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かけだし勇者の放浪日記  作者: hearo
春の兎と風の丘
35/64

草原人と子兎との出会い 5

「現在ギルドは、風の丘に住むうさぎの縄張り空白化現象について、調査を始めております」



アイリーンさんの言葉を聞いて、俺とサクラさんは顔を見合わせる。

やっべ、いつの間にかギルドが調査を始める事態になってる。


「あはは……ギルドが直接調査をするほど深刻なんですか?


「それが分からないので、調査チームが立ち上がっております」


ぐぅ、これは予想外。どうしよう……正直に話したほうが良いか。でも損害請求とかされたらほんとに首が回らなくなるぞ。


「現状なのですが、風の丘に入って3キロ地点の南側を中心に、半径5キロほどのエリアでうさぎの生息数が激減しております。これに変わって、その他のエリアや緩衝地帯の森でうさぎの生息数が過密になっており、一部は農地の方まで降りてくるという状態です」

予想はしていたけれど、結構な範囲に影響が出ている。やべー、轟音(ジェット・サウンド)一発でこれかよ。


「影響が確認されたのは昨日の午後、報告をくだっさった冒険者の方々の話を伺うに、音撃系の魔術か魔法が行使されたのではないかと考えられます」


「音撃系?」


大声(ラウド・ヴォイス)雄叫び(シャウト)恐怖の叫び(スクリーム)と言った呪文の名前を聞いたことはありませんか?音で相手の意識を引いたり、動きを封じたりする魔術です」


音撃系……ね。魔術の事象系分類に置ける系統の1つだな。轟音(ジェット・サウンド)ももちろん含まれる。


「ただ、音撃系魔術だけで春兎(スプリング・ラビット)達が縄張りを開けることはおそらくありません。ご存知かもしれませんが、確かに春兎(スプリング・ラビット)は音撃系魔術を苦手としております。しかし彼らもバカではありません。詠唱魔術でも魔法陣魔術でも、術式の展開が始まれれば逃走を始めますし、魔力が高い人間はそもそも近づくことが出来ません。それが彼らに取って致命的な脅威になるわけではないのです」


……ほぼ無詠唱で、魔力の低い人間がここにいる。


「他の魔獣が生息域を拡大するために移ってきた可能性も考えましたが、うさぎ達が素直に縄張りを明け渡すとは思えませんし、目撃情報もありません。何が起こったのか解らないというのが現状です」


「それで調査チームができているのね」


アイリーンさんの話だと、魔術そのものよりも想定していなかった攻撃を突然受けたってのが問題なんだろうか。

魔獣の生息域を変えてしまうほどの力があるってのはマズイな。ちょっと本気で魔王と相談しなけりゃならないか。


「そこでお二人にもお話を伺いたいのです。まず……風の丘の様子はどうでしたでしょう?」


サクラさんと二人で、互いに足らない所を補いつつ状況を伝える。合わせて、この子兎が居た状況も伝えておく。


「そうですか。巣穴の中に……ふむ。アイリーン君、この子兎の月齢はわかったりするかね?」


「いえ、そこまでは」


「ポンさんの話だと、1〜2週間ほどじゃないかと言っていました」


「ポン氏とは?」


「えっと……ポックルのポン・ポポンさんです。最近一般職ギルドからこちらに登録したらしい、初心者(ビギナー)の方を従者としていまして」


「ポン・ポポン……最近の登録……ああ、あの方ですか」


「知っているので?」


「ええ……まぁ……」


歯切れが悪い。


「しかしその時期だと、まだ離乳を終えていませんね。春兎(スプリング・ラビット)の成長は早いとはいえ、親元を離れるのに一ヶ月はかかるはずです」


ポンさんも似たようなことを言っていた。魔獣、成長早すぎだろ。


「逆に言えば、親とはぐれたのは間違いないようだね。春兎(スプリング・ラビット)はあれでなかなか子育て熱心だ。一緒にいる期間が短い分、子供から離れる事はまずないと聞いている」


