鬼と蟲人 4
改行の編集をミスしていましたので修正しました。
「やぁやぁ、遅くなって申し訳ない。人目を避けていたら予想より時間を食ってしまった」
外套に付いたフードで顔を隠したそいつは、開口一番にそうのたまった。声だけでは性別はよくわからないが……。
「……小さい。そしてでかい」
真っ先に思った感想が口からこぼれた。身長は140センチくらいだろうか。背中には2メートル近いハルバートを背負っている。
「小さくないっ!」
独り言を思いっきり聞かれたらしい。
「サクラさん、斧を下して席に座ってください。あと、フードも取りましょう。初対面の方に失礼ですよ」
「だってこいつあ……私のこと小さいって言ったぞっ!」
どうやら女性だったらしい。いや、このサイズと声の感じからすると少女と言っていいか。
「アキトさん、サクラさんは鬼族には見えないくらい背が低いことを気にしておられますので、そういう事は思っても口にしないようにしてくださいね」
「すいません、気をつけます」
「お前ら鬼かっ!そもそも思うなっ!」
無茶をおっしゃる。背負ったハルバートのせいで余計に小さく見えるのだ。
「改めてご紹介させていただきますね。こちらがランク2の冒険者、鬼族のサクラさん。職業は重戦士。出身はイラーナ近くの農村で、ランク2になるための試験を受けにエターニアに寄ったそうです」
「こちらは人間族のアキトさん、先日冒険者登録をされたばかりの新人ですが、エターニア警邏隊合格者でランク2の冒険者で、職業は勇者。簡単な魔術も扱えるそうです。詳しい話は聞いておりませんが、魔王様の被験者とのことです」
サクラと呼ばれた少女の叫びを無視して、お姉さんが紹介を始める。何気にこの人すげぇな。
「はぁ……もういいわよ。せっかくキャラを作ったのに台無しよ」
ぶつぶつと受付嬢に呪いの言葉を浴びせながら、サクラと呼ばれた少女がフードを外す。
人形のように整った、それでいて愛嬌のある顔立ち。根本だけが黒い白髪。シミ一つない白い肌。うっすらと桜色に見える瞳。
……やべぇ、超かわいい。
低い身長と相まって、小動物的な可愛さを醸し出している。
ミーナとメーナが子犬のような可愛さだとすれば、サクラはハムスターとかシマリスとかそっち系の可愛さだ。
「改めて、私はサクラ。姓は無いわ。見てのとおりの鬼族よ。まずは私を鬼族と聞いても会う気になってくれたことに感謝を。こんななりでも怖がられちゃって、なかなか話ができる人も少ないのよ」
申し訳程度に額から生えた2本の角が、鬼族であることを主張している。
「ああ……えっと、俺はアキト・ハザマ。紹介にあった通り昨日冒険者登録をしたばかりの駆け出しさ。ちょっと訳あって魔王……さまの処に厄介になっていた」
サクラさんと向かい合って席に着く。お姉さんはサクラさんの隣だ。
「そういう人が居るって聞いてはいたけど、会うのは初めてよ。ケイティさんからあまり詳しくは聞かないように言われているから、心配しなくていいわよ。しゅひぎむ?とかあるんでしょう?」
別に、特にないんだが……魔王との契約だとある場合が多いのかな?
