旅立ちの日 1
灰色の修行期間なんかはバッサリカットなのです。
約束の地へ来てから3ヶ月が経った。
長かった。この三ヶ月本当に長かった。
仕方ないことだとは思う。ここは異世界だ。生活圏をこちらに移したからといって、文明の恩恵に預かりヌクヌクと育った日本人が簡単に行きていける世界ではないのだ。
当然、この世界のことは学ばなければならないし、魔王もそれを考えていたらしい。
基本的にステータスカードは戦うための、冒険者の物だから、使うなら相応に鍛える必要もあった。3ヶ月前の俺じゃ、経験値0のまま野垂れ死に確定だった。
そんなわけで、この3ヶ月間ずっとムキムキの兄さんや、ムサイおっさんや、年齢不詳の爺さんが俺を鍛えるためのスペシャルメニューを実行してくれた。
なんで男ばっかりか。
「君はまだステータスカードの被験者になると決めたわけでは無いんだろう? 生きていく為の力はサービスするがね。心躍る出会いは自力でなんとかしたまえ」
「それに、訓練場でのたうち回る無様な姿を女性に見られたくはないだろう? 私が精魂込めて因果律を弄くって、ここにいる間はもれなく男としか関わらないようにしておいてあげているから、安心して訓練に励むと良い」
あの魔王はクズだ。
「そうだ、この世界は娯楽も少ないからね。良かったらこれを読むと良い」
そう言って置いて行ったのは大量の小説、いわゆるライトノベルと言われるものだった。
なぜかそのほとんどが異世界転移物だった。
そこでは偶然異世界にやってきた主人公が、ヒロインとキャッキャウフフしている。
俺はと言えば、走って飛んで兄さんにぶっ飛ばされ、この世界の読み書きや常識を詰め込むスパルタ授業を受け、剣を振り弓を引きおっさんに跳ね飛ばされしているわけだ。
……あの魔王は糞野郎だ。
そんな苦行も今日で終わる。終わらせる。
名前:アキト・ハザマ
年齢:17
種族:人間族
状態;健康
レベル:1(1)
筋力;117
体力:120
瞬発力:105
知識:213
守備力:91
魔力:34
経験値:141
Next:159
ステータスはだいぶ伸びている。別にレベルを上げなくても強くなるのだ。
ちなみにこの値、百分率であるらしい。種族欄に書かれている種族の平均値が100。それより1%上回ったくらいの能力なら101と表示される。
クソ魔王が持ち込んだ近代トレーニングによって、守備力と魔力以外のステータスは、この世界の人間族の平均を上回った。
守備力?魔力が無いから無理無理。
守備力表示は装備が反映されないから、これを上げるには魔力を使うしか手がない。
この世界の住人は魔力で無意識に体を保護したり、身体機能の補助をしているので地球人よりは体が丈夫なのだ。
俺の脳みそにはそんな本能は刻まれていないし、そもそも魔力が足らない。
多少伸びているのは、食事と代謝で体がこの世界の構成元素に置き換わった事が理由らしいが、それでも34。こればっかりはレベルアップで人間止めないとどうしようもない。
レベルの脇にカッコ1と在るのが、現在上げられるレベルの総数。
訓練中に経験値が溜まって1つ分あげられるようになっている。この経験値、溜まっているのはステータスカードの方なので無くすとロストする。代わりに、俺の肉体はまだ改造されていないという話。
まあ、今のところ上げるつもりは無いのでいい。
門をくぐって屋外の訓練場に出る。
訓練場の広さは小学校の校庭くらいは在るだろうか。外周は5mを超える石の壁て覆われている。その訓練場の中央部には、大きな木箱が2つ置かれており、その周囲に簡単な柵が立てられている。
「おお、アキト。早かったな」
「当たり前ですよ、ジェイさん。今日をどれほど待ちわびたか」
オオカミの頭をした毛深い男性が迎えてくれる。この人は訓練の教官をしてくれたジェイさん。
顔は完全にオオカミのそれだが、牙狼族と呼ばれるこれでも立派な人類の一員だ。牙狼族は戦士の種族で、多くは騎士や警邏隊、狩りを中心にする冒険者になる。
ジェイさんも騎士ではあるが、長年、人の育成に力を入れてきた牙狼族の中では珍しい人なんだそうな。
「今日の相手はアレですか」
木箱に目を向ける。高さは2mちょっと。どれもガタガタと動いている。
「おう。アレを片付けられりゃ、晴れて自由の身だ。なに、訓練通りやりゃ大丈夫だろう。とは言え気を抜いて、無様な戦い肩をしたら、魔王様も考えなおすかもしれないがな。なにせ最終試験だしな」
そう、最終試験だ。
この男くさい魔王城を抜けだして、晴れて異界の地を踏みしめる為の最後の壁なのだ。
そもそもの発端はこの世界に来た翌日。今後の事をあの陰険魔王に聞いた時の事だった。
「存在を改変していない君じゃこの世界をうろついたら即効死ぬからね。自由に歩き回られるのはちょっとね。とは言え、護衛を付けてぶらつかせるのも労力がもったいない」
「レベルアップすればすぐ大丈夫に成るだろうけど……まあ、自力で頑張るのも有りかな」
そう言って奴が出した条件が、とりあえず警邏隊の入隊試験に合格すること。そもそも体を鍛える必要は有ったし、わからなくはない。
そしてその試験は3日前に見事合格した。
「おめでとう、じゃあ最終試験をしようか」
これで自由の身と喜んだ俺に、あいつはそう言って笑いやがった。
「街で手っ取り早く稼ぐには、冒険者に成ることが一番だ。なにせこの世界はまだまだ人類以外の生物の脅威に晒されているからね」
