龍人族と風の丘 2
翌朝。夢見が悪くて少し早めに起きてしまったこともあり、朝食がてらサクラさんの部屋を訪ねると、薄ピンク色のワンピースに身を包んだ彼女が顔を出した。
「おはよう。……どうしたの?ハトが豆鉄砲食らったような顔して」
「……いえ……ちょっと夢見が悪かっただけです。そのワンピース、どうしたんです?」
鬼人との一戦が終わった後、キルナ村で着ていたレース刺繍のワンピースだ。
「マリナさんが、こんなものしかお礼をできないからって」
……だから村を出るとにに荷物が増えていたのか。
「今日は午前中は街を出ないんだし、かまわないでしょう?」
「……それもそうですね」
サクラさんがかわいい恰好してるとちょっとテンション上がる。やっぱりいつもの野暮ったいローブより、こういう服装のほうが断然いい。
この世界の冒険者の服装って、ガチファンタジーというか、中世というか、実用一点張りで華がないのよね。
サークレットのように魔術による防御力の向上や保護範囲の拡大が可能なんだから、もうちょっとデザイン性の高い装備が流行ってもよさそうなものだけど。まぁ、コストも高いし、魔王も量産まはなかなか手が回ってないっぽいけど。
宿で朝食を取り、子兎にミルクをあげてからポンさんの家に向かう。
生命力表示で確認してみたが、子兎の体調は良さそうだった。腹が一杯になったためか、今はゲージの中でおとなしくお休み中だ。
「シルケボーも結構広いですよね」
北や東にある門から街の中心までは歩いて30分近くかかる。エターニアほどではないが大都市だ。
ポンさんが住んでいるのは中心から少し北東に言ったエリア。宿からだと大体15分くらいか。シルケボーは北西に職人街、北に商業施設、東に新住宅街が広がっていて、中央から南西エリアは旧住宅街、それをさらに外に行くと、クロートスト大河に面した舟屋・船着き場街になる。
旧市街は先代魔王の時代に作られた街で、今よりもっと完璧な城塞都市だったらしい。魔王の活躍でこの街から蟲人や魔獣の脅威が遠ざかってからは城壁街にも住宅が増え始め、当代魔王に代替わりしてから古い城壁を移築し、現在のような街になっている。
当時の名残で古くからこの地に住んでいる人や、首長などは旧市街に家を構えている。まぁ、高級住宅地だな。今のところは縁のないエリアだ。
東地区はもともとは農地だった場所に住宅が増え、住宅街になったエリア。今でもところどころに農地が残っている。植えられているのは葉野菜が多い。たまに果樹園などもあるようだ。
「そうね。こう入り組んでいると特にね」
これまでは街の真ん中を通る大通りを使っていたからそれほど気にならなかったが、昨日今日で住宅街を歩いてみて広さの認識を改めた。
これだけのエリアを、川に面したところ以外ぐるっと城壁で囲んでいるってのは日本出身の俺にはなかなか想像できない。
「長屋自体はここだと思うけど……やっぱり表札は出ていないわね」
「適当にノックしてみるしかないですね」
ポンさんの住むのは石造りの長屋。平屋建ての長方形で、1面が6部屋。四角形の長い面には通路があり、中庭に通じているようだ。周りにはこういう作りの長屋が結構ある。
適当な家をノックすると、中からポックルの女性−年齢不詳。見た目は10歳くらいの少女ーが出てきて、中庭に案内してくれた。
「ようこそわが家へ〜」
そして中庭に入ると、ホックルばかり10人ほどがそろって出迎えてくれた。うわ、なにこの空間。少年少女好きが狂気乱舞しそうなんだけど。
どうやらみんな揃って中庭に柵を組み立ててくれていたらしい。えっと……彼がポンさんか。
「お世話になります。この方たちは?」
「長屋の友人たちです〜。ここは草原人長屋なんですよ〜」
なるほど。中庭には鶏舎がおかれているし、よく見るとヤギも飼われているようだ。さすが畜産の種族。
「ちょっろ待ってください。今、妻と長老を呼んできますので〜」
ポンさんが長屋の一室に戻っていく。しばらくすると、5歳くらいの女の子を連れ、さらに小さい子供を抱いた女性と一緒に戻ってきた。
「妻のメイリーです〜。こっちが娘のリンリン、抱いているのが息子のディーノです〜」
「初めまして、アキトです」
「サクラです。よろしくお願いします」
ポンさんの奥さんはたぶん人間族だ。20代半ばくらいかな?娘さんは3〜5歳で草原人。息子さんは1歳になったかならないかくらいで、名前から言って人間族のようだ。
「こちらこそ、旦那がお手数おかけしていませんか?珍しくちゃんと働いていると、驚いているんですよ」
「ひどい話です〜」
「ハハハ……」
なんて返したものか。
「長屋のみんなも紹介しますね〜。あっちから、トトンさん、ピロロさん、カンカン君、ベベンおじさんに、シャランおばさん……」
いやいや、そんな紹介されても覚えられないんだけど。しかもみんなして妙にテンションが高い。イエーイ!って、小学生かっ!
