鬼と蟲人 6
めでたく累計500PVを超えました。
今後ともよろしくお願いします。
エターニアを出ておよそ8時間。三つ目の集落に着いた頃にはすっかり日が落ちていた。
「あ~……流石に体が痛い」
「私もだよ。久々に乗ると思った以上に疲れるものだね」
休憩を挟んだとは言え時間が長い。それにいくら乗り心地が悪く無いとはいえ、地球の自動車と比べれば揺れる。酔わなかっただけでも御の字である。
「宿、どうします?」
「大きな村じゃないから選べるかどうか。多分迎えが居ると思うけど……ほら」
「兄ちゃんたち冒険者だろう?宿はどうだい?」
声をかけてきたのは20代半ばくらいのひょろっとした男。多分人間族だ。手には松明を持っている。今日の最終馬車の乗客に売り込みに来たのだろう。
「私、こんなんだけど大丈夫?」
サクラさんがフードから覗く角を見せると、男は怪訝な顔をした。
「あんた鬼族かい?こりゃ珍しい。……ん……まいったな、一人部屋は埋まっちまってたと思ったが。あんたら……親子か?」
「ちがうっ!」
どうしてそうなる?俺はこんなでかい娘が居るほど老けて見えるのか。
「今、あなたにとても殺意が湧いたわ」
遠回しに小さいと言われて、サクラさんもご機嫌斜めだ。
「だよなぁ。……夫婦か」
「どうしてそうなるっ!……今朝方顔を合わせたばかりの臨時パーティーだよ」
「なおのこと珍しいな。……まあいいや。とりあえず来な。どうせ宿はウチしか無いから、知り合いでも居なきゃ野宿だぜ」
男は村の奥を指差すと、さっさと歩いて行ってしまう。
「商売する気はあるのか?」
「……私を見ても嫌がらなかったので十分だと思うよ」
サクラさんがフードをかぶり直して後に続く。鬼族に良くないイメージを持ってる人も多いから、余計なトラブルを割けるためなんだそうだ。
今日の宿をとることになった村は、街道沿いに面している小さな村である。このあたりの村は周りが農地で、エターニアも近いため人口はそれほど多くない。家の数からして村人は200人程度だろう。
村の周囲はぐるりと柵で囲われていて、東西南北には見張り櫓が立っている。家は殆ど土壁づくり。宿だけは他の家と比べても立派な作りだったが、それでもエターニアで泊まった風の止まり木亭に比べると少々ボロい。
殆どは民家で、宿以外には金物屋件、食料屋件、服屋件、薬屋が1つあるとのことだが、おそらくお世話になることは無いだろう。
「やっぱり一人部屋は全部埋まっちまってるな」
宿に行くと、先ほどの兄さんが台帳を見ながらそう言った。
「私は雑魚寝部屋でも構わないけど?」
雑魚寝部屋と言うのは、立板で句切られた広間のことだ。格安なので利用する冒険者も多い。
「流石に他の客が嫌がるだろう。それに、あんたらに問題がなくてもトラブルの元だ。後は開いてるのは2~4人くらいで泊まれる大部屋が一つ。二人でそこにするかい?」
「いや、流石にダメでだろう」
今日出会ったばかりの少女と同室とかまともに眠れる気がしない。
しかもサクラさん、少々小さいのを除けば十分美少女よ?ぶっちゃけ、3ヶ月前の俺ならまともに顔を見て話せたか怪しい。
「まぁ、寝首をかかれるかもしれない相手と同じ部屋は落ち着かないよな。兄ちゃんが雑魚寝部屋、嬢ちゃんが大部屋を使うか?」
ん?
「……そうね、それくらいじゃない?」
「あ~、でも荷物とかどうすっか。雑魚寝部屋じゃ置いとけないし……ウチで預かるのは簡便だな。兄ちゃんの頭のそれとか、盗られても保証はでき無さそうだ」
識別のサークレットを見ながら渋い顔をする。確かに、無くなったらヤバイことに成る。
「ん~……サクラさん、荷物だけ預かって貰えますかね?」
「いやいや、そりゃダメじゃないか?」
「……私も問題だと思うけど」
「なんで?」
「なんでって……兄ちゃん新人かい?いや、それにしたってなぁ。臨時パーティーなんだろ?」
「臨時パーティーでの物とかお金のやり取りはトラブルのもと……だ。いくらギルドの紹介だからって、気を抜きすぎだね」
「なるほど。そういうものですか」
たしかに、魔王城の中も治安は良かったし、日本にいる気分が抜けてないって気はするけどさ。
しかし参ったな。サクラさんが借りる部屋になら、鍵付きのクローゼット位複数ありそうだけど。
「部屋のクローゼットだけ借りるとか……ダメですよね。流石に俺がウロウロしてたら嫌でしょうし」
「はぁ……なんで私が嫌がるのよ?」
「……いや、いくらなんでも今日出会ったばかりの男が自分の部屋に出入りしてたら嫌でしょう?」
「…………なっ!」
サクラさんの白い肌が見てわかるほどに赤らむ。
「なっ、なっ、何言ってんのよ!意味っわかってる!?」
「え?」
「兄ちゃんすげえな……」
何?俺なんで感心されたの?
