うさぎの主と魔王の盟約 4
土曜日投稿です。現在土曜日の24時です(ぉ
ビンゴ!
だけどその瞬間、主が大きく飛び上がり、こちら目がけて振って来る!
「避けて!」
つってもバックステップでかわせる速度じゃぉぉぉぅ!?
サクラさんに引っ張られて、主の着地点から何とか抜け出す。
「理力の盾!」
「束縛網!」
それとほぼ同時に、ギルド職員さん達が放った魔術が主の動きを阻害する。どちらも上位魔術。伊達に前線まで出張ってきてないね。
「あたりですっ!でもおとなしく話を聞いてくれる気はなさそうですっ!」
主は轟音を上げて着地する。
理力の盾は動きを阻害する系の盾、束縛網は名前通り束縛糸の上位版だ。
主は多少動きづらそうにしているけれど、止めるには至っていない。
『カエセ、メイヤク!アラタナオウ、チカラヲ、シメス』
アラタナ?なんだ?
なんにしても、主は俺を狙っているようだ。
取り巻きのうさぎ達は今のところは傍観をしているらしい。
開戦の合図は上げていないから、集落の外で待機している冒険者たちも動いていないはず。
一斉に襲われて乱戦になったら全滅は必至。主はどういうつもりかわからないけど自分でやる気らしいから、その場合は集落に残っているメンバーで対処する。
矢面に立つのは俺とサクラさん、そしてラーンさんの3人。これはあらかじめ話あって決めていたことだ。
「前に出ます!サクラさんも」
あの巨体だ。走り回られると厄介極まりない。
押しつぶされる可能性もあるが、運動エネルギー的には加速する前のほうがいくらかましだろう。
「話を聞けっ!閃光!」
まばゆい閃光があたりを襲う!
2度目だけど……ダメか、目をつぶられたっ!
前回見せた防御障壁は、やはり轟音を警戒しているのだろう。こうなると打つ手が限られてくる。
「魔素吸収」
抜刀。それとともに鞘に括り付けた魔石に魔素吸収を発動して、魔力を補充する。
「いい子だから少しおとなしく話を聞きなさいっ!」
サクラさんが飛び込んで切り付けるが……やはり弾かれている感じだ。
「子供は返す!だから話を聞いてくれっ!」
『……ワレハ……ミトメヌ!』
話がかみ合ってない!頭に血が上ってるな!
それに翻訳魔術にノイズが多い!なんか祖語が発生している。
「多重盾」
ラーンさんの防御魔術が発動し、周囲を不可視の障壁が覆う。
多重盾は盾の発展系だ。1枚1枚は通常の盾と変わらない防壁。それを同時に多人数に掛けたり、1人に複数枚重ねたりできる。
術者以外は何枚かかってるかわからないという問題はあるが、そこはラーンさんを信じるしかない。
踏み込みと同時に切り付ける。障壁によって阻まれるの予想通り。
次の瞬間には前足の一撃が飛んでくるけれど、これは体をひねって避ける。
目の前に鼻!頭でのすくい上げは、何とか盾が持ちこたえた。
踏み込んで手を伸ばす。左手が主の毛に触れたところで魔術を発動。
「平静!」
しかし次の瞬間には頭が落ちてきて、それをサクラさんに引っ張られて避ける。ダメかっ!
現在ステータスカードにセットしているのは、閃光、魔素吸収、盾、応急手当、魔力霧散、束縛糸、忍び足そして平静。
平静は精神操作系に位置する魔法で、対象の心を落ち着かせてリラックスさせる効果がある。主に吸魔族が得意とする術だ。
状況から言ってうさぎの主を倒すことは困難。だから落ち着いてもらえるならその方がいい。
戦闘になった場合は、平静を使ってできる限り早急に場を治める。ラーンさん、グスタフさんを交えて話し合い決めた作戦だ。
「よっ……とと。やっぱり毛の上からじゃダメですね。魔素吸収」
平静の問題点は、毛の上からでは効果が薄いこと。これはいろいろ試して検証済み。
髪の毛など感覚のない部分ではなく、皮膚などに直接触れなければおそらくほとんど効果がない。そして出来れば頭に近い方がいい。
一応は魔法に位置する術なので魔力消費は小さいけれど、使用条件が結構きつい。
うさぎは全身を体毛で覆われている。薄いのは鼻先くらいか?
