閑話2 最初の一歩のその日まで
ギリギリに成りましたが間に合いました。
キルナ村での蟲人との戦闘との翌日。
気失いの森を探索しながら歩くこと3時間。
最初にカミキリムシの鬼人と遭遇した広場までやってきた。
「また、すごいことになっていますね……」
広場の様子を見て、エレオノーラさんがため息を着いた。
エレオノーラさんは魔王軍に所属するエルフの医術師。医療行為のほか、情報収集や状況解析を合わせて受け持つ後方支援のエキスパートだ。
20代中盤くらいの細身の美女で、長い金髪を編んでアップにしている。メガネが似合いそうだが、残念ながらこの世界ではまだ普及していない。
そもそも、視力の矯正-というか回復-は治癒魔術で可能なので必要ないのだけれど。
あたりの木々はなぎ倒されていて、森のなかに開けた空間が広がっている。
太い木は軒並み切り倒されていて、広場の向こう側に積み重なり、一部は森のなかに突き刺さっていた。
「最初にきた時は、真ん中のほうに、こう、テントみたく積み重なっていたんですけどね」
あれは全部サクラさんがぶん投げたせいだ。
「巣作りでもしていましたか」
「カミキリムシが巣を作るなんて聞いたこと無いわよ?」
サクラさんが首をかしげる。
「人類以外が鬼人になると知能も上がるんですよ。鬼人化の呪いは、他の生物を鬼に変える呪いです。言い換えれば、他の生物を人類に変える呪いでもあります」
「人類並みの知性を持つってことですか?」
「そこまでは。もし、長く鬼人であり続けた蟲人がいればわかりませんけどね」
すぐに理性を失って暴れまわるようじゃ長生きは出来んか。
「発狂の呪いも半分くらいしか効果が無いと言われているので、可能性はあるんですがね。さて、まずはお仕事です」
エレオノーラさんは他の隊員たちと手分けして辺りに解析魔術をかけて行く。
ああやって、蟲人が付けた痕跡を調べるのだそうだ。
「俺達も目的の物を回収しますか?」
「そうね。何処飛んていったかな~」
こちらも手分けして弓とハルバートを探す。
ええっと……あの時転がったのはどのへんだ?
30センチほどの草が生い茂っているので、地面に落ちているものを探すのも一苦労だ。
それでも入り口よりはマシなんだけどね。
この辺は気失いのガスが濃いせいか、森の入口に比べると下草の勢いが弱い。
「こっちに回って……その後このへんで……ええい、面倒臭い」
小加熱と発火の組み合わせで焼き払ってしまいたい。
山火事が心配だからやらないけどさ。
「アキト~、あったわよ~」
ちょい先でサクラさんが手を振っている。どうやら弓が見つかったようだ。
「ありがとうございます」
「はい。パット見て異状はなさそうだったけど、大丈夫?」
「……はい、問題なさそうです」
弦を弾いて反応を見るが、おかしな所はない。弓事態にも大きなキズもない。
一応戻ってから確認するが、多分大丈夫だろう。
「ああ、あと矢を見かけたら回収をお願いします。1本はこの辺に落ちてると思うんですが、2本は森の奥なんで無かったら大丈夫です」
矢事態はどこでも買えるものなんだけど、矢羽とつがえる部分が一体型の妙に丈夫なプラスチック製なんだよね。
こっちの世界じゃおそらく手にはいらないだろうし、使い回しが利くから回収しておきたい。なにせ矢筒に入ってる分だけしか無いんだ。
「オッケー。ハルバートは向こうの方に投げたはずだから、その辺から探してみるわ」
「お願いします」
幸いにして、鬼人に当たった1本は、うまい具合に地面に突き刺さっていたためすぐに見つかった。
60cm強はあるし、草むらの中でもちょい目立つ。
「っと、サクラさん~、ハルバート有りましたよ~」
少し奥に入った所で、サクラさんのハルバートが倒木に突き刺さっているのを見つけた。
ええっと……投げたのがあの位置で……深く考えるのは止めよう。
あのクソ重いのをどんだけの力で投げたんだ……。
「ありがと。さて、どれどれ……うわぁ」
「すんごい曲がってますね」
柄の丁度半分あたりの位置で、くの字ではきかないんじゃないかってくらいに折れ曲がっている。
「あれの攻撃を受けたときね」
きっと俺をかばった時だ。
「すいません、俺をかばったせいで……」
「もともと最初の一撃で曲がっちゃってたし、武器ってのはそういうものよ」
「それ、どうするんですか?」
