草原人と子兎との出会い 1
■シルケボー
「ありがとうございます〜。街まで運んでもらった上に、食事まで……」
「いえいえ、気にしないで良いのよ」
日がとっぷりと落ちたその日の夜。
ギルド近くの食堂で、俺たち3人はテーブルを囲んでいた。
「それにしても災難でしたね。うさぎに跳ねられるなんて」
風の丘で拾ったのは、草原人の男性。駆け出し冒険者のポンさん。
見た目は人間族では11歳位だろうか。人の子供よりちょっと頭身が低いので幼く見えるが、これでも今年23だそうだ。まぁ、異種族だしね。
「まったく、お恥ずかしい限りですよ〜。大きな音がしたと思ったら、突然うさぎ達が向かってきて……」
聞いた話だと、風の丘で大きな音がして、うさぎたちが一斉に逃げ出したらい。
ギルドに戻った他の冒険者も、同じような証言をしている。
……うん。俺たちは何も知らない。
「あたし達は、ちょうどうさぎを仕留めたところだったんで巻き込まれなかったんですけどね」
そういう事になっているんだ。
「まあ、何にせよ怪我がなくて良かったですよ」
怪我はしていても応急手当で直したし、彼の頭の後ろに着いたサクラさんの足跡は目立たないように偽装しておいた。
「ささ、今日の狩りはうまくいきましたし、食べましょう」
轟音で仕留めたうさぎは、討伐報酬を含めてなんと180ゴルの値になった。ちょっと歳を食い過ぎてて肉の評価は低かったが、重量が120キロぐらいあったからな。
頭以外に傷がなかったのもプラス要因。いやぁ、蟲人討伐が馬鹿みたいだよね。
「ええ、ほんとうにありがとうございます。ここ3日ばかりはロクに食べれていなくて~」
ポンさんはこの間まで風の丘で雇われ羊飼いの仕事をしていたらしい。
それがうさぎのせいで羊に逃げられて職を失った。んで、半分は恨みもあって一念発起、冒険者登録をしたらしい。
「それじゃあまぁ、かんぱーい」
サクラさんはいつもどおりのワイン。ポンさんはオールドエールというビールっぽい飲み物。俺は黒麦茶。
メイン料理はハーブの効いたうさぎのソテーだ。肉が食えるのはありがたい。
ウサギ肉は淡白だが、柔らかく焼き上げられている。ピリリと辛いのは生姜かな?
「でも、一人じゃうさぎ狩りも大変じゃないですか?」
あれ、どう考えてもランク1の初心者が狩る魔獣じゃ無いだろう。依頼自体は『狩猟』ですらなく『駆逐』扱いだから受けられるけどさ。
「……はい。実際、全く逃げないので楽勝かなと思ってたんですが……甘かったです~。剣で突いても避けられるばかりで、おまけに反撃も貰うし……」
「いや、剣が届く範囲まで近づけないでしょう?」
「……へ?」
「5メートルくらいまで近づくと逃げ出しません?」
「あたしは20メートルだったんだけど」
「……いえ~、別にそんなことありませんけど?」
……どういうことだろう?
