閑話1 キルナ村での休息
キルナ村に救援到着後のお話。
ミーナさん、メーナさんへ。
その後のことを少し報告しておこうと思います。
鬼人化した蟲人との戦いを終えた後。
救援に来た鬼人専門部隊のムキムキマッチョなエルフの医術師さんに診察と治療を受け、宿の風呂で汗を流してから仮眠を取った。
宿の1階に降りると、窓の外の太陽はかなり傾いていた。
ベッドに潜り込んだのは9時前頃だったろうか。多分今は15時くらい。仮眠にしては結構寝てしまった。
「おう、兄ちゃんようやく起きてきたか」
併設されている酒場からの騒ぎ声に釣られて顔をだすと、ラルフさんやハンスさん達村の衆が宴会を始めていた。
もうだいぶ出来上がっている感じだ。
「おはようございます。……もう呑んで大丈夫なんですか?」
「おう!傷も骨折も魔術で直してもらったし、いつもより調子がいいくらいだぜ!」
そう言いながら器用に樽ジョッキを煽る。
「兄さんもなんかぁ飲むかぁ?それとも食うかぁ?」
……腹は……空いたな。
「酒は飲まないので、お茶か何かを。あと食事は頂きます」
ハンスさんが店の女将さんを読んでくれる。注文は選べるような状況じゃないのでおまかせだ。
「サクラさんはどうしました?」
「ん、嬢ちゃんか。まだ見てねぇな」
村の人が席を開けてくれたので、ラルフさん達が座っていたテーブルに陣取る。
結構寝ていたつもりだが、まだ起きてきてないのかな?
「嬢ちゃんなら、さっきマリナちゃんが連れてった〜よ」
「マリナ……さん?」
「ああ、村長さんとこの娘さんだぁ」
ああ、そう言えば村長さん家で見かけたな。20代半ばくらいの赤毛の女性。小さな子どもを連れていたっけ。
そういや、この世界の人の年齢っていまいち解りづらいんだよね。
村長さんはおそらく50代になるかならないか、ハンスさんは30前半くらいか?ラルフさんの年齢は正直まったくわからない。口調と冒険者ランクから言って30前後かな?
「はい、お待ちよ」
おばちゃんが料理を運んできてくれた。
何かよくわからない肉のソテー、それに珍しく柔らかい白パンだ。地球で言う小麦は、この辺だと貴重な部類に入るのに。
「こういう日は呑んで騒いで、平和に感謝するもんさ。食いな」
「頂きます」
焼きたてのパンはいいね。食べごたえのある黒パンも嫌いじゃないが、やっぱり食べ慣れている分、白パンはウマイ。
肉は……うん、うまい。珍しく、かなり香辛料が効いている。この世界に来てから、何の肉かは気にしないことにした。
「救援の皆さんはどうしました?」
「何人かは捕獲した鬼人を誤送するってーんで既に発ったぜ。残りは近隣一帯を調査するとかで、村の外さ。村長さんとこには隊長殿がいらっしゃる」
鬼人専門部隊の隊長は、銀色の毛並みをした餓狼族の男性だったっけ。
「鬼の……カゲトラさんでしたっけ?あの人は?」
サクラさんが蟲人に向かおうとしたその時、空から降ってきて一撃のもとにアイツを叩き伏せたのは魔王軍でも数少ない鬼族の戦士。
2メートルを優に超える背丈と赤銅色の肌。名はカゲトラと言うらしい。
鬼族の特性を活かしてあっという間に鬼人を分解してしまったその力に、流石に背筋か寒くなった。
「アイツは鬼人を連れて帰る組だって〜んで、もう既に出発しちまったな」
「そうですか……」
サクラさん以外の鬼族の方とも話して見たかったが……残念だな。
「なんでぇ、兄ちゃんホッとした顔してるぜ」
「へ?」
「嬢ちゃんを取られなくて良かったってか?」
種族が違って表情が解りづらいけど、さすがにニヤついた笑みを浮かべているのが分かる。
「違いますよっ」
「そうかい?いやぁ、でもアイツは凄かったからなぁ。登場のタイミングもまさにヒーローってー感じたったし、気になるもの分かるぜ」
「だから違いますって!」
別にカゲトラさんを見つめるサクラさんの視線が熱かった、とか思ってないし。
「っと、噂をすれば、嬢ちゃん達が戻ったぜ」
振り返ると、丁度サクラさんが村の女性陣と連れ立って入ってくるところだった。
「お〜い、嬢ちゃん、こっちこっち」
ラルフさんが手を振る。いや、別にそんな呼ばなくても。
サクラさんはすぐに気づいたようで、村の人達に挨拶をしながらこっちのテーブルに……って。
「ようやく起きたのね。おはよ〜……ってどうしたの?口開いてるわよ?」
「……いえ、なんでもありません」
サクラさんの私服姿って初めて見た。いや、いつもの革鎧も私服なんだけどさ。
