龍人族と風の丘 7
風の丘に仮設集落ができてから今日で3日が経った。
昨日、一昨日と昼間は丘にあふれ出した魔獣たちを駆除を行い、日暮前から一度街に戻ってポンさんの家に顔を出し、最終の臨時馬車で天幕に戻って休む生活を繰り返した。
初日の夜にはわらわらと湧き出してきた魔獣たちも、日を追うごとに少なくなってきている。それと同時にうさぎ達も戻ってきており、風の丘は当初の姿を取り戻しつつある。
「一応、今日で予定の3日は終わりですね」
朝食にもらったパンをカップスープにつけて食べながらのミーティング。
「夜のうちに上がった報告だと、うさぎ達は森のそばまで戻ったようだね。縄張り争いに負けたネズミやカエルが回収されてきている。とりあえずひと段落といったところだろうね」
半径4キロの範囲に散らばった魔獣を、20組ちょっとの冒険者で対処するのは中々に骨が折れた。
「そうなると、もう大型の魔獣はいないかしら。稼ぎにはなったけど、もうちょっと連携を試したかったわね」
この二日間の稼ぎは、一人当たり300ゴルほど。初日の夜の稼ぎが3時間で一人230ゴルほどになったのを考えれば少なめだけど、安全策を取った割にはいい稼ぎだった。
これは大口蛙と鉄牙猪を追加で仕留められたことが大きい。また、このあたりだと生息数の少ない甲虫鹿という鹿の魔獣を仕留めたのもいい稼ぎになった。
甲虫鹿は表皮を昆虫のような外殻で覆われた6本足の鹿だ。うさぎと同じく草食性の強い魔獣で、農作物に被害を出す害獣である。ラーンさんが束縛糸で足止めして、いつものようにサクラさんが首をはねた。こいつは弓やナイフなどの遠距離攻撃をはじくから、俺の出る幕はなかったよ。
そんなこんなで、ようやく生活費を差し引いても剣とサークレットのレンタル費用を払えるだけの金額をためることができた。
丘にいる間に月が替わってしまって6月に突入。支払期限まで半月を切った。サクラさんと二人で稼いで半月かかったから、一人だったら危ないところだった。
「連携というか……まぁ、俺の前衛の訓練にはなりましたけど。でも、今のフォーメーションならサクラさんにも遠距離攻撃の手段がほしいです」
夜戦の反省を生かして、この二日間は俺が前衛、ラーンさんが後衛、サクラさんが常時警戒しつつ各自のフォローに当たるというフォーメーションを組んで狩りを行った。
サクラさんが突っ込んで敵を殲滅している間に、他の魔獣に襲われるのを防ぐのが目的だ。
試してみたところ、カエルなら俺一人でも魔術無しでなんとか倒せる。イノシシはラーンさんに牽制をしてもらえば相手をすることができた。初日の夜に手こずったのは、夜で視界が悪かった影響が思いのほか大きかったらしい。
そんな組み合わせで戦うと、どうしても遠距離攻撃手段の無いサクラさんが待ちになるタイミングが増える。
たまに襲ってくるネズミやムカデの処理をしてくれていたんだけれど、連携というとちょっとまだ不足って感じがする。
ステータスカードの魔術が潤沢に使えるなら、俺が中衛をやるのが一番いいんだろうけど……こればっかりはどうにもならない。
「投石ならできるけど……微妙に当たらないのよね」
ちょいちょいぶん投げられてる魔王剣も、残念ながら魔獣には当たっていない。サクラさんの投石の命中率は2〜3割だろう。自分に向かってくる魔獣ならもっと命中率も上がるのだろうけど……。
「二人なら今のままでも十分だろう?いくら個々の能力が高くても駆け出しのパーティーなんてそんなものだよ。力は求めすぎてもいけない。できない事は少しづつ……さ」
それもそうか。
手っ取り早く能力を上げたいならレベルアップをすればいいだろうけど……たぶん、それじゃあダメなんだろうな。
「今日はどうします?うさぎのおこぼれにあずかるって手もありますが」
偶にうさぎによって返り討ちにあったイノシシやカエルが運ばれてくる。お手軽でよい稼ぎになるらしいのだが、そのため森の付近にはそれなりの冒険者が繰り出していて競争率も高い。
「私としては、むしろ丘の奥の方を見に行きたいね。今回の調査で、ネズミやムカデはそれなりの数が丘に生息している可能性が出てきた。昼間どの程度見つかるかはわからないけれど、痕跡の調査がしたい」
「それ、今回の仕事とは関係ないわよね……かまわないけど」
「積極的に狩らなくても平気な状態まで戻っているなら、のんびり散歩も良いですね。そうしましょうか」
ラーンさんの解説を聞きながら、風の丘をゆっくり回るのもいいだろう。
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街道を歩いて東に向かい、しばらく歩いてから南に入るルートで丘を行く。