「確かに臆病な個体も居るみたいですが、別に人に近づかれても嫌がりませんよ?」
「……なんでですかね?」
「あたしを見て言われてもわかんないわよ。アキトも心当たりないんでしょう?」
「魔獣の生態に関してはそんなに学んでませんし……」
なにせ種類は膨大だからね。
有名ドコロ、鬼人討伐隊が騎乗していたグリフォンや、城で見かけたことのあるペガサス、警邏隊試験前に実地訓練で襲われた歩く大蜘蛛なんかはわかるけどさ。
魔獣ってそういう種なのか野生動物が魔獣化したかの区分けが微妙だし、わからんことのほうが多い。
「明日、ギルドで情報収集をすれば良いんじゃないですかね」
轟音を連発するのはまずそうだ。
どっちにしろ明日の朝までじゃ1回分しか魔力が回復しないから、連発は出来ないんだけどね。1日一回轟音を響かせるだけでも、他に影響が出そうだし。
「お二人はずっとパーティーを組まれているんですか?」
話は変わる。
「いや、前の仕事を一緒にやって……まぁ、流れで」
「流れって何よ。……でもそうね。……あ、そう言えばパーティー登録出してないわ」
「パーティー登録?」
「ギルドで、この人と一緒に仕事してます〜って言うのを登録するのよ。ほら、今回のうさぎ狩りみたいな仕事は、ギルドに依頼受託登録なしじゃない?何かあった時の為に、予めこのメンバーで行動しますってのを登録しておくのよ」
「なるほど」
まあ、命がけのお仕事だしな。
「そういうの、初心者講習でちゃんとしろと言われたんですけど……」
「警邏隊の合格証でランク2になったから初心者講習受けてないし」
「誰かとパーティー組むなんて思いもしなかったから忘れてたわ」
「…………お二人とも自由ですね」
冒険者なんて自由でなんぼじゃないですかね。
「どのみち、朝から出ても何匹も仕留められる宛はないんで、掲示板見てからその辺の手続きと情報収集をすればいいんじゃないですかね」
急ぐほどの物でもない。
「……良いですねぇ〜」
「何がです?」
「いえ……なんていうか、お二人は馬があったんでしょうね」
サクラさんと二人で顔を見合わせる。
「ぐ、偶然よ。偶然。まぁ、前の仕事はちょっと大変だったし……その分はあるかもしれないけど……」
「いえいえ。人類24種族なんて言いますけどね〜。なかなかどうして、違う種族通しで息を合わせるのも大変なんですよぉ〜。私もこんななりですから、自分以外の種族の方には子供扱いされる事も多いですし」
「かと言って、ポックルの中ではそれなりの年齢ですからね。パーティーを組もうにも、年上の新人なんて使いづらいものでしょう〜」
まぁ、たしかにね。ポックルは体格程度の身体能力しか持たない種族だから、冒険者としての優位性は低いらしいし。
役割は畜産だし。手先が器用で紡績や楽器が得意なはずだから、職人に成るか冒険者でも吟遊詩人に成るかすればいい気がするけど……まあ、世の中そう上手くは行かないか。
「……こんなことをお願いするのは差し出がましいのですが……シルケボーに滞在されている間、私もパーティーに、いえ、荷物持ちとしてでも雇っていただけないでしょうか!」
再びサクラさんと顔を見合わせる。
「突然そんなこと言われたって……ねぇ」
「ええ。……ぶっちゃけ人を雇うほど余裕もありませんし」
「そこを何とか!せめてうさぎ狩りの間だけでも!一念発起して冒険者になりましたが、このままじゃおまんま食い上げです~……」
テーブルに頭を擦り付けるポンさん。おまんま食い上げなんて言い回しリアルで初めて聞いたわ。どうしたもんかね。
「……どーします?」
「あたしに聞かないでよ。鬼族に雇われたいとか酔狂なこと言う人始めてだし」
あー、そうですね。サクラさんって、実はぼっち属性持ちよね。
「えっと……すいません、ポンさん。我々もそう余裕があるわけじゃないので……」
「うさぎの解体くらいなら出来ます!」
「……はい?」
「お二人は今日の獲物を解体せずにギルドに持ち込んで居ましたでしょう。まるまる1匹の場合は重量買取ですが、皮と肉は分けて持ち込んだ場合、皮は素材として買い取ってもらえます」
「あれほど綺麗に倒せるのであれば、ちゃんと皮の処理をして素材買取をしてもらったほうがずっとお得なはずです~」