「あとは、この長屋の大家で長老って呼ばれてます、ジャジャン爺さんです〜」
一人だけ、ふさふさの白い髭を生やした少年が混じっていた。……それ、付け髭ですよね?
「初めまして、ジャジャンと申します。このたびは春兎を飼うとか。60年生きておりますが、魔獣の飼育は初めての試み。長屋のメンバー一同、尽力させていただきますよ」
付け髭以外は少年なんだけど、この人これで60歳なの?
「よろしくお願いします。お世話をおかけするのはこの子です。春兎の幼獣で、週齢は2週目くらいだそうです」
サクラさんは動じていない。さすがにこの世界で生まれ育っているだけのことはある。俺はなかなかついていけそうにない。
「ポポンの見立て通りということですな。もうあらかた完成しておりますので……あとは任せてよいですね」
「はい〜。大丈夫です〜」
子兎用のペースは、壁際に作られた5メートル四方の柵で囲われたエリア。片隅には水飲み用の椀と干し草が用意されており、雨風をしのげる小屋も用意されていた。こっちは使っていなかった犬小屋の使いまわしらしい。結構広く作ってくれたんだな。
サクラさんが子兎を放してやると、しばらくあたりの匂いを嗅いでいたが、どうやら気に入ったらしい。
「大丈夫みたいですね〜」
昨日さんざん怖がられていたポンさんが背中を撫でている。やっぱり血のにおいがダメだったようだ。
ヤギのミルクを与えるように注射器を渡して、昨日ラーンさんから聞いた育成方法を伝える。レポートを渡してしまいたいところだけど、こっちはギルドに出さなきゃいけないから、可能ならあとで模写をもら得るよう話しておこう。
「日に1度は様子を見に来ますけど……いつなら良いですかね?」
「だいたいは大丈夫だと思いますよ〜。妻は家にいますし、出ていても長老かシャランおばさんに声をかければ入れてもらえます〜」
「それじゃあ、朝か夕方、あんまり遅くならない時間にするわ」
とりあえず、これでこいつを風の丘に連れて行かなくて済みそうだ。
「リンリン〜、来ても大丈夫ですよ〜。すいません、注射器の使い方を妻にも見せてもらえますか〜」
「わかりました。朝はミルクをやってしまったので、あんまり飲まないかもしれませんが……」
「問題ありませんよ〜。生乳でも大丈夫ですよね〜」
長屋で飼っているヤギも乳が出るらしい。春は出産の時期だなぁ。
「引いて、あとはゆっくり押し込んでいけばいいのね?」
「ええ。あげるときに抱きかかえないのと、口からあふれるようなら押し込みすぎなのでそこに注意してください」
メイリーさんが注射器を口元に差し出す。子兎はミルクがもらえることがわかっているのだろう。鼻を近づけてにおいを嗅ぐと、先の竹筒を自分から加えた。
「頭のいい子ね。それに、すごい人に慣れてる」
「魔獣は人に慣れやすいって、世話の仕方を教えてくれた龍神族の方が言ってましたね」
「そうなのね。リンちゃんもやってみる?」
ずっと子兎を興味深げに眺めていた娘に注射器を渡す。彼女が恐る恐る口元にそれを差し出すと、待っていましたとばかりに飛びついた。
「……ほんと、誰にでもなつくのね」
「複雑な心境ですか?」
「……何がよ?」
ポンさんの娘さんが撫でてやると、目を細めてうれしそうにしている。リンリンちゃんもうれしそうで微笑ましい。
……しっかし、親子には見えない。ポックルも人間族と成長速度が変わらんから、10歳ぐらいまでは普通に成長する。メイリーさんは人間族だから違和感ないけど、ポンさんとはどう見ても兄妹だよなぁ。
「この後はすぐにギルドですか〜?」
「いえ、ちょっと買い物をしたいので繁華街を回る予定です」
「そうですか〜。わかりました〜。今日の従者契約はどうしましょうか〜」
「午前中の調査結果しだいですけれど、風の丘に出るとは限りません。どちらにしてもうさぎ狩りにはならないでしょうから、今日はお休みでお願いします」
「わかりました〜。それでは私は一足先にギルドに向かわせていただきますね〜」
「すいません。またお願いします」
「いえいえ〜。それに、今なら従者以外にもお仕事がいただけそうですからね〜、ふふふ〜」
……? なんだろう、何か良い仕事のあてでもあるんだろうか。