少々痛いのを我慢してもらって毛を刈りたいところだけれど、こう刃が通らないとそれも難しい。
回避に専念しながら魔力を回復する。
偶にサクラさんが切り付けているけれど、あまり効果は上がっていない。束縛糸などの呪文も、動きを止めるには至らない。
持久戦は不利。少なくとも俺は子兎が来るまで戦線を維持し続ける体力がない。
どうする?もう一度閃光を試してみるか?
そう思案していたそのとき、頭上に魔法陣が浮かびあがるのが見えた。
背後で轟音が響く!
なにが起きた!?
振り向くと草が舞い、地面むき出しになって居るのが見えた。ギルド職員と思しき人が二人ほど膝をついている。
「攻撃魔術ですっ!」
まずい!そんなこともできるのか!
幸いにして一撃で致命傷になるような術ではないようだけど、後衛の復帰には多少時間がかかりそうだ。
「このっ!」
サクラさんの攻撃もほとんど届いていない。
主は避ける様子もないしし、このままじゃ一気に崩される。
「合わせて!魔力霧散」
拡散防壁対策のキャンセル魔術を発動。
サクラさんの剣が振るわれると、うさぎの毛が舞った!
『イタイ!?』
良しっ!効いてる!
魔力霧散は周囲の魔力を霧散させて、展開されている魔術の効果を無効化・弱体化する魔術だ。対魔魔術とか言われるこの系統、いくつか種類はあるけれど常時発動系にはこれ。
欠点は魔力の消費が大きい事で、使いどころが難しい
『コイツ!ジャマ!』
どうやらサクラさんに注意が向いたようだ。今のうちに魔力を回復しておく。
「っ!早いし、まだ硬いっ!」
「魔力霧散の効果は一瞬です!気を付けて!」
常時発動系と呼ばれる魔術・魔法は主に魔獣たちが使う。人類だと肉体を持たない幽鬼族などもこれによって存在を維持している。
この効果の厄介なところは、当人の意思にかかわらず発動しつづけ、止められない点だ。魔力霧散は一時的に効果の発生を妨害するけれど、それが止まれば自動で修復されてしまう。
今の俺の魔力量だと、主の一部に一瞬掛けるのが限界。効果時間は持って2〜3秒って所か?すでにサクラさんの剣は障壁で弾かれている。
それでも、自分を傷付けるかも知れない相手が周りにいるのは落ち着かない。耳元で蚊に飛ばれるようなもんだ。
「束縛糸」
光の糸が主の耳に絡みつく。これはラーンさんか。主もうさぎ。耳に違和感があるのは嫌らしい。激しく頭を振っている。
「魔力霧散!」
サクラさんの一撃に合わせてさらに追撃。効いてる!
もともと体がデカいせいで即座に大きなダメージは与えられないけど、主の集中力を乱すだけの効果はある。
そして意識の向け先がバラバラになれば、それだけ他の魔術の効果も乗ってくる。
『グッ!』
傷ついた前足を束縛網でからみ取られ、動きが止まる。
今ならいけるか?魔力は……25。平静は発動できる!
意を決して主に向かい一歩を踏み出そうとしたその瞬間。
『ジャマヲスルナ!アラタナオウ、ワタシトタタカエ!』
吠えた。
主の周りに、無数の魔法陣が浮かび上がる。まずい!そう思った瞬間、主が飛びのく。
「盾」
「多重盾」
「理力の盾」
それぞれが一斉に防御魔術を展開したそのとき、不可視の衝撃があたり一体に降り注いだ。
轟音とともに草花と土煙が舞う!状況は!?