「何の魔術もかかってないけど、一応オーダーメイドだからねー。シルケボーまで行ったら、治すつもりで鍛冶屋をあたってみるわよ」
「治るんですか?」
「多分……まあ、多少お金はかかるかもしれないけど、カミキリムシ討伐の報酬もあるしね。大顎と羽根を余分にもらえたから、ただの鋼鉄打ち直すくらいは余裕でしょ」
カミキリムシの鬼人は封印して誤送されたが、その時の戦闘で俺やラルフさんが与えたダメージで破損したパーツは、治癒せずにそのまま残った。
本来であれば斧を壊してしまったことを考えてもラルフさんに譲るべきなんだろうけど、戦いは俺の役割だから、と受け取ってくれなかったんだよね。
やっぱり敬虔な女神教徒らしい。
ちなみに、ラルフさんの斧は救援隊の隊長さんがエターニアの鍛冶屋に紹介状を書いてくれたので、そこで治してもらえるらしい。
これも女神が定めた役割。採掘と各種族に必要な道具を提供するドワーフのお仕事だ。
余談だが、サクラさんの装備修理は役割の範囲外。
サクラさんの場合は鬼族だからねー。役割をはたす場合、村を襲った側にならないとねー。……世知辛い。
「ほら、ぼっとしてないで矢を探しましょう。もしくはネズミでも倒してたほうが有意義よ。多少はお金にもなるし」
「……そうですね」
矢は幸運にもすぐに見つかった。現場を調べていた救援隊の方が拾ってくれていたのだ。
それから、解析を終えた現場で、一通り戦闘の様子を説明する。
周りの痕跡から、他に危険な生物が居ないかを調べるのだ。
2時間ほどかけて装備の探索と現場検証を行い、来た道を2時間かけて森の外まで戻る。
カミキリムシの素材と、入り口の家に預けた荷物やネズミの皮を回収して、キルナ村に戻ったのはそろそろ日が落ちきる頃だった。
「ごめんなさい、随分と遅くなってしまって」
村に着いて細かな報告を終え、解散となった所でエレオノーラさんが再びやってきて頭を下げた。
「いえいえ、これくらいはねぇ。アキト」
「ええ。ただで治療も受けられましたし、ここの宿代も持ってもらってるんで」
「一応、公務員だからね。それに宿代なら、私達が払わなくても、村長が優遇してくれたと思うわよ」
「まあ、どうせ荷物の回収には行かなきゃいけませんでしたしね」
まっすぐ行って帰ってきても、村に戻れたのは昼を大きく回った頃だろう。
シルケボーまで出発しようにも、乗合馬車はまだ動いていないし、その時間から歩きじゃどうせとなり村までがせいぜいだ。
「明日、この村は昼前の馬車から運行が再開する予定だけど、それに2人分、魔王軍名義で席を取ってあるわ。使ってちょうだい」
「ありがとうございます。……良かったんですか?」
「直接報酬を払うわけには行かないから、こういうので融通するものなのよ」
なるほど。ラルフさんの紹介状と似たようなものか。
そう言えば、ラルフさんはもう出発したのかな?パーティーメンバーとエターニアで合流するって言ってたけど……。
宿に戻るとラルフさんは発った後だったが、昨日に引き続きハンスさんたち村の衆が村長を交えて飲んでいた
……まあ、そんなもんか。
□□□
翌日。シルケボー行きの馬車がやってきたのは、太陽が高く登り切る前ほど。おそらく10時から11時の間くらいだった。
それまでと言えば、出発の荷物をまとめたり、トレーニングがてら剣を振ったりしていた。
サクラさんはと言えば、ふらふらと辺りを彷徨いていたようで、何が楽しいのか剣を振るっているのをしばらく眺めていたと思えば、またふらっとどこかへいなくなり、しばらくして酒瓶を片手に見はり櫓の上で村だか田畑だかを眺めているのが目撃された。
……ほんとになんだろう。
そう言えば、あの華やかなワンピース姿はやめてしまったらしい。
鎧に穴が空いてしまったこともあってか、先ほど見かけたら茶色っぽい袖なしのベストを着ていた。後で聞いた所、村の雑貨屋で新調したらしい。
しかし、妙にモコモコした布地だったけど素材は何なのだろう。
「ええっと、これは冒険者ギルドまで。荷台に?了解」
御者に確認をして、討伐した蟲人の素材の積み込み許可を貰う。
さっさと載せてしまいたいところなんだけど……結構重い。どうしたものか。
「手伝うわよ」
「ああ、サクラさん。遅かったですね」
「……色々あってね。どこに運ぶの?」
「真ん中の空いてるところです。乗せたら固定用のバーを下ろして、動かないように固定して欲しいそうです」