「それじゃあ、よろしくお願いします。サクラさん、いきましょうか」
「……わかったわ」
子兎を残して柵から出ようとすると、それまで大人しかった子兎が跳ねて、こちらにじゃれついてきた。……わかるのだろうか。
「よしよ〜し、また来るから、いい子にしてるのよ〜」
しゃがみこんだサクラさんが子兎を撫でてやる。
「ほら、アキトも。なんだかんだで、貴方のほうに懐いてる気がするのよね」
「そうですか?」
額を撫でてやると、目を細める。確かにうれしそうだ。
「ちゃんとご飯食べて、元気に育てよ。夕方か、明日の朝にはまた顔をだすからさ」
一日一回くらいは生命力表示で体調をチェックしたい。向こうだったら過保護であるのは重々承知だけど、診断などの技術や知識は及ばないし、動物に関する治療はまだ未発達らしい。体重のチェックとかもできないし、それにこういう便利な魔術があると気になってしまうもんだ。
しばらくなでてやると落ち着いたのだろう。おとなしく俺たちを見送ってくれた。物分かりがいい。
「……次は魔法具屋?」
「ええ、そうですね」
とりあえず子兎のことは任せて、まずは装備の修理とお金稼ぎを考えないとね。
長老さんや長屋の人に軽く挨拶してから、繁華街へと向かうべく来た道を戻り始めた。
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魔法具屋というのは、魔術や魔法に用いる道具や触媒を取り扱う店の総称である。
例えば魔術師が使う杖。これは俺が使うモノクルの様に魔術のターゲットを指定したり、魔術そのものを発動するのを補助する役割がある魔術具である。
魔法陣を書くための粉や墨、儀式魔法と呼ばれる効果は大きいが扱いが難しい魔術魔法の触媒や、魔力を補充する薬品、魔力の電池みたいなものである魔石といったものも、魔術具に当たる。
また、魔術が込められた武器屋防具、生活雑貨、このようなステータスカードと同類のマジックアイテムもそうだ
これらを専門に扱っている店を魔法具屋と呼んでいる。
ちなみに、どこかで話したかもしれないが、この世界では魔術と魔法は決定的な違いがある。
魔術とは人類が発展させた技術であり、魔法とは始まりの女神がもたらした理不尽な現象を起こす法である。
だから、この世界では魔術と魔法はどっちかっていうと魔法のほうが上位をさし、効果もとんでもないものが多い。
俺が使う中では、常時発動している翻訳とか最近多用している解析は魔法だな。
こういった魔法は比較的広く使われている。魔王が言うには、俺たち地球人が想像するようなの意味での魔法も存在するらしい。扱いが難しくて使える人はあまりいないそうだ。
そんなためか、職業も魔術師とか魔導士の最上級系が魔法使いだったりする。
まぁ、俺には縁のない話だ。
話を戻して、繁華街にある魔法具屋の1軒。店はどこでもいいんだけど、昨日の夜にギルドで聞いたら初心者ならここがおすすめと教えてくれた。
名前は魔女・メアリーの魔法具店。2年ほど前に新しくオープンした店で、店主は若いが品が安定しているし愛想がよくて初心者向けだそうだ。
外構えはまんま、魔女の店って感じだ。窓は戸板で中からふさがれていて店の中の様子はわからない。扉にかかった営業中の看板が、店がやっていることを示している。
さてさて、目的のものはありますか、ね。
金、土、日とお休みをいただきまして、何とか投稿できました。
書き溜め量が少ないため次回の更新は6/30(木)を予定しております。
■異種族婚と子供
約束の地では異種族婚は普通にされる。
また、人類はどの種族の組み合わせでも――作り方がちょっと特殊な場合はあれど――子供を作ることが可能。
明らかにサイズが違って子作りができないような種族間でも、種族変化という魔法が存在し、これを用いて子作りが可能。少々難易度の高い魔法ではあるが、各種族の族長や有力魔術師が受け継いでいたり、専用のマジックアイテムが作られたりしている。
生まれてくる子供の種族は父親か母親のどちらか。確率はほぼ半々。ただし二人目以降で種族が偏る場合は少ないとされる。
ハーフにはならない。……とされているが、実際片側の種族の特徴が強く出ているだけの可能性もあるため真偽は不明である。