プロローグ 後編
当たりを見回して、見知った場所で在ることを思い出す。
夢だったのだろうか?そう思うが、手の中には腕輪と鍵、それにステータスカードと呼ばれた銀板が握られている。どうやら夢ではないらしい。
「……さむっ!」
12月の夜の冷え込みはキツイ。しかも、着ているのは部屋着のジャージなのだ。寒いに決まっている。
「……時間もないか。さっさとしないと」
まずは確認事項。あいつの言うことをそのまま信じるのも不安だ。
近くのコンビニまで行き腕輪を付ける。自動ドアはちゃんと開いた。
『いらっしゃいませ〜』と店員があいさつとともにこちらを向くが、不思議そうに首をかしげた。見えていないのか?
立ち読みをしている男性客の側まで行く。
気配を感じたのか周りを見回すが、こちらに反応する様子はない。目線に手を突っ込んでみる。
「……あれ?」
不思議そうに瞬きをして、目をこする。認識阻害と言ったっけ。なるほど。
効果は確認できたのでもう用はないと店を出る。なんでこれ使えないアイテムなんだろうな。
そのまま家まで戻る。築10年ちょっとの2階建て1軒屋だ。そこまで広くはないが、庭らしきスペースも一応在り、周りの家への見えなのか、小奇麗に手入れがされている。花壇に除草剤でも撒いてやりたいが、ここに植わっている花達に罪はないので止めておこう。
頭にはきているが……あんな魔王にでも話したせいか随分と落ち着いている。
「えっと……キーを持って、錠の開け方をイメージするっと」
庭に面した引窓を開けてリビングへ入る。にっくき家主共は予想通り寝ているようだ。
いくら視認を阻害されているとは言え、音などは出るはずだ。足音を殺しながら俺の部屋が在る二階へと上がる。上がってしまえばちょっとくらいは気づかれない。
「さて……何を持っていくか」
大きなリュックと手提げかばんに、必要な物を詰めていく。衣服は向こうで準備出来るそうなので、思い入れのあるものだけ。
父さん、母さんが撮ってくれたアルバム……小・中の卒業アルバムも持っていくか。
本は要らない。あの魔王のほうが博識だし、そもそも日本の本を色々と取り揃えているらしい。食料も同じく。本人が過ごすために自分の世界から日用雑貨などを仕入れているらしいので、そのへんも必要ないらしい。ケータイゲーム機? 電池は在るんだろうか。貯金通帳は……残しておいてやる理由はない。
……ベッドの下の雑誌は……残念だが処分していくか。見られたくはない。
トータル2時間ほどかけて荷物をまとめる。
持ったのはアルバムや昔取った賞状など、思い出にはなるが金銭価値は無いに等しい物ばかり。思い出一杯夢いっぱいだな。
置いて行ったらどうせ処分されるのだ。っというか、俺の家にあった他の荷物は処分されたのだろうか。感傷に浸りすぎてて漫画もゲームもほとんど置いてこんなものばかり持ってきていたが、逆に良かったな。
約束通りなら、後1時間ほどでこの世界とはさようならだ。
別に戻って来れないわけじゃないだろうけど、すぐに戻ってくるわけでもない。こっちの世界で一人で生きていけるくらいは稼がないとな。
リビングから庭へと荷物を運び出す。玄関を使うと気づかれる可能性もあるから仕方ない。
顔も見たくないからな。向こうは気づかなくても、起きてこられるのは簡便だ。
後はなにかあるか。自分の部屋を見回すが、これと言って必要な物もない。向こうで何か役立つものでもアレば良いんだが……。
向こうはあまり近代的な社会じゃ無いらしいが、魔王ソーマが言うにはそれなりに便利になっているとか。
こっちから持って行ってお金になりそうなものとか……貴金属くらいしか思い浮かばんな。当然持っているわけがない。
……ちょろまかして行くか?……やめておくか。大きな犯罪は犯すなと言われたし……窃盗が大きいかは分かんないけど。
出発の準備は整った、と思ったら足元がサンダルだったので玄関に靴を取りに行く。
スニーカーを拾い、リビングに戻ろうとした時、ふと片隅に銀色のリュックが置いてあることに気がついた。
……緊急避難セット。
これは頂いて……いや、借りていこう。うん。
サバイバル道具の詰め合わせみたいなもんだ。有っても困らないだろう。
再度リビングから庭へ、そして外に出る。大荷物だが腕輪はつけっぱなしなので、見られても気づかれることはないだろう。
コンビニでホットコーヒーと肉まんを買い、食べながら約束の河川敷へと向かう。
わかっては居るが不安になる。
ちゃんと向こうに行けるのかも、向こうでちゃんとやっていけるのかも。
……そういや、誰にも何も言わずに行くんだな。
こっちじゃそこまで親しい奴は居なかったけど、転校前の奴らにくらい連絡することを考えるべきだったか。
……手段がないな。携帯電話とかあれば、メールってのが出来るんだっけか。つっても、持ってる奴もそんなに居ないから意味ないか。
何も今生の別れになるわけじゃない。……はずだっ!時間も位置も自在なら、魔法で向こうに帰ることも出来るだろう。たまには直接会いに行けばいい。
よし、何はともあれ新しい門出だ。
数時間前の自分からしたら驚くようなポジティブさだが、悲観してもいいこと無いしな。
ぶらぶらと歩いて、河川敷にたどり着く。
時間は……そろそろだな。コンビニによって時間を潰したのが良かった。
蛍光塗料で薄く光る腕時計の針が5時を刺した。
当たりは未だ闇に包まれていて、ほとんど街灯がない河川敷では、星明かりが周りを照らすのみだ。
10……20……変化はない。
こちらから行った時も帰ってきた時も唐突で、予兆なんて物は殆ど無かった。今回もそうなだろう。
「ようこそ、約束の地へ」
ほらな。
そうして俺は、何の前兆もなく2度目の異世界の地を踏みしめた。
なぜ前後編に分けたって?編集時に長いなぁと思っただけさ。
明日は21時ごろ投稿予定です。