「……もしかして……同室がダメなのも、今日あったばかりの……男と女がっ、同じ部屋で寝るのは気まずいとか?」
「いや……それ以外に何が?」
確認しないで欲しいんだが。なんか改めて言われると恥ずかしい。
サクラさんは頭を抱えて、とても疲れたようにため息を着いた。そしてしばらく深呼吸をした後。
「その大部屋に私達二人でいいわ」
「ええっ!?」
「いいんか?トラブルは勘弁願いたいんだが」
「自分の呪いの管理くらい、自分で出来るわよ。それに互いにギルドの紹介だもの。冒険者ギルドの名を地に落とすようなことはしないから」
「……まぁ、いいか。んじゃ一部屋20ゴルな。まいどあり。部屋は上がって一番奥だ。クローゼットの鍵は中にはいってる。兄ちゃん、男は風呂が8時までだからさっさと入ってくれ」
「いやいや、なんかすごい話が進んでるんですけど」
「行くわよ面倒臭い」
「ああっ、サクラさん待ってくださいよ」
慌てて彼女の後に付いて行く。なんだってんだ。
通された部屋はいわれていたとおり、それなりの広さだった。おいてあるベッドは2つ。鍵付のシェルフも2つある。人数が増える場合、簡易ベットを運び込むらしい。
入り口側を俺、奥をサクラさんが使うことにして荷物を卸し、風呂に入ってラフな格好に着替える。
この世界じゃ公衆衛生を維持するために魔王によって入浴が義務付けられているから、風呂はどこでも入れるのがありがたい。
そんなこんなで小一時間ほど経って居るのだが、サクラさんは機嫌がいいのか悪いのかよくわからない状態だ。
「なに?あたしの顔に何かついてる?」
ちょっと遅目の夕食に食堂へと来ているが、何をどう話したものか。
そもそも、なんで別の部屋を取らなきゃ行けなくて、なんで同じ部屋で寝泊まりする事になってるんだ?
「ええっと……ほんとに同じ部屋で良かったんですかね?」
「それをあたしに聞くのもどーかと思うけど?そもそも、根本的に間違ってるのよ」
「何が?」
「たとえ寝こみを襲ったって貴方があたしをどうこう出来るわけ無いでしょう?」
「いや……そりゃ確かにそうですけどね」
ステータスカードがあったら見てみたい。きっと彼女の能力値は俺の倍じゃ効かない気がするんだ。使ってる武器からして、柄まで含めて全鋼鉄のハルバードだし。10キロ以上あるんじゃないかあれ?
「アキトはなんか知識に偏りがない?ちょっと常識が無いっていうか」
「すいません。ちょっと特殊な環境で育ったもので」
異世界から来ましたとは言えないから、ここは適当にごまかしておく。
「宿屋のお兄さんが気にしてたのは、私が発狂して貴方を襲うかもしれないって話よ。寝てる間に呪いの影響を受けたら、首輪をしてても無駄だもの。雑魚寝部屋が嫌がられるのも同じよ」
「それにね、鬼族と一緒に寝てると、寝てる間に誰かを殺して金品を奪って鬼族を犯人に仕立て上げる、なんてことも無くはないのよ。流石に手口が露骨過ぎてみんな警戒するから、最近じゃ起きたって話は聞かないけどね。それも自衛あってのことよ」
怖いな、おい。確かに自分じゃどうしようもない呪いだし、みんな知ってるからそれを悪用する奴も出てくるか。
「はい、おまち。ベーコント野菜のソテー、スープにパン。ワインとお水ね」
割りと恰幅のいい40代位のおばちゃんが料理を運んでくる。モノクルを下げていないから断言は出来ないけど、この人も人間族だな。
「ごめんなさい、飲み物は逆よ」
サクラさんは俺の前に置かれたワインと、自分の前に置かれた水を指して不満気に継げる。
「おや、こりゃ悪かったね。兄さんは水でいいのかい?」
「ええ。酒は20越えるまでは控えろってのが家の教えでして」
「そうかい。そりゃまた難儀なもんだね」
別にこの世界で日本の法律を守る必要も無いのだが、魔王が言うには成長期が終わるまでやめておいたほうが良いとのことだ。
この世界の人類はみんな魔力によって肉体を強化しているため、アルコールによって受けるダメージが小さい傾向にある。