「みたまえ。西のエリアより蟻塚が小さくなっている。一定数のうさぎ達が戻ってきている証だ」
そんなことを言われても見分けはつかないのだけど……。ラーンさんが言うには、うさぎ達は蟻塚を後ろ足で蹴っ飛ばして崩し、舐めるように蟻を食べるらしい。
その威力は、まとわりついてくる小うるさいポックルを諌める時の前足の一撃とは比べ物にならないそうだ。
「この草はうさぎが食んだ後だけど、こっちは違うね。食べたというよりは押しつぶした感じか……あっちの草むらに続いているようだね。行ってみようか」
ラーンさんはずんずんと歩いて行く。
「サクラさん、行きますよ」
「待って待って、今連れてくから」
サクラさんは荷馬車を引かせているロバを連れて追いかけてくる。
昼という事もあって、昨日から大八車ではなくロバ付きの荷馬車を借りている。
こういった編成のパーティー、実は多いらしい。人一人が持てる荷物には限界があり、討伐した獲物を持ち帰ろうとするなら輸送用の荷台は必須だそうだ。
普通は後衛が連れて歩くか、別途馬子を雇ったりするらしい。うちにはその余裕は無いし、ラーンさんはフラフラと興味のある方に向かってしまうし、サクラさんはロバが気に入ったらしく暇があれば撫でたりブラシをしたり餌を上げたりしている。……まとまりがないな。
サクラさんはだいたい何に襲われようとどうにでもできるから、結果俺がラーンさんの周囲を警戒することになっている。
まあ、大してやることは無いんだけど。
空はよく晴れていて、昼だから見通しもよく危険な魔獣の影もない。うさぎ達がのんびり草を食んでいるくらいだ。
おかげでロバの荷台は現状空っぽ。全く成果がないのはそれはそれで時間が勿体ない気がするんだけどなぁ。
「アキト君、ここの草を少し刈ってくれないか?大きさからすれば、子兎でなければネズミの巣だろう。居着きかもしれない」
ラーンさんに指示されて、少し背の高い草をミスリルソードで薙ぐ。よく切れるなぁ。
どうもこのミスリルソードの方が魔王剣より切れ味が良い気がする。刀身保護も付いていて、とても扱いやすい。
あっちは俺の能力に合わせて成長する剣らしいんだが、レベルアップを封印している現状じゃその効果は宝の持ち腐れだ。
ちなみに現状の装備は、俺がミスリルソードと両手剣用バックラー。革鎧の上から蟻の甲殻で作ったブレストアーマーとアーム&レッグガードをつけている。弓は銀行に預けて、ギルドから借りてるナイフを2本、右腰と太ももに止めている。左手だけは新調した指ぬきグローブ。飛ぶ剣は直接手で触れないと効果が発動しないため、これでないと即剤に使えない。合わせてサクラさんに進められて狩ったネズミ革のマントは今日のところは出番が無い。夜は冷え込むから必要なんだけど、昼はそれなりに気温が上がるのでなくても平気。一応荷馬車には積んである。
サクラさんは魔王剣を持ち、いつもの革鎧。カエルの体液でベトベトになったのをクリーニングに出していたらから、一昨日は借物のジャケットだったけれど、今は元通りだ。サクラさんの鎧、実は適温維持って魔術が組み込まれているらしく、夏は涼しく冬は温かいらしい。なにげに高級品だ。羨ましい。
ラーンさんは身の丈ほどある樫の杖と、深緑のローブ。パット見はわからないけど、カエルの皮を加工したもので防水性に優れている。頭と首に保護魔術のかかったサークレットとネックレスをつけている。
こう見ると、俺だけいつもゴテゴテと物を持ち過ぎな気がする。
獲物の持ち運びもあるし、ゲームみたいに重量無制限の道具袋とかあればいいのに。
空間操作系の魔術で実現できないこともないんだろうけど、魔王からはそういう話は聞いてないんだよなぁ。以前ヤツが使っていた取寄は、それなりに難易度の高い魔法らしい。
「それくらいで良いよ。どれ……やはり何かの巣穴があるね」
ラーンさんが穴の中に杖の先を差し込むと、周りに魔法陣が発生させる。
「魔術師の目」
指定した位置から周囲を見る魔術。冒険者の間でも結構有名な術だ。ステータスカードでは位置指定が難しいため、俺は高位から見下ろす鷹の目をセットしていることが多いけれど、魔術が使える人はこっちを覚える事が多いらしい。
詠唱のレパートリーで発生させる場所が変えられるから、見下ろし固定の鷹の目より便利なんだそうな。
「元は鼠の巣のようだね。今は住んでいない……と言うか、ムカデが居る。出てくる様子は無いけど、どうしようか」
「……放置で良いんじゃないですか?一匹二匹潰したところで意味もないでしょう」
