鬼と蟲人 5
馬車は軽快にに走っている。
この世界の馬車は比較的乗り心地が良い。魔王が輸送力を向上させるために、交通網と共に技術導入を行ったからだ。
道幅の大きな主要街道には細かな砂利が撒かれ、季節ごとに除草がなされている。
それに加えてこの街道には馬車道と呼ばれる幅50センチほどのコンクリートらしき素材の路面が2本引かれており、馬車の揺れを防ぎ轍わだちが出来るのを防いでいる。
馬車自体にも、サスペンションが完備されておりタイヤも衝撃を吸収出来る構造になっている。そして座席も簡素ではあるが直板ではなくクッション付きだ。
乗合馬車組合は魔王直下組織なので技術導入も早く、設備も整っていてしかも安いといい事尽くめである。
「どうした〜、さっきから〜」
そんなわけで、特にやることもなく機嫌の良いサクラさんを眺めていたら、振り返った彼女が首をかしげて聞いてきた。
「いや、やけに嬉しそうだと思いまして」
「そうか〜?まあ、そうかもなぁ!空いてるし!私は馬車に乗るのも久しぶりだ!」
10人ほどが座れる乗合馬車の客は、俺とサクラさんの二人しか居ない。普段はほぼ満席らしいが、乗り込む際にトラブルを起こした結果、専用の様になってしまった。
「なんにせよ、あた……私とパーティーを組んでくれてありがとうな!他の商人方には申し訳ないが、移動時間も節約できて私としては願ったり叶ったり……だよ」
「乗合馬車の件は、向こうが勝手に降りただけですけどね」
最初、サクラさんはエターニア−シルケボー間を徒歩で移動するつもりだったらしい。依頼の森が近い中間の村までは馬車で2日ほどの距離らしい。歩いたら場合によっては4日か5日かかる。
金は無いが時間は更に無い俺としては、当然移動をのんびりしているだけの余裕はない。
渋る彼女を連れて乗合馬車の切符を買い、いざ乗り込む時点で問題が発生した。
なに、大したことじゃない。鬼族である彼女と同席するのを、他の乗客が嫌がって乗車拒否されかけただけだ。
そして俺はかなりイラッと来たので、ちょっとギルドカード書かれた魔王の名前を使わせてもらったが。
名前:アキト・ハザマ
年齢:17
種族:人間族
出生地:エターニア
登録地:エターニア
ランク:2
職業:勇者(第三魔王歴25年5月16日まで変更不可)
資格:エターニア警邏隊試験合格
称号:なし
技能:初級魔術
■クエスト
駆除:1/1
採取:0/0
狩猟:0/0
輸送:0/0
調査:0/0
限定討伐:0/0
■特記事項
人命救助の為に依頼達成が困難になり発生した負債は三代目魔王ソーマが肩代わりする
発行されたギルドカードの特記事項には魔王の名が刻まれている。
文面事態は大したことは無いが、ケイティさんが注意してくれたとおり商人などには結構な効果があった。なにせこいつがあると魔王の名の信憑性が高まる。
『あなた達が鬼族を嫌うのは勝手だが、魔王の名のもとに営業されている公営馬車は全ての人類が平等に使う権利があるはずでは? 彼女と乗り合わせるのが嫌だというのなら、あなた達が乗らなければいい!業者のあなたも、身分を明かして金銭を支払った私達を拒否する権利はないはずだ。それとも仕事を放棄するのか?』
……今思うともう少し抑えても良かったか。鍛えすぎて脳筋になったかな?
ゴブリン種と思しき業者のおっさんが、更に小さくなって馬を走らせているのは少し申し訳なく感じる。
「アキトは物知り、だな。私は乗り合い馬車が魔王様直営だなんて知らなかった……ぞ」
「警邏隊で講習を受けている時に色々学ばされましたからね」
座学では各ギルドの利害関係や、地方都市の統治システムなどについて山とつめ込まれた。魔王独自の睡眠学習システムとかで、寝てる間も夢に見るのだから落ち着く暇も無かったのだ。
「サクラさんはなんで冒険者に?」
「ん〜……お金を稼ぐためでもあるんだけど……一番はもめないためかな。蟲人の命が呪いを抑えてくれるってのは話したじゃ……だろう」
……なんでこの人は時々語尾に詰まるんだろう?