衣類はかさばるからあんまり持ち歩かないし。今の俺も、借物のシャツとスボンだしさ。
「随分めんこーかっこーしとんなぁ」
襟や袖に白のレースの刺繍が入った、薄ピンク色のワンピース。腰の所を袖口と同じレースの帯で結んでいる。
こうしてみると、まじで可愛い女の子にしか見えねぇ。
「マリナさんに、どうせ休みなんだからって着せられて……こういう服、あんまり着ないのに。特に借物はやぶっちゃいそうでね〜」
口を尖らせてそういうサクラさんは、とても嬉しそうだ。
「嬢ちゃんも呑むかい?」
「ええ……ワインが良いかしら。……どうしたの、ほんとに」
「嬢ちゃんがあんまり美人だから見とれてるんだよ」
「あはは、まさか。美人ってのは、エレオノーラさんみたいな人の事を言うのよ」
「ああ、確かにあのエルフの姉さんは見たことねぇくれぇべっぴんさんだった〜な」
「俺には大した違いは内容に思えるがね」
「それはラルフさんが牙狼族だからでしょう……お〜い?」
サクラさんが目の前で手をパタパタと振るう。ハッ!いかんいかん。
「なに?まだ眠いの?」
「いえ……そう言えば鎧姿以外を始めてみたなぁと」
「…………まぁ……旅なんかしてると、服なんてそうそう持てないしね」
「ちなみに、感想はどうよ?」
「よく……似合ってると思いますよ」
「だとさ」
「……うるさい、酔っ払いめ」
サクラさんは運ばれてきたワインを引ったくって、一気に煽る。
襟元から覗く喉の動きが妙に艶めかしい……いやいや。
「それにしても、なんね。村の外に出られないと呑むしか無いわね」
「まあな。鬼人なんかそうそう集団発生はしねぇと思うが、一応周囲の調査ってことだからな」
「そういや、聞いたかい?二人にゃ、明日森の方まで同行して欲しいって隊長殿が言ってたぜ」
「ああ、聞きましたよ」
俺達が最初に蟲人を見つけた、開けた跡地まで行ってどんな状態だったか聞かせて欲しいと言われている。
「弓を放り出してきちゃったんで、どのみち足を運ばなきゃいけませんし」
「あたしもハルバートを回収しなきゃ。後、討伐したカミキリムシの回収ね」
「ええ、後は小屋にバックパックをおいてきちゃってるんでそれもですね」
「ああ、あたしも着替えとか小物置きっぱなしよ。おかげでこんな格好なんだけどねー」
「まあ、それはそれで……って、あれ?」
そう言えば……サクラさんって……?
「どうしたの?」
「つかぬことを聞きますが……サクラさんって、一人称『わたし』じゃありませんでした?」
「……………………」
「……………………」
「…………ハハハ、そうだけど、何かおかしかったかな?」
「何その口調っ!」
「なに、わたしはいつもこんな感じだろう?」
「いやいやいや……キャラ、作ってましたね」
そう言えば、初日の馬車の中でどうもこの人語尾に詰まるなぁと思った覚えがあるが、そういうことか!
「そんなこと無いぞ」
「その気持ち悪い口調はやめてください」
「……気持ち悪い……」
あ、へこんだ。
「え〜……そんなにダメ?」
「はじめは気になりませんでしたが、今はおかしいです」
そもそも、途中からすっかり忘れて素で話してましたよね?
「こう、先輩冒険者としての余裕というか、懐の深さと付き合いやすさを演出してみたんだけど」
「なんか色々間違えてる人にしか見えませんから」
いっちゃん最初に会った時もキャラ作ってたなぁ。小さいって言われて瓦解したけど。
「そっかーだめかー」
「普段どおりで良いんじゃないですかね。ねぇ、ラルフさん」
「……おめえら、仲いいな」
「その返答はおかしい」
「まあ、細かい事はいいから呑むべ。ほい、おかわりだぁ」
結局、日が暮れぬうちから始まった宴会は、途中で灯した照明魔法の所為もあって夜遅くまで続いたのだった。
そんなわけで、サクラさんの私服と口調のお話でした。
閑話は一話にまとめる予定だったのですが、こっちがちょい微妙な長さと区切りになったのでもう一話挟みます。
次回は6月1日(水)ごろ投稿予定です。
■冒険者の荷物
街道沿いではバックパックなどに必要最小限の着替えや日用品、保存食などを携帯るだけの場合が多い。
これは、十数キロおきに村が点在し、徒歩でも宿場町で宿が取れることと、古着など日用品の中古取引が盛んに行われており、比較的安いコストで購入や買い替えが可能なためである。
(かさばる荷物は路銀に変えて、行った先で購入しなおした方が手間にならない)
大きな街道を外れたり、宿場町以外を目的地とする場合は、ロバなどを購入して野営用の荷物を運ばせる。