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かけだし勇者の放浪日記  作者: hearo
異世界と旅立ちと運命の出会い
21/64

鬼と鬼人 5

準備されていた火種で櫓に備えられた松明にわずかばかりの火を灯して、急いではしごを下る。


ついていけない能力差が恨めしい。

下に降りると、起きていた人たちが飛び出してくるのが見えた。

それを悠長に待っている暇はない。


「サクラさんが門の外で抑えてますっ!予定通りの行動をっ!」


叫んでから門に向かって走る。

あの門は一人じゃ開けられない。急増したハシゴで越えなきゃ外の様子も伺えない。


「兄ちゃんっ!奴は!?」


ハシゴに足をかけたところでラルフさんの声が聞こえて振り返る。ラルフさん、それに村長さんも居るようだ。


「外ですっ!いまサクラさんがっ!」


ハシゴを登って外を覗くと、サクラさんが虫らしき影と組み合っているのがうっすら見える。


「先に行くぞっ!」


ラルフさんの声がして、真横を人影が飛び越えていく。

嘘だろ!?この塀は余裕で2メートル以上あるぞ!?


「明かりを点けますっ!目に気をつけてっ!」


サクラさんにも聞こえるように、出来る限り大声で叫ぶ。これも予定通りだ。大丈夫だと信じたい。


照明弾(フレア)


野外広域用の照明魔術が打ち上がり、辺りが昼のように明るくなる。

そしてそれとともに、蟲人の姿がはっきりと映し出される。赤と黒のコントラストが美しい外骨格。顔にはわずかに焦げたような後が見られる。……間違いない。やつだ。


サクラさんは攻撃をいなしながら、関節や外骨格の継ぎ目を狙って打撃を加えているようだが、あまり効果は出ていない。

そこに走りこんだラルフさんがバトルアックスで体重の乗った一撃を加える。

おきな金属音が響いた。


「硬ぇっ!」


走り込みからの1撃は、蟲人の体勢をわずかに崩しただけだった。


「くそっ!傷一つ着かねぇか!」


嘘だろ!?幅1メートルは有りそうなバトルアックスでの攻撃でほぼダメージ無しかよ。


「腕とか足とかと狙って!」


「あいよっ!」


サクラさんが相手の動きを撹乱し、ラルフさんが防御力の低そうな末端を狙って斧を振るう。


どうする?あの中に混じってまともに戦えるか?

正直な所かなり怪しい。


なんとか門を乗り越えては見たが、剣で相手をするのは難しいだろう。

魔術は射程距離に入っている。だけどアドバイスされた麻痺の霧(パラライズ・ミスト)のような状態異常魔法は範囲魔術だ。どっちか片方がインファイトしている状態じゃ、巻き込みが怖くて使えない。


このまま機会をうかがう?


昼の蟲人の動きが思い出される。

あいつは羽ばたきながら地面を蹴ることで、虫には似合わない高速移動をしてきた。俺がサクラさんにかばわれるようになったのもそのせいだ。

ここがあいつの間合いの外だとは限らない。


……やるしか無いか。


安全第一、剣を構えて間合いを詰める。


「下がっててっ!」


サクラさんの叱責が飛ぶが、気にしても居られない。

なにせ、サクラさんかラルフさんの間合いに入っていないと、俺が狙われた時に対処できない可能性がある。


「二人の間合い内に居ますから、こっちを狙ったらなんとかしてくださいっ!」


可能性の一つとして話していたプランだ。

今ステータスカードに登録されている効果の有りそうな魔術は、あまり遠距離からの攻撃向きではない。

サクラさんは俺がアレに近づくことにいい顔をしなかったけれど、皆が生き残る可能性を上げるには手は多いほうがいい。


「ははっ!兄ちゃんいい度胸だっ!蟲の後ろに回り込みな!」


「了解っ!」


ラルフさんの脇を抜けて後ろに回り込む。

蟲人はこちらを気にしているようだったが、二人が攻撃を仕掛けている為に俺の動きに対処できていない。それならっ!

蟲人の攻撃に合わせて、セオリー通り後ろ足に魔王剣(ウァックストゥーム)を振り下ろすっ!


ガンッ!


硬い!なんだこれ!?魔王が強化したアリより硬いぞ!


弾かれた剣を流しながら間合いを取る。

驚いている場合じゃない。こいつの攻撃は前足による打撃と噛みつきだ。アリと違って酸による攻撃が無いし、後方に攻撃するだけの技能もない。

サクラさんとラルフさんが前をおさえていてくれるからここが安全地帯なんだ。出来ることをしないと。


ラルフさんは攻撃を受け流しながら的確に斧を叩き込んでいる。

外骨格が固く、また蟲の重量と重心の低さからか大きく隙を作るほどではないが、打撃によるダメージは多少は入っているようだ。


サクラさんはラルフさんに攻撃が集中しないよう上手く蟲の攻撃を潰している。

打撃に関しては裂けて関節を狙い、カミツキは頭部に向けて拳を打ち込み相殺する。

……動きに切れはあるが、ぎこちない?