サクラさんの一族は、北海の街イラーナから少し南東へ行った当たりの村で暮らしているらしい。そこには蟲人の生息域となっている森があり、そこで定期的に蟲を狩るおかげで彼らは穏やかに暮らしていられるのだそうだ。
「おかげで数十年、私達の一族は人の命を奪ってないわ。もちろん私もさ」
蟲人からの素材が得られるため生活は安定しているが、森事態は飛び地でありそれほど広くもなく、蟲人の数にも限りがある。
そこで狩りをする住人が一定以上になった場合、冒険者と成って他の安住の地を探すそうだ。
「北東の未開の地周辺には結構な数の村があるから、そっちはもう厳しいのよね。どうせ南に降るなら、大森林に行ってみようかと思って、な」
大陸を東西に分けるスカジ山脈の南方には、大森林と呼ばれる未開の地が広がっている。その地は蟲と魔獣の住処であり、現在のところ人が生きて往来出来ない未踏の地だ。
当面の俺の目標地でもある。周辺には森で狩りをする人たちを受け入れる街が点在し、東に比べると各所への交通にも優れているため拠点とする冒険者も多い。
「ただね、どこで狩りをするのも、未登録だともめるんだ。討伐の依頼者は個人の場合もあれば村とか街の場合もあるんだけど、私達が勝手に行って狩っちゃうとね、依頼主がゴネて受けた冒険者が食いっぱぐれたりするわけ……だ」
冒険者への報酬支払は成功報酬が多いからなぁ。前金制もあるけど、前金を貰わなくても依頼に取り掛かれるくらいは稼いでいるってのも一つの力量のバロメーターだし。
「街で依頼を確認して、討伐依頼が出てるならそれを受ける。出てないなら森で偶然蟲人と会っても狩っちゃって大丈夫ってわけさ。ただ、冒険者登録されてないと依頼も確認できないからね」
掲示されているものならともかく、ギルドが斡旋しているのはそれだけじゃないからな。
「一緒に来てくれて感謝してるわ。馬車にも乗れたし。まだまだ時間はあるとはいえ、悠長にはしていられないからね」
生まれながらにして呪われた種族か。魔王がなんとかしようと思うのも当然だな。
「アキトはなんで冒険者に?っというか、魔王様との関係の方が気になるけど」
「なんだかんだあって拾われたんで。ただ独り立ちしたくて冒険者になろうと思いました。おかげで借金まみれですけどね」
「言ってたわね。借金の原因って、その頭のとか?」
「ええ、借金というよりはレンタル費用ですね。借物ですよ。あったほうが間違いなく有利なので、要らないとも言えなくてですね」
大して能力の発揮してない剣は兎も角、サークレットの方は命綱だからな。
「……どれくらいか聞いても良い?」
「来月の15日までに約800ゴルですよ。大体毎月それくらいを銀行に返さないと……」
「……ほんとに依頼料折半でいいの?むしろ少し貸そうか?登録したばかりなんでしょ?駆け出しにその金額はいくらなんでも無理があるんじゃないかな」
「いえ、大丈夫ですよ。……きっと」
金については悩むだけ時間の無駄なのだ。
「それに、実力差を考えたらサクラさんがもっと貰っていいくらいですよ。一応同じランクには居ますけど先輩ですし」
互いに少しだけ腕を見せ合ったが、彼女は背負っていた柄を含めて全鋼鉄のハルバートを俺の剣よりも早い斬撃で振るう。薙も切り上も、その間のつなぎもだ。
ぶっちゃけ正面切って戦ったらそりゃ勝負にならないわ。ミーナさんが注意するわけだ。
「私はほら、鬼だしね。背が……あんまり大きくないから武器は使ってるけど、一応人類の脅威ですから。防具も要らないし、怪我する事も殆ど無いし、お金がかからないのですよ」
ふふん、っと小さな胸を張る。やばい、可愛い。
その身体能力についてはソレぐらいのチート種族でなきゃ、そんな役割は果たせないのだろう。
しかし小さい。別に鬼族が小さいわけじゃないので、神はなぜか彼女を小さく作ったのだ。……きっとかわいいからだ。
「そういえば、ソレってなんですか?」
彼女が首につけて居る、丸い輪っかの着いた首輪のようなもの。結構気になっていたんだ。
彼女の装備は、ハルバードとソフトレザーアーマー、フード付きローブにその首輪らしきものだろう。
首輪は直径15センチ位の取手か輪っかか分からないものが付いている。ちょっと邪魔そうなのだ。鬼族の民族衣装的なものだろうか。
「あれ?知らないの?」
「鬼族の民族衣装的なものですか?」
「ん〜……そうっちゃそうなんだけど……ほんとに知らないの?」
「ええ。すいません不勉強で」
「うんん、それは構わないんだけど……そっか、知らないのか」
彼女はかなり驚いた様子だった。どうやら知っていて当然のものらしい。
「これはね、絞縛の首輪って言われるマジックアイテム。魔王様が作ったのよ。こう、この輪っかを持って引っ張りながら回すと、首が絞まって意識を失うの」
「……は?」
「これがあればね、いざという時には自分で自分を締め落とせるから。冒険者に成る鬼族の人とか、町中で暮らす人は結構皆着けてるわよ」
「そんな事したら死ぬじゃないかっ」
「鬼族は自殺できないのよ?あれ?それも知らないの?」
「自殺できない?」
