かに、ずいぶんと物分かりのいいと言うか、よく話を聞く子兎だけどさ。
『ホカノ、サンワモ、カノウセイヲモツ。イヅレ、ヤシロノモリニテ、トモニスゴスダロウ』
残りもか。……次世代うさぎになるには、人とかかわることがカギだったりするのかね。
「どーしたの?」
サクラさんが首をかしげる。主の言葉を聞こえないから、俺が何かを話しているくらいしかわからないか。
『ツレテイケ。ニワモ、ソレヲノゾンデイル』
「え?」
『コドモタチガ、ヒトリダチヲムカエ、ヒトノコトバヲエタラ、マタ、ヤシロデアオウ。ソノヒヲ、タノシミニ、シテイル』
主は首をもたげる
「ちょっとまっ!おいっ!」
『イズレマタアオウ。サラバダ』
止める間もなく大きく跳ねた。一跳びで小高い丘を越えると、あっという間に見えなくなる。
それと同時に、周りを囲んでいた春兎も散っていき、丘は静けさを取り戻した。
……連れて行けって……面倒見ろってか?
「なに?何がどうしたの?この子たちの親は?」
「……面倒見ろって」
「……ほほう」
ポンさんが目を輝かせる。
「どうしてまた?」
「子兎が望んでるって、……いずれ人の言葉を話す兎になるから、その時に社の森で会おうって」
「……ほうほう」
ラーンさんも目を輝かせる。
「……ずいぶんと面倒なことになりましたな」
グスタフさんは困り顔だ。
「へぇ〜、この子たちがね。まぁ、主がいうなら仕方ないわねぇ。よ〜し、今日からお前たちはうちの子ですよぉ〜」
サクラさんはなんか楽しそうだ。
「……………………」
子兎はスリスリと体をこすりつけて、マーキングに余念がない。
「……はぁ」
俺は思わずため息をついた。……こいつらが人の言葉を話すようになるって……いつだよ。
見上げた空は澄み渡り、風はやさしく丘を通り過ぎていく。
風の丘で俺が引き起こした騒動は、こうして一時の閉幕を迎えた。
予定よりずいぶんと遅くなってしまいました。そして2章最終話の予定でしたが、エピローグは次話に持ち越しになりました。
次は短めのエピローグを近日中に投稿予定です。