数が多いなら駆除する必要も出てくるけれど、元々住んでいる奴なら無理に狩る必要もない。
「ならいいね。ふむ……水辺に行ってみようか。この先に小さな池があるはずだよ」
風の丘には、北にある湿地帯から南にあるクロートスト大河に向かって幾つか小川が流れている。それが一部の窪地に溜まって池になっている所がいくつもあるらしい。
これだけ広大な草原だし、魔力の影響を受けているらしいバイオームでも、植物の育成に水は欠かせないから当然だろう。
「かまいませんよ」
安請け合いをして、それから草原を南に下ることおよそ2時間。
「……遠いです」
草原内をまっすぐ突っ切って、ようやく小さな水たまりにたどり着く。
「これくらいで音を上げていては、風の丘の調査など出来ないよ」
軽く移動で2〜3時間歩かされるのはかんべんしてほしい。
「結構いろんな生き物が集まってるわね」
サクラさんは元気そうだ。俺の非難は誰にも届いていないらしい。
水辺には水を飲みに来たらしき兎やそれよりも小さな動物たちが集まって見える。
「狐に……あっちは草原で野生化した山羊かな?あそこでひなたぼっこしているのは大トカゲだね。見慣れた風景だ」
ラーンさんも、俺の苦情には何処吹く風だ。
幅数十センチの小川が流れ込んでいるのは、10メートルに満たない小さな池。本当に水溜りというのがいいところだ。
辺りには草原に住む動物たちが集まっており、各々のんびりとした時間を過ごしている。
食物連鎖の頂点に立つうさぎが草食性な事もあって、ここでは穏やかな時間が流れているようだ。
「この辺まで来ると、空白化現象の影響エリアから外れますよね」
集落からも街道からも結構な距離を移動している。うさぎ達も以前と同じように見かけている。
「そう簡単じゃないさ。一度密集した地域にどんな影響が出るかは誰もわかりはしない。見た目上は元に戻ったに過ぎないよ」
潜在的な影響に関してはそらそうだろうけどさ。
レポート機能を使って問い合わせた春兎への影響に関しては、魔王から『気にしなくていい』というコメントが帰ってきた。
詳しい理由は書かれていなかったが、魔獣の過剰反応はいつものことらしい。……そのうち慣れると言うのは何の救いにもならない気がする。
「とりあえず、いい時間ですし昼食にしませんか?」
一息ついて、ギルドが提供してくれた昼食を広げた。
白パンに野菜と塩漬け肉を挟んだサンドイッチ。定番の昼食だ。
「丘の東のほうの様子はどうですか?」
「断言は出来ないが、概ね予想通りといった所かな」
サクラさんの問いかけにラーンさんが応える。
「森の魔獣の行動範囲から考えると、ネズミやムカデはやはり相当数が平時から丘に生息しているようだね。普段は夜に狩りをすることがないから、あまり観測されていなかったのだろう」
「うさぎ以外の生物に対する影響は、少なくともこの周囲ではそれほどなさそうだ。大鼠の生息域ではほとんどの生物が食われ大鼠しか観測されなくなることを思えば、この周囲は十分に健全だといえるね」
ギルドの討伐依頼は功を奏したか。何はともあれ一安心だな。
「たとえば……みたまえ、あの狐はこの辺りではグリーンハンターフォックスと呼ばれる……いわゆる動物だ。大鼠とほぼ変わらない体格だが狩りを得意として、ネズミやムカデを捕食する。一対一ではネズミより強く、一対多になると逆に生息域を追われる、境界線上に位置しているものさ」
ラーンさんの目線の先では、緑色の毛をした狐が池の中で飛び跳ねていた。
「あれは何をしているんですか?」
「オタマジャクシを取っているんだよ。ほら、上手く行ったようだ。大口蛙の子だね。丘に侵入したカエルが水辺に卵を産み落とすけれど、大概はああやって他の動物に狩られてしまう。魔獣がその生息域の主になるには、ああいう天敵を駆逐する必要があるのさ」
「兎は危険な幼少期を親の庇護下で過ごす。成獣になれば、その巨体で絶対的な天敵は存在しなくなる。人類でさえね。ギルドが今回の仕事を発行したのは、幼獣が天敵の居ない成獣になるまで、それを守る親を狩るためさ」
「……なんとなく切ない話ですね」
「自然の摂理とはそういうものさ。もし気になるなら、君は君にで出来ることをすればいい。子兎を助けたようにね。人は自然に抗うことは出来ない。我々がどう思おうが、何をしようが、巡り巡って他の生物の生命を喰らい生きることに変わりは無いよ。今残念ながら食べられたオタマジャクシでさえ、巡り巡って我々の糧となる。個々を否定することは出来ても、すべてを否定することは出来ないさ」