「子兎は保護対象になって居るようだったので連れてきたんですが、実際に所どうすればいいですかね?」


こっちは流れ者の冒険者だし、宿にこいつを連れて行って平気とも思えない。


「そうですね……拾ってきたことについては正解だと思いますが……」


アイリーンさんがグスタフさんに目配せをする。


「授乳期であるなら、離乳を待って野生に返すのが良いでしょう。ただ、今のギルドでは……」


「誰かうさぎについて詳しい人は居ないの?龍人族とかさ。ちょっとの間だったら、あたしたちが面倒見るわよ」


「サクラさん……」


「別に構わないでしょう?」


「……まあ、構わないですけどね。うさぎを狩って路銀を稼いでいる身としては、少々複雑な気分ですよ」


「そこは……まあ、仕方ないじゃない」


無いとは思うけど、将来狩ったうさぎがあの時の子兎でした、とかいう展開は嫌だな。後、いつの間にか干し肉になってたりするのも。


「わかりました。それについては調べてみましょう。アイリーン君、登録者名簿の確認をお願いするよ。後は私が説明しておこう」


「かしこまりました」


席を立ったアイリーンさんに変わって、調査課長のグスタフさんが話を続ける。


「ええっと。状況は大体把握した。他の冒険者の方からも、うさぎの生息域の移動は報告されているので、間違いはないだろう。先ほど話したとおり、結構なサイズの空白エリアができている」


「子兎の件もそうなのだが、少し問題があってね。他の魔獣がうさぎの生息域で繁殖を始めると少々めんどくさい事になる。明日からギルドでも調査依頼と、うさぎ以外の討伐依頼を出す予定だったのだが……人手不足なのでね。できれば受けてもらいたいのだよ。……残念ながら報酬は微々たるものだがね」


「報酬が多けりゃ声をかける必要も無いものね。なんでまた?」


「君たちが関わったと聞いているが、キルナ村での鬼人騒動があったろう?あの周辺一帯の調査と、鼠の討伐に人手を取られていて、冒険者の絶対数が少ないのだよ」


受付には結構な人数が居たように思えたが、それでも少ないのか。

確かに待ち時間は10分ほどだったから、到着した日に比べれば短くなっている気はするな。


「よくご存知ですね。確かにその件に関係してますけど……周辺の調査は魔王軍がやったのでは?」


「一通りはね。だけど足りないのだよ。……魔獣の生態には精通しているかい?気失いの森は魔獣の主生息域にはなっていない。あそこは人の領域だ。それが2週間近く狩人が入らなかった為に、徐々に鼠達に侵食されてきていた。今日の届いた報告では、鬼人がいなくなってその状態が加速しているようなのだ」


「……脅威が消えましたからね。鼠ってのは、ヒュージマウスですか?」


「あたし達も倒したやつね。大した魔獣じゃないと思うけど?」


「それは群れていないからさ。1匹1匹は大したことはなくても、10匹集まれば大型の獣や魔獣を仕留め、人の脅威となる。100匹集まれば村を飲み込み、1000匹集まれば龍をも喰らう。アレは数で攻める魔獣だよ。魔獣は生息域の頂点。それを忘れてはいけない」


確かに、そうでしたね。座学でしかやっていないが、小型の魔獣の中には、群衆生物の様に行動するものや、群れを作らないのに仲間とリンクして外敵と戦う奴らが居るらしい。鼠もその類なのだろう。


「うさぎの生息域で同じことが起きるととてもまずい。風の丘との緩衝地帯になっている森は人の領域だが、魔獣も少数だが住み着いている。これらが丘で繁殖するのは避けたいのだよ」


大体状況は理解した。


「まだ確定じゃないから、報酬もそこまで割けないってことですね」


「頭を下げるくらいしか出来なくて申し訳ない。ただ、既に2匹もうさぎを仕留めた君たちなら、能力的には十分だと判断したしだいだ」


ギルドからの直接依頼か。……原因はたぶん俺達にあるし……マッチポンプ依頼は受けたくないなぁ。


「サクラさん、どーします?」


「……任せるわ」


サクラさんも俺の言いたいことがわかったらしい。

……まあ、断るって選択肢は無いよなぁ。報酬は……金はほしいが、もらうのはちょっと気が引ける。うさぎが良い稼ぎになっているので、切羽詰まった状態からは抜けられそうだしね。


「お待たせいたしました」


どう返したものか思案していると、アイリーンさんが戻ってきた。


「どうだった?」


「居りました。随分と依頼を受けておりませんが、シルケボー在住の冒険者の肩に、『シルケボー近隣の生態研究』をテーマとしている龍人族の方が居ます。現在は東地区の学校で教師をしているようです。名前はラーン・アーロ」


