鬼と鬼人 3
通話モードを開くと、通信状況という項目が現れた。
『ネットワークを検索しています』という表示とともに,矢印が円を描く。
しばらくすると『通話出来ます』と言うメッセージと、『通信:弱』というアイコンが表示された。これでいいのだろう。
連絡先表示ボタンから1件しか登録されていないサポーターを呼び出す。
えっと……スピーカーのマークが出てる方を上にして、電話みたいに耳元に当てればいいんだっけ?
『魔導ネット通信をご利用いただきありがとうございます。現在呼び出しを行っております。この通話は通話先の応答にかかわらず、1分間に80ゴルでご利用いただいております。現在の請求元は冒険者ギルドと成っております。ご請求先を変更する場合は……』
とても人を苛つかせるアナウンスが流れる。今、応答にかかわらずとか言わなかったか?
「……はい、メーナです」
「もしもし?アキトです」
「はい。そう出ていますから分かっています。音声通話を使うなんて、何か有りましたか?」
相変わらずクールな反応だ。
「ちょっとお金が厳しいんで要件だけ。キルナ村の東の森で、鬼人化した蟲人が発生しました。冒険者ギルドと魔王軍に救援を要請したい」
「っ!!わかりました。そちらは……通話が出来るということは村ですね。私では対応できませんので、こちらから返します。通話は切って構いません。急ぎで何かありますか?」
すぐに状況を把握してくれたのだろう。折り返し連絡がもらえるのはありがたい。
「現状こちらは大丈夫です」
「それでは失礼します」
機械音がして通話が切れる。カードに目を移すと、通話時間一分三十四秒、料金160ゴルと表示されていた。
「切り上げかよっ!」
つらい、つらすぎるぞこのシステムっ!ここなら10日は生活できる金額が2分でふっとんだっ!
「連絡ついた?」
「ええ、大丈夫でした。メーナさん……って言ってもわかりませんよね。魔王製のマジックアイテム被験者のサポーターをやってくれてる方に、連絡を頼みました。折り返し連絡が来るそうです」
「そいつは良いや。魔王軍が動いてくれりゃ、一両日中には救援が来る」
「おお、これで希望が見えてきましたな!」
魔王が素直に動いてくれりゃ良いけど。
「それじゃあ、陽の高い間に武器の整備と村の周りの柵の補強、それから襲われた時の手はずを整えましょう。折り返し連絡が来たら、最終的にどう対策をするかを話しあうってことで」
サクラさんの提案に皆が頷く。
それからしばらくは、各々がそれぞれの仕事にバラけた。
サクラさんは破れた鎧の応急処置と武器になりそうなを探すため村1件の雑貨屋に。
ラルフさんは村の防御のための指示を出しに、村長とともに広場へでかけた。
俺はといえば、剣と鎧のチェックくらいしかやることが無い。それも片や魔剣、防具の方はサクラさんに助けられたので細かな傷がついてるくらいで影響無い。後はとにかく休んで魔力の回復に努めるくらいか。
『着信しています』
村長宅のテーブルに放り出しておいたステータスカードが鳴動したのは、それからおよそ30分後。
サクラさんが雑貨屋から帰ってきて、使えそうなものは無かったとぼやいていた時の事だった。
「やぁ、久しぶりという程でもないかな?」
うげ。
「どうしたの?」
「……魔王本人から連絡が来ました」
サクラさんは驚いた顔をする。俺としては別にこいつと話したくは無いんだが……メーナさんはどうした。
「……お久しぶりです」
「ハハハ、そちらで嫌そうな顔をしている様子が目に浮かぶよ。メーナで無くて残念だったね」
「……いえ、直接連絡が来るとは思いませんでした」
「一応、緊急事態だからね。まずはこちらから。魔王軍の鬼人専門部隊が出発の準備をしている。到着は明日の朝を予定だ。そこで状況を教えてほしい」
「はい。何から話せば?」
「蟲人の種類と、現在の状況。状況は遭遇場所と時間、経過時間、けが人などいればそれもかな」
それならだいたい俺でも判る。
先ほどまとめた情報を一つ一つ伝えていく。
「君は相当に運がいいね。……いや、悪いというべきか。そもそも、私が『街の危機とかじゃなきゃ助けないよ』と言って、舌の根も乾かぬうちに危機的状況に巻き込まれるとはね」
「好きで巻き込まれたわけじゃありませんよ」
「だろうけどね。状況はわかった。そう悪くないな。……とにかく、そのまま村の中に引きこもって朝を待つんだ。おそらくこちらの部隊がそちらに着くのは、朝の6時過ぎ……日の出から少しってところだろう」
6時過ぎ。……今何時だ?あと15時間後くらいか。
「お得意の魔法でささっと来られないのかよ」
「残念ながらね。それに、私は指導者であって、ヒーローではないんだ。危機的状況に挑むのは勇者やウチの隊員たちの仕事さ」
「……俺がレベルアップすれば、アレを相手取れるか?」
「カードを使ってくれるのは嬉しいけど、挑むのはやめときたまえ。無駄死をするだけさ」
やっぱりダメか。
「それに……自身の魔力の少ない状態で最初のレベルアップをするのはやめておいたほうが良い。最初のレベルアップは、君をこの世界の人類へと改変する。魔力枯渇状態でのその改変がどんな影響をおよぼすかはテストしていない」
「ステータスカードのレベルアップはいざという時の切り札じゃないよ。日々の積み重ねを助ける、転ばぬ先の杖だ。心しておくといい」
結局のところ、俺にこの状況を打開する力はないか。
「もし助けが来るまでに村が襲われたらどうすればいい?」
「時間をかせぐか、逃げる以外に思い浮かばないね。……ステータスカードにある、眠りの霧や麻痺の霧なら効果があるかもしれない。対人用に調整してしまっているので、確証はないよ」
状態異常系の魔術か。確認しておこう。
「……それから、君のパーティーメンバーの鬼族の娘に注意してあげると良い」
改まって、妙に神妙な口調で告げる。
「サクラさんに?」
レポートを読んで知ったのだろうか。……あれ?俺、サクラさんが女の子だって書いたっけ?