とっさに張った盾のおかげで、何とか耐えることができた。この世界の攻撃魔術が威力無くて助かった。
短く後ろに視線を向けると、ダメージはありそうなものの、倒れている物はいない。さすがだね。
「アキト!詰めて!」
サクラさんの叫びが響く。
気づいた瞬間、主が走り出そうとしているのが見えた。飛びのいたのは魔術を放つと同時に助走距離を稼ぐためか!
まずい!10メートル近く距離がある!?間に合わない!
「重力軽減!」
グスタフさんの叫びが聞こえた。
主の後方で地面が舞い上がるとともにつんのめる!なにが起きた!?
「ぜぇ……はぁ……あとはお願いします」
そう言い残してグスタフさんがぶっ倒れる。体力消費の大きい魔術を使った?
「アキト!今のうちに!」
手を伸ばす。
サクラさんに引かれて、さらに前へ!
鼻先は目の前まで下がっている。これを逃したら、後衛の復帰も絶望的!だからっ!
必死に伸ばした左手の先が、主の鼻先に触れた。
「平静!」
……主が、震えた。
「お願いだっ!話を、聞いてくれ」
そのまま主の鼻先に倒れこむ。うさぎの毛は柔らかい。
『……ワレニ、カイワヲモトメルカ』
主が小さく鳴いた。
「ああ。求める。言葉が通じるなら、俺はお前と、お前たちと話がしたい」
体を起こし、片手を振る。平静がうまくいった合図。後方ではすぐに負傷した者たちの治療が始まるだろう。
ふらつきそうな体勢を剣で支え、なんとかうさぎと向かい合う。……魔術を使いすぎたな。魔力は魔石があるからいいけど、体力が持たない。
『……ワレハ、ミトメヌゾ。アラタナ、オウ。メイヤクヲ、ジュンシュセヨ』
アラタナ、オウ?
「……子兎は返す。俺たちが連れて行ったのは、もともと親とはぐれた子供を一時的に保護しただけだ。あと1時間……日が暮れるまでには、子供たちを乗せた馬車が来る。それまで待ってくれ」
『……オマエハ……メイヤクヲ、ツヅケルノカ?』
「俺が?……魔王との盟約は健在だ。人類はここのうさぎ達とことを構えるつもりはない。確かに、ここの間で争いはある。だけどそれは、お前たちだって同じだろう」
魔王が交わした盟約の趣旨。それは平たく言ってしまえば、王同士の縄張り……地球で言えば国境を決めるようなものだ。
個人個人での縄張り……つまり生活圏の争いは発生する。丘のうさぎの数が増えれば、丘からあふれ出して田畑を荒らす。また、人類だって狩りをして獲物を得る。それは風の丘でも同じ。
だから、互いに食べるために命を奪うことを許容する。だけど種族としては、王は周りの縄張りを侵略しない。それがうさぎにとっては主が縄張りを出ないことであり、人にとっては農地や住居を作らないことである。
ラーンさんやグスタフさんが持っていた知識から得られた盟約の意味だ。
……まだ人間だったころの魔王が結んだとは思いたくない内容だよ。この盟約は、人が死ぬことを許容しているんだから。
「子供は返す。だから丘のうさぎ達も引いてくれ。引くように頼んでくれ。今、街に向けて多くのうさぎ達が森を抜けている。これは自然の理ではないだろう?」
『……デキヌ』
おおいっ!
「なんでだ?」
『メイヤクハ、マモラレテオラヌ。キンヲオカシタノハ、オマエダ。アラタナオウヨ』
「…………俺?」
『オウハ、ヤシロニテ、タガイノキヅナヲ、カクニンスル。サレド、オマエハオトズレナカッタ。ソシテ、ドウホウヲクライ、コヲツレサッタ』
ええっと……王は社にて互いの絆を確認する。だけど俺は来なかった。
……いやいや。もしかして、新たな王?え?