ビンゴ。これで子兎の方はめどが立ったか。


「こいつの世話はしばらくこちらで何とかしますから、可能なら住所を教えてもらえますか?ギルド経由で話を出すより早いでしょう」


幾ら魔獣で体力回復魔術を使ったからといって、赤子ならどれだけ元気が続くか解らない。


「では、依頼を出しましょう。文字は書けますか?費目は調査と輸送。うさぎの飼育方法を伺って、レポートにしてギルドに出してください。合わせて、風の丘の状況について伺いたいので召喚状を発行しますので届けてください」


「それくらいなら」


「調査依頼の方はどうするのよ?」


「今日の夜から依頼を出します。明日の昼には第一陣の報告が入ってくるでしょう。そのタイミングでもう一度ご相談させてください。ああ、調査と合わせて、親とはぐれた子兎の保護も発行しておきますので、レポートの方はそれまでに」


「明日の昼までですね。わかりました」


「急ですが大丈夫でしょうか?」


「大丈夫ですよね?アーロさんには申し訳ないですけど、今晩中に一度訪ねてみます」


差し当たってやることは決まった。


「では、依頼書を作成しますから少々お待ち下さい」


「はい。……っと、そうだ」


いい機会だから相談させてもらおう。


「実は鬼人と戦った時にサクラさんが使っていたハルバートの損傷が思ったより酷くてですね。現状、修理できずにいる状態なんですよ」


「アキト?」


「体格に合わせた特注品って事もあって、代用品もなくてですね。今は私が魔王様から借りている剣を使ってもらっていますが、逆に私はここで借りた鉈を振り回している状態でして。先ほどの調査依頼、もし受けることに成りましたらちょっと心もとないかなと」


「ふむ。……修理はどちらに?」


「こちらで紹介してもらった工房『鉄の意志(アイアン・ウィル)』のドゥッガさんに見積もりをお願いしました」


値段については触れず、店でのやり取りを簡潔に説明する。


「ふむ……分かりました。ドゥッガさんの見立てであれば間違ってはいないでしょう。流石に修理費を持つことは出来ませんが……サクラ様用のレンタル武器をご準備できないか確認して見ます」


うん。まあそんな所だろう。


「もし無理な場合は……そちらの魔法剣は、鬼族の力で振るっても壊れないだけの耐久力があるのですね?」


「ええ、一応は」


「それでしたら、アキト様用に装備をお貸しすると言うのでも構いませんか?」


ああ、そういうのもありか。耐久性の問題だから、俺が借りれば解決する可能性は高いな。


「ええ、大丈夫です」


「それでは、手続きを。明日の昼にまたこちらにお願い致します」


細々とした手続きをしていると、解体を終えたポンさんがギルドにやってきた。


「お疲れ様です〜。こちら伝票になります〜。買い取り価格はギルドの方に任せてしまいましたが、問題なかったですか〜?」


「大丈夫です。すいません、こちらも一緒に」


「かしこまりました。手続きをしてしまいますので、少しお待ち下さい」


「はい。グスタフさん、日中にこいつを預けられるところってありませんかね?ずっと街中を連れて歩くわけにも行かないと思いますし、馬とかなら有料の厩舎があると思うんですが」


風の丘の調査依頼を受けることになったら、流石に連れて歩くのはしんどいからなぁ。


「ふむ。……サイズから言えば鶏舎だと思いますが……聞いてみないとわかりませんね」


「それなら、家で預かりましょうか〜?」


グスタフさんの答えを聞いて、ポンさんが名乗りを上げる。


「……大丈夫なの?貴方が来てから、この子の怯え方がヒドイんだけど」


「それは私のせいじゃありません〜」


身なりは小奇麗になっているが、ほのかに香る血の匂いは隠せていない。


「集合長屋ですけど、何羽か鶏を飼っていますから大丈夫ですよ〜。家内も居ますから、昼間に私が家を開けても問題ありません〜」


「「………………は?」」


え……なに?今、家内って言った?

翻訳魔法の翻訳が間違っていないなら……。


「ポンさん、結婚しているんですか?」


「……?ええ、そうですけど?」


まじで!?衝撃の事実なんだけど……。何、この人奥さんいるのに一念発起して冒険者になったの?おかしくね?


