鬼と蟲人 7
メーナからのレポートの返信部分を破線で区切ってみました。
分かりやすくなっているでしょうか。
サクラさんが入浴に行っている間にステータスカードを確認すると、返信が届いていた。
いつの間に。昼間見た時はまだだったのに。
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メーナです。
報告書の内容を魔王様に伺ってきました。
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返信を書いてくれたのはメーナさんらしい。彼女は見た目はミーナさんとそっくりだけど、クールというかテンションが低いというか……。返信にも性格が現れている。
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魔王様から聞いた話を簡潔にお伝えします。
蟲人が鬼族の発狂を抑えるのは事実。ただし条件がある。
蟻や蜂など女王のもとに群れを作る蟲人の場合は、女王や少ない雄の蟲人で無いと効果がない。同じ群れを作る蟲人でも、蝗のような蟲人なら効果が見て取れる。
理由に関しては不明。上記のように確実性がなく、蟲人を安定的に捕縛するのは難しいため調査は後回しにしている。
呪いの影響に関しては、魔素モードで見てみると良い。他の人類とは明らかに違う。その差が大きくなればなるほどマズイ。
蟲人が人であるかは気にしなくていい。あれは獣と同じ。
以上。
追伸。女の方とパーティーを組んだからと言って浮かれすぎてはダメ。
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……性格がクール……ではないな。別に浮かれてなどいないしっ。
それに魔王からの伝言簡潔すぎだろ。
しかし魔素モードか。ためしてみるかな。モノクルを下げて魔素モードを起動する。
魔術で部屋の明かりを灯したために多少『ゆらぎ』があるが気になるほどじゃないな。
部屋を出て酒場に向かうと、松明の薄明かりの下、まだ数人の男たちが飲んでいた。流石にもう騒ぐような時間じゃないので静かだ。
彼らに目を向けると薄っすらと紫がかって見える者がちらほら。
魔力はこの世界のいたるところに存在している。空気にも、水にも、土や木、そして加工された柱や壁、ありとあらゆるものに。
それを全て可視化していたら全面紫色に染まってしまうから、魔力が高い所だけ見えるように下駄を履かせている。ちなみに、見たことはないが魔力の極端に薄いところは緑に見えるらしい。
部屋に戻ってサクラさんを待つ。この状態でステータスカードを見るとすげぇ目がチカチカするので特にやることがない。
「戻ったわよ」
しばらくして、ノックとともにサクラさんが入ってくる。
湯上がりのサクラさん、ほんのりと肌が赤みを帯びていて、濡れた白い髪が光を浴びてきらめく。うむ、素晴らしいね。
「……どうしたの?」
「なんでもありませんよ」
いかんいかん、まずは彼女の魔素を見るんだった。
左目のモノクルに彼女を捉えて、頭から足先までを確認する。……なるほど。
普通の人は全身が均一に同じ魔素の濃度なのに対し、サクラさんの場合は頭の部分が微妙に色が濃い。その濃い部分も等高線のようなものが走っているし、微妙に波打っていてノイズの様なものが見える。
度合いとしては、一見すると違和感を覚えるだろうな、くらい。視界にとらえただけじゃあ気づかないかな。これが呪いの影響下にあるってやつか。
モノクルを上げてからサークレットを外す。
発狂している鬼族を見たことがないからどの程度なのかはわからないけど、あまり危険を感じないから大丈夫だろう。
強化を掛けられた蟻の方がよっぽどだった。
「それ、マジックアイテムよね?どんな効果があるの?」
サークレットに興味を持ったのだろう。