……なるほど。確かに動物の皮は専門の流通業者も居る素材だから、重量買取よりは値がつくかもしれない。皮と分ける場合はどうのこうの、と言っていたはずだ。
少しでも多く金は稼いでおきたいところだし……かと言って、自分で解体すると価値が下がりそうだし、なくはないか。
「ん〜……そういうことであれば検討の余地は有りますね」
「本当ですかっ!」
「……とりあえず、ギルドで情報収集をした後、様子を見させてもらいます?」
「アキトがそれでいいなら、別にあたしはかまわないけど……」
「ありがとうございます〜っ!」
「まだ雇うと決めた訳じゃないですからね。とりあえず、出来そうなことを教えて下さい。こっちも二人なんで、それと明日の仕事次第で考えますよ」
「ええ、。もちろん構いません〜。よろしくおねがいしますよぉ〜」
それからしばらく、ポンさんの経歴やスキル、武器や戦い方などについて話を聞いて、その日は解散にした。
「……良かったの?」
宿に戻る道すがら、サクラさんがそう切り出した。
「あたしが言うのも何だけどさ、魔王様からのお仕事?とかも考えると、ほいほいパーティーメンバーを増やすのはよくないんじゃない?」
サクラさんのいうことにも一理ある。
「おおっぴらに見せびらかさなければいいと思いますけど……そこはちょっと考えます。何にせよ、今日のやり方はちょっと問題が出そうなので変えた方が良さそうですし」
「そうね。うるさいのはちょっと問題になりそうだものね」
轟音によるうさぎの逃亡は結構な範囲に及んでいたっぽいからな。
他の冒険者や羊飼いに危険が及ぶかもしれないし、あまり使わないほうが良いだろう。
「それにポンさんの希望とはちょっと違うかもしれませんが、解体だけお願いしてみるのはありですよ」
ポンさん。フルネームはポン・ポポンさん。ふざけているとしか思えない名前だが、ポックルは擬音を名だの姓だのにする文化があるからしかたない。
ドワーフだってみんな地球の文字でDから始まる名前をつけるせいでクソややこしいし、どうも鬼族は日本人っぽい名前を付けるんで世界観どうよってなるから、そのへんは考えるのもバカらしい。
ポンさんはシルケボーから南に行った集落の出身で、畜産家の三男坊。家を継げないので出稼ぎに来ているらしい。
職業はビギナー。武器はエストック。魔術は使えない。
ポックルがよく使うらしいダガーじゃ、春兎を狩るのは一苦労ですまないからエストックにしたらしいけど、人間族用を使ってるからサイズ比は両手剣。草原で地面から生えてたのはこれの鞘だ。
特技は動物の世話と解体。まあ、畜産の種族だしねぇ。
「まあ、その前にうさぎを狩る方法を何とかしなきゃいけませんけど」
束縛糸とサクラさん猛ダッシュで仕留められないかなぁ。束縛糸の拘束力なんてたかが知れてるし、むりかなぁ。
「そっちも問題よね。まさか全く追いつけないなんて……ショックだわ」
「普通の人は大抵の動物と追いかけっこで勝てませんから、そこは気にしなくてもいいと思いますよ」
春兎の加速や速度、鬼人化したカミキリムシ以上に出てそうだったし。
「あれが全力で畑を荒らしに来たら為す術無いじゃない。やっぱり人類の脅威としては、見過ごせないわね」
「そこにいらん誇りを持たないでください」
なんだかんだでこの世界の人は、自分の種族の役割には思い入れがあるのよね。
「ともかく、明日ですよ。今日は帰って風呂入ってさっさと寝ますよ」
「……まだ酒場は開いてる時間よ?」
「呑みません」
……そこ。ぶーぶー言わない。
話はのんびり進みます。
今週末の土日は予定があるため更新できそうにありません。明日は23時をめどに更新、次々回は月曜日の更新になると思います。
よろしくお願いいたします。
■草原人
多くが人間族の子供のような姿をした種族。
畜産を役割としており、転じて紡績や裁縫も行うドワーフと並んで手先の器用な種族である。また他の動物に対して高い親和性を持つ。
種族全体が陽気で楽観主義。歌と踊りをこよなく愛し、暇があれば馬鹿騒ぎを起こす。
多くが人間族サイズで10歳から13歳ぐらいの外見※をしているが、中には身長20センチほどの小さな者たちも存在する。人に近い外見をしている種族の中では最も体格にばらつきのある種族である。
※ただし約束の地の住人の栄養状態は近代日本ほどは良くないため、総じて体格は小柄。