防御はもとかく、攻めあぐねている感じが……ああっ!サクラさん素手の戦闘は専門外かっ!なんで剣を借りるの断るんだよもうっ!


「掴んでっ!抑えたっ!」


「おうよっ!」


幾度もの交錯の後、サクラさんがようやく蟲人の腕を捕まえる!

そのまま関節の曲がらない方に無理やり引っ張って、蟲人が体勢をくずした。


「おらっ!」


「こっちもっ!」


ラルフさんががら空きの胴体に斧を振るうのに合わせて、俺自身も全力打撃という足払いをかける。

その攻撃で、ようやく蟲人が重い音を上げて転倒した!


「もういっちょっ!」


「間合いを取ってっ!」


追撃を入れるラルフさんに向けて叫ぶとともに、自分もバックステップで距離を取る。

サクラさんが先に、一呼吸遅れてラルフさんが蟲人から離れた。いまなら蟲人も倒れている!


麻痺の霧(パラライズ・ミスト)


力ある言葉に呼応して、麻痺の霧が地面から立ち上る。

頼むっ、効果があってくれ!

蟲人の動きが一瞬止まって、ピクリと痙攣する。


「やったか!?」


それはダメな方のフラグっ!

蟲人が倒れたまま羽を広げた!ダメか!


終了(エンド)っ!」


麻痺の霧(パラライズ・ミスト)を強制的に終了させる。

麻痺の霧(パラライズ・ミスト)は名前の通り吸い込むと体がしびれる麻痺の霧を生み出す魔術だ。

これを展開している間は、その範囲にずっと霧を発生させ続けてしまう。完全に抑え込めないなら、インファイトをする二人のじゃまになってしまう。


「飛び立たせないでっ!」


束縛糸(バインド)っ!」


蟲の体が宙に浮いた瞬間、開いた羽を強制的に拘束する!それは予定通りなんだよっ!


「うらっ!弱いところががら空きだぜっ!」


バランスを崩して地面に落ちた所に、ラルフさんが羽の根本めがけてバトルアックスを打ち込んだ。


「キ、キシェェェ!」


根本から羽がもげて飛ぶ!


「いよっしゃ!これで!?」


蟲が地面を蹴って羽ばたいた!

その瞬間、ラルフさんが体当たりを受けて弾き飛ばされる。


「ラルフさん!?」


蟲人自体も変な動きをしたせいで地面を転がっている。蟲人が体当たりとか嘘だろ!?あいつら昆虫と大差ない動きしかしないから、勢いを載せての体当たりとかしないのにっ!


「アキトはラルフさんを見てっ!」


「ああ!」


サクラさんが蟲人に向けて駆け出す。


「ラルフさん!」


駆け寄るとプレートメイルが裂け、肩から血が流れ出していた。


「ぐふっ……はぁ……はぁ……」


良かった、息はある!


応急手当(ファーストエイド)


