鬼と蟲人 8
酒に飲まれて確認を怠りました。すいません。
■キルナ村
翌日。
宿を借りたオーの村から更に街道を南下し、馬車で揺られることに半日あまり。日が傾き始める少し前に、目的のキルナの村にたどり着いた。
依頼された蟲人が出現したと言う森はここら街道を外れて東に少し行った所だそうだ。
キルナ村もオー村と規模は変わらない、街道沿いの小さな村だ。
途中休憩によった中には、石垣に囲われた街といえる集落もいくつか見かけたが、残念ながら俺達に縁はないらしい。
「あたた……体が痛いわ」
馬車から降りたサクラさんが、体を伸ばしながら首を回している。
「身動き取らずに、変な態勢でずっと寝てるからですよ」
朝一番の馬車。昨日と違って別の冒険者や商人、比較的大きな街に薪や作物を売りに行く農民が乗りあわせており、馬車は満員御礼だったのだ。
ここまで3箇所の集落を経由したが、乗ったり降りたりが激しく、結局空くことはなかった。
「仕方ないじゃ……だろう。どんな所でも寝られる時に寝ておくのも、冒険者のスキルの内さ」
「……まぁ、良いですけどね。これからどうします?」
「まずは依頼主の村長の所に行って、話を聞きましょうか」
馬屋で村長宅を聞いて向かう。中途半端な時間だったが、運良く家に居てくれた。
「よくいらしてくれました。この村のまとめをやっております、キルナと申します」
村長さんの名前が村の名前と同じだった。どうも、この村を開拓した一族らしい。
居間に通された俺達は、背の低いテーブルを囲んだソファに座る。
この世界にも上座下座ってあるのかな?魔王がそう言うの気にしない質だったようで、マナーっぽいのはあまり教わってないんだよな。
「それで、詳しい話を聞きたいんだけど?」
「はい。ですがその前に依頼書を見せていただけますかな」
「ああ、はい。依頼書、キルナ東の森で蟲人討伐。対象はカミキリムシ1体。これでしょう」
「ええ、はい。ありがとうございます。依頼の内容はそちらに書かれているとおりでございます」
話によると、蟲人の目撃情報がはじめにあったのは2週間ほど前。
村の狩人が森の奥で獲物を取っていた時のことらしい。
仕留めた鹿を解体していた所、そいつが現れて獲物を奪われた。
その後森の奥で普段とは違う痕跡がいくつも見つかり、ギルドに依頼。シルケボーの方から調査依頼を受けた冒険者がやってきて、現場を確認しハグレと断定。
その頃にはサクラさんが依頼を抑えており、俺達の到着を待ちわびていたと。
「調査依頼を受けた冒険者は?」
「数日前にエターニアに向けて立たれました。こちらが討伐担当者へのメモになります」
「え~と……対象はカミキリムシ。成虫。詳細種は不明。体高は1.7メートルほど。体色は赤。食料が豊富なためか積極的に襲い掛かってくる気配なし。徐々に西に移動しているもよう?」
「初めは森の奥でしたが、ここ数日は森の入口から入ってすぐのところにも痕跡が見られるようになりました。森の側には村の木こりが数名、家を構えているのですが、今はこちらに避難してもらっています」
「ん~……面倒ね。縄張りを拡大してるのか、それとも移動しているのか……何か知らない?」
「見て見ないことにはなんとも。でも、カミキリムシの蟲人はあんまり縄張りを持たないはずだから、移動してきてるんじゃないかな」
座学でやった知識をひねり出す。実際、見たこと無いのでなんとも言えない。
「そうねぇ……森の入口まではどのくらい?」
「片道2時間といった所でしょうか」
「今から出ると、向こうに着く頃には夕方ね」
「今日は村で泊まられると良い。明日の朝、案内に村の者を一人つけましょう」
「……じゃあ、そうしましょうか」
その後、森に入るための装備や、討伐した蟲人を運ぶための算段をつけて村長宅を出る。
「どう思います?俺は実際の所そんな実地経験が無いんで、判断とか着かないんですけど」
宿への道すがら、さっきの話をサクラさんに聞いてみた。
「ん~……移動してるのが気になる、くらいかな。蟲人に縄張り意識があったとしても、縄張りを広げるって事はその中に食料が不足してるってことでしょ? 話を聞く限りそんな気はしないのよね」
気失いの森で活動する狩人は少ないし、木こりも森の入口で伐採と植林を繰り返しているらしい。
ここ20年位は獲物の量も随分安定していて、大きな変化は無いとのこと。