「ああ……鬼族は鬼人化した蟲人を殺せないが、鬼人化した蟲人は鬼族を殺せる」
「……………………」
「詳しい原理は省くけどね。鬼人化した蟲人から鬼族への攻撃で発生するダメージは、おおよそ半分程度しかキャンセルされない。致命傷以上は普通に致命傷になる。無謀な行為は避けたほうが良い」
「……ああ」
乾いた喉から、なんとか声を絞り出す。
『鬼人化した蟲人は鬼族を殺せる』
あの時、俺はサクラさんに助けられたけど、サクラさんが無事だったのは運が良かっただけ?
相手がどんだけ潰してもピンピンしてたから気にしてなかったが……くそっ!
「私からはそんな所かな。何かあるかい?」
「いや……大丈夫、だと思う」
サクラさんの受けたダメージは、応急手当で治る程度のモノだったんだろうか?
「それじゃあ、君たちの幸運を祈っているよ」
さっきと同じ機械音がして通話が切れた。
「サクラさんっ!怪我、ほんとになんともないですか?」
「……どうしたのよ、急に?」
「ちゃんと確認しましたか?表面的には治ってても、内臓がまずいとかありません?立ちくらみとか、寒気がするとか、頭が痛いとか。傷は脇腹だけでしたか?モノクルで簡単な診断なら出来ますから、ちょっと脱いで……」
「潰すわよ?」
「……失礼しました」
うん、焦りすぎた。裂傷だったし、もう4時間以上は経ってるし、20キロ近く走ってるんだからなんかあれば判るか。
「どうしたのよ、いったい?」
サクラさんはまゆを潜めて、俺の突然の言動に戸惑って居るようだった。それもそうか。
「……すいません。ちょっと取り乱しました」
「それは見ればわかるけど」
「魔王……サマからの言伝です。……鬼人化した蟲人は……鬼族を殺せるって」
「……………………」
「魔王の言うことです。信憑性は十分だと思います」
「……そう。なるほどね」
サクラさんは落ち着いた様子だ。
「アレからのダメージが残るから不思議だったのよね。ほんとに鬼同士だったら、そんなことあり得ないから。……うん、大丈夫よ、体はおかしくない。ちゃんとハルバートで受けたし、裂傷も鎧の上からかすめただけでそんなに深くなかったし、応急手当も効いたしね」
50パーセントのダメージキャンセルと、応急手当が効いたのだろうか。
「こっちからもアレを倒せるの?」
「鬼族からの攻撃はキャンセルされて無理みたいです。理由は……聞いてません」
「そっか。まあ、今までとそう変わらないし問題無いわよ。たとえすぐに回復したとしても、痛いのは嫌だから攻撃は避けるしね。時間稼ぎの戦い方しか出来ないなら、捨て身で仕掛ける意味もないわ」
確かに蟲人を貼り付けていればいいだけなら、防御に重点を置いても問題無いだろう。
「それより……そうね、救援は来るの?」
救援の問を投げる前に、一瞬何かを迷った用に感じられた。
「はい。それは大丈夫そうです。今、エターニアの鬼専門部隊が出発準備をしているそうです。到着は明日の明け方くらいだろうと」
サクラさんが何を聞きたかったのかは解らない。
……必要なことなら聞いてくるだろう。
「動きが早くて助かるわね。村長とラルフさんに伝えましょう。1晩で良いなら農地の被害も殆ど無いだろうし喜ぶわよ」
そうか、村の中に引きこもっていると、外の農地の管理が出来ないのか。そりゃそうだ。
畑の作物の手入れが出来ないと収穫と収入に直結する。ここは農耕村だから、ただでさえ蟲人騒ぎで村の蓄えを消費しているのに、この上作物に被害が出たら厳しいのだろうな。
「呼んできますよ」
「私もラルフさんに声をかけてくるわね」
救援の時間も決まったことだし、明日の朝までもう一頑張りだ。
トータル1000PVを越えました。
いつも読みに来てくださるかた、リツイートしてくださる方、多謝です。
明日も23時前には更新できればと思います。