治癒の魔術を施すと、肩からの出血は止まったようだ。


「すまねぇ。やられた」


「いえ!それより大丈夫ですかっ!?」


「はぁ……はぁ……傷はおそらく。だが右手と右足が逝っちまってるっぽいな」


「っ!」


応急手当(ファーストエイド)じゃ重度の打撲や骨折は治せない。


サクラさんの方を見ると、蟲人に張り付いて散発的に打撃を加えていた。

空は徐々に明るくなり、稜線は白く輝いて太陽が顔を出し始めている。

予定通りに行っていればあと30分を切った。どうする?持ちこたえられるか?……ええいっ!考えていてもラチが開かない。


「下がってください!門まで肩を貸します!痛くても我慢してくださいねっ!」


右足が折れているせいで、腕も折れている右手側から支えるしか無い。


「すまねぇ。新人に手間ぁかけさせるとはヤキが回ったか」


「多分生きてただけで儲けモンです」


ラルフさんを門の前まで運び、村人に引き渡した。


「後はお願いします」


サクラさんは少し離れたところで、まだ蟲人を引きつけていた。


「兄ちゃん……アキトだっけか。俺の斧を嬢ちゃんに渡してくれ」


「ラルフさん、良いんですか?」


「ああ。鬼の力に耐えられるかわからねぇが、一発ぐらいは殴れんだろ」


「……ありがとうございます」


放り出してきた剣とラルフさんのバトルアックスを拾い上げる。

重いな。柄の部分は木製だが、5キロ以上はあるだろう。これを軽々振り回すのだから、人間と比べりゃ牙狼族も十分飛び抜けている。

残念だけど俺には扱えそうにない。俺がこいつを盾代わりにでも使えりゃ、サクラさんには使い減りしない魔王剣(ウァックストゥーム)を渡せるのに。

走りながらかけ出すとともに、腕に括りつけたステータスカードを見る。



体力:101

魔力:6



魔力が無い。炎弾(ファイア・バレット)は打てるが土壁(アース・ウォール)は無理か。

轟音(ジェット・サウンド)は……いや、そもそもスタン系がどこまで効果があるか謎だな。

それなら弱くても再生されない攻撃を考えるべきか。


「サクラさんっ!」


「はぁ、はぁ……っ!」


だいぶ息が上がっている。

戦闘が始まって15分以上は経過したか?その間ずっと殆ど防御を考えない奴と素手で組み合っていたのだ。当然か。


「ラルフさんの斧を使ってください!地面に刺しますっ!」


サクラさんの視界の端に斧を突き立てる。


「助かるわっ!」


カミキリムシの腕を無闇矢鱈に振り回すだけの攻撃をステップで避け、斧との距離を詰める。

ってことは、蟲は当然こっちを見る。まぁ、想像の範疇だよな。


「情けねぇっ!」


蟲人と自分の間にサクラさんが入るように立ちまわる。

俺にもっと力がありゃ、彼女を盾にするような事をしなくてもすんだっつーのに!


「はぁ……よっと。うん、ちょっと軽いけど良いわね」


サクラさんは両手で斧を拾い上げると、軽く振ってそんな感想を述べた。


「それを軽いって言えるサクラさんが恐ろしいですよ」


「失礼ね。あたしは鬼族の中じゃか弱いほうなんだから」


……か弱いの定義が崩れるなぁ。


「さて、少しは休憩したいしちょっとばかり死にかけててねっ!」


蟲人めがけて大地を蹴ったサクラさんが、次の瞬間にはバトルアックスを大上段から振り下ろした!

その一撃で蟲人は頭から腹にかけて真っ二つに切り裂かれる。


「しばらく飛んでけぇぇぇ!」


ぐわぁしゃっ!

回転を載せたスイングで、蟲人は傷口から体液だの内臓などを撒き散らしながら飛んで行く!うげぇ……。

地面に落ちても勢いは止まらず、そのまま30メートルほど飛んであぜ道から畑へと落ちた。


「はぁ……少しは……はぁ……回復に時間がかかってくれると良いんだけど」


「大丈夫ですか?」


「はぁ……流石に素手はしんどい」


それはそうだろう。サクラさんの戦いを見たところ、素手ではあいつに対して有効打がなかった。


「ラルフさんは?」


「腕と足をやられたようですが、多分命に別状はありません。斧は使えそうですか?」


「……既に嫌な音がしたから、後何回持つか解らない。刃は……後で謝らなきゃね」


ラルフさんが全力で叩きつけても傷がつかなかった相手を切り裂いだのだ。無事な理由はないか。


「もう日の出です。予定通りなら救援が来るまであと少しです」


照明弾(フレア)が打ち上げられている。運がよければ急行してもらえるはずだ。


「後少し……それがキツイんだけどね」


「逃げますか?」


羽を半分奪っている。それも可能かもしれない。


「それが出来ればいいんだけど……あいつ、学習してる。発狂してるはずなのに、最初より動きが良くなってるの」


「……手がつけられないじゃないですか」


蟲人に見ると切り裂かれた体が再生して、徐々に体を起こしつつあるところだった。


「あたしの攻撃じゃダメージに成らないのが……ほんともう……どうしようか?」


「……そう言われても……体内とかなら俺でもダメージ与えられますかね?」


卒業試験で防御力過剰なアリと戦った時は、口の中に炎弾(ファイア・バレット)を撃ち込んで、剣で頭のなかかき混ぜてやったっけ。


「……なるほど。でも……それはダメよ。ヘタすると殺しちゃう」


「……俺が呪われますか?」


「ええ、間違いなくね」


ほんともう、厄介すぎるだろうよ……。


「……やりましょう」


「アキト……正気?」


「そこ、本気を問うところですよ」


「いや、だって鬼なるかも知れないのよ!?自分の種族を捨てるのよ!?」


「悠長に話してる暇は無いでしょう。大丈夫ですよ……魔王に何とかさせます」


多分ムリだろうけど、倒せてしまったらその時はレベルアップでも人体改造でも受けるさ。


「頭を潰したい。かち割っても、首を飛ばしても構いません。お願いします」


「……うまくいかないことを祈っちゃうんだからっ!」


サクラさんは大きくため息を吐き出して斧を構える。

再生を終えた蟲人がこっちに向かって走りだした!。

本日5/25中にもう一話、鬼人とのバトル決着まで上げる予定です。


照明弾(フレア)

その名の通り照明となる灯りを打ち上げる魔術。発動させると上空50メートルほどから地上を照らす。

照明(ライト)と比べて光量が多いが、継続時間は15~30分間と短い。


麻痺の霧(パラライズ・ミスト)

神経に作用し身体を麻痺させる霧を発生させる。

呼吸による麻痺効果では無いため息を止めても効果は防げないが、魔力量が多い場合は抵抗が可能。


ステータスカードに登録されている麻痺の霧(パラライズ・ミスト)は対人向け。

また終了(エンド)まで継続的に魔力を消費し続ける代わりに、発動にかかる魔力は少なくなるよう調整されている。


終了(エンド)

ステータスカードに登録された予約語。登録魔術の個数(8個)には含まれない。

現在発動している魔術を終了させるキーワードである。

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