「こっちに来る理由は?」
「入り口の方が人手が入ってるでしょうけど……あんまり思いつかないわね」
別に蟲人は人類を好んで襲うわけじゃないしなぁ。
「なんにせよ、行ってみないとわからない……さ」
何はともあれ明日か。
村1軒の宿を訪ねて扉をくぐる。
ちなみに、その日は別々の部屋に泊まった。
気失いの森はキルナ村から東におよそ10キロほど行った所から始まる。
村からへ向かう道の半分以上は畑になっており、それが森の入口手前1キロほどは平原に変わる。
この辺りはかつて森だったが、切り開かれてまだ開墾がされてないエリアだそうだ。今は背の高い草が生い茂っている。
「家の周りは多少開けてるんだが、後はこんなもんだぁな。普段なら山羊や羊を放す次期なんだが……蟲騒ぎで村の方へ引き上げちまって、ここ1周間ばかりは伸び放題だぁ」
案内についてくれた狩人のおっちゃんが道すがら説明してくれた。名前はハンスと言うらしい。
森の入口には木で作られた小屋が3軒ほど立っていて、ここが木こりや狩人の住処らしい。
「こっから先はおめさんがたに任せっけど、どうする?」
「とりあえずは様子見ね。調査した冒険者が蟲の目撃地点付近まで案内してもらいたいんだけど」
「んじゃ、早いとこ入ろか。こっちだ」
そう言うと民家の裏手の方に案内された。
森の入口はどこも草が低くて見通しが良いが、たしかにそこだけ踏み固められたように土がむき出しになっている。
「蟲の他に危険な生物って出ないんですか?」
「あん?……魔獣だったら、ヒュージマウスとビッグマウスくらいか。カエルが多い方はもちっと南側だけんど」
ヒュージマウスは小型のネズミが魔獣化して大型になったやつで、ビッグマウスはカエルの魔獣だっけ。わかりづらい。
「イノシシは居っけど、クマは見ねえな。オオカミはなんか知らねぇが寄り付かねぇ」
なるほど。
「可視化・気体」
モノクルを卸して、可視化モードを起動する。
「どしたの?」
「ええ、ちょっと」
気失いの森……いつの間にか意識を失うって話だったし、人には感じられないガスかもしれない。
気体可視化モードにしておけば、普通の空気と違うとことは見て気づけるはずだ。
「しっかし、ちょっと入らねぇと草がヒデェや」
ナタで下草や低木の枝を切り開きながら獣道を進んでいく。ところどころ開けた所はあるが、春先を過ぎているので草の勢いがすごい。
ほぼ獣道と変わらない草木の分かれ目を進む。人手の入っている森だけあって道の周りはまだ歩きやすいのが救いだな。
「ちょいまち……なんだぁ?」
入り口から30分も歩いていないところで、ハンスさんが立ち止まる。
「……樹の幹を剥いで喰ったみたいね」
一抱えほどある木の根元から1メートルほどのところに大きな切り込みが入っており、幹の3分の1ほどがえぐられていた。
「識別」
識別モードで見てみるが、特に情報は得られない。仕方なく気体モードに戻す。
「不意打ちは勘弁願いたいわね。あんまり見通しも良くないし……行動範囲内みたいだし、この辺でおびき寄せましょうか。下草は狩っちゃって大丈夫?」
大きな樹木さえ倒さなければ良いと許可を貰ったので、少し戻った開けた場所から草刈りを始める。
「~~♪」
サクラさんが借りたナタをふるいながら、草とか低木をガンガン刈っていく。やべぇ、振ってるナタが目で追えない。
俺も魔王剣を抜いて草を切り払う。刃毀れせず、汚れにも強いから野良仕事には最適だね。
……こいつの維持費がバカ高い事を思うと虚しい。
「……ん?」
目の前の茂みが音を立てた。次の瞬間、黒い影が飛び出してくる。
「うぉっ!」
とっさに飛び退いてかわす。
「なに?なんか出た!?」
「なんかってか、ネズミっ!」
中型犬くらいは有りそうな灰色のネズミだ。さっき言ってたヒュージマウスだ。
「なんだ、ネズミか~」
サクラさんは興味がないらしいな。
ネズミの方はやる気満々でこちらを伺っている。魔獣は逃げないらしいから、やっぱりこいつがそうなんだろう。
「このっ!」
ヒュージマウスに向かって突きを繰り出すが、素早い動きで避けられる。
ネズミとしては大きいとはいえ、腰丈ほどしかない相手にバスタードソードはやりづらいな。
「でぇぃっ!」
飛びかかってきた所を、バックステップで間合いを調整して首だけを跳ねる。よっしゃ!楽勝!