「距離を測ったり、魔術の有無を見分けたりですかね」
一応高級品なので、聞かれても詳しく説明しないようにと言われている。
「身体強化の魔術の有無とか見分けられますよ。後は温度とかも測れますね」
「なんか取り留めの無い効果ね」
「一応、『視る』がキーらしいですよ。魔力を視る、熱を視る。ただ視えないモノを視ることは出来ても、視えてるモノを視ないことは出来ないですね」
壁の向こうとか視ることができたら索敵に便利なんだけど。
「ふぅん。借金の原因ってそれ?」
「借金じゃないですけどね。そうです。一応魔王様からの借物ですね。自製の一点ものらしいですよ。装着者が変わったりすると向こうにバレるらしいです」
「なにそれ怖い。ってもそうね、私の首輪もその効果あったわ。使用したり、別の人が着けると実家においてある対の玉が光るらしいの。ああ、あと発狂してもね」
「どうも魔王作のマジックアイテムには標準搭載機能らしいですね」
試作品が多いし、勝手に持ちだされて悪用されると困るってことだろうな。
「ねぇ、この灯りってアキトが灯したのよね?」
「ええ、そうですけど?」
「答えられる範囲で良いから教えてもらえる?どのくらい魔術を使えるの?」
どのくらい……か、なんて答えたもんだろう。
「種類はそれなりに、回数はそれほどでもなくって感じですかね」
「回数はって事は、魔力がそんなに高くないってことね。一応聞いておいていい?」
「ええ、だいたい魔弾で5発ってところですね」
1発分ちょっとサバを読んでおく。
「……え?……えっと、1回10弾とかで?」
「いえ、1回1弾で」
「…………え?いやいや……え?」
どうやらずいぶんと混乱していらっしゃるようだ。
「少なすぎでしょうっ!……何の役に立つのよそれ。というかそもそも、その魔力でよく魔術修められたわね?」
別に修めていないので……。
「魔弾ってあれよね、魔法で衝撃を飛ばすあの」
「ええ、人間族の成人男性のパンチ1発分くらいしか威力の無いアレです」
超々基本の攻撃魔術。これ以上弱いと役に立たなくなるので、実質最弱威力の攻撃用魔術である。
「その代わり種類は割かし豊富ですよ。魔術無効化とかも使えますし、ああ、あと無詠唱で行けます」
「何で!?どうしてそうなったの!?」
彼女が驚くのも無理は無いのだろう。
魔術を使うには訓練が必要で、訓練をするには魔力が必要なのだ。
魔力が少ない人は訓練できる量が少なく、それゆえに魔術が使えるようになるまでに時間がかかる。
初歩的な魔術は便利なため学ぶ人が多いらしいが。魔力の少ないほとんどの人は魔弾を修める前の、生活魔術である発火などができる様になった時点で学ぶのをやめてしまう。
それ以上を目指すには時間がかかりすぎるのだ。冒険者なら剣を振ってるほうがよほど有意義である。
ゆえに、人類はみな魔力を持っているが、多くの人はろくに魔術を使えないわけだ。
無詠唱などその最たる物で、延々たる反復の上に成り立つ技術である……らしい。どっちにしろステータスカードに頼ってるので、俺には関係ない話だね。
「魔王様は何か効率の良い訓練方法とか見つけたの?」
「いやまぁ……俺が特殊って事で。詳しくは秘密ですよ」
根掘り葉掘り聞かれてぼろが出てもいけない。
「……まぁ、そうね。アキトの魔術は奥の手ってわけね。確かに威力は無くても無詠唱で使われたら厄介だし、利にはかなってるわ。……でも、それなら日ごろ使わないほうが良いんじゃないの?」
明かりを見上げて首をかしげる。
「使えることを見せびらかすのも自衛になりますし」
「……そうか、それもそうね」
素顔を見せただけで気の弱い商人が神様にお祈りを始めるような種族の彼女は、少なくとも対人で直接の身の危険とか考えんのかもしれんな。はったりかます必要ないし。
「明日も早いですから、良かったら消しますけど?」