……自然を超越して多くの生き物を絶滅させた異世界人の一人からすると、素直に頷くことは出来ないんだけど……。
この世界じゃ人類が平穏に生きていくのはまだまだ難しい。他の生き物の心配は、自分の足元が固まってからするべきか。
「この様子だと。今日で集落は引き上げですかね?」
「様子見の観測隊は暫く残るだろうけど、私達への依頼は予定通り終了だろうね」
ようやく一段落ということか。
「ちなみに、興味本位で効きますけど、同じことが今後も起こると思います?」
「サクラさん……」
「……どうだろうね。直接の原因を私は知らないからなんとも言えないよ。……ただ、魔獣は学ぶ。そして慣れる。過剰反応もするが、対処も早い。それこそ、我々人類には到底及ばない程にね。彼らは生きることに純粋だ。良い悪いはさておいて、2度目は無いかもしれないね」
慣れる……か。そのうち轟音や飛ぶ剣にも対処してくるようになるんだろうか。そうなれば人類には魔獣に対処する方法はなくなるかもしれないな。
「さて、この後だが……丘を突っ切る形で集落を目指そうと思うのだが良いかね?一度震源地も見ておきたいし、逆に言えばそれくらいしかやることがない」
俺とサクラさんは顔を見合わせる。
「……構いませんよね。この様子じゃ、そうそう獲物にも遭遇しそうにないですし」
サクラさんも頷く。この分じゃ、今日の討伐は坊主に終わりそうだ。
「なら、一息ついたら出発しようか」
30分ほど休息を取ってから、集落の方に向けて歩き出す。
池の位置は空白化のエリアを挟んでちょうど集落とは対角線上に位置するはずだから、順調に行けば3時間ほどで戻れるはずだ。
方角の確認はラーンさんに任せきり。
ネズミと一度遭遇したが、それを加えても順調に進んでいる。……が。
「……気になるね」
ラーンさんがそう言い出したのは、およそ半分ほどの工程を歩いた時だった。
「どうかしましたか?」
周囲を見回すが、おかしな様子はない。
うさぎ達はいつもどおり草を食んでいるし、他の魔獣の影も無い。
「見られているんだよ」
「見られてって……なにによ?」
「うさぎにだよ。ほら、今も」
ラーンさんはそう指摘するが、俺にもサクラさんにも判断はつかない。
「別に視線とは限らない。うさぎは耳の良い魔獣だからね。後ろを向いていても、耳だけはこちらを向いているとか……風下に多いな」
辺りを見回す。……確かに風下っぽ方角に兎の影が多いかな?気にするほどとは思えないが。
「問題ありそうですか?」
「分からない。だけど用心することに損はないだろう。もしうさぎに集団で襲われたら、幾ら鬼族でも危険だよ」
「わかってるわよ」
周りに気を配りながら、丘を進む。
しかしわずか10分足らずで、その異常は目に見えて分かる形として現れた。
「……多すぎる」
視界内には20匹を越す成獣のうさぎが集まっている。
位置はバラバラ、距離は似たような感じ。現状、取り囲まれていると言っても、そう誤りでは無い状況だ。
「……さすがに、この状態はくるものがあるわね」
サクラさんも周囲に警戒を強めている。連れているロバは異変を感じているのか、さっきから落ち着きが無い。
「……襲ってくる様子はないから直接の危険はないと思うが……いや、ちょっと待ちたまえ?」
ラーンさんが足を止める。
「アキト、警戒。たぶんあっちがわ。この子を背後に」
サクラさんも異変を感じたのか、剣を抜いてロバの手綱を渡してくる。
……嫌な予感しかしない。
前回丘で変な感じだった時にはポンさんを拾ったけど、今回はそうも行かなそうな感じだ。
「……来たっ!」
ラーンさんが叫ぶ。
彼女の視線の先、小高くなった丘の向こうから巨大な影が落ちてくる。
ズン−−−−−−−−ーッ!
俺達の視線の先で、そいつは地面をえぐり草花を撒き散らしながら草原へと着地した。
「……いやいや……あり得ないでしょ」
それを見上げて、絞り出せた言葉はそれだけだった。
体高はおよそ7メートル。体長は10メートルになろうか。象よりデカイ、地球じゃこれほど大きな陸上生物はおそらく存在しない。
純白の毛並み。ピンと伸びきった耳。そして狂気を孕んだ赤い瞳。
「……丘の……主だ」
小山と言っていい大きさの春兎がそこには居た。
遅れに遅れて42話目を投稿しました。仕事の逃避から戻るのに時間がかかったorz
さて、次回からサブタイも変わりまして、2章もラストバトルからエピローグへと至ります。
更新の予定ですが、ラストはせめて連日投稿としたいため、7/30(土)辺りを予定させていただきます。
少々時間が空いてしまいますが、今後ともよろしくお願いいたします。