「……すいません。集音を切ってもらえますか?あと、誰か消音魔術を使えませんか?俺と主の周りにかけてください」
これは片方だけの声が聞こえてもまずい話な気がする。
ギルド職員の男性が、首をかしげながらも魔術を使ってくれる。
サクラさんにも離れるように目くばせ。
「……サクラさん、小さいですね」
……よし、聞こえてない。聞こえていたら剣が飛んでくる可能性もあるから、今日一番の危ない橋をわたったかもな。
「俺は魔王じゃない」
『ミレバワカル。ダガ、アラタナオウ、ダロウ』
「ちがう。どうしてそうなる!」
間違いない。何を思ったか、このうさぎの主は俺が人類の王になったと思っているらしい。
『オマエハ、ワガトモト、オナジニオイガスル。ソシテ、オナジ、コトバヲハナス』
「!!」
こいつ……俺が異世界人だということに気付いているのか。
魔王は異世界から召喚される。俺は魔王と近い世界の人間だし、話しているのも約束の地交じりの日本語だ。当代魔王は先代が生きてる間に召喚されて統治を引き継いでいるし、勘違いする要素は確かにあるけど。
『ナガキ……ナガキトキガ、ナガレタ。ワガドウホウモ、オイテ、イッタ。ヒトノオウガ、カワルノモ、シゼンノ、コトワリ』
……いやいや。魔王がこの世界に来てまだ20うん年ですよ?当人50にもなってないし、代替わりには早いだろ。
『サレド、ワレハミトメヌ。ワガトモガ、タクス、ヒトノオウガ、メイヤクヲ、ハキスルナラバ、ワレラガ、チカラヲ、シメス』
「破棄しないから!ってか、魔王は生きてるから」
『モウ、ニセダイ、カオヲミテイナイ』
うさぎの感覚で生き死にを語られても困んだよ。寿命差どんだけあると思ってんだ。しかも、あんな魔力量で人体改造しまくってるやつだぞ。あと100年は余裕で生きるね。
「人類の寿命はそんな短くないから。いや、確かにゴブリン種とか短めだけども、あいつは健在!」
『ナラバ、ナゼ、オマエハイル?』
「あいつの気まぐれ!俺は単なる冒険者!丘に来たんだって、明日の食い扶持を稼ぐためで、お前たちとの盟約なんて知らなかったしっ!」
『……デハ、メイヤクハ、オマエタチ、オノオノガ、オカシタカ?』
「犯してないっ!俺たちはそもそも子兎を狩るなとしか聞いていない。だから、轟音でここら一帯のうさぎが逃げ出した後、取り残された子供を保護する事になったんじゃないか」
そりゃ確かに、俺たちは飯の種にうさぎを狩ってたけどさ。
盟約では互いの種の個々が争うことを禁じてはいない。俺は言葉を交わせる相手を食う気はないけど、人類は食べるものを選べるほど豊かじゃない。
「盟約は続く。子供達は返す。俺やサクラさんは、確かにうさぎを狩って食った。けどそれに主のお前が出てくるのは、それこそ盟約違反だろう」
『ワレラガ、コハ、カエルノカ?』
「返すさ。あと1時間……長くても日暮れまでには連れてこれるはずだ」
『ソノ、ホショウハ?』
「俺は逃げない。魔王が交わした盟約なら、せめてもの義理だ。果たそう。お前がもし、盟約が果たされてないと思うなら、その時は魔王に文句でもいうがいいさ。間くらい取り持ってやる。嘘だと思うなら、その時はさっきの続きをすればいい。勝てるとは思ってないけど、全力で相手をしてやるよ」
『……イイダロウ。ヒグレマデ、マトウ』
うさぎの主はそう言って、ようやく地面に腰を下ろした。
ひとまずこの戦闘は決着だ。
次回で2章もひと段落の予定ですが、仕事の関係で日曜日中の更新は無理でした。
平日のどっかで更新したいと思います。