「何だ?ネズミ仕留めたんか~」
入口側で草刈りをしていたハンスさんも、声を聞きつけたやってきた。
「ええ。襲われたので、これどうしましょう?」
「血抜きして皮剥いで、肉は臭くて食えねぇから豚の餌にすんな。内蔵は埋めだぁ」
「血の匂いで蟲人が寄ってくるかもしれないわ。ちょっとさっきのところからこっちに向かって撒いて来てよ」
うへぇ……。
ロープで吊るして内臓と血液を取り出し、皮剥ぎ作業は任せてかじられた木のところへ。切り落とした頭を木の根本に置いて、内臓と血を巻きながら戻る。
俺の剥ぎ取り技術が上手ければ誰かに任せるんだけど、残念ながらお世辞にも上手いとは言えない。
最初は死んだウサギの皮を剥ぐのですら躊躇したくらいだしな。冒険者には必須技能とはいえ、訓練はおいおいね。
それから、別方向に進んでは草刈りをして広場をつくり。獣道を整えて広場通しをつなぐ。
そんな感じでかじられた木の周辺に3箇所ほど、10メートル四方位のエリアを作成した。
各エリアには、度々飛び出してくるヒュージマウスの肉を盛ってある。昼に成るまでに俺が3匹、サクラさんが2匹仕留めている。
「うへぇ……既に風呂に入りてぇ」
入り口まで戻り、川から引いてある水で血の匂いのついた手や装備を軽く洗う。
予想よりはるかにポイントが手前だったため、昼飯を兼ねて戻ってきたのだ。
「あの位置なら、今日中に接敵出来るかも。ラッキーね」
「いやまぁ、森のなかで野宿の可能性も有りましたしラッキーっちゃラッキーですけどね」
話に聞いていたポイントは、歩き慣れた狩人で3時間。俺達だと4時間ほどはかかる位置だ。目標の発見に時間がかかればその場で野宿もありえた。
「何かあるわけ?」
「匂いにつられてやってくるネズミの相手は勘弁して欲しいですよ」
だいたい、内臓を捨てに行くのは俺の仕事なのだ。
焚き火で干し肉を焼き、黒パンを炙る。焼けるパンの匂いが血生臭さに打ち勝って食欲をそそる。
「自分で剥ぎ取りベタって言ったんでしょ。ハンスさんがサービスでやってくれるんだから、感謝しなさい」
「それについては頭の下がる思いです」
「ええって。皮も村で下取りさせてもらえるってことだぁしな」
ヒュージマウスの皮5匹分。これだけでも宿代くらいにはなる。
パンと干し肉を交互にかじる。塩気の利いた肉は、これはこれで美味い。
日本人には馴染みのない黒パンもだいぶなれた。まだちょっと違和感あるし、パサパサするけど。
「さぁ、午後はもうちょっと奥まで行きましょう。2時間進んで、1時間位は場所づくりと調査。そしらた2時間で戻って、今日はここに泊まりよ」
森のなかを進む。
順番は案内のハンスさんが先頭で、サクラさんが真ん中、弓のある俺が殿。つっても持っているのは剣の方だけど。
「カミキリムシって羽有りですよね。上から襲撃されたりしませんか?」
「まじでか?」
「奴らも飛ぶけど……あんまり木登りはしないわよ。必要ないし、でかいし重いから得意じゃないもの」
なるほど。そういうものか。
森に入ってからおそらく1時間半ほど。途中で開けた場所を2箇所ほど草刈りをしたが、それ以外は順調に進んできている。
向かっているのは調査で痕跡が見つかった地点。
調査時の目撃地点はそこから更に南東に1時間ほどの場所だ。
「……ありゃなんだ?」
森の奥、右手側に黄色いモヤのようなものが薄っすらと見える。
「何かあった?」
「向こうにモヤみたいなのが……ああ、モノクルのせいか」
あの黄色いのは、普通の空気と違う成分なんだろう。
「この辺で気を失うことって有りますか?」