「わかったわ。そっち持って……よっと」
50キロは会ったと思われる木箱がふわりと持ち上がる。……俺、ほとんど力入れてないんだけどなぁ。
「これでよしっと。出発は?」
「乗客が戻ったらすぐだそうです。昼飯は次の村にするとか。俺たちは最後の乗り込みですね」
「それじゃあ待ってればいいのね。……それにしてもすごい馬車ね」
今回の馬車は4頭立て、2台編成の大掛かりなものだ。前方は荷物をのせる荷台車。後ろは2階建ての幌付き客車。
鬼人騒ぎで客や荷物が止まったから、それを補うために乗合馬車組が引っ張り出してきたものらしい。
「サクラさん手荷物は……増えましたね?」
「そう?」
首をかしげても、明らかに荷物が増えている。麻袋一つと……。
「それって?」
「ああ、こっちは鎧よ」
なんだろうと思ったのは、折りたたまれた革鎧だった。
丁度、上半身を覆う部分の中に、草摺-いわゆる腰当ての部分-が畳まれて入っているらしい。
「……結構ひどくやられてますね」
前胴の肩口と、脇腹の部分にガッツリ穴が開いている。肩口はここで、脇腹は森で俺をかばった時に受けた傷だ。
「見た目はね。でも、実は胸板も背板も無事だから、鎧としてはそれほどでもないのよ。破れた所を張り替えて縫合するだけで直せると思うわ」
「そういうもんですか? でも、最後に俺をかばった時の傷とか……あれ?」
あれ?
サクラさんの鎧をよく見ても、目立った傷はその2箇所だけだ。
……いやいや。そんなバカな。だってあの時、蟲人が居た位置から10メートルぐらいは跳ね飛ばされていたよ?
え?
「サクラさん……最後に俺をかばってくれた時……」
「あ~、何だったかしら?それにしても皆遅いわねっ」
鎧を引っ込めて目をそらす。
「サクラさん、ちょっと良いですか?真面目な話」
「な、何かしら?」
「あの時はかばってもらって、ほんと助かりました。すげぇ吹っ飛ばされましたけど、おかげで痛いくらいで済みましたし」
「え、ええ。なんてことないわよ。うん」
「所で……なんで吹っ飛ばされたんでしたっけ?」
蟲人の一撃が俺に迫った時、サクラさんがその間に割り込んで吹っ飛ばされたのだと思っていた。
10メートルも転がされる一撃だし、俺が食らったらただでは済まなかっただろう。
当然、その攻撃を受けたはずのサクラさんの鎧に、その時の傷が一つも残ってないなんて変な話で……。
「イヤァ……ソレハホラ……アイツノケッシノイチゲキデ」
「サクラさん……嘘下手ですね。もしかして……あれ、当たってなかったんですか?」
「……いやぁ、かばわなきゃって思ったんだけどね。決死の一撃というか、思った以上にへなちょこで……」
「……じゃあ、俺達が吹っ飛ばされた理由って……」
「……思った以上に勢い良く飛びつきすぎちゃった。……テヘ♪」
「…………ノウッ!」
「もう、ああいうのは勘弁して下さいよ、ほんとに」
カラカラと車輪の回る音を響かせながら馬車が走る。
「ごめんごめん。いやね、ほら、誰かをかばったことも、かばわれた事も無かったわけでねぇ。ちょっとやり過ぎちゃった」
「それは……まあ、良いんですけどね。痛いくらいで済みましたし。それより、結果的に失敗したとはいえ、自分の身を盾にしようとしたことの方ですよ」
「あの時、サクラさんにかばわれたの、後でほんとに後悔したんですから」
鬼人の一撃でサクラさんが死んでいたかも知れないって考えたら、しばらく身体の震えが止まらなかった。
「そっちは……ねぇ。ほら、もう夢中でね」
「サクラさんの身体能力なら俺を突き飛ばすとか、引き倒して避けるくらい出来るでしょう? 盾になろうとか幾ら鬼族が丈夫だからって、危ないことは二度としないでくださいよ」
「わかってる、わかってる。大丈夫……次は……無いわよ」
「本当ですか?」
「だって、あんなのに出会うことなんて早々無いでしょう?」
「そうじゃなくてですねっ」
この人は本当にわかっているんだろうか……。
□□□
「そんなわけで、しばらくは彼女と一緒にパーティーを組むことになりました。残り400ゴルちょっとを稼ぐまでは、シルケボーに滞在する予定です……」
送られてきたレポートはそう締めくくられていた。
「……大変です」
メーナが読み上げたソレを自分のスマートカードで確認しながら、ミーナは拳をテーブルに叩きつけた。