「ああ、ごめん。もうちょっと待って、髪だけ何とかしちゃうから」
短めの髪をタオルで拭いて、櫛を入れ、また拭いてを繰り返す。
「乾かしましょうか?」
「できるの?」
「生活魔法はそれなりに使えるんで」
さっき自分の髪を乾かした時のままだから、今ならすぐに使える。
「お願いしていい?」
「かまいませんよ、さすがにそんなに魔力も使いませんし」
サクラさんには椅子に座ってもらって、後ろに立つ。
根元だけが黒く、毛先に向けて白く透き通るきれいな髪だ。少しだけ除くうなじが……。
「……髪乾燥」
触れてみたくなるのをこらえて、頭を手で挟むようにして力ある言葉を唱える。
髪を乾かすのに専用の魔術があるのはびっくりだけど、いくつも組み合わせて調整しなくて良いのがありがたい。きっと魔王もそれを思ってこの術式を書いたんだろう。
水気を帯びていた髪は1分も経たずに乾ききった。
「終わりましたよ」
「ありがと~。おー、乾いてる。やっぱすごいね。あたしは魔法が使えないからなー。こういうのあると便利だよねー」
ぺたぺたと髪の毛を触って感心している。
「おっけー。片付いた。こっちのランプも灯したから、光球は落として良いよ~」
「はいはい、じゃあ落としますね」
ウァックストゥームを抜いて天井付近に浮いている照明を散らしていく。
「……そうやって消すんだ」
「一応、これも魔法剣なので」
別の魔術を干渉させることによって魔術式を壊しているらしい。
ほとんど消えかかったところで剣を鞘に収めて自分のベッドにもぐりこむ。照明の魔術は持続性が強いけれど、これだけ壊してあれば5分と持たずに消滅するはずだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ~」
サクラさんも寝床に入ったようだ。
ゆっくりと闇に沈んでいく部屋を確認して、眠りにつくため目を閉じた。
………………。
…………。
……。
……寝れねえ。
隣のベッドからはかすかに穏やかな寝息が聞こえている。
こっちに来て3ヶ月ちょっと。いろいろと図太くなったほうだとは思うけど、こういうのの耐性は全く成長していないから。むしろ、3ヶ月間おっさんに囲まれていたせいで下がっている。
くそう、サクラさん可愛かったなぁ。
風呂あがりの彼女から微かに感じた甘い香りは幻想ではないはずだ。
……いやいやいや、まずいからね。性格的に信用されているのか、実力的に信用されていないのか。
とにかく、このまま眠れないのはまずい。
布団に潜り込み、ステータスカードを引っ張りだす。
カードが放つ僅かな光を頼りに、魔術のショートカットを組み替えた。
「……睡眠」
小声で呪文を発動させる。精神感応系の魔術は他人には効果が薄いけど、自分にだったら十分だ。
すぐに呪文が効果を発揮したのか、意識は闇へと落ちていった。
明日も23時に投稿を予定しております。
■魔術
術者の魔力を用いてさまざま現象を引き起こす技術の内、人類が発展させ体系立てられた既知の術を魔術と呼ぶ。
魔術には様々な種類が有り、その体系は多岐にわたる。
例えば生活魔術に分類される発火であるが、これは呪文を唱え発動させれば詠唱魔術であり、魔法陣を描いて発動させれば魔法陣魔術である。
また、4属性、五行、6属性などに当てはめれば火属性魔術である。
これらの分類に絶対的な意味は無く、あくまで効果を分類し発展させる上での、学術的な意味合いが大きい。
分類上に優劣は無い。
ただ、術によってはどの体系を考慮して術式を組むかにより、消費する魔力や体力、効果の程が変わってくる場合がある。
4属性詠唱魔術の発火と、6属性詠唱魔術の発火では、6属性のほうが難易度は高いが消費魔力比で効果が大きくなる傾向にある、などである。
ちなみに、アキトが用いている魔術は詠唱魔術でよく使われる力ある言葉を用いては居るが、ステータスカードに書き込まれた魔法陣魔術である。