俺にはそんな機能は備わってないから、酒と煙草は控えろとのこと。まぁ、この世界の酒は醗酵や蒸留技術の問題で現代日本よりは薄いらしいから、大量に飲まなきゃ問題ないとも言われたけど。今のところそいつには興味が無いのでどうでも良い。
「兄さんたち最後の便で来た冒険者だろう? うちのドラ息子が連れてきた」
どうやらこのおばちゃんは、受付をしてくれた兄さんの親らしい。つーことは女将さんになるのか。
「そっちの嬢ちゃんは鬼族だって話だけど、なんかあったのかい?」
「どういう意味です?」
「いやね、鬼の冒険者がこの辺を通る事は年に何回かはあるのよ。でもパーティーを組んでるのは珍しいし、臨時だって言うじゃないかい」
「キルナの東の森でハグレが出たのよ。一人じゃ入れないって言うから、仕方なくよ」
キルナと言うのは、目的地でもある街道沿いの村の名前。ここから更に2つほど集落を超えた先になる。ちなみにここはオーの村と呼ばれているらしい。
「キルナの東って言うと、気失いの森かい?確かにあそこは一人じゃ入れないね」
「気失いの森?」
「なんでも、森のなかを歩いているとふとした瞬間に気を失っちまうそうさ。そのまましばらくすると死んじまうから、必ず二人以上で入って一人がおかしくなったらもうかたっぽが助けるってはなしだよ」
「ドワーフなら一人でも大丈夫って話もあるけど、詳しいことは私も知らないねぇ」
そんな所だったのか。確かに一人じゃ依頼が受けられないわけだ。
「あた……私としては、それが原因で蟲人が死んでないかのほうが心配だね」
サクラさんとしては、蟲が勝手に死んでいたら呪いの発症を先延ばしすることができなくなるので死活問題だ。
「ところで兄さん、ちょいと言いかい?」
女将さんが俺に耳打ちをする。
「あんた達、ほんとに何にもないのかい?」
「はい?」
「いやね、珍しいとは思うけどさ。別にそういうのも無くはないしねぇ。うちのも去年嫁さんを貰ったんだけど、爪猫族でねぇ。驚いたは驚いたけどさ、しゃーないもんだからね」
……何が言いたいのだろう。
「ウチは別にわけありでもかまやしないよ。ちょいと相手が若くみえるが、鬼のことなんてわからないしね。男と女の間柄なんて成るようにしかならんもんさ。いい感じになれる香木があるんだけど、よかったらどうだい?」
「結構ですっ!」
「別に怪しいもんじゃないよ。嫁が妊娠したんで、余っちまったやつさ」
「いえ、ほんとにそう言うんじゃないんで」
そんなに鬼と人の組み合わせは珍しいんだろうか。宿の兄さんもはじめに親子か夫婦と聞いてきたし。
「なんだい、ノリが悪いねぇ。でもまぁ、それならおばちゃんから忠告だよ。それならあんまり深入りするもんじゃないよ。中途半端な優しさは互いを傷つけるだけだかんね」
そう言うと女将さんはさっさと引き上げてしまった。
「……なに?」
「なんでもないですよ」
俺がサクラさんと同じ部屋に泊まることになったのは単なる無知の産物なんだけど、やっぱりそういう風に見えるのかね。
鬼族と寝床をともにするのは愛の告白、的な風習があったりしないよな?いや、この場合『あなたになら殺されてもOKです』的な覚悟か?
なんとなく気まずくて、料理はあまり食った気がしなかった。
明日5/18も23時更新予定です。
■エターニア周囲の農村
エターニア周囲には多くの農村が点在する。
住人の多くは人間族か妖間族ーーゴブリンやオークーーなどである。また、狩猟を役割とする犬人族や猫人族、その他エルフやドワーフと言った種族が一緒に暮らしていることも有る。住人は100~300人、20世帯~50世帯ほどが多い。
農村といえど生産活動は農業だけにとどまらず、林業、狩猟、採取などを合わせて行っている。
魔王の政策により、ほとんどの村には風呂屋を兼ねた宿が建てられている。
また、各村には子供に勉強や魔術を教えるための教師が派遣されており、人の往来が少ない非街道沿いの村では宿が学校代わりに利用されている事がある。