体がぷるぷると震えている。
「そう?」
「これを大変と言わずになんというんですかっ!ヒロイン登場ですよ!」
「……ミーナ。小説の読みすぎ」
大規模な娯楽の移入までは出来なかった魔王ではあったが、漫画や小説、絵本と言った書物類はそれなりの数をこの世界に持ち込んでおり、多くは城の者なら利用できる図書館に収められていた。
それらは翻訳されていないものも多かったが、その解読を含めて読書は城に勤める文官やメイド達の十年来の娯楽となっていた。
ちなみに、ミーナを含めた女性たちに人気なのは、今も昔も恋愛小説である。
「そんなことはありません。アキトさんは、せっかく勇者なんて……その、輝かしい職業も頂いたんです。もっと活躍してもらわないと」
「輝かしいかはともかく、十分だと思うけど?」
メーナの評価的には、キルナ村での一件は大金星に近い。
まだレベルアップはしていないが、サクラと言う鬼族の女性がほんとに『ヒロイン』であるなら、彼は彼女の為にボタンを押すだろう。それは、きっと彼自信が自分のためにそうするより早いだろう、とメーナは予想していた。
「あまい、甘すぎます。別にレベルアップだけが目的じゃありませんよ!こう、知名度をガンガン上げてですね、村と言わず街と言わず、こう世界を救う勢いで」
「別にそこまでは望んでいないのでは?」
「いいえ、よく考えてください。アキトさんがレベルアップしたら、魔王様はそれだけで報酬をご準備なされてます」
「私達も何かは知りませんけど、アキトさんが望むならもう1枚……彼女の分を与えるのだって、魔王様はやるでしょう?そしたら後は簡単です。レベルアップしたら、呪いに打ち勝った鬼族の出来上がり。どっかの農村に引きこもって、畑耕しながらのんびり暮らせば良いんですよ。活躍の場なんて無いじゃないですかっ!そんなことになったら私達の立場は!?」
随分と熱が入っているようだ。
ミーナは元々サポーターの仕事に憧れていたし、二人で彼を担当する事になった時の喜びようも凄かった。
今も現地派遣員の資格を取るために、仕事の合間に護身術や魔術の訓練に励んでいる。
……私も付き合わされているのだけど、とメーナはため息を着いた。
「ミーナは……アキトが良いの?」
そう問いかけると、冷水を浴びせかけられた様に固まって目を見開いた。
「いえ……その……好きとか嫌いとか、そういうのはまだ無いんですけど……」
「……うん。知ってる」
ああ見えてミーナは打算的だし、恋に恋するタイプでまだ誰が、というわけではないのをメーナはよく理解していた。
だから王子様系の恋愛小説にどっぷりハマるのだ。
「大丈夫。多分……ミーナの心配しているようにはならない」
確信は無いけれど、そんな気がした。
少なくとも、あの魔王様がそんな簡単に平穏が得られるようなプレゼントを送るワケがないと。
「……まあ、メーナが言うならそうかもしれませんよ。私よりずっと感は良いですし。でも、よく聞いてくださいメーナ。このままでは、私達の影は薄くなる一方ですよ」
「……もともとサポーターはそういうもの」
「いいえ、いけません!確かに、サポーターは世間への露出は少ないです。で、す、が、アキトさんとの繋がりまで薄くなっては意味がありません!」
「危ない稼業の冒険者なはずなのに、鬼族が一緒なら大抵はヌルゲーです。チートです!当然、こっちを頼る機会も減ってしまします!何か忘れられないアピール方法を考えなければいけません!」
「……こうしてレポートを送ってきてくれているのだから、忘れてないと思うけど……」
「どうしましょう。返信を送らせて焦らし作戦ですか。それとも意味深な所で区切って……。いっその事、ステータスカードの待受を私達の写真に強制アップデートしてもらって……」
メーナの声は、ミーナの意識には届いていないようだった。
……まだ朝だというのに、今日一日このテンションに付き合うの?
窓から覗く空は晴れやかであったが、メーナはかったるそうにため息を着いた。
「気づいたらあなたがのたうち回りながら、やばげなうめき声をあげてて、ああ、やっちゃったぁって……」byサクラ
鬼人との戦いの蛇足と、今後も出番の少ない双子のお話でした。
次回更新は6月上旬……遅くとも6/11~6/12辺りには上げたいと考えていますが、果たして毎日更新が続けられるのか……。
今後ともよろしくお願いいたします。