「早速で悪いんだけど、仕事の話をしましょう。もう2週間ここで足止めを食らってるから、そろそろなんとかしたいのよ」
「うん。かまわないよ」
受付のお姉さんの補足を交えつつ聞いた話を整理するとこうだ。
サクラさんは2週間前、冒険者ランクを上げるためにエターニアに立ち寄った。ランクアップのための試験は問題なくクリア。試験とランクアップ手続きを5日ほどで終えて、すぐに大森林に向けて立つつもりだったが、そこでハグレの目撃情報が入った。
サクラさんはちょっとした理由からこの仕事を受けたかった。そこでケイティさんに討伐依頼を抑えてもらい、別に出たそのハグレの調査が完了するまで、簡単な仕事をしながら滞在を継続。
4日前に正式な討伐依頼が出ることになったが、ハグレが生息すると思われる地域が悪く、一人では仕事が受けられない事態になった。
「ハグレを狩るの自体は私一人で大丈夫なのよ。でも、ルールを守らないとペナルティで賠償金を請求されたりするからね。それじゃ冒険者になった意味がないもの」
鬼族は餓え死ぬことはない。……が、おなかが空くのは辛いそうだ。
「あなたはついて来てくれるだけでも構わないわ。報酬は折半。何ならこっちは4とかでも構わない」
「それは怪しすぎないか?」
「彼女に悪意がないのは、吸魔族・バク種の私が保証しますよ。もちろん、アキトさんが悪い人でないことも」
ケイティさん、吸魔族だったのか。
吸魔族は調停の種族。邪気を喰らい欲望を祓う人類の調整役。バク種は人の悪意に敏感で、夢に潜って悪夢とともに悪意を喰らう。
この世界の治安が文明レベルに比べて良い理由の一つは、彼女たち吸魔族が罪を犯す意志を未然に取り除いているため……らしい。
「稼ぐだけなら討伐を受けなくてもいいだろ? 自分の取り分を減らしてまで、なんでこの依頼にこだわる?」
そもそも、鬼族の特性を考えたらこんな都市部に長く居座るのはリスクが高い。
「……そうね。うん……あなた魔王様の関係者なのよね。だったら話でもいいわよね?」
「良いと思いますよ。特別禁止事項はありませんでした」
二人はそれで意思の疎通ができているようだった。なんだろう?
「……鬼族が呪われているっていうのは、まあ知っているでしょ?」
「話には」
「私たちは人の命を奪わなければ理性を保てない。それが私たちを作った神様が、私たちに人類の脅威になれと与えた役割を果たすための呪い」
「私はその周期が周りより少し長いけど、それでも4か月ちょっと……あとひと月半くらいで危ういラインが来ると思う」
鬼族の呪いの周期は2〜3ヶ月に1回だっけ?ちょっと長いほうか。
「これを避けるには、誰か人類を殺すしかない。だから私たちは人類の脅威なんだけどね」
「でもね、鬼族は神様も想像してなかった抜け道を見つけたの」
「……ほかのどんな生き物でもダメだけど……蟲人だけは私たちの狂気を抑えてくれるの」
馬車に揺られながら、機嫌の良いサクラさんの横顔を眺める。
俺は彼女からの申し出を受けることにした。思うところはたくさんあるが、とにかくお金が無いのは事実。討伐依頼の清算は別の町でも可能なので、移動がてら受けるには都合がいいし他の仕事と比べて報酬も良い。
今回の依頼だと討伐報酬は必要経費コミコミで300ゴル。移動経費も何も全部含みだが、これに素材の売却代を加えれば500ゴルはかたい。報酬は二人で折半だが、それでも金のない俺にはありがたい話だ。
それに気になる点も多い。
鬼族と蟲人の関係。蟲人の存在そのもの。
蟲人が人類でないのはまず間違いない。人類の定義はちょっと怪しいが、最も大きな要素は意志の疎通が出来ないこと。
この世界には翻訳魔法が存在する。俺も恩恵に与っているこの魔法があるから、下手をすれば発声器官の構造すら違う24の人類が一応なりともまとまっていられるのだ。
しかし蟲人とは言語が違うとかそういうレベルの話ではない。蟲人との会話は成立しない。
かつて蟲人に対して翻訳魔法によるコミュニケーションを試みたことがあるらしい。この魔法は一種のテレパシーのようなものだ。思考を直接伝達するから、音によるコミュニケーションが困難でも会話が可能になる。
その結果として読み取れた彼らの意志は食欲のみ。
こちらの呼びかけに応えることもなく、ただ目の前の獲物を捉えるための思考のみ。はりつけにされた状態でさえ、それを疑問に思うことのない程度の知能。
先代、そして今の魔王であるソーマは、蟲人との和平を考え、結果として時間をかけて蟲人が人と相容れないことを証明しきってしまった。
『あいつらと比べりゃ、ドブネズミ共のほうがまだ賢いさ』
ジェイ教官の言葉を思い出す。
実際、蟲人は恐れることもなく、仲間の死を痛むこともなく、ただ貪欲に目の前の獲物を狩る。だからこそ俺も訓練で躊躇なく戦えた。
『蟲人が鬼族の発狂を抑えるのは本当か?もしそうだとしたら、なぜ?』
馬車に乗り込む前、そうレポートに書いて送っておいた。この質問文は魔王が目を通すことだろう。
返答がなんと帰ってくるにせよ、とにかくまずは目の前の依頼をこなすことだ。
週末は不在となるため、次回更新予定は5/16(月)の21時隣ります。
日が空きますが今後ともよろしくお願いします。