「そう、自分の意志で死のうとして発生した怪我とかは、呪いのせいでキャンセルされちゃうの。この首輪で首が締まっていても、いつまで経っても死ぬことはないのよ。魔力で強制的に生かされちゃうの」
どうやら『始まりの女神』というのは相当に性悪らしい。どう会っても鬼族に人を殺させたいのか。
「呪い自体はどうにもできないから、発動したら大切な誰かを傷つけちゃうかもしれない。それを防ぐために、コレを使うの。もちろん、危険も承知の上よ。それでも無いよりはずっとマシだもの。って、なにそれ?」
胸元から思わず取り出したステータスカードを見て、サクラさんが興味を示した。
……やべぇ、いま衝動動的にレベルアップしそうになった。鬼族は不憫すぎるだろう。
「……なんでもないですよ」
他人への同情で人間やめるほど、俺は博愛主義者では無かったはずだ。
魔王は万全を期しているだろうが、それでもリスクがないとは言い切れない。リスクが無くても人じゃなく成るって言われたら嫌だけどさ。
「サクラさんは冒険者になってどれくらいなんですか?」
少し強引に話を逸らす。
「うん?……半年には成らないわね」
「ずっと一人旅ですか?」
「そうよ。貴方みたいに鬼族とパーティーを組もうなんて人、臨時でもそうそう居ないもの。それに一人は気楽だしね」
「一人で依頼をこなすのは大変じゃないですか?特に狩猟とか」
サクラさんの冒険者カードを見せてもらったが、これまでに受けた依頼の半分以上が狩猟だった。
「そうでもないわよ。私の場合、獲物が見えたら適当な石でも拾って全力で投げるだけだから。近づいてきてくれる肉食の野生動物とかならもっと楽だし。それに複数人でかからなきゃ行けないような依頼なんてめったに出ないもの」
「そうなんですか?」
「街道沿いはなんだかんだで平和だからね」
北海の街イラーナ、王都エターニア、魔都エアースト、南海の街ベニスの4都市を結ぶ街道はこの世界で最も発達した街道の一つ……らしい。座学で学んだ内容の受け売りだが。
「これまではどんな依頼を受けられたんですか?」
「なに?あた……私の仕事に興味があるかい?」
「ええ、後学のために是非」
「仕方ないなぁ。そうだね、参考になりそうな話を幾つかしてあげよう」
上手くごまかせたらしい。
楽しそうに話す彼女の横顔を見ながら、いつか彼女たちの為にレベルアップをするボタンを押すのだろうかと、ぼんやりそう考えていた。
「どう思われますか?魔王様」
「いやぁ、彼は運命力が高すぎだろう」
アキトからのレポートとギルドからの報告書を読みながら、レポートを持ってきたメーアにそう返した。
そして自分の世界から持ち込んだデバイスに、アキトへ返信すべき内容を書き込んでいく。
「……魔王様があてがわれたわけではないのですか?」
「私だったらせめてむさいおっさんにするね」
「……魔王様はアキトさんに何を求めていらっしゃられるのでしょう」
「人を思い通りに操るのはあまり好みじゃないんだよ。自主性は大事だろう?それにこちらでヒロイン役を用意して、幸せになれるとも限らない。下手を打って女の子の方を傷つけちゃったら大変じゃないか」
どうせなるようにしかならない。文明時代からこっちに来て、冒険者に成れるような人材を引けただけでも儲けものだ。
さすがは女神の作った術式。その技術をもう少しマシな使い方をしてくれればよかったものを。
「蟲が鬼の発狂を抑えるというの本当なのでしょうか?」
「ああ、それは本当。確実性がないから公表はしていないけどね。積極的に蟲の捕縛をするのはリスクが高くて、鬼族のケアには使えないからね」
どうして蟲人なら呪いの効果を薄められるのか。わかったところで根本的な解決には成らないので、検証を後回しにしていた案件だ。やっぱり鬼族の中にはそれなりに広まっているのだろう。
「さて、こんなところか。君たちのデバイスに私からの返信と必要な資料は送ったから、まとめ直して彼に送り返してあげてくれ」
「お手数おかけいたしました。ありがとうございます」
メーナが頭を下げて出て行くと、部屋の前の護衛兵が次の来客を告げる。文官が直近の案件の書類を持ってきたのだった。。
「羨ましいねぇ。私もたまには旅に出たいよ」
事務仕事に追われながら、せめて面白いことでも起こらないかと期待する魔王であった。
脱エターニア。
明日は23時ごろ更新予定です。
■王都エターニア
魔王ソーマが居を構える魔王城の城下町。
南に流れるクロートスト大河、北東に流れるニコロ大河の分岐点に位置する丘の上に建設された城塞都市。官庁や各種ギルドの本店、学術・教育機関などが集まっている。
2代目魔王が築いた都市の一つで、ソーマが都市機能を整備し居を構えた20年ほど前から、大陸の中心都市として発展してきた。
重要な流通拠点ではあるが、治安がよく周囲に稼ぎどころもないため冒険者にはあまり人気がない。
■馬車道
コンクリートで作られた幅50センチほどの道。
2本1組であり、街道の左右、荷馬車などの車輪が通る部分に行われた加工をこう呼ぶようになった。
街道が全面コンクリートやアスファルトに成っていないのは予算の都合。
(約束の地では施工の人件費より材料費のほうが高い)
過去は完全な砂利道だったが、直近10年ほどで普及した。