「あん?倒れるまでは行かねぇけんど、くらっときたってやつはいたなぁ。獣道から外れっとアブねぇ」
やはり当たりだ。
「空気になんか混ざってるみたいですね」
「何かって何よ?」
「いや、わかりませんよ。気を失わせる何かです。こっちまでは来てませんから大丈夫でしょう」
「わかるんけ?」
「ええ。一応は」
可視化モードにしておいて正解だったな。
それから、ところどころ黄色いモヤが湧いている所を見かけたがさほどの濃さでは無かった。この辺はよく人が入るエリアなのでそれほどでもないのだろう。
「またバッサリやられてるわねぇ」
そこでは太い木が数本、胸丈くらいで切断されて横たわっていた。
「識別」
木々の切り口を確認すると、先ほどかじられていた物と一致する結果が出た。こういうの便利ね。
「さっきのと同じですね」
「でしょうね。こんなの出来るのそうそう居てもらっても困るし……当たりを探索してみましょう。ハンスさんは真ん中で」
「すまねぇな」
狩人は蟲と戦うなんてのは専門外だし、装備もせいぜいネズミやカエルを狩れるナタと弓だ。蟲が出たら俺達が守らないといけない。そういうこともあって、2人以上での依頼なのだから。
毎度の様に草を刈りながら辺りを調べる。これと言って新しい発見は無い。追加でネズミを2匹ほど倒したことと、近くの窪地でさっきよりは濃い黄色の場所を見つけたくらいだ。
「少なくとも、今近くには居ないみたいね。ネズミも狩れたし、それを餌に罠仕掛けて戻りましょうか」
「賛成。流石に日の落ちる前には戻りたい」
ネズミをバラして、肉を餌に釣り上げ式のトラップを幾つかしかけてから、来た道を戻る。
戻りがけ、バラしたネズミの肉を食らっていたネズミを、更に倒して肉に変える。これで8匹。いい加減多いな。
「こんなに出るんですか?」
「この所人がはいってねぇから、他から移ってきたんだろうさ」
森の奥へはもう10日以上入っていなかったらしい。
ここが気失いの森でなければ、それなりに良い狩場なんだろう。
2時間歩いて、ようやく森の入りぐちまで戻ってくる。
「うぇー、戻った~。ようやく風呂に入れる~」
「情けないぞ~、新人~」
「血なまぐさいのは慣れですよ、なれ。よって俺は慣れてない」
「胸を貼って言うこと?」
なんとでも言ってくれ。基本は文明っ子なんだ。
「残念だがぁ、つかれる湯船はねぇぞ。湯沸して、体服ぐらいだ」
「それでも無いよかましですよ」
交代で湯を沸かし、体を洗って拭く。
それから照明の魔法で部屋を明るくして夕食を作る。灯は随分喜ばれた。
松明やロウソクじゃ暗くて、遅くから料理をすることは少ないらしい。晩飯ぐらい旨いものが食いたいじゃないか。
3軒が共同でやっている家庭菜園の畑から、いくつか野菜を貰ってほしにくと合わせてスープを作った。
「うん、うまい」
やはり黒パンはスープと合わせるほうがいける。
「ほんと便利ねぇ。私も魔術を学ぼうかしら」
明かりを見ながらつぶやくサクラさんに、ハンスさんが頷いている。照明士って商売もあるらしいしな。俺じゃ魔力が少なすぎて成り立たないけど。
「明日はどうします?」
「今日の場所を見ながら、まず奥まで行ってみる。とりあえず目撃地点まで行きましょう。ハンスさん、もう一日案内おねがいしますね」
「かまわんさぁ。どうせ森に入れなきゃ商売上がったりだ」
寝る前に家の周りを確認し、窓に打ち付けられた立板などを見てから部屋に戻る。
あれなら夜中にここが襲われても、蟲人が侵入する前に目をさますくらいは出来るだろう。
借りた寝室に戻り、簡単にレポートを書いてから眠りについた。
次回は本日の23時頃に投稿予定です。