そんなことは警邏隊の訓練で重々承知している。
「中身は?」
「そう変わったもんじゃないが、まあ、開けてのお楽しみだな」
お楽しみか。まぁ、市街地に連れ込めるようなやつだから、そう意表を着いたものは出てこないだろう。
「準備は整ってるんだが時間までまだあるし、魔王様が来てないから初められないぞ?」
「別に構いませんよ。少し体を動かしています」
柵から少し離れたところで準備体操をした後、腰に下げていた剣を抜く。
全長120cm強、柄の長さは約30cm。分類的には片手剣と両手剣間に当たるバスタードソードと呼ばれる両刃の長剣である。
魔王からの借り物で、これも一応はマジックアイテム。魔王剣ヴァックストゥーム・レプリカと言う仰々しい名前が付いている。まぁ、レプリカ。
初代魔王が作った秘宝を、あの非道魔王が複製したものらしい。
性能はあまり再現されていない。使用者の能力に応じて成長する剣って話だが、今の俺の能力だとせいぜい数打物の日本刀程度の切れ味しか無い。
それでも刺すか叩き潰すくらいしか選択肢のない西洋刀よりはよく切れるが。
おまけで錆びず刃毀れせず、血糊で切れ味が落ちないという能力も在る。これは量産品の魔法剣が最低限備える特徴なので特別な物でもない。
奴のマジックアイテム量産計画の結果、兵士や警邏隊員,民間でも中堅以上の冒険者ならほぼこの効果の着いた武器を持っている。本当はクワとか鎌とかに付けたいらしいが、流石に農具に回すだけの余裕はまだ無いとのこと。
まぁ、箱の中身のような奴がうろついてる世界だ。しかたない。
上段から唐竹,ずらして左切り上から少し落として右薙,逆袈裟から返して左切り上げ,左薙から上げて袈裟斬り,落として逆風,引いてから突き。
両手で持って剣を振るい、つなぎを確認していく。
個々の動作はようやくへっぴり腰と言われなくなったが、つなぎはまだまだ。型通りにつなぐことなんて実践じゃほぼ無いだろうけど、何事も基礎は大事だ。
「装備はそれで良いのか?」
「ええ。接近戦が出来るようにと言われてますからね」
今の装備はバスタードソードに,胸当てからガントレットやグリーブに至るまで全て革のソフトレザーアーマー。頭部だけはヘルメットではなく、サークレットをつけている。
このサークレットも借り物のマジックアイテム。名は識別のサークレット。効果は色々あるが、外見は某有名RPG3作目の勇者がつけている額に宝玉の着いたアレに,耳やあごを守るための申し訳程度の金属パーツが付いていると思ってくれればいい。頭頂部への衝撃を魔法で防ぐため、バイクのヘルメットよりは安全だとか。
変わった点といえば,左目の上辺りに可動ギミックとして見知のモノクルと言う名のパーツが付いている。
識別のサークレットは名前の通り鑑定機能を持ったアイテムだ。ただし鑑定できるのは自分が知っている事に限る。初めは役に立つのかと思ったが、知ってさえ居れば思い出せなくても鑑定されるので非常に便利だ。
ただし誤った知識を学んでいてもわからないことが欠点か。
魔王剣と識別のサークレット、それにステータスカードの3つが今回の命綱だ。
剣を収めて胸から下げているステータスカードを確認する。魔力は34。変化はない。この世界の魔力と呼ばれるものは俺にもあるが、残念ながら使いこなすことが出来ない。
ただ、以前借りた認識疎外の腕輪のようなマジックアイテムは、使用者の魔力を勝手に吸い上げて発動するから使うことが出来る。剣もサークレットもステータスカードも同じ仕組だ。
使った分は減るので魔力管理は最重要項目。呼吸するだけで多少溜まっていくが、ステータスカードが常時翻訳の魔法を発動させているので自然回復は見込めない。魔力が0近くになると回復に余計に時間が掛かるから、今後の事を考えてできるだけ温存して戦いたいところだ。
ステータスカードの確認を終えて準備完了。後は体が冷める前に初められるといいんだが……。
「準備は整ったみたいだね」
振り向くとヤツが居た。
「ああ、もう準備万端さ。ようやくこの男くさい城から抜け出せると思うとせいせいするね」
「君がレベルアップすることを納得してくれれば、もっと早く自由の身になれたと思うんだけどね。まあ、納得するまで自分の力で頑張るのも良いだろう。少し早いがはじめるかね?」
「もちろん。出発の準備をしなきゃならないんだ。早いほうが良い」
「そうかい? まあ、自信が在るのはいいことさ」
「試験は見ての通り、あの木箱の中身を仕留めれば良い。今日は初の1対2だ。油断しないようにね。致命傷になる攻撃を受けたり、柵の外に出たら又鍛え直しだから気をつけたまえ」
「わかってるよ」
1つだけつけられた入り口から柵で囲われたエリアへ入る。広さは直径25メートルほどか。柵の高さは2メートルくらい。横板はまばらだから、人間の方はそこから逃げ出せなくもない。木箱を開ける彼らはそうするんだろうしな。
「がんばれよー」
「一応応援してるぜ〜」
いつの間にか人が集まって来ていた。訓練に付き合ってくれたロイさん、ユアンさん。俺より後に入ってきた新兵のイクス。訓練に遅れそうな時、廊下の角でパンを加えたまま俺を跳ね飛ばしてくれたマッチョのリッキーさんも居る。あの時ほど魔王を呪った覚えはない。
まあいい。今は目の前のやつに集中だ。
次回投稿は5/7の21時頃を予定しています。