「むしろ、この歳で結婚していない人のほうが珍しいと思うんですけど〜」


「それは街で働いている者の考えですな。ポポン様、あまり各方面に火の粉を振りまかないようにおねがいしますよ」


冒険者は結婚年齢が高めになる傾向にあるからな。


「前から不思議だったんですけど、ポンさんってなんで首になったんです?一般雇用なら雇用基準法がありますよね?」


魔王の居た世界は、労働関連の問題が100年以上の長きに渡って続いていたらしい。

それに嫌気が差した魔王は、この世界で過剰な資本主義の台頭を防ぐ目的で、商取引には厳しい制限を課している。雇用基準法もその一つ。人を雇う場合、仕事上の失敗でクビを切る事はできないはずだ。


「何が悪かったんですかね〜。突然クビだと言われて〜、ギルドからも1年間の登録停止と言われて〜」


「それ、初耳なんだけど」


ギルドって、一般職の方のギルドの話だよな?なんか色々きな臭い話なんだけど……ここ、一応魔王のお膝元よね?


「アキト様、サクラ様、お二人はお話を伺っていないので?」


「?ポンさんは雇われの羊飼いをしていて、風の丘でうさぎに襲われて家畜が死んでしまって、そのせいでクビになったと聞いていますが?」


「……そうですか。まあ、嘘ではありませんけどね。ポックルはそういう人種なので……」


グスタフさんが頭を抱えている。


「ちなみにポポン様、死んでしまった羊はどうされましたか?」


「美味しく頂きました〜」


……………………おい。


「羊2頭、山羊1頭分のお肉はなかなか手に入りませんからね〜。長屋のみんなも喜んでましたよ〜」


「……そういうことです」


ポンさんは頭の上にハテナマークを浮かべている。


「組合の方では1年間の登録抹消代わりに、雇用主の方と起訴しないという協定を結んだそうです」


「さすがポックル。人類でも一二を争う無駄なトラブルメーカーと呼ばれるだけのことはあるわね」


……そんな呼ばれ方してるんだ。子兎預けるのすげぇ不安だな。


「……いつの間にかうさぎ鍋になってたとか嫌ですからね」


「そんなことしませんよ〜。その代わり、妻の分もよろしくお願いします〜」


「はぁ……ギルドって飼育とか項目ありましたっけ?」


「ありませんね。魔獣の生態調査ということで一つ依頼を作成しますよ」


すげぇ不安だけど仕方ない。

グスタフさんに頼んで依頼書を作成してもらう。

なんだかんだと色々まとめて、うさぎの生態レポート作成が20ゴル、ポンさんへ依頼する子兎飼育費が一週間20ゴルでプラマイ0だ。


「うさぎの討伐費22ゴル、肉の買い取りが114ゴル、毛皮の買い取りが35ゴル。合わせて171ゴルに成りますね」


うさぎの清算を終えて、報酬も受け取る。重量は昨日に比べて20キロ近く軽かったが、皮の別買い取り分が乗って昨日とほぼ変わらない値段。生活費のことを考えなければ、そろそろ今月分の支払いが出来そうだ。いつ払い込むかサクラさんと相談だな。


「それじゃあ、私は家でゲージの準備をさせていただきます〜。お話にあったとおり、明日の昼前までには場所を作っておきますので、お伝えした長屋まで来てくださいね〜」


そろそろ日も沈もうかという夕暮れ時。ポンさんは鼻歌混じりにそう言い残していった。大丈夫かな。


「……大丈夫ですかね」


「……畜産の種族のプライドを信じるしか無いわね」


畜産の種族のプライドね。……必要とあらばためらいなく鍋にしそうだな。


「それより、日が暮れる前に行きましょう。そろそろこの子にもご飯をあげなきゃいけないだろうし、あっちだって遅くなったら迷惑でしょうよ」


龍人族のラーン・アーロさん。東地区で教師をしているって聞いているけど、どんな人だろう。


「風の丘の方に戻る感じね。着いてきて」


夕暮れ時。子兎を頭に載せたサクラさんが、もらった住所と街の地図を見比べながら歩き出す。

座学でやった龍人族の特徴を思い出しながら、俺は微妙に周りの注目をあつめるサクラさんの背中を追いかけた。

文章になっているスタックがつきました。仕事も忙しくなってきたため日々更新が揺らぎそうですorz

明日は23時までにはなんとか投稿したいと思います。金曜日はちょっとアヤシイです。

また、今週土日は作業ができなくなるため、また休載となると思います。よろしくお願いします。

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